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第百五十四話:魔導士から魔剣士へ 後編

 陰の八刻を回り、センゾウとの約束の時間が訪れる。

 クリスとアリーシャは約束の時間よりもやや早くピェーチカの酒場の裏に着き、センゾウが現れるのを待っていたが、現れたのはドンスコイの一味だった。


 「おォ? なんだなんだまた会ったなァ? ゲハハ、まぁその物騒なモンは仕舞っときな、店の裏の路地とは言っても大通りの裏、こんな所で刃傷沙汰なんて起こしたらすぐ衛兵共に捕まっちまうぜ?」


 ドンスコイの一味が近づいてくるなり、アリーシャは剣を抜いて身構えたが、ドンスコイの言う事も道理だ。

 とりあえずは襲ってくる気配も無い為、アリーシャは言われた通りに剣を鞘へと納める。


 「まぁこっちも天下の往来じゃあ滅多な真似は出来ねえしな、それに一度痛い目に遭わされてるしなぁ、ゲハハ!」


 ドンスコイは背中を指差して笑い声をあげている。

 彼の背中の傷は自業自得の賜物と言えるものだが、どうにも根に持っている事を主張したいのだろう。


 「でしたら一体何の御用でしょうか。少なくとも私達は貴方がたに構う暇はないのですが」

 「ゲハハ、知らねえな。実際俺達も姉さんとお嬢ちゃんとはイイコトしてえところだがよ、今日の所は別件だ」

 「だったら…」


 ドンスコイとのやりとりをしている最中、酒場の裏口の扉が開き、そこからセンゾウが現れる。


 「いやあ、待たせてすまぬ、クリスティン殿…むむ? …ドンスコイ殿まで何故此処に?」


 裏口から出てきたセンゾウがクリスに気付くと同時に招かざる客を見て眉間に皺を寄せる。


 「ゲハハハハ、なぁに、昼の礼をしに来た、それだけの事よ!なぁセンゾウさんよ、ちィとばかし面ァ貸して貰えるよなァ?」

 

 ドンスコイがこの場所に現れた理由は昼の揉め事のお礼参りらしい。

 それを聞いたセンゾウは顎に手を当てると鼻で息をする。


 「成る程、そう言う事で御座ったか…。クリスティン殿、もう暫し時間を頂けるだろうか。ワダツミの男児たる者、売られた喧嘩から逃げるは罪を犯すより恥ずべき所業、如何なる理由があろうと喧嘩を売られた以上は買うのが武士(もののふ)の作法に御座る」

 「…わかりました。私達は待たせていただきます」


 センゾウは険しい顔を浮かべながらクリスに時間を取らせてしまう事を伺う。

 本当はクリスも早くセンゾウに師となって貰いたい事を話したかったが、彼のその表情を伺うと嘘をついているようには見えず承諾することとした。


 「かたじけのうござる」


 そう話してセンゾウは肩を回すと腰に挿した剣に手をかけてドンスコイ達を睨み付けるが、彼らもセンゾウの剣の腕は認める所であり、両手を広げて無抵抗を示すようなポーズを見せてくる。


 「おっとっとォ、武器の類はナシだ、衛兵に捕まんのは俺にとっても困るからなぁ? 素手の喧嘩ならァあくまで喧嘩だ、衛兵も中には入れねぇ。大通りで堂々とやろうじゃねぇか」

 「成る程。良かろう、お相手致す」


 こうしてセンゾウはドンスコイに連れられて大通りへと出ると、腰に挿した剣を外してアリーシャへと渡す。


 「この刀は拙者の魂に御座る。本来ならば人に預ける事など無いのではあるが…、相手が素手での決闘を所望している以上、それに背くは魂に背くもまた同じ。貴方がたを見込んで頼ませて頂く、我が魂、預かっていてはくれないだろうか?」

 

 アリーシャは差し出された刀を両手で受け取ると静かに首を縦に振る。


 「…わかりました、責任持ってお預かり致します。…ですが、相手もならず者、どんな手を使ってくるか…」

 「ふ、ご心配召されるな。刀が無くともあのような者に遅れを取るような鍛え方はしておらぬよ。アリーシャ殿、だったかな。あの者もそうだが、取り巻きの木っ端共にも気を付けられよ。では行って参る」

