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第百五十三話:聖盾の戦乙女 後編

 「…我が力が通じぬとは…!」

 「…冒険者時代に、…マリオン隊長と肩を並べていた事は…、知っていたが…」

 「痛た…速さには自信があったんだけどねー…全然通用しないやー…」

 「まさかこちらの連携を逆手に取られるなんて…!」


 ソニアを除く三人の隊長達はアンリエッタの槍捌きと盾捌きの前に屈し、練兵場の地面に倒れていた。

 ザイルの力はアンリエッタの大楯の前に受け流され、アイリスの双剣はアンリエッタの槍衾によって封じられ、ルドルフの弓はこれまた大楯で弾かれ、剰え他の仲間への攻撃に利用されてしまう。

 ソニア自身もこれまで鍛えてきた剣の腕を見せようとするが、それを封じる様にアンリエッタは先行して槍と盾による攻撃を繰り返している。

 

 最初は他の騎士達もかつてのマリオンが率いていた隊員でその中でも特に強かった四人を相手にアンリエッタが圧倒するなど想像だにしておらず、今でも信じられないという様子である。

 四人は息のあった連携でアンリエッタを攻め立てていたが、アンリエッタは最小限の動きで全ての攻撃を捌き、時に連携を崩して同士討ちを誘発させると、怒涛の槍捌きで瞬く間に三人を戦闘不能へと追い込んでいた。


 「ほらほらソニア、そう守ってばっかりじゃアンリは倒れないわよ? アタシの右腕だって名乗るんだったら押し返してみせなさい!」

 「…! マリオン隊長…、そうは言っても…、くっ…!」


 防戦一方となってしまったソニアをマリオンが煽る。

 間合いの外からのアンリエッタの素早い突きを捌くだけで精一杯である彼女はせめて退がるまいと、押されていた足で踏み止まろうとしているが、アンリエッタが前進するに連れてそれは徐々に激しさを増してゆく。


 「…もう剣の間合い…! ほんの少し、ほんの少しだけ隙があれば…!」

 「…そんな隙を私が与えると思って?」

 「…うっ!」


 アンリエッタが放った素早い連続突きをまともに防いでしまったソニアはせっかく詰まり始めた間合いを離れてしまう。

 更にその衝撃を受け止めた反動で怯んだ所にアンリエッタの突きが迫ってきていた。


 「くぅっ、ウアアァァッ!」

 「…なっ!?」


 破れかぶれで振り払った剣がアンリエッタの突きの軌道を逸らし、槍の穂先が空を切る。

 ソニアは偶然生まれたその一瞬の隙を狙い、体を切り返すと一気にアンリエッタの懐へと迫った。


 「…ここですっ!」

 「っ…、不味い…! …なーんて、私がそう言うと思っていまして?」

 「!?」


 アンリエッタは明らかな隙を晒しており、それに乗じて一気に迫るソニア。

 ソニア自身、絶好の反撃の機会だとして自身の間合いに入っており、とても槍使いにとっては圧倒的な形勢不利な間合いの筈ではあるがアンリエッタはソニアに対して不敵な笑みを見せていた。


 「…!!」


 アンリエッタの膝蹴りがソニアの腹を捉える。

 アンリエッタの懐に入り、ソニアが木剣を振り下ろそうとした瞬間、アンリエッタは更にソニアの懐へと入ると、剣の軌道をくぐり抜けると共に、強烈な膝蹴りを彼女に見舞っていたのだ。


 「…ううっ!」

 「まだまだですわっ!」

 「ああっ!」

 

 膝蹴りを食らい、たたらを踏むソニアにアンリエッタの怒涛の攻撃が襲いかかる。

 大楯による殴打、体を切り返してからの槍の柄による水月突き、足払い、そして巧みな槍捌きで宙を舞わされると、怒涛の突きが無防備に落ちるソニアを捉え、練兵場の壁へと叩きつけた。


