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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第九章:波乱続きの航路
154/295

第九章断章:とある鉱山族の一隊長

第九章断章です。久々にあの人物が登場です!

 「…ったく、一体何なのかしら? 普段は面倒くさがって呼びすらしない癖にわざわざ騎士兵長まで使ってアタシを呼ぶなんて!」


 身の丈に不釣り合いな大斧を携え、騎士の鎧を身に纏った小柄な少女は憤慨していた。

 否、少女と呼ぶには少しばかり年齢を重ねているが、周りから見れば、騎士の姿をした少女にしか見えないだろう。

 彼女はブリュンヒルデの王立騎士団の大半を構成する人族とは異なる魔族の鉱山種(ドワーフ)と言う小柄な体躯の種族である。

 体躯を除けば人族にかなり近しい風貌であり、鉱山種の寿命の長さは人族の倍程はある上、老化の進みも遅い種族である為、側から見れば人族の十二、三歳程の少女にしか見えず、人族の成人男性の七割に満たない身長であるが故にどうしても浮いて見えてしまうが、これで既に齢三十半ばを過ぎた女性である。


 彼女は約三年前に冒険者から転身、ブリュンヒルデの王都、ヒルデガルダを訪れて王立騎士団の門戸を叩いた。

 彼女は性格に多少問題はあるが、"帰らずの迷宮"の踏破という確かな実績を提げてやってきた彼女は特に問題なく騎士団への入団を認められると、次々に魔物の討伐任務を果たし、今では五十人程の部下を従える一隊長の地位に就いていた。

 先日、彼女は騎士団長の執務室を訪れるように命じられており、執務室の扉の前に立った彼女は腫れ物にでも触るかの様に慎重な手付きで扉を二度叩く。


 「騎士兵長に命じられて参りました」

 「入りたまえ」


 執務室の内側から扉が開かれると、彼女は左手に持ち直した大斧を下ろし、騎士団長へ敬礼する。


 「…直れ。漸く君も少しは騎士らしくなったみたいだね。部下を持った事が少しは効いたのだとしたら正解だったのかもしれないねぇ」

 「…私の話はどうでもいいでしょう? で、わざわざ騎士兵長まで寄越して私を呼び出した理由を聞かせて貰おうかしら」


 どこか掴み所のない口振りで話す騎士団長に彼女は少し苛立った様子で食ってかかる。


 「おお、怖い怖い。まぁ落ちついてくれたまえよ、君に暴れられたら部屋がいくつあっても足りやしない」

 「よく言うわ、私が今ここで暴れ出した所で、アトラシアで二番目に強い人が直ぐに私を取り押さえるでしょ、…そう言うんならさっさと用件を話したらどうかしら?」


 彼女は頭を抱え、深い溜息を吐くと騎士団長に対して早く用件を話せと肩を竦めながら催促する。


 ──以前の彼女であればこう言った冗談も通じず、直ぐに手が出ていたのだが、彼女は入団して直ぐにこの騎士団長に手合わせを願い出てはこっ酷くやられており、まだ敵う相手ではない事を理解していた為、これでもかなり大人しくしている方だった。


 「率直に言おう、百人長に昇格と言う話だ。受けてくれるかい?」

 「…断る理由はないわ。…で、それだけ?」


 彼女が素っ気ない態度で即答すると、騎士団長は面白くなさそうに首を回した。

 どうやら騎士団長は彼女の反応に期待していたらしく、あまりに面白みの無い反応にがっかりした様だ。


 「…んー、もう少し面白い反応が返ってくると思ったんだけどな、まぁいいや。…さて、もう一つ話すべき事があってね、今回君につける部下なんだけど、新しい騎士団員も含まれる」

 「わかってるわ、百人長って事は騎士寮長も兼任でしょ、色々準備しなきゃいけないんだから騎士団長さんの長話に付き合ってる暇は無いわ」

 