 「センゾウさん…お気をつけて」

 「うむ、クリスティン殿も、拙者の喧嘩、見ていくとよい」


 クリスとアリーシャに見送られ、センゾウは羽織った服の中に腕を引っ込めると、ドンスコイが待つ大通りへとゆっくりと歩み出す。

 そして服をはだけ、寒空の下に上半身を曝け出すと、肩から背中にかけて描かれた桜の花びらの刺青を見せつける。


 <ぁ遠からんものは音に聞けィ!近くば寄って目にも見よォ、拙者、ワダツミは生まれも育ちもサクラの郷ィ、人呼んで血桜のセンゾウと申す。舞うは桜、散るも桜、今宵、舞い散る雪と共に血染めの桜、ぁ舞わせて見せようぞォ!>


 両手を広げて大きく右の脚を踏み込むとセンゾウはワダツミの言葉でドンスコイに何かを話すと睨みを利かせて首を回す。


 「何を言ってんのかわかりゃしねぇが…、剣の無い剣士なんざ恐るるにたりゃしねぇな!」


 肩を回しながらドンスコイはその巨躯から重量のある拳を繰り出してくる。

 一見ふた回り程も小さいセンゾウはその攻撃を躱すものだとクリスとアリーシャは思っていたが、その予想に反して彼は一歩も退かずに真正面からその拳を頭で受け止めていた。


 「馬鹿が、…それともあまりにキツい一発で動けやしねェか…!ゲハハハハッ!」


 殴り付けた手ごたえを感じたドンスコイが顔をニヤつかせる。

 しかし、ドンスコイの大きな拳に隠れていたセンゾウの顔もまた、僅かに見える口元は微かに歪んでいる。


 「…それが自慢の拳で御座るか? だとすれば…ワダツミの力士の張り手に比較しても、羽虫の一刺しとさして変わりはせぬ!」

 「な、何ィッ!?」


 眼を見開き、顔を上げたセンゾウがドンスコイの腕を引くと、そのまま背負う様にして積雪の地面に投げ飛ばす。

 

