第百四十二話:セオの手紙、クリスの決断
「…で、クリス。セオからの手紙、何て書いてあったんだ?」
クリスはセオドアからの手紙をゴードンから受け取り、すぐに封を切ると黙って読み進めていた。
「…無事と言えば無事なんですが…、ゴードンさんの予想が当たった形です。これを見て下さい」
一通り手紙の内容に目を通したクリスはテーブルの上に手紙を広げて全員に見せる。
「…どれどれ」
ーーー
クリスティン・ホワイトロック
レオ・レオリア
アンリエッタ・グリーングラス
アリーシャ・レッドスター
フォルクハルト
クローディア
まずは心配をかけてすまない、もうみんなテラービブの街に着いている事だろう。
こっちはどうにかルミネシアには流れ着いたけれど、恐らくはもう暫くは戻れそうに無い。
俺が流れ着いた先はルミネシアの最東端、ヘレ氷原と言う陸の孤島でそこに流れ着いた時にライアンと言うそこで暮らしているお爺さんに助けて貰ったんだけど、そのお爺さんの話によるとそちらと繋がる洞窟も実質今は通れないらしい。
と言うのも、俺がいるヘレ氷原やその洞窟にはルミネシアの強力な魔物がひしめいていて、今の俺達では突破するのは難しいと言う話だ。
実際にそこの梟熊と言う魔物と戦ったけど、魔術が使えなくて倒すのにかなり苦労した。
そのお爺さんの持っていた資料によると、洞窟にいるのはSS級越えの魔物らしい。
海上で戦った帝烏賊も実は幼体だったみたいで、それでもSS−程度の能力と言う話だから全員でかかって互角程度の今の俺達の力で挑めばまず勝てないだろう。
俺自身、梟熊にすら苦戦している間はまだ突破は難しいだろうけど今はそのお爺さんに鍛えてもらっている。いずれは自力で脱出するつもりだ。
暫くとは書いたけれどこれから三年を目安にしっかりと力を付けてヘレ氷原からの脱出を試みるつもりだ。それまでみんなには心配をかけてしまうだろうけど、三年後にテラービブのギルドで無事に再開できる事を祈ってる。
くれぐれも俺の居場所がわかったからと言って無茶はしないでくれ。ヘレ氷原も、そこへと続く看守の洞窟も、反魔石を含む土壌と鉱脈が数多く存在しているせいで魔術が使えない場所らしく、クリスやクローディアにとっては最悪の環境だ。ただし、魔術が使えないとしても自分から直接放つものはダメだが、武器を通したり魔導器といったものは大丈夫みたいだから、なんとか俺は戦えてる。
クローディアはともかく、クリスにはみんなからも俺の救助に行かせない様に釘を刺しておいて欲しい。
とにかく三年後、また必ず再会しよう!
追伸、俺の荷物は好きに使ってくれ。財布の中も自由に使ってくれて大丈夫だ。それなりは溜め込んである筈だから有意義に使ってくれ。
セオドア・ホワイトロック
ーーー
「…なるほどね、状況が状況ではあるけどとりあえずは無事でなにより、ってとこかな」
「SS級の魔物、ねぇ…。確かに今の私達じゃ手に余るし、魔術も使えないってなるとセオ抜きじゃそれこそ勝ち目無しね」
「だとすればセオ様の言う通り、三年待つ他ありませんわね…」
「ま、こっちはこっちで鍛えるしかねェってこったな。逆に考えりゃ三年間の準備期間が出来たわけだ。どう使うか、だな」
クリスとアリーシャを除く四人はセオドアの手紙を読んでこれからセオドアと合流するまでについて考え始めている。
クリスはと言うと、個別に送られた手紙を穴が空くほどに何度も何度も読み返していた。
一通り読み終えて手紙をアリーシャに渡すと、クリスは荷物と一緒に置いていた騎士剣を手に取り眺めていた。
「…なるほど」
クリスから手紙を受け取ったアリーシャは手紙を丁寧に折りたたんでクリスの荷物にそっとしまい込んだ。
「…さて、兄様が戻るまでに三年と言う時間が出来ました。ただ、皆さんもやるべき事やしたい事それぞれあると思います、そうですよね?」
突然クリスの口からセオドアの様な言葉が飛び出して来たことに目を丸くする。
だがその中で一人、フォルクだけがその言葉を聞いて前に出てきた。
「…だからと言ってセオを助けに行く、なんて事は言わないだろうね?」
「ええ、勿論。私自身、今まで兄様に、いえ、兄に依存しすぎていた、そう思っています」
フォルクは少し咎める様な口調でクリスに言葉を発するも、クリスは決して目を逸らす事無く、それでいて落ちついた口調で言葉を返す。
「だったら、どうするつもりだい? 一旦はこのまま旅を…」
「いえ、旅は一旦終了したいと思います」
「「は?」」
クリスの言葉に全員が驚いていた。
ただクリス自身、何も考えずにそういった言葉を発した訳ではなく、考えに考えた末に出した結論だった。
「今までは兄が主導で行動を共にしてきましたが、正直な話、私自身も兄について行っていただけで、今更私が皆さんを引っぱって行ける自信なんてありません」