 「…勝負あり。アンタもなかなかえげつないわね、わざと隙を晒して誘い込むなんてね」

 「これが私の戦い方ですわ」

 「ふふ、相変わらずね。…さーて、ソニア、まさか今のでくたばっちゃいないでしょうね?」


 吹き飛ばされて叩きつけられたソニアはまだ立ち上がれずに目を回している。

 それに気付いたマリオンは彼女を引き起こすと、彼女の額を指で弾いた。


 「──ったァァーッ!?な、何するんですか隊長ッ!」

 「そんだけ騒げるなら大丈夫ね。それよりどうだった? 強かったかしら?」

 「…痛たた…!…はい、悔しいですが…私達では敵いません…」

 「ま、そりゃそうよ。アンタ達は冒険者で言えばソニアでS−あるかどうか、ザイルなんかでいいとこA+ってとこ。アンリはS+相当、つまりアンタ達のふた回りは強いわ、だから今の結果は当然の結果。悔しかったらもっと精進する事ね。それと強い相手に挑むのは悪い事じゃないけど喧嘩を売る相手は選びなさい」


 マリオンがアンリエッタとソニア達の実力の差を伝えると、彼女達はアンリエッタの想像以上の強さに肩を落としていた。


 「さて、アンリ。また盾捌きが冴えたんじゃない?」

 「まだまだですわ。よろしければマリオンさんも一戦、如何でしょう?」

 「いや、今日はやめとくわ。今日は隊員達の訓練に集中して頂戴、せっかくやるんだったら今度、お互い疲れてない万全の時ね。それにここでやったらどっちが勝ったにしろ、立場上色々困るでしょ?」

 「…そうですわね、ならば後日また」


 マリオンも自分本意で考えればアンリエッタとの手合わせは望むところではあるが、彼女は五百人隊長と言う立場であり、アンリエッタも名家であるグリーングラス家の出身である立場上、この場での手合わせはお互いに不都合も生じ、不適当と考えていた。

 冒険者時代は自分本意の行動や言動も多かった彼女だが、今ではしっかりと隊長と言う立場を理解し、弁えられる立派な騎士である。


 「じゃ、私はソニア達を少し鍛えてくるわ。アンリも今日は自分達の隊員の訓練に集中して頂戴」

 「了解しましたわ、マリオン隊長」


 アンリエッタとマリオンは敬礼を交わすと、アンリエッタは自分の隊員達の下へ、マリオンはソニア達を捕まえると、そのまま隣に併設された第二練兵場へと引きずり込んでいった。


 「さて、ミストラルさん?」

 「お、おう!」


 戻ってきたアンリに呼びかけられたミストラルが顔を痙攣らせる。勿論他の隊員達も同様の表情で戻ってきたアンリエッタを出迎えている。

 ミストラルも隊員達も他の騎士達同様、アンリエッタがマリオンと同等の実力を持つ事を知らなかった為、身構えてしまうのも当然といえば当然の反応だろう。


 「今日は顔合わせですから、あまりハードな訓練は控えますわ。私と全員で軽く実戦訓練といきましょう」

 「へ?…い、いや、りょ、了解!」


 後日、騎士団の練兵場に魔物が現れたと言う噂が広がり、他の隊の騎士達がマリオン隊の騎士達にその時の様子を尋ねるも、皆一様に"暴王竜(タイラントレックス)に遭うより恐ろしい目に遭った"と口を揃えていた。


 ーーー


 しばらくの月日が経ち、マリオンの隊に出撃命令が下される。

 領内の東側にて、大型の魔物の群れが現れており、周辺の集落が危険に晒されているという話らしく、ギルドの力では手に負えず、騎士団へ救難要請が送られてきたと言う話だった。

 その場所に到着したマリオンやアンリエッタ達は強力な魔物達を相手に戦闘を繰り広げていた。


 ーーー


 現地へ入り、隊は陣を設置すると指揮官であるマリオンと数名の伝令役の騎士を残し、周辺で確認された魔物の討伐へ向かう。

 設置した陣のテントの中ではマリオンが周辺の地図の前に立ち、各隊から送られてくる情報を基に各隊を示す青色の駒を動かしながら、伝令の騎士に指示を送っていた。


 「戦況は?」

 「はっ、各隊善戦はしておりますがアンリエッタ隊とソニア隊を除き負傷者多数、死者も僅かながら出ております。しかし敵勢の戦力も凡そ半数といった所です」

 「そう。…まぁまずまずと言った所かしらね。前線の各隊に通達。アンリエッタ隊とソニア隊は他三隊の尻拭い、私も出るわ。到着次第ザイル隊、以下二隊にも後退命令、負傷者の救助を最優先、救援に向かった後の二隊の動きについては各隊長の判断に任せるわ、以上よ」

