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第百五十話:魔導士から魔剣士へ 中編

 クリスがアリーシャの指導の下で剣の稽古を始めてから一年が経つ。

 基礎のやり直しは一通り終わり、最近は専ら、実戦形式の稽古を繰り返している。

 

 クリスの木剣がアリーシャの首筋にあてがわれ、二人はピタリと動きを止めていた。


 「…一本よね、アリーシャ?」

 「…ええ、紛れもなく。たった一年でこれほどとは思いませんでした」


 アリーシャは木剣を収めてローブの裾に付いた雪を払うと背を向ける。


 「私が教えられる所はここまでですね」

 「…アリーシャ。でもあなた、本気では無いんでしょう?」


 アリーシャの本領は両手に剣を構える二刀流であり、ここまで彼女は一振りの木剣でクリスの指導にあたっていた。

 クリスもそれを当然知っており、これ以上教えられる事はないと話すアリーシャの言葉の真意を量りかねていた。


 「ええ、私では一刀での指導はこれ以上は出来ません。クリスティン様が使われているのは騎士剣(バスタードソード)と分類されるもの、セオドア様は片手で扱う事もありましたが…、本来ならば一刀で扱うべき剣です。それもセオドア様の様に器用かつ臨機応変に立ち回れる剣士であればそういった扱いも出来るのでしょうが、クリスティン様の場合は恐らくそういった扱い方よりも一刀での扱いを磨く方がよろしいかと。私の剣は剣士としての剣よりも暗殺者(アサシン)盗賊(シーフ)としての剣の扱い方、私が教えたのは剣士の基礎に過ぎません」


 ふた振りの剣を扱う剣士自体は多数いるが、剣士の二刀流と暗殺者や盗賊の二刀流では太刀筋や立ち回りは大きく異なる。

 実際にアリーシャは二刀を扱う時は臨機応変に一刀流と切り替えて軽業師の様な身のこなしを取り入れた動きで翻弄するタイプであり、真っ向からふた振りの剣を振るう剣士の二刀流とは全くの別物だ。

 セオドアの場合は器用に両方の戦い方を取り入れたものでこればかりはセオドア自身のセンスに依る部分が大きい。

 クリスの場合、器用な剣士とは言えず、アリーシャは彼女を基礎に忠実な一刀流の剣士としての資質を感じており、二刀流を扱う資質は少ないと判断していた。


 「実戦の稽古であれば今後は二刀でお相手致しますがこれ以上の指導に関しては街で指導者を求めるか、あるいはご自身で鍛えるかでしょう。それに…」

 「剣術に魔術を絡める方法よね…。魔術だけなら兄様より上手く扱える自信はあるけど…」

 「模倣しようとなると剣からではなく剣を握る手から炎が出ていましたからね。魔剣士については私は完全に門外漢ですので、ここはやはり街で指導者を求める方が良いのではないかと思います」


 クリスはこの一年、セオドアの様に剣から魔術を放つ訓練を独自に行っていたが、今まで一度の成功も無い。

 "魔術はイメージ"、幼少の頃からの教えを忠実に守り、それにも活かせると彼女は考えていたが、それでも彼女に剣から魔術を放つと言う技は再現出来ずにいた。


 「一旦街へ戻りましょう。このままじゃあと二年で魔剣士になれるとは思えないわ」

 「ええ、それがよろしいかと。二年でSS級の魔物に敵うほどの剣術を会得するのは一流の剣士でも不可能です。魔剣士としての可能性を見いだす方が現実的でしょうから」


 二人は稽古中脱いでいた雪除けの外套を羽織ると、先ずは冒険者の集まるギルドを目指してテラービブの街へと戻る事にした。


 ーーー


 「おう、クリスちゃんにアリーシャさん。久しぶりだな、剣の修行は順調かい?」


 夕刻になってギルドを訪ね、扉を開けるなりそれに気付いた雪人種(サスカッチ)のギルドマスター、ゴードンが二人に声をかける。


 「どうもお久しぶりです。順調と言うには厳しいところですね…。少し行き詰まってまして…」

 「基礎の部分についてはもう十分に身についてはいるのですが、まだとてもSS級の魔物と戦うには不十分でしょう。私もこれ以上教えられる事が無くなりまして」


 クリスとアリーシャは難しい顔付きでゴードンに返すと、それを聞いたゴードンもカウンターに肘をついて難しい表情を浮かべていた。


 「そうかい…、だが生憎、今うちのギルドにも腕利きの剣士も顔を出して無くてな、悪いが今はこっちも力になってやれそうにねぇな。…そうだな、最近柄の悪い奴が多くてあまり勧められたモンじゃねぇがピェーチカの酒場は知ってるな? どうもあそこが用心棒だか知らねぇが腕の立つ奇妙な服を着た剣士を雇ったんだとか。…まぁ俺が知ってる情報はこんだけだだな、恐らくギルド登録の冒険者でもねェだろうから紹介料もいらねェ。ま、興味があるなら注意して見に行きな」

