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第百四十八話:澱み濁る大水郷 中編

 「不死種(アンデッド)、不死種、不死種。正直うんざりしてきたわね」

 「ああ、昔は不死種なんてほとんどいなかったんだけど…、この分だと一気に濃い瘴気に侵食されていったんだろう」


 大水郷に注ぐ川の上流、水源である精霊(アプサラス)の寝ぐらを目指している途中、二人は幾度も瘴気によって引き寄せられたとされる不死種の魔物と戦闘を重ねていた。


 「オ゛オ゛ォ…」

 「ウヴゥゥ…」

 「またでたわね…!」

 「蘇生者(レブナント)だね…、動きは遅いしいちいち相手にしててもキリがない、さっさと撒いてしまう方が良さそうだ」


 土の中からゆっくりと唸り声を上げて身を起こすかつての人間だった成れの果てである、蘇生者の群れだが、二人はその動きが遅いとわかると直ぐにその隙間を抜けて突破する。

 その際、フォルクハルトにもクローディアにも掴み掛かろうと伸ばされた指が触れるが、それらを払い除けて群れの中を切り抜けていったが、その瞬間、クローディアの頰を弾丸の様に突っ込んで来た何者かが掠めて行く。


 「ガァッ、ガァッ!」

 「クッ…黄泉の鴉(ヘルズクロウ)…!」

 「どうやら…戦うしかなさそうだね…!」


 蘇生者達の群れを切り抜けようとする二人の前にそうはさせじと現れたのは黄泉の鴉。

 骨の浮き出た腐った体を持ち、漆黒の翼をはためかせ、真っ赤な瞳で二人を睨み付けるこの魔物もまた不死種の魔物であるが、追ってくる蘇生者達の様なのろのろとした動きでは無く、鳥種の魔物と同様に素早く辺りを飛び回る。


 「後ろからは蘇生者の群れ、前からは黄泉の鴉か…」

 「フォルク、私が後ろを抑えるわ!黄泉の鴉は任せたわよ!」


 自身の魔術では黄泉の鴉の速さには通用しないと見たクローディアは早々にお互いに背中を預け、前後に対応する形を取る。


 「いくら瘴気を魔素として取り込めると言っても邪歪力(イビルフォース)が連発できる程じゃないわ。それにどんな奴がいるかもわからない以上、少しは余力を残しとかないとね」

 「了解、じゃあ後ろは宜しく頼んだよ!」


 フォルクハルトは弓を黄泉の鴉へ、クローディアは魔力を込めた手を蘇生者の群れへと向けお互いの背中を護る。

 

 「影槍(シャドースパイク)ッ!」

 「アア゛ァ…!」

 「ウウウァァ…」


 木々の作り出した薄い影から次々に伸び出す黒い槍が蘇生者達を貫いていく。

 動きの遅い蘇生者達は次々と倒れて土に還って行くが、それでもなお新手が現れては二人に迫ろうとしている。


 「ガァーッ!」

 「クッ…、速いッ!」


 フォルクはと言うと相対する黄泉の鴉の速度に追いつくので精一杯と言った様子だった。

 朽ちた肉体でありながらも素早く飛び回り、フォルクの放つ矢は悉く躱され空を切る。

 

 「本当にキリが無いわ!フォルク、まだなの!?」

 「ごめん、なかなか当たってくれないんだ!それにもうすぐ矢が尽きそうなんだよね…!」

 「嘘でしょ、こんな時にッ…!…って、こっちももう余裕ないわよ!?」


 クローディアは蘇生者達に闇の魔術で応戦するもその物量に、フォルクは黄泉の鴉に何度も矢を射かけるもその速さに二人は徐々に追い詰められて行く。

 

