第百三十九話:セオドア捜索
入港を果たした一同は船を降り、入国審査を受ける。
虚偽の名前を書く訳にもいかず、役人達にレオの素性を知られてしまうが、あくまでお忍びだと言う事を少々の金貨を握らせる事で、国の上層部へは口を止めて貰う事になった。
すんなりと、とは行かなかったが取り敢えずは問題も無く入国審査を終えてブルック達とはここで一旦別れを告げる事となった。
彼らはこれから行方不明となったセオドアを探す為に数隻の船を手配し、手分けして周辺海域と沿岸付近を捜索すると言う話であり、クリス達はまずギルドと酒場から聞き込みや捜索依頼を出すつもりだった。
「にしても一面真っ白だな。ルミネシアってのァいつもこうなのか?」
レオは降り積もった雪が家屋を覆う街の中、薄手の上着を一枚羽織るだけの姿でフォルクに尋ねる。
一つ付け加えると獣人族は一部の種族を除き、武器などの装備以外では靴を履く習慣は無く、レオもまた積もった雪の上を裸足で歩いていた。
「夏場は流石にこうはならないけど一年の半分以上は雪に覆われてるよ。…それにしてもレオは寒くないのかい?」
「まァな。この間みてェに全身びしょ濡れでこの寒さなら確かに寒くもあるけどよ、乾いてんならそうでもねェな」
「ぶっちゃけ見てるこっちが寒いわよ…」
レオは毛皮に包まれている為に、寒さに対しては滅法強く、この寒さの中でも薄着のままで平然としており、寒さの苦手なクローディアは視界に可能な限り入れない様にしていた。
「もうすぐで街の中心に着きますわ。そうすればギルドも酒場もある筈、暖まる事も出来ますからもう少し辛抱してくださいまし」
「エルダやドルムとは比べ物にならない程大きな街ですね…、これなら情報を集めるにも不自由はしなさそう…ですが」
六人の目的は行方不明となったセオドアの捜索だ。
世界中から人が集まるルミネシア、その海からの玄関口となる港街テラービブは他の大陸の人間のみならず、同じく大魔大陸の南に位置するデモンガルドや北西に位置するハルモネシスからの来訪者も多く、まさに人探しにはうってつけとも言えよう。
「ここが…中央広場、とても広いですね…」
「中心にあるあれは…聖堂ですわね。美しい建物ですわ」
「…ハルモニア教の…ね。それにしてもホント人の往来が凄いわね」
中央広場に到着した一行はその広さと人々の往来の多さ、広場の中央に位置する大きな聖堂の美しさに目を奪われる。
アリーシャとクリスは直ぐに通りすがりの紳士を捕まえ、酒場とギルドの場所について尋ねてみた。
「すみません、この街で一番大きな酒場とギルドの場所を教えていただきたいのですが」
「ほぉ、君達他所からの冒険者かね。そうだな…、ここから北、君達が来た道から右の大通りを進むといい。ギルドはすぐ目の前にあるはずだ。それとそこからさらに少し進むとピェーチカと言う酒場がある。ここらじゃ一番大きい酒場だ。ま、少しばかり荒くれ達が多いから精々身包みを剥がされんようにな。この時期に身包みを剥がされようものなら本当に死んでしまうぞ」
「ええ、気を付けます。どうも親切にありがとうございます」
「いやいや、でも本当に気をつけ給えよ、少なくとも冗談ではないからな。それじゃ」
紳士はそう言って足早に広場を後にして去ってしまう。
「…急いでいたのでしょうか、だとすればご迷惑だったかもしれませんわね」
「ええ、ですが周りの方々も同様に足の進みが早く感じられます。もしかするとこの街の人々の足並みが早いだけなのかも知れませんね」
「そ、それより、はは、早く酒場でもギルドでも急がない?」
「それもそうだね。みんな急ごう、クローディアが凍えそうだ」
現地の人々と同じ様に早い足並みで先程の紳士に案内された通りを抜けるとすぐに冒険者ギルドを発見する。
頭に積もった雪を払い、中へ入ると暖炉の火が煌々と燃え盛っており、暖かい空気が六人を出迎えた。
「いらっしゃい、見ない顔だけど冒険者さんかい?それとも何か依頼かい?」
ギルドのマスターと思しき男性が声を掛けてくる。