「だったら何か? このままテラービブで三年待つつもりか、冗談じゃねェぞ!」
黙って聞いていたレオもクリスの突拍子もない旅の終わりとパーティーを纏める自信が無いと言う発言に少し苛立った様子でテーブルを叩きながら食ってかかる。
しかし、クリスはそんなレオの事は気にも留めずに一同に自分を見る仲間達の顔を見てゆっくりと唇を動かした。
「私だってただ三年を無為に過ごすつもりはありません。私達は戦い方も、種族も、生まれも目的も、何もかもが違います。ただ少なくとも今、とりあえずの目標地点は定まった筈ですよね?」
「…三年後のこの場所での合流、ですわね」
少しずつ語気を強め、訴える様に、演説の様に言葉を紡ぐクリスの問いにアンリが静かに答える。
クリスはアンリの瞳を見据えて小さく頷くとさらに続けた。
「だったら今はパーティーを解散し、個々の目的や三年後を見据えた己のすべき事に集中した方が有意義かと思います。決してヤケになって言っているわけでもありません」
「三年後、セオとの差を開けられるのもちょっと考えものだしね…。そもそも三年後に本当にセオがヘレ氷原から戻って来れる保証もない訳だし、救出することも視野に入れたら私は悪くない選択だとは思うわ」
皆がクリスの発言に思い悩む中、クローディアはやや肯定的であり、三年後の"もし"の話までを視野に入れた事を考えている。
ややあっけらかんとした話ぶりだがクリスの提案に肯定を示したのは彼女だけではなかった。
「その点については僕も賛成かな」
「おいおいフォルク、お前まで…」
「だって考えてもみてよ。SS−の帝烏賊の幼体相手でさえ全員で戦ってあの体たらくだ。SSランクの魔物ともなればあの程度じゃ済まないよ? 僕らは一度ここで一回り、いやふた回り以上は強くなる必要があると思うけどね」
そう迫るフォルクにレオは何も言い返せずに椅子へ座りなおすとそのまま押し黙ってしまう。
「…私もセオ様が強くなって戻って来ると言うのならばもう一度鍛え直さなければなりませんわね。そうでなければ隣に立つ資格もありませんもの」
「じゃあ決まりね」
「…ああ」
「なら、三年後にまた、って事かな。アリーシャもそれでいいのかい?」
「はい、セオドア様がおられない今、クリスティン様がそう仰る以上反対は」
「じゃあ皆さん、三年後にまたここで」
六人は席を立ち拳を突き合わせる。
別れではあるが三年後の再会を願い、前に進む為の束の間の別れだ。
ーーー
六人は完全に別れたわけではなく、個別に動いたのはレオとアンリエッタの二人、レオは自らを鍛える為とルミネシアを囲う山脈である白蛇山脈を目指し、アンリエッタは盾の技術を磨く為に単身船に乗り、アトラシア大陸を目指す。
大魔大陸生まれのフォルクハルトとクローディアは
ハルモネシス皇国の南に広がるグリモア大森林にある長耳種や半長耳種達が隠れ住む地、水精の大水郷へと向かい、クリスとアリーシャの二人はテラービブに残る形を取った。
セオドアの荷物については食料や財布の中身は等分にし、それ以外の物は必要なものを各々が受け取る形を取り、残りをクリスとアリーシャが持って行く事になった。セオドアの騎士剣もクリスが背負い持っている。
ーーー
「クリスティン様はこれからどの様に?」
「みんなと同じよ。ヘレ氷原が魔術の使えない場所なら魔術無しで戦えるようにならないといけないわ。それに丁度よくアトラシアの英雄、『流星』のアルフレッドの剣を知る人がいるからね」
アリーシャの問いに答えながら、クリスは背中に背負ったセオドアの騎士剣の柄を掴む。
「…私も本気の旦那様の剣までは見た事はありませんし、私自身、もう既にセオドア様にも敵いませんが知る限りでよければお付き合い致します」
「これでも『流星』のアルフレッドの娘よ。…しばらく剣には触れてなかったけど、きっと使いこなして見せるわ」
クリスとアリーシャはテラービブで小さな宿に身を置き、ギルドの討伐依頼をこなしながら実戦を通し、剣の扱いを身に付け直す事にしていた。
ーーー
レオは一人テラービブから北上し、ルミネシア北東部のヨシュア王領の都、ティムナトを訪れていた。
「さて、と…。一人でここまで来たはいいがどうしたモンかね」
見知らぬ土地でレオは一人、白蛇山脈を目指している。
テラービブからティムナトへと向かう途中、沢山の冒険者達とすれ違うが、その誰もが魔術、あるいは魔導器を駆使して戦っているのを何度も見かけていた。
勿論ながらレオは獣人族の多分に漏れず魔術の資質は無く、しばらく歩みを共にした冒険者達にも教えてもらったが、ついに使える事は無かった。