 「フンッ!」

 「な、なろ…ヘブァッ!?」


 地面に仰向けに投げつけられ、起き上がるドンスコイの顔面をセンゾウの裏拳が捉えると、鼻血と数本の歯を飛ばしながらドンスコイは再び倒される。

 あまりの威力の裏拳に倒されながら雪の上を滑るドンスコイをセンゾウは更に追うと、そのまま馬乗りになり上から見下ろしていた。


 「ゲハッ…!なんだコイツッ…俺より小せえ癖にっ…う、動けねェ…!?」

 「体格の大小が強さを決めるのなら人は魔物に勝てはせんだろうよ」


 センゾウは馬乗りになるにあたり、両方の脚でドンスコイの腕を完全に極めており、彼の腕は万力のように締め上げられている。


 「…お、お前らっ、こいつを何とかしろっ!」

 「へ、へいっ…うわぁっ!」


 ドンスコイが苦し紛れに取り巻きのチンピラ達に命令を下すが、彼らが武器を手に取ろうとした瞬間、その中の一人の顔面にブーツの底がめり込んだ。


 「全く…男の決闘に水を差すのは少々無粋が過ぎるのではありませんか?」

 「こ…この(アマ)ァッ!」


 取り巻きの内の数人が短剣や棍棒でアリーシャに仕掛けるものの、先程の男同様に軽くあしらわれ、鼻血を噴き出しながら雪の上へと倒れこむ。


 「ふ、アリーシャ殿、恩にきる」

 「この程度、礼には及びません。取り巻きは私とクリスティン様にお任せを、センゾウ様は思うままに!」

 「流石に街中で人死にを出す訳にはいかないし…アリーシャ、久しぶりに魔術を使うわ!」


 クリスが両手を広げると同時に電撃が周囲を迸る。

 広がった電撃が次々にならず者達を貫き痺れさせ、それを逃れた者をアリーシャが華麗な足技で薙ぎ倒し、ドンスコイを組み伏せたセンゾウに近づく者達を追い払う。


 「どうやら頼みの取り巻きも当てにはならんかった様で御座るな?」

 「ぐっ、グゾォ…!」

 「さぁドンスコイ殿、年貢の納め時で御座る、覚悟召されよ!」


 センゾウが左右の拳でドンスコイの顔面を殴打する。

 両腕が動かせず、受けることも出来ずにセンゾウの殴打に次ぐ殴打がドンスコイの顔面を襲い、原型を留めない程に腫れ上がらせる。


 「…む、ちとやり過ぎたか?」


 センゾウが拳を止め、腫れ上がる顔を覗き込むと、ドンスコイは白目を剥き、僅かに顔を痙攣させて気を失っていた。

 周囲の取り巻きもクリスとアリーシャによってほぼ全員が伸びており、僅かに意識のある者も力尽きて倒れたまま動く気配もない。


 「何をやっているお前達っ!」

 「む、衛兵で御座るな」


 暗がりの奥から声が響く。

 どうやら街の警備にあたっていた衛兵がこちらの騒ぎを聞きつけてやってきた様だ。


 「逃げますか?」

 「なぁに、やましい事など無い以上、逃げる必要は御座らんよ。喧嘩の末、こうなったと話せば問題御座らん」

 「お前達、何の騒ぎだ…って、ぬおおっ、何だこれはっ!? お前達がやったのかっ!?」


 駆けつけた衛兵が地面に転がる折り重なって伸びているならず者達に気付いて驚く声を上げる。


 「おお、衛兵の方々、丁度良かった。この者ら、ドンスコイの一味で御座る。知っておろうが拙者、このピェーチカの店の用心棒でな、今しがた閉店間際で暴れていたこの者らを突き出そうとしていた所でな…、このご婦人方は店の客でな、この者らにちょっかいをかけられておったのだ」

 「ううむ、顔が腫れすぎて分かりにくいが…この体格、この子分達の顔…まぁドンスコイ一味と見て間違いないか…」


 衛兵に経緯を話し、彼らがドンスコイ達の顔を確認している間にセンゾウが話を合わせる様に目配せをすると、クリスとアリーシャは小さく頷く。


 「私達、親娘で旅をしていまして…、やっとこの街に着いたらこんな時間で…」

 「空いている店がこの店ぐらいしか無かったもので、そこで食事をしていたらこの人達に絡まれてしまったのですが、そこをこの方に助けて頂いたのです…!」

 

 クリスとアリーシャは旅の親子に扮してセンゾウの無実を主張すると、衛兵達は顔を向き合わせて小さく頷いた。


 「そう言う事か…、まぁドンスコイの一味には我々も手を焼いていたからな…。ご婦人もお嬢さんも、怪我は無いか?」

 「ええ、この用心棒の方のおかげで…」

 「なら良かった。…しかし、ここまでやられると本当にドンスコイかどうかもわからんな…」


 衛兵達は三人の話を信じたらしく、倒れたならず者達の顔を一人一人確認し、更に完全に伸びているドンスコイを囲むと、その顔面の酷い崩れ様に困り果てていた。


 「済まぬが拙者、店の仕事を終えたばかりで疲れておる。ご婦人方も巻き込まれただけ故、解放して頂けると助かるのだが?」

 「後はこちらで処理しておく。今夜はもう遅い、宿を取っているのならまた面倒に巻き込まれない内に真っ直ぐに帰りたまえ」

 「ならばご婦人方は拙者が宿までお送りするとしよう。しからば衛兵方、後の事は任せる故、拙者達は先に失礼致す」


 センゾウは衛兵達にそう告げるとアリーシャから刀を返して貰い、はだけていた服を着直して三人でその場を後にした。


 ーーー


 クリスとアリーシャはセンゾウが住んでいるテラービブの外れにぽつんと立った小屋へ訪れる。

 そこには他の民家や宿ではまず見られ無い様な変わったものが数多く存在していた。


 「さて…先ずはクリスティン殿、アリーシャ殿、拙者に話があるとそう申しておったな?」


 センゾウは居間にある堀の様な場所に火を焼べると、胡座をかいて用件について二人に尋ねてきた。

 二人がその件について話し始めると、センゾウは黙って耳を傾ける。


 「…ふむ、クリスティン殿の兄君を探す為にヘレ氷原という場所に行きたいが、そこへ抜けるのに看守の洞窟を抜けねばならず、その為に魔剣術を会得する必要があり、それを学ばせてくれる者を探していた、そしてそれが拙者だったと、そう言う事で御座るな?」

 「はい、是非センゾウさんのその魔術を剣から放つ技術を教えて頂きたいんです」


 二人の説明を聞いてセンゾウは頭を掻く。

 そこにクリスは重ねて頭を下げて頼み込むが、センゾウは目を細めて難しい表情を浮かべていた。


 「…まずクリスティン殿が話す魔剣術とやらだが、ワダツミではこちらで言う魔術も含めて、鬼術、忍術と呼んでおる。鬼術が魔術、魔剣術が忍術に相当すると考えるべきで御座るな。忍術とは熟練の剣士が鬼術をも習熟して初めて扱えるもの、一朝一夕で会得できるものでは御座らん」

