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第百四十七話:百獣皇子、雪山に挑む。中編

 ほぼ一寸の曇りもない美しい白銀の山肌、その美しさとは裏腹にその頂を目指す者には容赦ない試練を課してくる。

 レオにとって雪山は初めて挑む環境であり、初めは自信過剰気味な感覚で登り始めた白蛇山脈の"白蛇の大顎"だったが、時には魔物との戦闘で負傷し、時には天候に悩まされ、その試練に何度も何度も跳ね返され続けた事で雪山に臨むのに必要な慎重さが芽生え始めていた。


 「チッ…吹雪が来るな」

 「ふゥむ、そォれは困りますなァ。この辺りはやり過ごす場所もないィ、テントを張ったところで飛ばされてしまうのがオチでしょう、どういたしますかなァ」


 風と雪が強くなり出したが、レオとマクニールがいる位置は開けた場所で、吹雪をやり過ごせる洞窟や岩場も無い。

 このまま吹雪に晒されれば、命に関わってしまうだろうが、レオは慌てる事もなく右腕を大きく回す。


 「どうもこうもねェさ。ちょっと待ってろ」


 レオはそう言って太い腕を雪の中に突っ込むと、あれよあれよと言う間に雪を掘り返し、大きな縦穴を掘るとあっという間に雪の中へと消えてしまう。


 「マクニール、入って来いよ!」


 レオの掘った穴にマクニールが入り込む。そこはちょっとした空間となっていた。


 「これなら吹雪を凌げるだろ」

 「なァるほどォ、雪を掘って無理やり洞窟の様にィ、とは考えましたなァ」

 「ああ、ちゃんと周りも固めたからな、敷物でも敷けばちょっとした雪洞の家だぜ」


 マクニールは荷物の中からカンテラを取り出して火を灯すと革の敷物を敷いて腰を降ろす。


 「さァて、漸く中腹、と言った所…ですかねェ」

 「ああ、悪ィな。雪山を舐めてたのもあってやたらと時間がかかっちまった」


 雪山での知識はマクニールに教えてもらったもので、レオは漸くそれを自身の身体能力を利用して活かし出す事が出来る様になっており、今ではこうやってマクニールもそれを頼りに出来るようになってきた。


 「全く知識が無い中からァ…半年足らずで中腹までやって来られるだけでもォ、相当だとォ思いますがねェ」

 「ま、目的地に着く"だけ"ならもう半年もすりゃ着きそうなもんだけどな」


 万年風雪吹き荒れる極寒の雪山、慣れたマクニールでさえ山頂まではまだ行ったことは無いらしく、以前行動を共にしていた冒険者とも進んだのはせいぜい中腹を過ぎたあたりであり、龍の素材を仕入れていた時も餌を求めてそこまで降りてきた成体になる寸前の幼体を仕留めていただけだと言う。

 レオが半年と話すのはまず一度登るにあたり充分な準備が必要な事、進むのにどうしても時間がかかってしまう事、そしてその為に道中で魔物に襲われ易く、逃げる事も出来ない為に戦闘を余儀なくされる事、最後に中腹以降、更に強い魔物が跋扈している事を踏まえての発言だ。

 小さな傷ならばスクロールの治癒魔術やポーションで事足りるがそれにも限りはある。

 怪我をして歩みが遅くなればそれだけその消費も増え、登りだけでは無く降りの物資まで考える必要があるとすれば結局の所、何度も挑戦を繰り返して少しずつ踏破するしか方法は無い。