 騎士団長は口を尖らせながら執務机に座り直し、両手を組んだ後、その上に顎を置いた。

 ──が、彼女は可能な限りゆっくりと手を騎士団長の執務机に手を叩きつけ、騎士団長の眼前に可愛らしい顔を突き合わせると早く用件を伝える様に捲し立てる。

 すると彼女のその姿を見て、騎士団長は目を丸くしていた。


 「…おお、あの君が机を壊さない日が漸く…。君が騎士団に入団してからというもの、何度備品や部屋を壊された事か…、騎士団寮五部屋、食堂の机や椅子、合計十八台に十六脚、懲罰房の鉄格子も三回程ひん曲げられたっけか。あとそれにこの騎士団詰所や騎士団寮の扉も既に三十枚は破られてるし、君が十人長になってからはこの執務机も既に五台目だ。しかも、この部屋も一度大きな風穴が空いたっけ。いやぁ懐かしい…っと、いけないいけない、これ以上はまた執務机が真っ二つにされてしまうな」

 

 騎士団長が話を脱線させている内に彼女は下を向いて握った手を震わせていた。

 彼女の指がなぞった執務机はくっきりと抉られた跡が残っており、その怪力ぶりを物語っている。

 

 「茶化さないでいいから、は、や、く、用件を、言、い、な、さ、い!」


 彼女が握った拳を開くとその中から執務机を抉ると同時に握り込んだ木屑が舞う。

 そしてそれを見た騎士団長は腹を抱えて笑っていた。


 「くっ…はははっ、いやぁ本当に成長したもんだ。さて、少し脱線してしまったけど話を戻そう」

 「アン…騎士団長さんの方が脱線させたんでしょうが」


 彼女は腹を抱えていた騎士団長を目を細めて呆れた様に見た後、先程話しかけていた内容を改めて聞き直した。


 「君に付ける部下なんだけど、五十人長の時は君の同輩や十人隊を付けたんだけど今回は冒険者あがりの新人騎士も付けるつもりなんだ。…やれるかい?」

 「そ。それならそれで、生意気なのがいたら叩き直すまでよ。別に問題ないわ」

 「おや、てっきり面倒だなんだと騒ぐかと思ったんだけどね。まぁ五十人長を経験して人を使う事にも慣れてきた、そういう事なのかな」


 彼女は新人騎士の件について説明を受けると何食わぬ顔で執務机に置かれていたポットの水をカップに注ぐなり、一気に飲み干した。

 その様子を見ていた騎士団長は少し驚いた様な顔をして椅子の背もたれに背中を預けて彼女の表情を伺い続けていたが、彼女はやはりどうでもいいと言わんばかりに欠伸を一つ、全く動じる様子も無い。


 「…君が落ち着いたみたいで僕としては少し寂しいね。…話は以上だ、お疲れ様」

 「そ、お生憎様。じゃあアタシは帰るわ」

 「おっと忘れ物だ。授与式は…ま、君は面倒っていうだろうし、やったことにしておいて辞令書はまた後日」

 「ん、わかってるじゃない。じゃ、また今度かしらね」


 話が終わりだと聞いた彼女は直ぐに部屋を出ようとするが、騎士団長は彼女を呼び止めて百人長の勲章を投げ渡す。

 勲章を受け取った彼女は後ろ手にゆらゆらと手を振りながら執務室を後にした。


 ーーー


 執務室を後にして鼻歌混じりに彼女は騎士寮の自室へ戻ろうとしていると、部下の女性騎士が息を切らしながら走ってやってくる。


 「た、隊長っ!やっと見つけました…、先程騎士兵長からの命令で複数の大型の亜人種の魔物がヒルデガルダに接近中、早急に対応されたしとの事ですっ!」


 女性騎士はそう伝えると膝に手をついて肩を上下させていた。

 

 「ハァ…はいはい、あのおじさんも大変よねぇ。騎士兵長って肩書きにも関わらず、やってる事は騎士団長の小間使い、アタシはああなりたくは無いわね。…直ぐに準備、接近方向は?」

 「ハァ…ハァ…、は、はいっ、陽の三刻の方向からとの事ですっ!」


 彼女は溜息と愚痴を零すと同時に部下から任務の詳細を尋ね、それについて聞くと指先で自身の額を(つつ)いて考える様な素ぶりを見せた。


 「…と言う事は"単眼巨人(サイクロップス)"か、アタシ一人で十分だとは思うけど…ふぁ、アンタ達は直ぐに接近方向の第二城塞前で待機、万一に備えておきなさい。それと…」