 「それは理解しています。看守の洞窟、ヘレ氷原では魔術は使えず、魔剣術なら使えると、兄様からの手紙で知りました。ですが私自身、魔術は扱えますが、魔剣術については扱えず、剣術についてもまだ半人前。約束の日までに何としても扱える様にならなければ…」


 クリスは思い詰めた様に話し、センゾウの眼を見つめる。

 センゾウもまた、クリスの澄んだ瞳を覗き込む様に見つめ、その真意を読もうとしていた。


 「…本気の様では御座るな…だがクリスティン殿、ただ兄を救いたいと言うのであればギルドで人員を募れば良さそうなものでは御座るが…」

 「お願いします!兄様と、いえ、兄と、自らの足で再会したいんです!他に仲間達はいますが、他人任せにはしたくは無い、これだけは譲れないんです!」

 「…!…落ち着け、落ち着くのだ、クリスティン殿!」


 センゾウはクリスの真意を確かめた後、冷静に別の手段ではと提案したが、その言葉尻を遮ってクリスは身体を乗り出してセンゾウに懇願する。

 クリスの鬼気迫る勢いにセンゾウは驚くが、彼はクリスの両肩に手をついて落ち着く様に諭した。

 

 「…期限は?」

 「凡そ二年」

 「血反吐を吐く事になる」

 「構いません」

 「女子とて容赦はせぬぞ?」

 「覚悟の上です」


 素早い応答を繰り返し、クリスの覚悟を確かめたセンゾウは服の中へ腕を引き、静かに立ち上がると、小屋の外へ続く扉の前に立つ。

 その背中からは先程までとは異なり、強烈な威圧感を放っていた。


 「…いいだろう。クリスティン殿、いや、クリスティン、表に出ろ」

 「…は、はいっ!」

 「…アリーシャ殿、暫しここで待たれる様願いたい」


 センゾウはそうとだけアリーシャに告げて、小屋の外へと出る。

 クリスもその後を追い、小屋の外へと飛び出していった。


 センゾウの小屋の外は開けた平原であり、センゾウはクリスを振り返る事無く、ただゆっくりと雪の降り積もる平原を歩み行く。


 「先程血反吐を吐くと言ったな」

 「はい」

 「先に謝っておく。あれは誤りだ、死ぬものと思え」

 「え?」


 雪原を進みながら、センゾウが発した言葉にクリスは一瞬足を止める。

 それと同時にセンゾウは雪の中に埋もれた棒切れを拾い上げると、服をはだけて先程ドンスコイとの決闘の際に見せた背中の桜を再び見せて立ち止まると、ゆっくりと振り返った。


 「抜け、クリスティン」

 「えっ? …あっ!」


 センゾウに促され、クリスは慌てて背中の騎士剣を抜く。

 ドンスコイ達や道行く人々には身の丈に合わない長尺の騎士剣を構える姿を笑われたが、センゾウはピクリとも表情を変えずに剣を構えるクリスをただただ自然体のまま、じっと見つめていた。


 「あ、あの…」

 「人を斬った事は御座ろう? そのつもりでかかってくるがよい」

 「えっ、その…」

 「斬りかかってこいと言っておるのだっ!」

 「はっ、はいっ!」

 