 「はっ、了解しました!」


 マリオンは伝令兵に命令を伝えるとすぐに武器である槌斧を手に取り疾走馬(スプリントホース)へと跨る。


 「やっぱ後ろで指揮ってガラじゃないのよねぇ…。さ、働きましょうかねっ!」


 マリオンが疾走馬の脇腹を踵で優しく蹴ると同時に疾走馬は全速力で戦場へと走り出す。

 その速さは見送る兵士達の視界から直ぐに豆粒に見える程の速さだった。


 ーーー


 マリオンからの作戦指示が伝令役から通達され、アンリエッタは持ち場を下士官のミストラルに預けると、近くで魔物の群れと交戦中のザイルの隊の下へ単身向かい、合流を果たしていた。


 「ザイルさん、助けに来ましたわ!」

 「…むう、救援感謝する。想像以上に暴走悪鬼オーガ・ランペイジャーの数が多い…、アンリエッタ殿の隊は無事か?」

 「ええ、数人軽い傷を負った程度ですわ。私の隊員は鍛え方が違いますから」

 「…ううむ、アンリエッタ殿が言うとマリオン殿、否、隊長殿が話すのと同様、重みが違うな…。いや失礼、独り言である」

 「ふふ、適度な運動、それだけですわ」

 「ふむ…、後日ご教示頂きたい所である」

 「お待ちしておりますわ、ザイル・ヴァンキッシュ百人長」


 疾走馬で並走しながら雑談交じりにお互いの戦況を伝え合う。

 ザイルの隊も善戦はしていたが暴走悪鬼達もなかなかに手強く、数の有利を取る暴走悪鬼達の攻勢に前線が崩されかけていたようだ。


 「ここは私にお任せ下さいまし、ザイルさんは自身の隊を引き連れて一度本陣へっ!」

 「アンリエッタ殿の隊の持ち場もあろうが…、致し方無し…、ここは退却…ん?んんっ…!? 私と申しておったが、ときにアンリエッタ殿、ご自身の隊は如何したっ!?」


 並走しながら話していたザイルはアンリエッタの後ろに彼女の率いる隊員が誰一人いない事に気付き、驚きながらアンリエッタを問い質した。

 だがザイルの驚きを他所に、アンリエッタは優雅に疾走馬を走らせて彼の問いに答える。


 「持ち場は私の副官、ミストラルさん達に任せていますわ。救援は私一人、後ろには通させは致しませんので安心して退がって下さいまし」

 「そ、そうは言ってもだな…、ああっアンリエッタ殿っ!…行ってしまわれたか…、やむを得ん、全隊退却ッ!アンリエッタ殿の実力ならば問題なかろうっ!後退して体勢を立て直し再び出撃する、急げっ!」


 ーーー


 マリオンからの伝令を受けたアンリエッタは下士官であるミストラルに隊の指揮を任せていた。

 既に半数以上の暴走悪鬼を仕留めており、ミストラルは残党の処理を済ませた後、ソニア隊と合流するように指示されていた。


 「くっそ、…何が"この場はお任せしますわ"だっ!…お前ら、ここの悪鬼どもなんざさっさと蹴散らして次に行くぞッ、終わったらソニア隊長ントコだ、気合い入れろッ!アンリエッタ隊の実力見せてやれッ!」

 「「ウオオォォォォッ!!」」


 今やマリオン隊に所属する部隊の力関係は一変しており、マリオン隊の筆頭はアンリエッタの率いる隊となっている。

 アンリエッタ自身も、未だに百人隊長の地位に甘んじてはいるが、それはあくまで前線に出る為の建前であり、実力自体はマリオン、エーミールと言った五百人隊長でも上位に君臨する隊長隊に匹敵する程と言われていた。