 「はっ、はいっ!?」


 彼女はつまらなさそうに欠伸をしながら部下である女性騎士に最低限の命令を下す。

 更に彼女が何か続けようとすると、女性騎士は膝に手をつくのやめて背筋を伸ばして直立の姿勢を取る。


 「…アタシ探すのに息切らしてんじゃないわよ、まるでアタシの隊が訓練不足みたいに見えるでしょうが。…終わった後でそのまま第二城塞をアタシと一緒に十周、全員終わるまで夕食抜き、わかったわね」

 「そ、そんな…」

 「…返事」

 「は、はいっ、了解でありますっ!」


 彼女はそう女性騎士に話すとそのまま騎士寮を後にする。

 女性騎士は彼女の理不尽な命令に返事した後、放心すると同時に涙を浮かべて白目を剥いていたが、彼女が騎士寮を後にした事に気付くと慌てて装備を身につけて彼女を追っていった。


 ーーー


 第二城壁の北東、彼女は苛立った様子で腰に左手を当てたまま、爪先を上下させていた。

 未だ単眼巨人は来てはいないが、彼女の部下達である騎士達も未だ到着していない。

 そのまま少し待っていると、鎧をはじめとした金属の装備が擦れる音が慌しく近づいてくる。

 彼女の部下達は息を切らしながら、彼女の前で整列すると、先程の女性騎士が一歩前に踏み出した。


 「ハァッ…ハァッ…!…隊長っ!…ハァッ…只今隊員四十六名、全員到着しましたっ!」

 「…」


 女性騎士は力一杯瞼を閉じて敬礼すると、腹の底からの大声で全隊員の到着を報告するが、彼女が返した返事はまさかの無言である。

 返事が返ってこず、女性騎士はただの汗と冷汗の両方を滝の様に流しながら、恐る恐る瞼を開く。

 女性騎士が瞼を開いて少し下を向くと、彼女は眉毛を歪め、覗き込む様に顔を見上げていた。


 「おっ…!そぉぉぉいっ!」


 彼女の怒声に驚いた女性騎士は地面に尻餅を付き、残響の残る耳を押さえていた。


 「全く…揃いも揃ってたかだか騎士寮からここまで来るのに息を切らして…況してや隊長のアタシよりも遅れて集合なんて我が隊ながら恥ずかしいったらしないわよホント…」


 凄じい怒号を上げたかと思いきや、今度は頭を抱えており、隊員の騎士達はどんな顔をしていいのか分からずに困惑している。


 「ま、いいわ。アンタ達はこれからここで待機、アタシ一人で十分よ。そこで見てなさい。で、終わった後は第二城壁の上で待ってること、いいわね?」

 「「りょ…了解しました!」」


 騎士達は皆理解していた。

 彼女が第二城壁の上に行けと命令した時、それは懲罰としてのランニングがある事を。


 「ヴォオオアアァァッ!」


 彼女に負けず劣らずの大音量の鳴き声が平原の先から聴こえてくる。

 平原の先、その窪地からは碧い皮膚を持つ単眼の巨人の頭が見えてくると直ぐに全身が目に映る。

 その筋骨隆々とした体躯は一般的な男性の五倍はあろう大きさであり、ただでさえ小柄な彼女と比較すると更に大きく見えていた。


 「報告じゃ群れで来てるって話だったけれど…、まあ斥候か…あるいは先走って来たかってトコかしら」


 豪快なフォームで突っ込んでくる単眼巨人を前にそんな事を呟きながら、彼女は未だ構えるつもりもない。


 「隊長!もう来ます!構えてくださいっ!」


 部下の一人が彼女の身を案じて叫ぶが、それを聞いてなお、彼女は構えるどころか眉間に皺を寄せたまま、"黙れ"、と言わんばかりの表情で振り返る始末だ。


 「ヴォオオオォォ!」

 「隊長、前を向いてくださいッ!ああっ、危ないッ!」


 走り込んできた単眼巨人が巨大な握り拳を振り上げ、渾身の力を込めた拳骨が彼女に向けて振り下ろされる。

 