 「もう限界よ、このままじゃ押し切られるわ!その弓の力どうなってるのよ!? 創造神のお供だった人の弓なんでしょ!?」

 「…そうは言っても…、あれ…?」


 焦りから思わず弓を強く握ったフォルクが弓に生じた変化に気付く。

 先程までは特別な変化の無かった弓だったが、フォルクが弓を強く握った瞬間、弓全体が、とりわけ弦の部分が強い光に包まれていた。


 「もしかして…!」


 矢を持たぬままフォルクが魔素を込めて弓を構えると、弓の弦は強く発光し、矢を持っていない筈の右手に光の矢が生まれる。


 「これならっ…!」

 「なんでもいいから早く黄泉の鴉を仕留めて!これ以上蘇生者を抑えてられないわ!」

 「…当たれェーッ!」


 フォルクの放った光の矢が辺りの風を歪めながら黄泉の鴉へと直進する。

 しかし、黄泉の鴉は寸でのところで矢を躱すと、歪み吹き荒れた風に揉まれて体勢を崩していた。


 「グワッ…!」

 「これで…どうだっ!」


 黄泉の鴉が最初の矢を躱し体勢を崩した瞬間、続けて放たれた光の矢がその身を貫く。

 放たれた矢が黄泉の鴉の不浄の肉体を清めると、その身体は腐肉が朽ち果てる様に溶け出しては、土へと還っていき、不気味に輝く紫色の魔石を残していった。


 「よし、急いでここを離れよう!」

 「言われなくてもそうするわ!もうそこまで来てるわよ!」


 黄泉の鴉を仕留め前方の憂いが取り払われた瞬間、クローディアはフォルクがこの場を離れる提案をするよりも早く前へと駆け出していた。


 「うわわっ!危ないっ!」


 フォルクが振り返った瞬間、目の前には蘇生者達がその腐りきった顔と手を伸ばし迫ってきていた。

 後ろに飛び退いてそれを躱したフォルクはそのまま先に逃げ出していたクローディアを追い始める。


 「ちょっと!抑えておいてって言ったよね!?」

 「仕方無いでしょ!そもそも闇魔術自体、相性悪いんだしあの数なら尚更よ!」


 最初は数体だけの蘇生者だったが、いつの間にか次々に増え、今では枯れた木々の間を埋め尽くす程の数にまで集まっており、文句を言いながらもフォルクはクローディアの言い訳を聞いて頷いていた。


 「…あれ、追ってこないわね…?」

 「待って、様子がおかしいよ…?」


 聞こえなくなった蘇生者達の唸り声に気付き、撒いたものと思ってクローディアが振り返る。

 同時に振り返ったフォルクの眼が遠くで集まり、折り重なる様にうず高く積み上がって行く蘇生者の姿を捉えていた。


 「何? 何なの?」

 「嫌な予感がする…、急いで離れよう!」


 うず高く積み上がった蘇生者達の身体が融け出し、一つの肉の塊へと姿を変えて行く。

 その変化を見て足を止めたクローディアの手を引いてフォルクは更に川の上流へと走り出していた。


 融け合う蘇生者達の山を背に、森の奥深くへと走り続けるフォルクとクローディア。

 もう背後の木々の影に蘇生者達の山は見えなくなり、足を止めて乱れた息を整えていた。


 「はぁ…はぁ…何だったのかしら…、あれ…」

 「わからないけれど…ケホッ、嫌な予感が…ハァ…したんだよね…ケホッ」


 普段は少々走った程度では息一つ乱さないフォルクが岩の上に座り込み、咳を絡めながら息を整えている。

 全力疾走をしたから、そう言った理由ではなく、マントやズボンから覗かせる腕や足にも首筋にあった黒い斑点が現れているのにクローディアが気付いた。


 「…ちょっと…はぁ…フォルク、あなた本当に…大丈夫なの?」

 「ああ…、少し辛いけどまだ…ケホッ、大丈…」

 「ヴォオ゛オ゛オ゛オ゛ォォッ!」


 フォルクをも蝕む病魔にクローディアが心配そうに尋ね、フォルクも気丈に振る舞い返事を返そうとするが、それを遮って二人が逃げてきた後方から濁り掠れた雄叫びが木霊してくる。


 「…まさかね」

 「…そのまさかみたいだ。…ケホッ、…どうやら、追いついてきたらしい」


 弓を取り、辛そうな声で話しながらフォルクが立ち上がる。

 そして二人が身構えて後方を睨んでいると、正体不明の巨大な塊が二人に目掛けて飛来していた。


 「来たわっ!」

 「危ないっ!」


 二人は飛び退いて飛来してきた巨大な肉の塊を躱す。

 飛来した塊は地面に叩きつけられると同時に周囲の木々へと肉片を飛び散らせ、既に枯れた木々は突如として腐り、朽ち果ててしまった。

 飛び散った肉片は周りの草木を腐らせながら蠢くように集まると、徐々にその姿を形成して行く。


 「…気持ち悪い魔物、コイツがこの異変の原因かしら…」

 「さあ…でも、どちらにしろこの魔物を倒さないと先にも進めなさそうだ」


 蠢く肉の塊を見て二人が声を漏らしながらその魔物の姿が形成されていくのを固唾を飲んで見ていた。

 そして遂に姿を現した魔物はいくつかの無数の手足を生やし、腐臭を漂わせ、その大きな身体には融けた蘇生者達の顔や内臓、骨が浮かびあがるグロテスクな姿をした魔物となり、至る所から浮かぶ口から唸り声をあげている。