大柄の巨体でほぼ全身が白い毛で覆われており、赤く丸い鼻が特徴の魔族の男だ。
「雪人種の人だね、人里で見るなんて珍しいな」
「そう言うアンタこそ半長耳種を人里で見るなんて珍しいもんだ。それにそっちの娘は淫魔種だろう?うまく隠しちゃいるが、同じ純粋な魔族じゃそうそう隠せるもんじゃないさ。ま、人里で見ることはたまにあるけどこんな雪国で見るのはもっと珍しいがね。さて、どうしたね」
雪人種の男は特徴的な真っ赤な鼻頭を掻き目を細めてフォルクに返すと再び用件を聞き返す。
クローディアも背中の翼は上着の下に隠してあるが簡単に見破られた事で目を丸くしていた。
「マスターさん、両方なんですがいいですか?」
「こりゃまた可愛らしい娘さんだ。全員冒険者さんかい。じゃあ、まずはこの街での冒険者登録からしとこうか、パーティーリーダーはどなたかね?」
冒険者登録にあたり、パーティーリーダーは誰かと尋ねられて一同は少し沈黙すると、クリスが前へ出る。
「本当はもう一人いる兄…仲間がパーティーのリーダーなんですが、とある事情で不在でして…。私が代行と言う形でも構いませんか?」
「お嬢ちゃんがかい? ま、そりゃあ構わんが…、ふむ、両方ってのはそう言う事か。それじゃあちゃっちゃと済ませて依頼について聞くとしよう。冒険者証を出してくれ」
事情を察したマスターはクリス達から冒険者証を受け取ると直ぐに名簿への登録を済ませていく。
「そう言えばレオって冒険者証持ってなかったよね?」
「いや、ちゃんと持ってるぜ。向こうで持たされた荷物にしっかり入れられてたんだ」
「あ、でも名前…」
「それについては問題ありませんよクローディア様、私も一時は偽名を使っていましたから」
「そう言えばそうでしたわね、確かアリシアと言う名前でしたかしら」
「今考えると安直すぎる名前ね…何で気付かなかったのか…」
六人が雑談をしている内にマスターは登録を済ませ、全員に冒険者証を返却する。
「全員Sランク以上、か。なかなか骨のあるパーティーじゃないか。…ま、それはさておいて、じゃあその行方不明の兄さんとやら、話を聞かせて貰おうか」
ギルドマスターである雪人種の男は奥のテーブルへ促すと自身も別の職員にカウンターを任せて六人がついたテーブルにつく。
「さてと、じゃあどういった人物か、何か手がかりがあるのか、色々と聞かせて貰おうかね。…っと、いかんいかん、自己紹介が遅れたな、俺はこのテラービブ冒険者ギルドのマスター、ゴードンだ、仲良くしようや」
ゴードンの差し出した手は非常に大きく、クリスの小さな手では二本の指の半分程しか届かない。
お互いに握手を交わすと、六人は捜索対象であるセオドアの事についてゴードンに一切を話した。
ーーー
「…成る程、海上で帝烏賊に、ねぇ。似顔絵はこんなトコか…、どうだい?」
ゴードンは六人の話から得た情報をつぶさに書き留め、話を元に似顔絵まで作ってしまう。
双子と言う事もあり、クリスの顔をベースに髪を短くして男らしくしたものを幾つか描いていたが、そのどれもがセオドアの特徴をしっかりと捉えたものであり、十分に確認できるものだった。
「ええ、だいたい合ってます」
「そうかい、だったら捜索も難航はしないとは思うが…、人探しか…場所が不明となると他じゃ相場は金貨四、五枚ってトコだがもし"あの場所"だったとしたら…白金貨一枚も出しゃそれなりに成果は出ると思うがね、どうする?」
報酬金についての話を切り出すゴードンだが、六人は彼の話の中に出てきた"あの場所"と言う言葉に反応する。
「…"あの場所"、とは?」
「ああ、そういや大魔大陸は初めてだって言ってたな」
ゴードンは"あの場所"について説明すると、六人は話し合いを始めていた。
「そんな場所が…」
「そうなると今の我々では諦める他ありませんわね…」
「でも兄がそこにいるとするなら…」