 ーーー


 「くっ、ルドルフ隊の救援に入ったまではいいですが、数が多すぎますねっ…!」


 苦戦を強いられていた三隊の中でも特に苦戦を強いられていたのはルドルフ隊だった。

 他の四隊については白兵戦に重きを置いた部隊である為、それなりの戦果を挙げていたが、ルドルフ隊は弓兵を中心に構成された部隊であった為に数で勝る暴走悪鬼達に強行突破を許してしまっていた。

 ルドルフの隊は凡そ半壊、救援にやってきたソニアの隊は彼らの退却の援護に戦力を割かざるを得ず、苦戦を強いられていた。


 「ソニア隊長、このままじゃ元々こっちの持ち場の悪鬼達に追いつかれて挟み撃ちになります!」

 「由々しき事態、ですか…。何か、何か打開策は…」


 下士官の状況報告を聞いてソニアは指先に前髪を絡ませて下唇を噛む。

 自力で現状の打破は極めて難しい状況の中、ソニア

はあらゆる策を頭の中に巡らせるが、どれも確率としては薄い。そう考えていた瞬間、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえて来た。


 「…ぉおーい!ソニア隊長ー!」

 「ミストラル五十人長!? 何故此処にっ!?」

 「どうもこうもねぇッスよ!ウチの隊長に持ち場が終わったらルドルフ隊長ントコの救援に入ったソニア隊長ントコ向かえって言われまして!指示はソニア隊長に仰げと、俺達は前でも後ろでも、どっちも行けるっスよ!」


 アンリエッタは伝令が来た時点で各隊の持ち場からルドルフ隊の救援に向かったソニア隊が今度は苦戦を強いられるだろうと読んで、ミストラル達を此方へと寄越していた。

 その読みは正に的中、ソニアは自身の隊が受け持つ持ち場の暴走悪鬼達の討伐もそこそこにルドルフ隊の救援に向かった為、正に挟撃を受ける寸前であり、ミストラル達の到着は願ってもない状況だった。


 「くっ…アンリエッタさんの読みは当たっていたという事ですか…、彼女に借りを作るのは悔しいですが我々も敗走するわけには参りません!ミストラル五十人長、背後は宜しくお願い致します!」

 「合点承知、任せといて下さいや!全隊散開ッ、ソニア隊のケツについてくるクソ共を追い払うぞッ!もう一仕事だ、お前ら気合い入れてけェッ!」

 「「オオッ!」」


 ミストラル達は散開してソニアの隊の殿に着くと、後方から猛追してくる暴走悪鬼達の群れに攻撃を開始し始める。


 「…これで後顧の憂いは無くなった。さぁ私達も負けていられません、我々はこのまま前進します!目標、前方の暴走悪鬼の群れッ!かかれッ!」


 ソニアがいの一番に暴走悪鬼の群れに切り込むと、彼女の率いる部隊もそれに続き次々と群れ為す暴走悪鬼を斬り捨てていく。

 挟撃を恐れて下がっていた彼女の隊の兵士達の士気もミストラル達の救援でその心配が無くなるや否や、たちまち回復し、次々に悪鬼達を討ち取っていった。


 ーーー


 「アイリス、無事?」

 「うーん…無事と言えば無事かなー、思ったより数が多くて手間取ってるけどまぁどうにか死者は出てないって所かなー。ボクも不意を突かれて左手をやられちゃったからなぁ」


 アイリスの隊は乱戦となったらしく、死者こそ出なかったものの、かなりの重傷者が出ており隊長であるアイリスも左腕に打撃を受けた事で骨が折れたのか、疾走馬の手綱も右手だけで握っており、苦笑いを浮かべながらマリオンにだらりとぶら下がった左腕を見せていた。