 「…コイツ、屍肉巨像(フレッシュゴーレム)よ。昔何かの本で見たことあるわ」

 「まぁ見ての通りの…ゲホッ、気持ち悪さだね…」

 「ヴォオオアアァァッ!」


 腐臭を撒き散らし、溶け合った蘇生者達の輪唱が大音量の雄叫びとなって二人の耳を劈いた。


 「ウウウアァッ!」

 「…っ!来るっ!」


 溶け合った身体を変形させ、沢山の腕を編んだ様な太く長い鞭を作り出した屍肉巨像がそれをしならせて地面に打ち付ける。

 その一撃は地面を抉り自ら引き千切れると、再び肉片となって本体へと戻って行く。


 「なんて非常識な攻撃なの!」

 「…まぁ、不死種らしいと言えば不死種らしいけど…ねっ!」


 千切れた肉片が本体へと戻って行く隙にフォルクは弓を構えて光の矢を引き絞っており、クローディアの言葉に返答を返すと同時に矢を放つ。

 放たれた矢は屍肉巨像の身体を貫いてその部分に浄化の白い炎を残すと激しく燃え上がるが、屍肉巨像は再び姿を変えて浄化の炎を肉で覆い尽くして消火してしまう。

 更に屍肉巨像は穿たれた部分を肉で埋め、再び元通りに


 「ケホケホッ…!効いてるには…ンンッ…効いてるけど…」

 「…再生能力というか…そっちが完全に上回ってる形かしら。何にしても早い話が"命授の巨像(ゴーレム)との戦いの定石通り、核になってる魔石を砕くしか無いわね」


 それを聞いてフォルクは頭を抱える。

 先程仕留めた黄泉の鴉が吐き出した魔石の一欠片、それがこの屍肉巨像の核であれば、あの時無視せずに破壊していたならこうはなっていなかった筈だからだ。


 「ゲホッ…あんまり時間もかけてられないかな…。クローディア、…ゲホッ、一気に決めるから合わせて!」

 「…ええ、いつでもいいわ」


 時間の経過と共に悪化して行く一方のフォルクの病状。

 彼自身、心配をかけまいと平静を装っているが、その顔色は青褪めており、顔や腕に現れた黒斑も相まってクローディアから見てもとても平気だとは思えない様な状態だ。

 クローディアも魔素の温存を、と考えてはいたが、フォルクのそんな様子を見るとそうする訳にも行かず、決着を急ごうとする彼の考えに同調せざるを得なかった。


 最大限の魔素を注いでフォルクは極大の光の矢を生み出し番えると、クローディアも両手に闇の魔力を込めて光の矢が放たれる瞬間を待っていた。


 「ヴォオオ、ア゛ア゛ァッ!」

 「…フォルクッ、来るわよッ!」

 「…ああ、…ゲホッ…ゴホッガフッ…!」


 肉体の再生が済み、屍肉巨像が再び腕の鞭を大きく真横に振りかぶる。

 どうやら屍肉巨像は振りかぶった腕の鞭で今度は薙ぎ払ってくるつもりの様だが、その瞬間フォルクは弓に矢を番えた状態のまま、激しく噎せ返す。


 「ちょっ、フォルクッ伏せてッ!…ああもうッ!」


 クローディアはとても避けられる状態ではないフォルクに飛び付き、弓を構えたフォルクと共に地面に倒れこむと、その真上をゾッとするような風切り音と共に屍肉巨像の腕の鞭が通り抜ける。


 「…ケホッ…そこだ…!"風精の翼撃(シルフィード・ブロウ)ッ!」


 倒れた状態のままフォルクが射った光の矢が翼を広げた精霊を象る様に輝きを放ち、屍肉巨像へと一直線に貫くと、舞い散る羽を思わせる軌跡を残していく。

 その衝撃で貫かれた部分から表皮がめくれ上がり、内側に詰まった腐肉を撒き散らしながら屍肉巨像は膝をついてその場に蹲っていた。


 「くっ…痛っ──…って…痛がってる場合じゃないわね、そこよっ、邪歪力ッ!」


 フォルクに飛びついて倒れ込んだはいいが、屍肉巨像の腕の鞭は僅かにクローディアを掠め、その際に彼女は地面に叩きつけられて、そのままなぎ倒された枯れた樹木へと背中から激突していた。

 しかし彼女は両手に込めた闇の魔力を解除する事なくフォルクが仕掛ける瞬間を待っており、めくれ上がった屍肉巨像の腐肉の中から微かに覗かせた鈍い紫色に輝く魔石の欠片をその眼に捉えると、その魔力を解放する。