 呆気に取られ立ち尽くすクリスにセンゾウは初めて表情を変え、怒声を張り上げる。

 クリスは一瞬戸惑いながらも騎士剣を構え直すと、片手に棒切れを持ち、無防備に立つセンゾウへと斬りかかっていった。


 「やあああぁっ!」


 クリスが本気でセンゾウへと斬りかかり、袈裟に騎士剣を振り下ろす。

 しかし、先程いたセンゾウは既にそこにはおらず、クリスの背後をゆっくりと歩いていた。

 振り返り様にクリスが手を返して騎士剣を薙ぎ払うが、これも気付かぬ内間合いの外へと離れられており、その切っ先が空を切る。

 その後も同じ様にクリスは騎士剣でセンゾウに斬りかかるが、結局何度剣を振れども当たる事はおろか、掠ることさえ無く、終いに彼はその場に胡座をかいて座り込んでしまう。


 「…それで終わりで御座るか?」

 「いやああぁぁっ!」


 流石のセンゾウも胡座をかいたまま躱す事は出来ない。

 クリスはそう解ってはいながらも睨みつけて斬りかかる様に促すセンゾウに逆らえず、諸手で構えた騎士剣を振り翳し躍り掛かる。


 センゾウは微動だにせず、斬りかかってくるクリスを待ち受ける。

 しかし、クリスの振り下ろした騎士剣の切っ先はセンゾウを斬り裂く寸前で逸れ、雪の中へと埋もれてしまった。

 センゾウをよく見ると、その左手に持った棒切れをあたかも振り抜いた様に膝の横へと伸ばしている。

 最初はクリス自身狙いを外したのかと錯覚していたが、幾度騎士剣を触れども、センゾウにその切っ先すらも届く気配はなく、胡座をかいたままのセンゾウは僅かに左手を動かしており、そこで初めてクリスは自分が振っている騎士剣の軌道をただの棒切れ一本に逸らされている事に漸く気付かされていた。


 「はあぁぁっ!」

 「…もうよい」

 「…うっ!」


 いい加減飽きてきたのかセンゾウは小さく声を漏らすと、ゆっくり立ち上がってはクリスの騎士剣の軌跡を再び逸らす。

 そして彼は揺らぐ陽炎の様に側を通り抜けると、それと同時にクリスの全身に激痛が走った。


 「あうぅっ…!」


 一瞬の内に両腕、両脚、首、胴を打ち抜かれ、クリスは雪の上に倒れ込む。

 重く疾いセンゾウの打撃はクリスに気の遠くなる様な痛みを齎していた。


 「立て、先程の覚悟があるのであれば立てぬ筈がなかろう。立て、クリスティン」

 「は、はい…!」


 低く重いセンゾウの声にクリスは眉間に皺を寄せ、歯を食い縛って漸く立ち上がる。

 だがそれも束の間、センゾウの持つ棒切れが再びクリスの全身を打ち抜き、雪の上に打ち伏せられてしまっていた。


 「立て」

 「は…い…!」


 立ち上がる度にクリスは叩き伏せられ、その度にセンゾウは立ち上がる様に命じる。

 それを繰り返す事六回。クリスは遂に力尽き、雪の上で霞んだ視界でセンゾウを見て、遠くなる耳でセンゾウの声を聞く。


 「…クリスティン、其方はまだ身体が弱過ぎる。技術はアリーシャ殿から教わり基礎は身に付いているが、まだまだ拙いもので御座る。耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、死ぬつもりで二年、拙者の元で気、剣、体、その全てを鍛え、学ぶがよい」


 そこまで聞いてクリスは返事を返す前に気を失う。

 センゾウが気絶したクリスを担いで小屋に戻ると、二人の帰りを待っていたアリーシャはクリスの変わり様に驚いていた。


 「ク、クリスティン様ッ!? センゾウ様、一体何をッ…!」

 「案ずるな、アリーシャ殿。急所は外しておる、ただ少しばかり強く打ち据えられて気を失っておるだけで御座る。手当をしてやって貰えるか?」

 「は、はい、勿論ッ!」


 センゾウに激しく打ちのめされ、全身を痣だらけにしたクリスの手当を急ぐアリーシャ。その隣ではセンゾウが横に転がり、背を向けたまま静かに寝息を立てている。

 アリーシャが気絶したままのクリスから服を脱がせると、その痣は全て正確に同じ場所を捉えていた。


 「…クリスティン殿には申し訳無いが、少しばかり痛め付けさせてもらった。見たわけでも見るつもりも御座らんが、恐らく玉の様に美しい肌をしておるのだろう。アリーシャ殿、クリスティン殿はまだ痛みも苦しみもそう知ってはおらん。ワダツミの武家の子は男子(おのこ)女子(おなご)も皆、十二まではそれは厳しい鍛錬を積まされる。無論、拙者もそうであった。…心配ではあろうが万事拙者に任せて頂きたい。クリスティン殿の申す二年後の約束の日とやらに必ず間に合わせてみせよう」


 眠ったように思っていたが、センゾウは背を向けたままアリーシャにそう言ってのける。


 「…クリスティン様が望んだ事ですので、私からは止める道理はありません。ですが、兄であるセオドア様を助けに行きたいと言う思いは今別れている仲間の誰よりも強い、それは間違いないでしょう。今私に出来るのはクリスティン様の身の回りのお世話を手伝うくらい、私ではこの先足手纏いとなるでしょう。…センゾウ様、どうかクリスティン様を宜しくお願い致します」


 アリーシャはそう言って背を向けたままのセンゾウに首を垂れると、センゾウはゆっくりと左手を小さくあげてそれに応じていた。

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