 「隊長ォーッ!」


 振り下ろされた拳骨が地響きを上げ、その衝撃で土煙が舞う。

 彼女は単眼巨人の拳骨が振り下ろされる直前まで全く相手を見ておらず、誰の目からも直撃は免れない、そう思っていた。

 しかし土煙が晴れると、漸くその全容が明らかとなる。

 単眼巨人の拳骨は彼女のか細い腕たった一本に止められており、彼女はあろう事か大欠伸をしていた。


 「…ふぁ…んんっ…、こんなんでアタシを倒せるとでも思ってるのかしらね」


 単眼巨人は全体重をかけて彼女を押し潰そうと試みてはいるが、ただただ腕を震わせている様にしか見えず、彼女は微動だにしない。

 そして彼女が拳骨を支えたまま、ゆっくりと単眼巨人の方を向くと、単眼巨人は恐怖を感じたのか顔を歪め背を向けるなり、一目散に逃げ始めた。


 「…いきなり仕掛けといて逃げ出すなんて失礼にも程があるわね」


 彼女は溜息混じりにそう呟くと、逃げ出した単眼巨人を追い、地面を蹴って跳躍すると直ぐに追い付いた。

 一跳びで追い付いた彼女の右手には拳骨が作られており、その腕を大きく振りかぶっている。


 「拳骨ってのは、こう打つのよ!」


 振りかぶられた彼女の拳骨が単眼巨人の後頭部を直撃する。

 単眼巨人は受けた拳骨の衝撃で頭から地面に激突すると、先程の衝撃に似た地響きを発生させ、身体をくの字に曲げ、大地に頭を突き刺す様にして倒れ込む。

 その一撃はまさに落雷の如き一撃であり、自身の七倍はあろう体格を持つ単眼巨人をたった一発の拳骨の下に叩き伏せた。

 

 「相変わらず無茶苦茶だ…」

 「これが魔人の加護の力…ホントとんでもねぇな…」


 圧倒的とも言える力の差に部下の騎士達は空いた口が塞がらないままでいた。


 「…これじゃ準備運動にもならないわね。さてさて…」


 彼女は物つまらなさそうに動かなくなった単眼巨人を見下した後、単眼巨人の体に登りあがると遠くを見渡した。

 