 屍肉巨像の体内から闇魔術で魔石の欠片を抜き出すと、両手を握りしめ、魔石の欠片を脆い砂の塊を握り潰す様に砕いてみせた。


 「オオォ…ヴォオオ…」


 核となっていた紫色魔石が砕かれた瞬間、屍肉巨像は苦しむ様に踠くと、瞬く間に腐臭を漂わせながらその場に腐り落ちてゆく。

 ぐずぐずに融け落ちた肉や骨はそのまま土に還る様に溶けて無くなり、屍肉巨像はその場から姿を消した。


 「…ふうっ…、何とか…、…痛たたっ…」


 負傷はしたものの、何とか屍肉巨像を退けた事にクローディアは安堵の息を漏らす。

 それと同時に強く打ち付けられた背中と擦りむいた肩の痛みに小さく悶えていた。


 「…ゲホッ…ダメだ、コイツじゃない…ガフッ…少しは周りの…瘴気は薄くなってはいるけど…ゴホッ、ガハッ…ゴホッゴホホッ…うっ…!」

 「…フォルクッ…!あなたっ…!」


 矢を放ったままの体勢で横たえたフォルクは更に激しく咳き込んでいた。

 地面に滞留していた濃い瘴気を吸い込んだ事で病状が一気に加速したのか黒斑が強く浮き上がり、目に見えてフォルクの身体を蝕んでいくのがわかる。


 「…マズい、どんどん瘴気に蝕まれてる…。お願い、間に合ってっ…!」


 その様子を見たクローディアは全身を突き抜ける様な痛みを推してフォルクの側まで身体を引きずると、彼を抱き起こしてその唇に自身の唇をためらう事なく合わせる。

 その瞬間、フォルクを蝕む黒斑はゆっくりと退いていき、それに伴って彼の荒いだ呼吸も徐々に落ち着いていった。


 「…フォルク、立てる?」

 「ケホッ…ああ、何とか…」


 フォルクの唇からは微かに血の味を感じたが、クローディアは彼がしっかりと返事が返ってきた事に一先ず安堵した。

 そしてその直後、紅潮した頰を見せまいとクローディアは彼からそっぽを向く。


 「ありがとう、クローディア。…あれ?」

 「え、ええ。…でも今度は強がらないでもっと酷くなる前に言って頂戴よね」

 「…? うん、そうするよ。お陰で命拾いしたね」


 目を合わせない様にしているクローディアに疑問を感じつつも、フォルクはいつもの調子で返してくる。

 淫魔種(サキュバス)魔素吸収(エーテルドレイン)の為に他者と唇を重ねる事はけして珍しい事ではないが、逆に接吻けて赤面する方が珍しい。

 フォルクはその事に僅かに疑問を感じたものの、それどころではない事態であるこの森に危機感を抱いていた。


 「…それにしても、あんな魔物まで出てくるなんて…、里の守人達は大丈夫かな…」

 「…そうね。ただこの分だと…」


 "既に手遅れ"。考えたくはないがフォルクはクローディアが途中で濁した返答のその先に続く言葉、それが脳裏を過っていた。


 「…急いだ方がいいわ」

 「ああ、そうしよう…、と言いたいところだけど…。クローディア、少し休んだ方がいいと思う。焦った所でここでこの状態だ、それにクローディアだって強力な闇魔術を使っててすぐ回復できてるわけじゃない、そうだろう?」


 フォルクの指摘は図星だ。

 幾ら濃い瘴気中にいると言っても、フォルクから蓄積された瘴気を吸い出したと言っても、けして多くない自身の魔素総量の大半を吐き出す魔術を使った直後。

 魔素欠乏に陥るまではないにしろ、魔素の大半を失った状態でもしこれ以上に強大な魔物と対峙するとなると、大きな傷ではないとしても負傷した今の状態で戦うのは望ましくない。


 「でもフォルク、あなたは?」

 「ああ、今のでわかったんだけど地面に近い程瘴気が濃くなってる、だから僕は木の上で休んでるよ」

 「…わかったわ、でも辛くなった直ぐに言って。その時はまた瘴気を吸い出してあげるわ」


 クローディアのその発言にフォルクが少し顔を赤らめて目を逸らす。

 フォルクの身体に蓄積され不調を来たす澱んだ魔素、瘴気を吸い出す為だとは言えど、接吻は接吻。緊急時だったのには違いないがそれを思い出して彼は少し気恥ずかしそうに指先で頭を掻いていた。


 「フォルク…あなたって意外とウブだったのね」

 「そっ、それを言うならクローディアだってさっき顔を赤くしてたじゃないかっ!」

 「うっ、それは…」


 二人はお互いにからかい合いながら笑顔を見せると、クローディアは安堵した様に息を吐いていた。

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