「やめとけクリス、話を聞いてたんなら尚更だ。それにまだそこだと決まったわけじゃねェ。実際、俺とアリーシャ、アンリ、フォルクの四人は仮に戦えたとしても、お前やクローディアは完全にお荷物だ。それにそんなレベルの魔物相手じゃ俺達も守り切れる自信ははっきり言ってねェ」
「私とクリスが役に立たないんじゃ攻撃力も半減どころじゃ済まないでしょ。今回ばかりはレオの判断の方が正しいわ」
「まず僕らが強くなる事が前提として、せめてもう一人、絶対的な戦力の持ち主がいればいいんだろうけどね…。今はそういった人間を雇って派遣するか、僕達の中に迎え入れるかが現実的だよ」
ゴードンの話した場所についてはまだ今の六人では厳しい場所だった。
クリスとクローディアでは戦力になり得ず魔物達も相応に強力な魔物が現れると言う話だ。
クリスはやや冷静さを欠いていたが、フォルクとレオが説得した事で漸く納得する形で落ち着いた。
「まぁどうするかはお前さん達次第だな。手配するもよし、やめるもよし、一旦預けといて後々決めるもよしだ。決め兼ねてるんならじっくり考えておいて後から決めるのをお勧めしとくよ。今話した情報を書き留めたモンはそれまでちゃんと預かっておくさ」
ゴードンは熟慮した上で判断して構わないと言って選択を急がせなかった。
「…話せば話す程、すぐに結論と言うわけにいかないわね」
「私もまずはブルック船長達の捜索の結果を待つべきかと」
「ああ、確かに一刻を争う事態ではあるんだろうけど、いかんせん情報が無さ過ぎる」
「…こうも情報が無ェンじゃな、大魔大陸は広いンだろ? 下手に動き回りゃ仮に近くに流れ着いてたとしても入れ違いなったりしねェか?」
「クリスさんの心配もわかりますがまずは様子を伺うのも一手、ですわね」
「…兄様…」
五人の意見は尤もではある、クリスもその事は頭では理解している。
しかし、最愛の兄であるが故に納得できず、葛藤の中、小さく声を漏らし俯いてしまう。
成人したとは言えまだ十五歳、割り切って考える事などそうそう出来るものではない。
「…うーむ、お嬢ちゃんの気持ちもわからんじゃ無いが…とりあえずは街中で聞き込みでもして待ってみたらどうだい、話を聞く限り別に捜索を進めてるわけだしな。少なくともギルドに張り出すとなりゃこちらとしてもタダってワケにゃいかんからな、そっちの捜索が終わってからでも遅くは無いとは思うがね。それにお前さんがたの探し人だって一応この街を目指してくるんだろう? もし大魔大陸に流れ着いてんなら人と接触して音速燕で連絡してくるかも知れん、俺だったらまずはそうしてらぁな」
音速燕は大魔大陸で一般的に用いられている通信手段だ。
クリス達は既に海上市場でそれを見ており、セオドアもまた同様である。
もし仮に存命で大魔大陸に流れ着いているのならば、まず人里を探して入港できるルミネシアの港街のギルドに向けて手当たり次第に手紙を送り付けさえすれば必ずどこかに当たる筈、特に今の時期ならば機能している港街は絞られる為、その可能性は十分に高いのだ。
「…兄様のことです。もしその手段があるならばそうしている筈、少なくともまだそういった場所に辿り着いていないのだと思います」
「まァそう信じて待つしかねェな。暫くはブルック達の捜索とセオからの連絡待ちだ、気長に待つしかあるめェよ」
「そうと決まれば先ずは宿を決めよう。ゴードンさん、この辺りの宿を紹介できないかな?」
「おう、ちょっと待ってなよ」
クリス達はゴードンにはブルック達の事と連絡が無いか毎日確認に来る旨を伝え、ギルドを後にする。
暫く身動きが取れない六人はゴードンの紹介された宿に暫く身を置く事にした。
ーーー
『…申し訳ないゲロ、結局セオドアさんの足取りは掴めなかったゲロ…』
『取れる手立ては可能な限り全て取りましたがそれでも見つかりませんでしたケロ…』
『そう…ですか』
捜索開始から二十日余りが経ち、クリスの下を捜索活動を終えて帰還したブルック達が訪ねてきていた。
捜索結果の報告を聞いたクリスは僅かに肩を落とし、目を伏せる。