 「んー…あ、来た来た!」


 視界の先に先行した個体を追って来た単眼巨人の群れを発見した彼女は嬉しそうに飛び降りると、それまで構えようともしなかった大斧を遂に両手で持って構える。

 顔だけを見れば面白い玩具を見つけた無邪気な少女に映るが、その玩具とは単眼巨人達の群れにあたる。

 後ろから見ていた騎士達は押し寄せてくる単眼巨人達に最早同情とも言える感情すら抱き始めていた。


 やがて単眼巨人達の群れは既に事切れた同族とそれを実行したと思われる小さな人間を発見して怯んでいた。

 その内の短気な個体が直ぐに肩に担いでいた根元から引き抜かれた巨木を振り抜こうとするが、群れのリーダーと思しき個体が左手を広げて制止する。


 「ヴォッ、ヴォーヴォガッ、ヴォアア」

 「ヴォヴォ、ヴォーアヴォッヴォヴォ」


 二体の単眼巨人がまるで会話をしているかの様なやり取りを繰り広げると、単眼巨人の群れはじりじりと動き始め、彼女の動きを注視しながら取り囲む。


 「へぇ、まぁ流石に亜人種と言った所かしらね、少しは頭が回るみたいだけれど…さぁ私を楽しませてみなさい!」


 彼女は得物である大斧を裏返し、刃とは逆部分を単眼巨人達に向けていた。

 彼女の大斧は片刃の両手斧だが、その刃の逆側は分銅の様な形状となっており、斧であると同時に槌でもある。

 彼女の挑発に乗った先程の単眼巨人が巨木を振りかぶると、やはり彼女は避けようとは考えずに大斧を振りかぶり真正面から打ち破る腹積もりの様だ。


 「ヴォアアアアアアァァァァッ!」

 「武器を持った事は認めるけれど…、できれば次はもっと取り回しの良い物を持ってくる事を…お勧めするわッ!」


 振り抜かれる巨木が彼女を襲うが、彼女もそれに対抗して振りかぶった大槌を肩に担ぐ様に構え、力を溜めると渾身の力で振り下ろす。

 雷が落ちた様な轟音が周囲を震わせると中程から巨木がへし折れて、その先端だけが吹き飛び、開けた平原を勢いよく転がっていく。

 単眼巨人は想像だにしない彼女の力に驚き、手に残った巨木を見つめていた。


 「…さぁて、今度はこっちの番…ねっ!」

 「…ヴォッ…!?」


 彼女は軽く跳躍すると巨大な斧を片手で大きく振りかぶる。

 先程巨木を振るっていた単眼巨人は小柄な彼女の実力を見誤って深い間合いに入り込んでおり、驚くと共に後退りしながら巨木を盾にして凌ごうとするが、既に彼女は眼前にまで迫っていた。


 「…前言撤回、やっぱりバカね。それじゃ受けられないってわかんないかしら?…せぇーのっ…!」


 彼女は身体を捻って横に一回転すると、振りかぶっていた斧の重さを利用し、遠心力を込めた強烈な斬撃を放つ。


 「ヴォッ…!?」


 放たれた斬撃が巨木を貫通し、簡単に単眼巨人の太い首を刎ね飛ばす。


 「ふふん、二つ目!さあ死にたい奴からかかってきなさいっ!」


 単眼巨人達はいとも容易く二体の同胞を殺害された事で彼女に対する認識を完全に改める。

 "不用意に近づけばやられる"、──そう認識した単眼巨人達は彼女を取り囲む輪を広げて距離を取り始めていた。

 

 「…で、どう仕掛けてくるのかしらね?」


 自分達の間合いの外まで離れた単眼巨人を見て彼女は構えていた斧を下ろして腰に手を当てている。

 何が来ても対応できる事を示すかの様な態度で彼女は余裕の表情を浮かべていると、十分に距離を取った単眼巨人達はついに動き出した。


 「ヴォッ!」

 「「ヴォオオォォッ!」」


 リーダー格の個体が短い声を上げると、取り巻き達も呼応して雄叫びを上げ、一斉に大きな手を地面に突き刺した。


 「成る程ね…。アンタ達、流れ弾が飛んでくるから犬死にしたく無かったらしっかり防御しときなさい!」

 「ええっ!? そ、総員防御姿勢っ!」


 単眼巨人達の次の一手を察した彼女は大斧の刃を返し、槌部分に持ち替えると後方に待機中の部下達に防御しておく様に命じた。

 その命令に対して先頭に立っていた女性騎士は直ぐに全体に防御の体勢を整える様に指示を出し、一斉に盾を構える。

 単眼巨人達は突き刺した手で地面を掘り起こすと強く握り締めて石飛礫の様に彼女に投げつける。

 

 「ま、巨人型の亜人種の考えそうな事よね。…ハアァァァァッ…!」


 大量の土砂が投げつけられると既に彼女は力を込めて大槌を担いでおり、回転を伴って跳躍する。


 「せいやぁっ!」

 「…総員防御ォーッ!」


 短い掛け声と共に力任せに叩きつけた槌が衝撃波と共に大地を揺るがして割りながら土砂を巻き上げると、単眼巨人の投げた土砂の塊を弾き飛ばし、さらに散弾の様に周囲を襲う。

 