 「ありがとうございます、ゴードンさん。私ももう余裕が無いんで今聞いた情報、当てにさせてもらいます」

 「おう、面倒に巻き込まれんようにな」

 「ええ、最悪魔術に頼ります」


 クリスは笑顔で見送るゴードンに返しながらギルドを後にすると、大通りを進み程なくして客の賑わう声、もとい騒ぎ声の絶えない酒場の前に立っていた。


 "暖炉"を意味する名を冠した酒場、ピェーチカ。

 そこは雪と氷に閉ざされる冬のテラービブの街でも常に"熱い"、街の人間ならば知らぬ者がいない程の酒場だった。


 「ケンカだァッ!ケンカが始まったぞォッ!」

 「やれやれェッ!」

 「そこだァッ、叩きのめしてやれェッ!」


 樽や瓶の割れる音、客の騒ぎ声、そして殴り合う者達の怒声が常に聴こえてくるこの酒場はある意味街の象徴とも言える。

 二人がこの酒場の前、頭上に掲げられている看板を見上げていると酒場の扉が蹴破られ、下着一枚だけの顔を赤く腫らした男が飛び出して仰向けに倒れこんできた。


 「へっ、おととい来やがれっ!」


 後から出てきた筋骨隆々とした男はそう吐き捨ててすぐに店の中へと消えていく。


 「…大丈夫…ですか…?」

 「…チックショウ…!おうおう、見せモンらねえろ!こかァらキや女の来るところらぬェ、散りやられ!」


 店を叩き出された男は鼻血を流しながら喚き散らす。どうやらこの男は相当酔っ払っている様子だ。

 フラフラと起き上がるも酔いと雪で足元が覚束ず、立ち上がろうとしては膝をついたり尻餅をついたりと立ち上がれずにおり、アリーシャが手を差し伸べるもその手を払いのけてしまっていた。


 「…ダメですね、これはもうどうしようもない」

 「…仕方ないわね。とりあえず中に入って見ましょう」


 酔っ払いを置いて二人が扉が壊れたままの店内へと進むと直ぐに店主らしき人物がグラスを磨いていた。


 「…女だけの客か…。ま、身包み剥がされたり攫われたりせんように気をつけるこったな…」


 無精髭を生やした筋骨隆々の店主はクリス達にそうとだけ話すと顎で促すが、クリス達がカウンターの前を通り過ぎようとすると呼び止められる。


 「…待ちな、この店じゃ武器の類は御法度だ。さっきの騒ぎを見た通り、この店の客は血の気が多くてな。喧嘩についちゃ日常茶飯事でもう止める気も起きゃしねぇが、刃傷沙汰だけはまっぴら御免だ。こっちで預からせて貰うか宿に置いてくるかして貰わねぇと店には入れられねぇな」

 