クリス達六人はブルック達が捜索を行っている間、少しでも手掛かりをと、別の街からテラービブを訪れた人々に聞き込みを重ねていたが有力な情報は何一つ得られず、今回のブルック達の報告はそれに追い打ちをかける形となってしまった。
気を落としてしまうのも無理からぬ話だろう。
「お、ブルック達じゃねェか。戻って来てたんだな!…で、クリス、結果は…どうやらダメだったみてェだな…」
クリスの部屋の前で丁度居合わせたレオが報告を受けたクリスに結果を尋ねようとするが、その表情と様子から捜索の結果は徒労に終わった事を察した。
「となりゃ…皆を集めてギルドに向かうべきだな。捜索が終わった以上、ギルドに捜索依頼を出すんだろ?」
「はい。捜索の終了を待った分急がなければいけません」
レオに尋ねられたクリスは気を取り直した様に顔を上げるとしっかりとした口調で返事を返す。
『ブルック船長もゼネル副船長も、兄の為にありがとうございました。ここから先は私達で捜索を続けます』
『いや、こちらこそ力になれず申し訳ないゲロ』
『我々も帰りの航路で可能な限り捜索を続けますケロ、有力な情報があれば音速燕を借りてきていますのでギルドの方に連絡しますケロ』
そう言ってゼネルは鳥籠に入れられた音速燕をクリスに見せつける。
『ええ、そうして頂けると助かります。ではお二人とも、船旅ではお世話になりました、帰りの道もどうかお気をつけて』
『お礼をしたいのはこっちの方ゲロ。セオドアさんがいなければ半魚人の群れを押し返すのにも怪我人が大勢出ただろうし、海上市場で黄泉の使者の犠牲者も大勢出てたゲロ』
『こうして我々が無事なのもセオドア様をはじめ、皆様がいればこそですケロ。感謝しても感謝しきれませんケロ。それにあの連絡船にいた者達もセオドア様、皆様に"感謝を"、と申しておりましたケロ』
クリスとブルック、ゼネルはお互いに別れの握手を交わす。
その間にレオは他の四人を集めていた。
『では皆さん、あっしらは国に帰りますゲロ。セオドアさんがいない中でありますが皇帝陛下に代わって殿下を宜しくお願いしますゲロ』
『皆様の無事、そしてセオドア様が見つかる事をお祈り致しますケロ』
『ええ、皆さんもお気をつけて』
『親父にはよろしく言っといてくれ』
全員でブルックとゼネルに別れを告げ、そのまま六人はギルドへと向かった。
ーーー
ギルドを訪ねた六人が中へ入ると、入り口のカウンターで他の冒険者の応対をしていたギルドマスターのゴードンが気付くと、他の職員に引き継いでカウンターの中から一枚の封筒を手にしてやってきた。
「来たな。捜索の依頼を出しに来たんだろうが…。実はついさっきお前さん達宛に手紙が届いたんだ。手紙は二枚、お前さん達全員宛てとお嬢ちゃん個人宛てだ。…差出人はお前さん達が探してるリーダーのセオドアから、まずは読んでみてくれ」
「本当ですか!? …間違いない、兄様の字です…!」
クリスは血相を変えてゴードンからセオドアから届いたと言う手紙を受け取ると封筒の筆跡を確かめる。
宛名には六人の名前、差出人はセオドア、そしてもう一人見知らぬ人物の名前が記されている。
しかしクリスはそれには気にも留めず、まずは兄セオドアが健在であることにまずは安堵の息を漏らしていた。
「無事だったのはいい知らせだったとしてだ、差出人のもう一人の名前、お前さん達は心当たりあんのかい?」
クリスが受け取った手紙、その差出人の名が書かれている部分にはセオドアの名前と別の筆跡で"ライアン=ヨシュア=ティムナト"と言う名前が記されている。
当然ながら六人には心当たりがなく首を振っていた。
「そうか、だとすりゃ一先ず安心してはいいとは思うが…。この差出人、先代のヨシュア王領の領主、以前の土の賢者、その人だぞ…?」
「「ええっ!?」」
ゴードンの口から飛び出したのは意外な人物の名だった。
クリスの兄であるセオドアは無事その人物に保護されたのだろう。
クリスは手紙の封を切り、中に入っている二枚の手紙を取り出すと、その内容に目を通し始めた。