 当然それにも慎重を期す必要がある。


 「こりゃあ当分止みそうにねェな…、今日はここでキャンプかね…」

 「ま、仕方ァありませんなァ。今夜は交代でェ出口が雪で塞がれない様ォ、見ておきませんとォ」

 「そうだな…。じゃあマクニール、お前は後に寝ろ。体力は俺の方がある、明日の出発を考えたら最後は俺が起きてた方がいいだろ」

 「ふゥむ…そうですなァ、今がァ…陰の二刻、三刻毎に交代とォいきましょう。夜が明けてからは止み次第出発とォ言う事でェ」

 「ああ、じゃあ俺は先に寝かせて貰うぜ」


 レオはそう言って自身の荷物から毛皮の寝袋を取り出すと、直ぐに眠りに就いた。


 ーーー


 夜が明けて陽の一刻、夜通し吹き荒れていた吹雪は漸く止み、空には晴れ間が見えていた。


 「空は快晴、視界も良好だ。これならちったァ先に進めそうかね…。おいマクニール、朝だ。吹雪止んだぞ」

 「んん…、ほォこれならばァ…無駄な戦闘も少しはやり過ごせるかも、知れませんなァ」


 マクニールはすぐに雪洞内の荷物を片付けて這い出してくる。

 先に雪洞から出ていたレオは周囲の警戒だ。


 「何かァ、いますかァ?」

 「多分、な。匂い、と言うよりは魔素が漂ってるって感じだ」


 視認は出来ていないがレオは何となく周辺に漂っている魔素の残渣を嗅ぎ取り、周囲を見回している。

 

 「…! マクニール、周りじゃねェ、上だッ!」


 レオが指を指した先、上空から雪の結晶を大きくした様な青白い光を放つ不思議な存在がゆっくりとレオ達の前へと降りてこようとしていた。

 それは魔素を湛えており、次の瞬間、一斉に放っていた光を強めていく。


 「"氷晶の霊魂(クリスタルホロウ)"、ですなァ。氷魔術を操る魔生物種ゥ、油断出来ぬ相手ですゥ、お気をつけてェ」

 「来るぞッ!」


 氷晶の霊魂は全身から放つ魔素の光を集め、魔力を練って無数の氷塊を形成すると、それを石飛礫の様にレオに向かって撃ち放つ。


 「うおっ!?」


 散弾の様に放たれた氷塊の弾丸をレオは横っ飛びで躱し身構えるが、一定の距離で浮かんだまま降りて来る気配の無い氷晶の霊魂を睨みつけ舌を鳴らす。


 「チッ、あの高さじゃ雪で足を取られで届かねェな…」

 「ならばァ、私の出番、ですなァ…!」


 マクニールは背負った鞄の中に手を突っ込むとその中から赤く輝く輝石を取り出し、無色の結晶に触れさせて氷晶の霊魂目掛けて放り投げる。

 マクニールがコントロール良く投げた輝石は氷晶の霊魂の側まで飛ぶと、激しく爆発炎上し、その爆風よって氷晶の霊魂はふらふらと地上近くに降りて来ていた。


 「だいぶ効いてるみてェだなっ…、オラァッ!」


 氷晶の霊魂が高度を下げた所にレオの爪が迫り、その身体を打ち砕く。

 弾け飛んだ破片が雪の上に散らばり、静かに太陽の光を反射させてきらきらと輝いていたが、レオは構えを解かずにその破片を睨み続けていた。


 「まァ、そういう事、でしょうなァ…」

 「チッ、これだから魔生物種ってなァ…」


 太陽の光を反射させていた氷晶の霊魂を構成していた破片が浮かび上がり、元の形を形成していく。

 レオが構えを解かずにいたのはこの為だ。


 魔生物種の魔物は大半が魔素や瘴気の影響を受けた物質が魔物化したもので、基本的に命という概念が無い。

 故に物理的な攻撃は効果が薄く、この氷晶の霊魂の様に元通り復元してしまう事が多く、基本的には魔素の干渉、つまり魔術による攻撃によってのみしかダメージを与えられないのだ。