 「…応急処置するわ、そのままにしてなさい。──命を育む陽光よ この者の傷を癒やし給え…治癒(キュア)!」


 マリオンが治癒魔術を施すと、折れていたアイリスの左腕の骨が繋がり、手綱を握れる様になる。


 「とりあえず骨は繋げたわ、ただちゃんとした治療はここじゃ無理。一旦退がって隊員達と一緒に治療に専念しなさい」

 「うん、そうするー。骨は繋がってもまだ痛いや。…それに死にかけてる人もいるからねー。じゃ、マリオン隊長ありがとー、あとよろしくねー。みんなー、一旦退がるよー!」


 何処と無く気の抜ける間延びした話し方をする彼女だが、決して抜けている訳では無い。

 マリオンは彼女達が離脱したのを見届けると直ぐに反転、槌斧を担いで疾走馬から降り、迫り来る暴走悪鬼達を待ち受ける。


 「ひいふうみい…、まぁ準備運動の延長線ってとこね。残念だけど相手が悪いわ、ご愁傷様っ!」


 マリオンが担いでいた槌斧の槌を地面に叩きつけると、大地を砕き、無数の礫が悪鬼達を襲う。

 大小様々な強力な石飛礫は悪鬼達の頭を砕き、身体を貫いて瞬く間に暴走悪鬼の群れを壊滅させていた。


 ーーー


 ザイルの隊の退却が完了し、独り戦場に残ったアンリエッタは馬から降りて大楯と大槍を手に追撃を仕掛ける暴走悪鬼達を待ち受けていた。

 彼女の持つ大楯は以前の赤龍の甲殻を用いたものから黒く鈍色に輝く、聖女の刻印が施されたものへと変わっており、盾に刻まれた聖女が祈りを捧げる先にある埋め込まれた魔石はただ静かに聖なる寂光を湛えている。