 「…ヴォオオォォッ!?」

 「ひいいいッ、ふ、防ぎきれませんッ!」


 土砂の散弾は周囲の単眼巨人を悉く巻き込み、普く大きな傷を与えたが、弾け飛んだ土砂は後方にいる騎士達にも影響を与えていた。

 勢いよく飛んで来た大小様々な土砂の塊が騎士達の構えていた盾を弾き、中には受け損なって吹き飛ばされる者もいる。


 「ヴォ…ヴォオオアアッ!」


 防御体勢を取っていたリーダー格の単眼巨人が土砂の散弾を受けた後、雄叫びを上げながら指を指す。

 その指の先は彼女ではなく、城塞前に待機した騎士達に向けられていた。


 「へぇ、アンタらいい度胸してるじゃない。アタシを無視して無事でいられるかしらね!…それにアタシの部下を舐めてるみたいね?」


 土砂の散弾を耐えた単眼巨人達は狙いを彼女から彼女の部下達の騎士に移して走り始めるが、彼女もそれを許さじと、再び武器を返して大斧の刃を構える。

 

 「ヴォアアッ!」

 「ヴォオオォォッ!」


 単眼巨人達は次々に彼女に背を斬られ倒れて行くが、さすがの彼女も十数体もいた単眼巨人を一人で全ては倒し切れず四体が後方で待機する騎士達に襲いかかる。


 「隊長ばかりに任せるわけには行きません!負傷した者は後方へ、無事な者は応戦を!」


 女性騎士が号令をかけると騎士達はすぐに隊列を組み直し、殴りかかってくる単眼巨人の攻撃を躱す。

 そして各個体に十人ほどの人数で単眼巨人に攻撃を仕掛けはじめた。


 「さて、残りはこっちに任せるとして…アタシは向こうね」


 自ら信頼を置く部下達に生き残りの単眼巨人達を任せ、彼女は踵を返して大地を蹴ると風の様に再びリーダー格の単眼巨人の方へと向かう。

 出した指示の悉くをたった一人の小さな人間に防がれた単眼巨人は据えた眼差しで向かってくる彼女を睨み付けていた。


 「さっきので随分と深い傷を負ったみたいね。あとはアンタ達を叩っ斬って終わりかしら」


 リーダー格の単眼巨人を含め、他の残る個体も軽傷とは言えぬ傷を負っている。

 足を折った者、腹に大穴が開いた者、唯一の眼から青い血を流す者、とてもまともな状態ではなく、彼女と戦えばまず為す術なく倒されてしまうだろう。


 「ヴォオオアア…」


 斧を向ける彼女の前にリーダー格の単眼巨人が抉られた腹を抑えながら手を広げて立ち塞がる。

 