白蛇山脈を目指す事を冒険者に話すと、魔術かそれに匹敵する魔導器、それが無ければ諦めろとまで言われる始末だったが、彼はそれでも頑なに白蛇山脈の最東端、白蛇の大顎を目指していたのだ。
「ケッ、魔術魔術、魔導連邦だかなんだか知らねェ結局最後にモノ言うのはそれに耐える体と捩じ伏せる力だろォがよっ…」
ティムナトの街の入り口でレオが小石を蹴り飛ばしていると、背後から全く聞き覚えのない声が話しかけてきた。
「おォやおやァ…、こんな国に獣人族のォ、況ァしてやァ獅子人種の旅人ォー…とは珍しいー…。なァにやらァお困りのご様子ゥ…、もォしよければお話ィー…聞かせてもらってもォ、ァよろしかったりしますかなァ?」
独特な発音で話しかけてくる人物に振り向いたレオはその人物の強烈な外見に驚く他なかった。
身なりこそいいが、その体型は完全な肥満そのものだ。
常に笑顔を湛えた顔に低く独特な抑揚を含んだ声となにもかもが合わなすぎてレオは否が応でもその眼にその姿が焼き付いてしまう。
「なんだアンタ?」
「ブルァッハッハ…それなりのォ身分にあるお方とォー…お見受けいたしますゥー…。申し遅れましたァ、私ィ、こういうものでしてェ…」
男の差し出した一枚の紙片、それには男の名前や身分、素性が記されている。
その紙片を見たレオは彼と話をする為、次の瞬間、"場所を移そう"、そう提案していた。
ーーー
「さ、もうすぐだ」
「…長耳種ってホントよくこんな所に暮らせるわね…」
グリモア大森林の奥地、彼らは水精の大水郷を目前としていた。
鬱蒼とした森林の奥地には美しく澄んだ水が流れ込む湖があり、その周囲には長耳種や半長耳種がその湖を守るべく住み着いたと言う話がある。
険しく曲がりくねった獣道を抜け、藪を掻き分けて漸く辿り着いた所は目を疑う程だった。
「臭っ…!これがあの水精の大水郷…!? 話と全然違うじゃないっ!」
「…嘘だ、何でこんなことに…!?」
美しく澄んだ水、そんなものは見当たらず澱み腐った湖がそこには広がっている。
周囲には腐乱臭が立ち込め、湖の周りの植物は完全に枯死してしまっていた。
噂にも話され、フォルクがかつて見ていた美しかった大水郷は見る影もなく、その異常事態に普段はそうそう動じることのないフォルクが珍しく取り乱しており、彼はその奥にある隠れ里へと駆け出していた。
ーーー
「十年程になりますわね…。またこの門をくぐる日が来るとは…」
西アトラシア大陸ブリュンヒルデ王国は王都ヒルデガルダ、アンリエッタは貴族や騎士達が住まう第一外壁の内側にある屋敷、その巨大な門扉の前に立っていた。
「女、止まれ!ここはグリーングラス家の屋敷である。引き返されよ!」
「…だったら通させていただきますわ」
「なっ…!…ならば女とて容赦はせんぞ!」
衛兵に呼び止められた彼女は大楯と槍を構え、押し通る構えを見せる。
衛兵はまさか本気で押し通ろうとするアンリエッタに驚くも、すぐに剣と盾を構え、騒ぎを聞きつけた他の衛兵達も同様に剣や槍を構えて彼女を食い止めようとしていた。
「待て」
巨大な門扉の裏からそう聞こえると、ゆっくりと門が開く。
そしてその奥から一人の騎士然とした鎧に身を纏わせた男が立っている。
彼は細身の槍を手にし、決して穏やかではない表情をアンリエッタに向けていた。
「久しいな、アンリ」
「ええ、アンリエッタ・グリーングラス、ただいま戻りましたわ」
彼女の口から出た名前に衛兵達は皆一様に驚く。
約十年前に出奔したグリーングラス家の末娘、その名が屋敷の主と突如やってきた女の口から出てきたからだ。
「──だが、グリーングラス家を捨てた者が今更何をしに帰ってきた? ここにはもうお前のいる場所など無い、さっさと帰るがいいっ!」
「私が家を出てから何があったかは分かりませんが今はどうあっても押し通らせていただきますわ、エーミール兄様!」
細身の槍を構え、エーミールは勢いよく上空へと飛び上がる。
アンリエッタは槍を突き出して飛び降りてくるエーミールを受け止めんと、上空へ向けて大楯を突き出していた。
ーーー
手紙を運ぶ斬空鷹のタニスを見送り、ライアンに続いて小屋を離れた俺は今日は殺人兎の狩猟に向かう事になっていた。
離れている分にはただの可愛らしい兎だが、その本性は底無しの食欲と闘争本能を備え、常に獲物を求めて群れを成す魔物で、その通った先には骨の欠片一つ残らないという。
飢えを凌ぐ為に時には共喰いまで始める事もあるが、驚異的な繁殖力もあり、常に増えては減る事を繰り返す恐るべき魔物で、その群れには梟熊も近づこうとしない程らしい。
「どうした、セオドア」
「…いえ」
タニスが飛び去った雪空の果てを見つめて呆けていた俺をライアンが呼ぶ。
俺は一言、短く返しヘレ氷原の奥へと足跡を刻んでいった。