 「遍く全ての邪悪を退く聖女の盾…、その力、試させてもらいますわ!」


 迫って来る暴走悪鬼の棍棒がアンリエッタの聖女の盾を打ち付ける。

 通常の大楯であれば大の男が受け止めたところで吹き飛ばされる程の暴走悪鬼の一撃だが、その衝撃は羽が触れる様に軽くなり、無音と共に受け止められる。

 更にその衝撃は全て暴走悪鬼の腕へと還り、鈍い音と共にあらぬ方向へと圧し曲がってしまっていた。


 「…成る程、私にはぴったりの盾ですわね」


 何が起こったのか判らず、暴走悪鬼は折れた腕とは逆の腕を振り回すが、再びアンリエッタに盾で防がれるとその腕も折られてしまう。


 「受けた攻撃を跳ね返す盾の魔導器、…正にグリーングラス家の家宝に相応しい盾ですわね」


 アンリエッタは次々と暴走悪鬼達の打撃を盾で受け流しては攻撃を跳ね返され怯んだ所を大槍で急所を捉え、次々と倒して行く。

 知能の低い暴走悪鬼はただ混乱するばかりであり、徒らに攻撃を跳ね返されては腕を、足を折られ、とどめを刺されていた。

 瞬く間にザイルの隊を攻撃していた暴走悪鬼達の群れはアンリエッタの前に壊滅を喫し、僅か数体が敗走していき、アンリエッタはそれを見送ると、停めていた疾走馬に跨る。


 「さて、あとは残党狩り…ですわね」


 敗走し逃げていく悪鬼達の行く先を見届けてそう呟くと、疾走馬の脇腹を蹴り、アンリエッタは追跡を開始した。


 ーーー


 「なるほど、ここに巣があったってわけね…」

 「マリオンさん、陣から出ていたとは聞いていましたがここまでいらしていたのですわね」


 先に敗走する暴走悪鬼を追って巣にたどり着いていたアンリエッタがマリオンの姿を認めて話しかける。

 戦場だった平原の先にある背の高い針葉樹の森、そこに悪鬼達の巣があり、マリオンもそこへと辿り着いていた。


 「アンリも無事みたいね」

 「ええ、ソニアさんの隊は分かりませんが、他の隊は結構やられたみたいですわね」

 「マ、マリオン隊長、それにアンリエッタさん!?」


 二人に遅れてソニアが自身の隊とアンリエッタの隊を連れてやってくる。

 後方をミストラル達に任せていたものの、それでも苦戦を喫したのか、ソニア達の隊はそれなりに傷ついており、彼女自身も砂埃で薄汚れており、多少の傷を負っていた。


 「あら、思ったより早く着いたわね」

 「私の隊を預けていましたから」

 「なるほど」


 あっさりとネタばらしをされたソニアの顔が引き攣る。

 因みにソニアの隊の後方から付いてきていたミストラル達に関しては全員無傷とは言わないまでも、殆どが軽傷で済んでおり、ミストラルを含め無傷の者も散見される。


 「こうも隊で差が出来るとはね…」

 「いやぁ、アンリエッタ隊長の指示通りに戦っただけッスよ。とにかく乱戦を避ける事、戦場を広げずに多対一の状況に持ち込んで一気に叩く事って言われてたモンで、その通りに」