 「ケッ、やっぱりか…!マクニール、盾構えとけェ!」

 「了解ィ、しましたァ」


 レオがマクニールに指示を出すと同時に氷晶の霊魂が魔素の光を放つと、晴れていた天気は一変、吹雪が荒れ狂う。

 マクニールは盾を構え、レオは身を竦めて左腕で顔を覆ってそれに耐えていた。


 「…大吹雪(グランブリザード)…!…これではァッ…、赤色魔石は投げられませんなッ…!」

 「大して効きゃしねェが…、…仕留めねェと流石に進めねェかッ…!」


 レオは首に下げた真魔光珠を手に取り、魔素を送る。

 そして獣の姿となると吹雪をものともせずに一直線に氷晶の霊魂を再びその鋭い爪で斬り裂いた。


 「…これなら効いたろ」


 氷晶の霊魂が真っ二つに斬り裂かれると同時に大吹雪が止み、再び太陽の光が白い山肌を照らし出す。

 そして真っ二つにされた氷晶の霊魂は再びくっ付く事も無く、そのまま粉雪が舞い散る様に姿を消していった。


 「おいマクニール、無事か?」

 「ええェ、何とかァ…」


 大きな盾でマクニールは大吹雪に耐えていたが、身体と盾の表面は雪で覆われ、白い息を吐きながら寒さの為に身体を震わせていた。


 「…参ったぜ、こりゃ」


 ーーー


 氷晶の霊魂が放った大吹雪によって体力を奪われたマクニールを回復させる為、レオは彼を背負って雪洞に戻ると、暖を取らせる事にした。


 「手間をォ…取らせましたなァ…」

 「…仕方無ェよ。一発で仕留めきれなかった俺が悪ィ」

 「しかしィ…何故ェ、仕留められたんですかねェ…」

 「あー…そいつはだな…」


 レオは真魔光珠の事について、マクニールに説明をする。

 真魔光珠によって身体能力を向上させられる事、通常の獣人の姿を含め四つの形態を変えられる事、そしてその際に微かに攻撃に魔力が宿る事を彼に話した。


 「そういう事ォ、でしたかァ…。でしたら何故ェ、最初から使わなかったんでェ?」

 「燃費が悪ィのさ、あれだけでも俺の中の魔素の四割方は持ってかれちまう。使う時に持ってかれンだろうな、使って暫くは持つが直ぐに解除してもそんくらい持ってかれてンだ。それに魔獣状態になりゃ限界が来ンのも早え、だからここじゃあんまり使いたか無くてな」


 首に下げた真魔光珠を手に取り見つめるレオ。

 最大の切り札ではあるが、それ故に代償も大きい為、彼は可能な限り使わない様にしていた。


 「…奴らの様なタイプの魔物にはァ、大きく分けて四つの倒し方がァ、ありますゥ。一つ目は魔術、二つ目は魔導器、三つ目は私が使った赤色魔石のような道具ゥ、…そして最後が魔力を宿した攻撃ィ…、どれかを身に付けない限りィ、倒す事は敵いませんなァ。どうにかしませんと、ねェ?」


 指折り数えながらマクニールが提示した魔生物種の魔物を倒す手段だが、レオはゆるゆると首を振る。


 「無理だな、まず第一に俺は獣人族のご多分に漏れず魔術の才は無ェ、次に魔導器だが、これも魔素を操る事に関しちゃ魔光珠に魔素を流すのは出来るが、武器なんかになるとからきしだ、これも出来ねェ。三つ目だが…、これは俺達獣人族にゃ戦闘で武器を使う事はあっても道具を使う習慣は無ェからな、ポーションみてェな飲めばいい様なモンならともかく、ああやって敵に使うとなるとそんな技術も知識も無ェ以上、不用意に使えば味方を巻き込んだり自爆する可能性だってある。それに第一、コストがかかり過ぎらァな。四つ目はさっき見た通り、真魔光珠を使ってる間は自然と出来てるが平時は無理だ。」