 「潔いわね。リーダーから死にに来るなんて。…ん?」


 彼女が斧の刃をリーダー格の単眼巨人へと向けると他の単眼巨人達が涙を流しながら止めようとし始めている。

 しかしリーダー格の単眼巨人達は頑として聞かず、彼らの手を振り解き、顎で引き返す様に促していた。


 「ヴォオオ…ヴォッ、ヴォッ…」

 「成る程ね。ま、いいわ、アタシ達は街を守るのが仕事。これ以上来ないのであればアンタの首一つで勘弁してあげるわ」


 言葉は通じない筈だが、単眼巨人達はどうやら理解をしたらしい。

 同じ戦士であるが故に何やら通じるものがあったのだろう。


 「ヴォオオッ…!」


 リーダー格の単眼巨人が声を上げると負傷した個体達は背を向け、心配そうな目を向けながらお互いを支え合って撤退を始める。

 残ったリーダー格の単眼巨人は窪地の先に仲間達が消えたのを見届けると、安心した様に表情を緩めて膝をついていた。


 「追えない事はないけれど約束だし、アタシ達は殺戮者じゃない。これ以上はアンタ達の仲間が仕返しにでも来ない限りは部下達にも追わせないわ。安心して逝きなさい」


 そう言って彼女は大斧を振り上げると、単眼巨人の戦士の首を一振りの下に両断する。

 せめてもの慈悲と敬意を以って振り下ろした斧は単眼巨人の戦士に苦痛すら感じさせず、穏やかな表情のままで首を落とした。


 「隊長、ご無事で! 逃げた単眼巨人ですが…追いますか?」

 「いや十分よ、リーダーを仕留めて戦意を失ったみたい、多分もう来ないだろうから放っといていいわ。それよりも被害は?」


 戦闘を終えた部下達を引き連れて彼女に代わり陣頭指揮を執っていた女性騎士がやってくる。

 女性騎士は単眼巨人達が逃げて行くのを見て彼女に指示を仰ぐが、彼女は振り向かないまま不要と告げて被害の報告を要求した。


 「は、はい。軽傷が七名、重傷が二名、死者はいません。こちらに仕掛けて来た単眼巨人ですが、二体を討伐し、残りの二体は重傷を負って行動不能、捕縛しております」

 「了解したわ。死体はいつも通り、捕縛した単眼巨人はそのままにしておいて。それと負傷者をすぐに集めて、纏めて治療するわ。あとこのリーダーの首は報告の為に保存しておいて、終わったら第二城塞の屋上に全員集合、以上よ」


 彼女が掻い摘んで指示を出すと大斧を肩に担いだまま座り込む。

 

 「ま、たまにはこういう幕切れもアリ、かしらね」


 普段の彼女ならば、襲ってきた魔物達を一体残らず殲滅していたが、今回は珍しく逃げ出した単眼巨人を見逃す事にした。

 自分自身、何故今回そういった判断を下したかはわからないが、無駄な殺戮をする必要も無いと考えた事は間違いではない、そう考えていた。


 ーーー


 「──穢れ無き聖なる輝きよ 死に逝く魂に救済と安息を与えよ! 聖光浄化ホーリーピュリフィケイション!」


 穴の中に押し込まれた単眼巨人の死骸に真っ白な光が降り注ぎ、死骸を包み込んだ。

 戦いぶりからはとても想像は出来ないが、彼女が冒険者として名乗りをあげるその更に前はハルモニア教の修道女だった。

 尤も、彼女に信仰心といったものはこれっぽっちも無いが、当時の修行によって治癒魔術等の光属性の魔術を修得しており、騎士となってからは討伐した魔物や罪人が不死種として蘇らない様に浄化するのは専ら彼女の役目となっている。


 全ての後始末が終わった後で彼女と部下である騎士達はヒルデガルダを取り囲む第二城塞の屋上に全員集合していた。

 時刻は陽の十刻を過ぎ、日も傾き始めている。


 「さて後始末もおしまいね。皆、今日の任務はこれで終了、怪我人は出たけど誰も死ななくてホッとしたわ、お疲れ様」

 「「はい!」」


 彼女が任務終了を告げると部下達は敬礼の姿勢のまま大きな声で返事を返す。

 

 「捕縛した単眼巨人については逃す事にしたわ。まぁあれだけこっ酷くやられれば、今後また襲おうなんて思わない筈、団長への報告はアタシの方からしておくわ。…さて、それはいいとして…」


 直立不動の状態で部下達は彼女の報告を聞いていたが、最後に彼女が何かを言いかけた瞬間、一斉に冷や汗を流す。


 「アンタ達、最近弛んでるんじゃないかしら、ねぇソニア?」


 整列した騎士達の先頭に立つ女性騎士、ソニアは顔を痙攣らせると、周りの騎士達もそれに続く様に顔を痙攣らせていた。


 「アタシを探すのに息切らせて探し回るわ、全員揃ってアタシより遅れて集合するわ…、どうやら全員揃って鍛え直す必要がありそうね。何か申し開きがあるなら聞くけれど…何かあるかしら?」

 「い、いえ!ありませんっ!」

 

 ソニアは彼女の問いに対し、即座に異論なしと答える。

 

 「そう、じゃあこれから第二城塞を十周、アタシと一緒に走って貰おうかしら。と言ってもアタシに五周、差をつけられたら追加で五周走って貰うわ、いいわね?」

 「「はっ、はいぃっ!」」


 騎士達は返事を返すと一斉に装備を手放して身につけた鎧を外そうとする。


 「…ちょっとちょっと!」


 彼女の声に全員が凍り付く。

 本来ならば訓練としてのランニングでは皆軽装で行う筈だが彼女の声がかかった事で緊張が走る。


 「誰が鎧や装備を外せと言ったのかしらね?」

 「「いえ、一言も言っておりません!」」

 「わかったならさっさと行きなさい!勿論全員終わるまで夕食は抜き!せいぜい十周で終わる様に頑張んなさい!」

 「はいっ!…みんな急いでっ!」


 我先にと走り始めた騎士達を見届けた後、彼女は一人残って日が沈み行く西の空を眺めていた。


 「…あの子も今頃は大魔大陸で活躍してるのかしらね。あれからもう三年足らずってとこか、アタシも少しは強くなったつもりだけどアンタはそれ以上に強くなってるんでしょうね…」