 「数が多く、ひと塊りに攻めてくるのなら無理に一対一や乱戦に持ち込むのは愚策ですわ。そうですわね、ソニアさん?」

 「ぬぐぐ…!」


 見透かされた様にアンリエッタに指摘され、ソニアは歯軋りする。

 実際、ソニアは暴走悪鬼達の群れを包囲する様に相対した結果、乱戦となり無駄に戦場を拡大してしまっており、隊の四半が戦線を離脱する羽目に遭っていた。


 「…ったく、百人長なら隊が無事に戻れる様に指揮するのも仕事よ?」

 「うっ…も、申し訳ありません…」

 「それよりも大物の気配ですわね」

 「みたいね」


 責められて肩を落とすソニアを尻目にアンリエッタが悪鬼の巣から発せられる気を感じ身構える。

 マリオンもそれに気付いており、下ろしていた槌斧を担ぎあげる。


 「じ、地震…!?」

 「いや、足音ですわね」

 「多分巣の主が出てきたかしら、子分達も付いてきてるっぽいわね」


 針葉樹の森から大きな地鳴りと雑踏、そして木の枝の折れる音と小型の鳥種の魔物が逃げ出す時に発した鳴き声が聞こえてくる。

 そしてその音と共に巣の主である巨大悪鬼(エルダーオーガ)と、それに引き連れられた暴走悪鬼達が森の中から姿を現した。


 「数が…!」

 「へぇ、そこそこ残ってたのね」

 「群れの主を叩けば離散するでしょうけれど…」

 「おいおい…、これ逃しちまったらど周辺の村落にどんだけ被害出るかわかったモンじゃ無いッスよ?」

 「わかってるじゃない、一匹も逃したらダメ。アイツは私とアンリで叩くわ。ソニアと…」

 「ミストラルッス」

 「ミストラルね、二人は隊員達を指揮、残りの悪鬼の駆除を頼むわ」

 「りょ、了解しましたっ!」

 「…ッス」

 「ヴォガアアアァァァァッ!!」


 騎士達が武器を構えると悪鬼達が威嚇するように叫び声をあげる。


 「さて…どんだけ持つかしらね」

 「四半刻も持たないと思いますわ」

 「おいおい、冗談じゃねッスよ? 四半刻でコイツら全滅ってとてもじゃないけど手が足りねッス」

 「心配しなくていいわ、そろそろ来るんじゃないかしら? …ほら来た」

 「…ザイル!アイリス!ルドルフッ!」


 アンリエッタとマリオンの二人の四半刻以内での討伐宣言にミストラルは不満を漏らすが、マリオンが後ろを一瞥すると、治療を終えて前線に復帰して来た隊長達の姿があった。


 「アンリエッタ殿、先程は助かった!この借りは返さねばな!」

 「…ルドルフ・ザガート百人長、…戦線復帰しました」

 「本調子とはいかないけどねー、まあ好きに動いていいなら問題無いかなー」

 「やっと来たわね、三人共。アンタ達はソニアとミスー…トラル?…達と一緒に雑魚の殲滅。いいわね?」

 「了解した!」

 「了解…!」

 「りょーかーい」

 「ビミョーに覚え…て貰えたんスかね? ま、いいか…活躍してちゃんと覚えて貰うだけッス…」

 「来ますわよ!」


 森から次々に飛び出してくる悪鬼達を前に騎士達は前に出たい気持ちを抑えて待ち受ける。

 抑えていたのはミストラル、アンリエッタに叩き込まれた兵法に従い、悪鬼達が平原側に飛び出してくるのを堪えていた。


 「ま、森の中じゃ疾走馬の脚を活かせないッスからね。ソニア隊長、戦闘開始の指示は任せたッス」

 「…ええ、…もう少し…今ッ!全隊、かかれッ!」

 「じゃアンリ、こっちも始めるわよ」

 「ええ、いつでも構いませんわ」


 ソニアの合図で騎士達が突撃してくる悪鬼達を迎え討つべく攻撃を開始する。

 そして更に剣戟の音を合図にマリオンは槌を振り上げると、アンリエッタは聖女の盾を構える。


 「まずは挨拶代わり…ねっ!」

 「…ッ、グオオッ!」


 マリオンが振り上げた槌を振り抜き地面を抉ると、土塊が勢いよく打ち出され、巨大悪鬼の顔面を捉え、怯ませる。

 その直後、振り抜いた槌をそのまま振り下ろし、礫を飛ばしてその足に浴びせる。


 「…ま、流石にサイズが違い過ぎるか」


 巨大悪鬼の膝下にマリオンの放った石飛礫が直撃し裂傷を与えるが、裂傷とは言っても巨大な体躯を持つ巨大悪鬼にしてみれば深めの擦り傷を作った程度でしかなく、マリオンは小さく溜息を零す。

 巨大悪鬼は受けた傷を意に介する事無く、今度は巨大な腕を振り上げており、マリオンは直ぐにアンリエッタの背後に付いていた。


 「来るわよ、ちゃんと受け止められるんでしょうね?」

 「無論ですわ」

 「ヴォガァッ!」


 巨大悪鬼の巨腕が、アンリエッタ諸共、マリオンを潰そうと振り下ろされる。

 だがその巨腕がアンリエッタの聖女の盾へと振り下ろされた瞬間、やはり反動がすべて巨大悪鬼の腕へと還る。

 元の威力があまりに強力過ぎるが故に跳ね返された力は巨大悪鬼の腕の骨を砕き、更には腕の肉をまるで肉を詰めすぎたソーセージの様に弾けさせて周囲に青い血を撒き散らしていた。


 「ヴォオオ…ガアァッ!」

 「アンリッ!」

 「準備は出来てましてよ!」


 攻撃を跳ね返されて巨大悪鬼が大きく怯むと、間髪入れずにマリオンが助走をつけてアンリエッタの後ろから跳躍する。

 アンリエッタは大楯を構えて踏み台となると、マリオンを下から押し上げて上空へと大きく弾き飛ばした。


 「さっすが、高さバッチリよ!」

 「ヴォオオッ…!」


 マリオンは槌斧を持ち替えて斧の刃先を巨大悪鬼に向けると、大きく振り下ろしてその勢いで高速回転を始め、巨大悪鬼目掛けて突っ込む。

 怯んで身動きも取れず、受け止める為の武器も無い巨大悪鬼はマリオンの斧で肩口に大きな傷を負い、更に片膝をついてしまっていた。


 「…あと一押しですわね、はぁっ!」


 槍を逆手にアンリエッタが走る。

 アンリエッタの狙いはマリオンの仕留め損ないに対する追撃だ。

 とは言え、当然ながら巨体を誇る巨大悪鬼の足を突いても致命的な攻撃とはならない事は自明の理であり、アンリエッタの跳躍力ではいくら片膝をついているとは言え、巨大悪鬼の胴体や頭部へは届きはしない。