 目を瞑りながら手を挙げるレオはそのまま再び首を振る。自身でも無理だ、と言わんばかりに。


 「ま、四つ目に関しちゃ教えて貰えばあるいは出来たのかも知れねェが、生憎ルミネシアに到着する前にそいつが居なくなっちまってな、聞きそびれちまった」

 「ふゥむ、それはそれは…。と言うことはァ、この山で修行したいと言っていたこともォ、それに関連するという事、ですかなァ」

 「まぁそんなトコだ」


 そう短く答えるレオの横で雪洞の天井を見上げ、マクニールは考え込む。


 「そのォ人物についてェ、お聴きしてもォ?」

 「ああ? …まぁ別に隠してるワケでもないしな…。…そいつはアトラシアから旅してる魔剣士でな、初めて会ったのはガルマリアの市街、一目見た瞬間ピンと来たんだ、"コイツは多分強ェ"ってよ。で、一戦交えて見たくてちっと手を回して闘技大会に無理矢理出場させたンだが、まぁ恥ずかしい話が予想通り、決勝で負かされたワケだ」


 レオは自嘲する様に肩を竦め話を続ける。


 「で、まぁ知ってるだろうけども、闘技大会の優勝者には帝国が出来得る範囲で望みを叶えて貰えるって話なんだが…、そいつは事もあろうに、俺を旅に連れ出すなんて言い出したわけだ。ま、その場でのアイツの熱意だったりとか、姉上…皇女レオナの後押しもあって気付いた時にゃ付いて行ってた。ま、まさか親父殿が全兵挙げてまでアイツらと俺の逃走劇を演出したのにゃ驚いたがよ。あァ、そういやそいつが誰か言ってなかっ…」

 「セオドア・ホワイトロック殿ォ、違いますかなァ?」


 話を遮る様にしてマクニールから出た名前、当時者以外は凡そ知り得ぬ話ではあるがマクニールはあっさりと呑み込んだ様な顔で尋ね返す。


 「オイオイ、ちっとは驚けよ。それになんでセオの名前が出て来る」

 「驚くも何もォ、そォれが事実なのでしょォ? それにィ、闘技大会の優勝者ならばァ、私の耳にも入っておりますともォ。そして彼ならばァ、それぐらいの事をやってもォ、不思議ではァ…ありませんからねェ」

 「なんだ、顔見知りかよ」

 「ええ、まァ。ドルマニアンの赤龍騒ぎの際にィ、お世話になった、とでも言わせてもらいましょォかねェ」


 マクニールはセオドアとの関係を包み隠すこと無く一切をレオに話し、また今回レオと契約するに至った経緯について話した。


 「…成る程ね。つまり、前の契約者ってのは青龍(ブルードラゴン)の話をしたら突然契約を取り止めたってワケか」

 「ええェ、まァわからなくも無いのですがねェ。幼体ならばまァS級冒険者であれば討伐するのもワケは無いのでしょうがァ…、成体ともなるとォ危険度はその比ではありませんしねェ。違約金を払ってまでしてその冒険者は契約を解除したんでェ、私としてもそれ以上はァ、追及しませんでしたがねェ」


 マクニールは青龍の成体と幼体との力の差や以前契約を交わしていた冒険者の事について、身振り手振りを交えながらレオに話す。

 レオ自身、セオドア達が赤龍と戦った事について話には聞いていたが他の冒険者を含めてS級冒険者が何人も束になって挑んで辛くも勝利を収めたと聞いていた為、たった一人、或いはマクニールを含めて二人で挑むというのは無謀だとは思っていた。


 「ま、普通の冒険者ならそうだろうな。命あっての物種ってヤツだ、それが普通の反応だろうよ」


 レオはその冒険者の言い分について頷き、同調を示すが、その仕草と裏腹に表情には楽しみで仕方がないと言わんばかりに口元を歪ませている。


 「とは言え、今すぐ山頂を目指しても敵わねェモンは敵わねェ。今回はもうちょっと先まで目指してから帰還、だな」

 「ええェ、お互い無茶はできませんからァ、その辺りが妥当な線、でしょうなァ。さァて、体も少し温まりましたしィ、明日からまたじっくり攻略をしていくとォ、しましょーかねェ」


 まだまだ先は長い白蛇の大顎、その山頂にあるとされる青龍の巣。

 二人はこれから暫くの間、その中腹を過ぎた辺りの場所で魔物を狩り、来たる青龍討伐に向けて実力をつけて行く事にした。

 

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