 カウンターの中には客のものと思しき様々な武器が並べられており、旅人や冒険者、中にはゴドフロワ領の兵士のものもある。


 「…仕方ないわね」

 「徒手での戦いも多少腕に覚えはありますのでいざという時は私が」


 アリーシャは腰に挿したふた振りの直剣を外し、鞘ごと店主に渡す。

 クリスはと言うと、背中に背負った騎士剣を店主に渡そうとするが、ある事に気付いて渡すのをやめる。


 「この剣、かなりの重さなんですが…、多分持てないと思うんで直接置きにカウンターの中に入ってもいいですか?」

 「…そんなに重い剣だとしてもお嬢ちゃんが振り回せるんなら、俺がそこに置くのに運ぶくらいワケはねぇと思うが、貸して見な」

 「あっ」

 「…うおっ!?」


 店主がクリスの剣を掴んだ瞬間、騎士剣は急激に重さを増し、店主は驚いて手を離した。

 店主の手から離れた剣はカウンターの上に落ちると、既に元の重さに戻っており、やや軽い金属の音を立てていた。


 「…なるほどな、曰く付きの剣か」

 「ええ、そう言う事です。本当に置くだけですから中に入っても?」

 「まぁ仕方ねぇか…」


 店主はカウンターの仕切り扉を開けるクリスを招き入れ、その一挙手一投足に警戒している。

 クリスはカウンターの中へと入るとすぐに剣を置き、その場を離れようとするが、その瞬間、店主のものとは別の突き刺さるような視線を感じて後ろを振り返った。

 店主の背後、店の裏から只ならぬ気配をクリスは感じたが、彼女が振り返った時には既に姿を消してしまっており、その気配も忽然と消えてしまっていた。


 クリス達はカウンターに武器を預けた後、騒がしい店内を進み、奥にある空いたテーブルに座る。

 他の客は大半が男、僅かに女性の客もいるがそれも全て男の連れといった様子である。

 店内を見回すがどうにもゴードンが話していた様な"奇妙な服を着た用心棒"らしき人物は見当たらない。


 「多少派手な服を着た者はいますが…、奇妙と言う程ではありませんね」

 「…ええ、もう少しだけ見てみましょう」


 店の最奥でクリスとアリーシャは面倒に巻き込まれない様、静かに店内を見回しながら酒を飲んでいた。

 しかし、やはり女性二人だけと言うのは嫌でも目立ってしまうらしい。

 店に入って来た時から二人に視線を送り続けていた酒に酔った男が二人の座るテーブルに訪ねて来ていた。


 「…よっと、おうお姉ちゃん達、一晩幾らだい、っとぉ…」


 酷く酔っているのか全身から酒の匂いを漂わせているこの男はクリス達を売春婦か何かと勘違いをしている様だ。

 そして男の方は覚えていない様だが、クリス達はこの男の顔を覚えている。


 「何ら、俺の顔にぃ、なんかついてんのかぁ?」

 「ぎゃははは!親分に一目惚れでもしたんじゃねぇんですか!?」


 男は半年前、子分を引き連れて襲ってきた所を返り討ちにしたならず者の親分であり、どうやら今でも子分を侍らせて大きな顔をしている様だ。


 「以前お断りした筈ですが」

 「あぁ? なんだ、どっかでその顔…」


 親分は漸く此方の顔に気が付いたのか、目を閉じたまま答えるアリーシャの顔を覗き込む。

 

 「…あぁ、そのツラ思い出したぜ!あん時はよくも…!」

 「はて、私からは特に何もした覚えはありませんが」


 アリーシャは不敵に笑い、当時返り討ちにした際、彼が自滅した事を仄めかす。


 「うるせえ!ここで会ったが百年目、今度こそ取っ捕まえて犯してやらぁッ!」

 「…相変わらず品のない方ですね。…できるものなら…」

 「うおおおおっ、ドンスコイッ!さっきはよくもっ!」


 アリーシャが身構えていると、店の入り口から何やら叫び声の様なものが聞こえてくる。

 すると先程店から叩き出された下着一枚の男が手に刃物を持って押しかけてきていた。


 「あぁ? 何だよ、こっちはイイとこだってのによ…、それにそいつはこの店じゃ御法度だろうがよ…!」

 「知るか!さっきの借りは返させて貰うぞ、ドンスコイ!」


 どうやらさっきの男もこのドンスコイという男にやられたのだろう、そしてその仕返しとしてこの店の禁忌を破って武器を持ってやってきた様だ。


 「うおおおお!」

 「おいおい、やめときな…」


 ドンスコイは刃物を構えて突っ込んでくる男を見ても動じる事無く、まるでその刃が決して自分に突き立てられる心配など無いかの様に悠然と構えていた。


 「…そらきた」


 ドンスコイがそう呟いた瞬間、彼と突っ込んで来る男との間に異様な気配と共に何者かが割って入る。

 

 「邪魔すんじゃねぇ!テメェも刺すぞッ!?」

 「…しからば斬り捨てる迄」


 割って入った男が腰に挿した剣に手をかける。

 すると、いつの間に剣を抜いたのか、男の持っていた刃物が弾き飛ばされて天井に刺さり、更に手を返すとその峰で男を一閃、抉った様な打撲痕を与えて吹き飛ばす。

 その姿はまさに異様そのもので美しい桜が描かれた前びらきの黒い服を羽織り、踝まである程長いスカートの様な物を履き、更にその髪型も黒く長い髪を纏めて結わえ、油で固めた様な奇妙な出で立ちだった。