 かつて共に"帰らずの迷宮"を踏破した仲間を頭に浮かべ、彼女は声を漏らす。


 「やっぱりここだったか」

 「あら騎士団長、執務の方はいいの?」


 突然かかった声に彼女は振り返ると、そこにいたのは騎士団長だった。


 「ふふ、少し休憩さ。君一人かい、部下達は?」

 「そう。部下達は走らせてるわ、もうすぐアタシも行くけどね」


 騎士団長の問いに彼女はぶっきらぼうに答えながら伸脚運動を始める。


 「任務を終えて即訓練か…君も訓練熱心だねぇ」

 「そうね、そうでもしないとアンタには追いつけそうもないからね、英雄の弟サン?」

 「少し含みのある言い方だね。…そうそうさっきの一人言だけど、僕の甥っ子の事かい?まぁ僕は実際に会ったわけじゃないけと、たまにポツリと呟いてるよね」


 一人言を聞かれていた事を知り、彼女は少し憤慨したように足元の小石をそっと蹴る。


 「はは、図星みたいだね。まぁ君が他人の事を話すのは珍しいからね。…その事についてだけれど、彼、どうやら現在行方不明らしいよ?」

 「は?」


 彼女は騎士団長からの突拍子も無い情報に目を点にしていた。


 「確かな筋からの情報で僕も驚いてるんだけど、どうも去年の冬くらい、ルミネシアに向かう船で帝烏賊(クラーケン)との戦闘の後、行方を眩ましたらしい。ただどうやら生きてはいるみたいでどこにいるのか迄はわからないけど手紙が一度届いたんだとか」

 「そう、生きてるんならいいわ、あの子ならそう簡単にはくたばらないでしょ。…なんせ英雄の息子、それに頭が回るからね」

 「ああ、確か"帰らずの迷宮"の守護者を倒す案も彼が考えたとか君が言ってたね。僕もその話を聞いて驚いたよ。まさかそんな倒し方が有るなんて思ってもみなかったからさ」


 二人はある行方不明の冒険者について話を終えて少し沈黙する。

 その間に部下達の先頭を走るソニアが一周目を終えて帰ってきた。


 「…さて、と、アタシもそろそろ走ろうかしらね。じゃ、また後で任務の報告に行くわ、またね、騎士団長トリスタン・ホワイトロックさん」

 「ああ、だがあまり遅くならない内に頼むよ、遅くなる様なら明日にしてくれると助かる、マリオン・カッパーフィールド五十人長」

 「善処するわ」


 マリオンはトリスタンとのやりとりにそれだけ答えると、風の様に走り出す。

 第二城塞の門の上、そこにいたトリスタンは苦笑いを浮かべ、ソニアは冷や汗を流しながら駆け抜けるマリオンを見送った。


 「君も大変だな、ソニア・グレイクラウド十人長」

 「い、いえ、…はい」


 トリスタンはゆっくりと手を振りながら城塞の階段を降りていくとソニアは敬礼で彼を見送った。


 「お、おいソニア、マリオン隊長もう行ったのか!? 早く行かねぇと五周差なんてすぐつけられちまうぞ!」

 「そ、そうでしたっ!ひええ…」


 その後、マリオンの部下である騎士達は一人残らず城塞を十五周走らされる羽目に遭い、夕食には誰一人間に合わなかった。

 尤も全員が夕食を口にするどころか逆に吐く程に疲れ果てており、夕食を必要とする事なく眠りに就いたと言う。

これにて第九章終了です。

次なる第十章の構成に頭を抱えていますが、今後とも応援宜しくお願いします!

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