 そこでアンリエッタが閃いたのが手に持った槍で地面を突き、その反動を利用して飛び上がる、つまり棒高跳びの要領だった。


 地面に突き刺した槍の穂先を支点として身体を目一杯に逸らすと、弓なりになったまま槍に魔素を注いで衝撃波を放つ。

 マリオンに続いて大きく上空へ飛び上がったアンリエッタは空中で体勢を整えると、大槍を構えて身体を大きく引き絞り、渾身の力で巨大悪鬼の胸へと突き下ろした。


 「はあああッ!…浅いッ…それならばッ!"暴風槍(ブラストスピア)"ァッ!」

 「グオッ…!…グゴガァッ!?」


 アンリエッタの槍は巨大悪鬼の胴体へ深々と突き刺さったものの、手を伝わって来る手応えはまだ仕留め切れていないと、そう言っていた。

 瞬時にアンリエッタは槍へとありったけの魔素を注ぎ込んで再び衝撃波を放つと、槍を突き立てられて仰け反った巨大悪鬼は驚きながら仰向けに倒れ込む。


 「ハァ…、あとは任せましたわよ」

 「ええ、任せなさいっ!ドタマかち割ったげるわ!」


 入れ替わりにマリオンが槌斧の槌を構えて高速回転しながら跳躍すると、仰向けになり無防備となった巨大悪鬼の頭を目掛け、全身全霊の一撃を振り下ろす。


 「でえぇぇいッ!」

 「ヴォッ…ゴガッ…!」


 マリオンの槌が巨大悪鬼の頭を捉えて頭蓋を砕く鈍い音が周囲に響くと、巨大悪鬼の巨体が衝撃によって跳ね、ふわりと宙を舞う。

 これは他の悪鬼達も想像し得ない光景だったのか彼らは騎士達と交戦していたのも忘れ、その有り得ない光景を見つめ、呆気にとられていた。


 「…四半刻どころではなかったか、我々も残党狩りで手間取っているわけには行かぬな」

 「…流石と言うべきか…、…我々も遅れをとるわけにはいかない…!」

 「まぁまぁ、二人ともそう肩肘張らずにいこーよ。もうミストラルくんの方は包囲が終わってるんだしさー」

 「これがアンリエッタさんの副官…、手回しが早い…!…ならば我々は内から敵を殲滅します!もう一踏ん張りです!」


 四人の隊長達とソニアの隊が奮戦している中、ミストラルは隊に包囲の指示を出しており、アンリエッタとマリオンが巨大悪鬼を仕留めた頃には既に森から出てきた悪鬼達を包囲する陣を完成させていた。


 「ふいー、間に合ったッスね。森の中に残ってた分は見えた範囲で自分が仕留めときましたんで、残りは隊長方、よろしくお願いしまッス」


 包囲陣を先導していたミストラルが息を吐きながら戻ってくると、その鎧は森の中で仕留めてきたであろう悪鬼の血で青く染められていた。

 

 「ふ…心得た!」

 「…だがどうやら…」

 「休ませて貰えそうにはなさそーだねー」

 「げっ、隊長…!」


 アンリエッタが頭を覆う兜を外して投げ捨てると、薄っすらと汗ばんだ整った顔が姿を現わす。

 その表情は僅かに険しく、直ぐに持っていた槍の穂先がミストラルへと向けられた。


 「…はいはい、わかりましたよ…。さぁて、もうひと頑張り、と行きますかねぇ…」


 頭を取られ、浮き足立った悪鬼達は背を向けて逃げようとする。

 しかし逃げ出した先にはミストラルが配置した騎士達が待ち構えており、逃げ出した者から斬り捨てられ、踏み止まった者も背後から四人の隊長と騎士達に斬られてはあっという間に瓦解していった。

 気が付けばあれだけ苦戦していた騎士達も残党狩りでは全員がほぼ無傷で終わり、寧ろその後処理に追われていた程で、彼らは巣に残っていた雌や子供の個体を残らず仕留めた後、首を落とし確実に息の根を止めた悪鬼達の死骸を集め、巣となっていた寄せ集めの丸太で築かれた廃屋ごと焼き払い、任務完了とした。


 頭蓋を砕かれて生き絶えた巨大悪鬼の首級をマリオンが両手で抱え挙げる。

 その巨大さはマリオンで無くとも大きく、大柄なザイルと比較しても頭だけで倍程の大きさだ。


 「アタシ達の勝利よ!勝鬨をあげなさいっ!」


 マリオンの声と共に騎士達の鬨の声が森を越えて一帯に響き渡る。

 気が付けば夕刻、騎士達は周辺の村落を訪ね、脅威の排除を報告すると、翌日にはブリュンヒルデへと引き返していった。

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