 「この店では如何なる理由があろうと武器の類は御法度、早急に立ち去るならば良し、立ち去らぬならば…」


 奇妙な姿をした男は抜いた片刃の剣を壁に叩きつけられた男に向けると、その剣から氷の刃を生み出し、頰を掠める様にして放つ。


 「あれは…!」


 剣から放たれた魔術、恐らくではあるがセオドアのものと同様のものだ。

 


 「ぐっ…くそっ…!店の用心棒か…!」

 「去ねぃっ!」


 用心棒の男の声に男は踵を返し店を飛び出すと、今度はドンスコイにその刀を向けた。


 「おいおい、俺は何も武器なんざ持っちゃいねぇだろ」

 「これは警告に御座る。ドンスコイ殿、店に来て酒を飲む事は構わぬが、最近些かそれが過ぎるのでは御座らぬか? 酒の席の喧嘩は付き物ではあるが、濫りに騒ぎを起こすのはやめていただきたい」


 用心棒の男はそう言うと、剣に魔力を形成し始めているのがクリスにはわかる。


 「…へいへい。ちっ、興が削がれた、帰るぞお前ら!」

 「へ、へい、親分!」


 ドンスコイはそう言って子分達を引き連れて店を出る。

 彼らの居なくなった店内は静かなもので、クリス達と僅かな客を残し、伽藍堂としていた。


 「ふん、ごろつきが…と、大事無いか、ご婦人方」


 奇妙な出で立ちをした用心棒はドンスコイ達を追い出してそう吐き捨てると懐から手拭いを出して、クリスとアリーシャに話しかけてくる。


 「ええ、何も。助けていただき有難うございます」

 「はっは、礼など不要、拙者はこの酒場の用心棒故、当然の事をしたまでの事。ご婦人方に大事無い様で何よりで御座る」


 用心棒の男は屈託の無い笑顔でそう答える。

 容姿こそ異様そのものではあるが、その端正な顔立ちは正に美丈夫と表現するに相応しい青年だ。


 「しかし、その召し物といい、話し方といい、色んな人種が行き交うと言われるルミネシアでもかなり珍しいのでは?」

 「ふむ、確かによく言われで御座る。何分、拙者はこの大陸の者では無くてな、言葉も漸く覚えたばかり故、容赦頂きたい」

 「…ワダツミの方ですね?」

 「…分かるか、ご婦人」

 「ええ、一度だけ、ドルマニアンでワダツミの剣士の方にお会いした事があるので」


 クリスの脳裏を過ぎったのはドルマニアン諸島でサヴィオラと共にいたワダツミの剣士カネミツ。この用心棒の男が持つ剣は拵えこそ異なるが彼女から見れば似た様な者であり、他の地域ではまず見る事はない見た目である。


 「それと、さっき武器を預ける為にカウンターに入った時に私を見ていたのもあなただと思うんですが、どうでしょうか?」


 アリーシャと話す中、クリスが用心棒の出身地を口にすると、彼は一瞬動きを止める。


 「…如何にも。申し遅れたが拙者、ワダツミより旅をしておるセンゾウと申す。故あってこの店で用心棒を務めておる」

 「私はクリスティン・ホワイトロック、実はこの店に来たのも貴方に用事があったからなんです」

 「拙者に…?」


 自分に用があると聞いてセンゾウは驚いたような顔を見せる。

 ワダツミから単身、大魔大陸へやってきた彼に他所の人間が訪ねて来る等、思いもよらなかったのだろう。


 「おいセンゾウ!片ァ付いたんならテーブル開けろォ、ドンスコイの奴らが帰ったんなら店が忙しくならァ!」


 カウンターの中から店主の怒鳴り声が響く。


 「むぅ…こちらでは陰の八刻であったか、それまでは拙者、この店を離れられぬ」

 「わかりました、では後ほど訪ねさせていただきます」

 「センゾォッ!聞こえてんだろうがッ!」

 「はっ、ただ今ッ!…しからば御免」


 店主に再び怒鳴られたセンゾウは慌ててテーブルの上に散らばる食器をカウンターの中へと下げ始める。


 「クリスティン様、我々も一度出直しましょう」

 「そうね」


 クリスとアリーシャは葡萄酒のグラスを飲み干すと、足早に店を後にした。

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