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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第九章:波乱続きの航路
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第百三十八話:漂流の果て

 (寒い…!心臓まで凍り付きそうだ…!)


 連絡船から脱出する直前、まだ死んでいなかった帝烏賊(クラーケン)に拘束された俺は突然現れた黒い海竜に帝烏賊ごと海の中へと引きずり込まれていた。

 漆黒の海竜は咥え込んだ帝烏賊に対して何度も幾重に並んだ牙を突き立てているが帝烏賊の生命力はそれに耐え、未だに俺を掴んでいる触手を緩めてはくれない。


 (これじゃ数分ともたないな…、何とかしないと…)


 寒冷地であるルミネシアにかなり近づいていたこともあって水温は低く、身を突き刺す様な感覚だ。

 そして水中である為、当然息をすることもできない。

 海竜に噛み付かれた帝烏賊も拘束から抜け出す為に残っている触手で海竜の頭に絡み付き必死に抵抗を続けていた。


 (何かしようにもあの剣は無いし、魔術を使うにも水中じゃ…)


 俺は掴まれたまま海中を引き回されている間に腰の銀の直剣も幾つかの魔術も拘束を解かせられないかと試してみたが、直剣はそもそも帝烏賊の強靭な触手には刃が立たず、魔術も大半がまともに力を発揮はしなかった。

 炎や風、水の魔術に関してはそもそも発動せず、氷と土の魔術については魔術自体は効果を見せたものの、水中では大きく威力が削がれてしまっていて全く使い物にはならない。

 雷属性の魔術は効果そのものはあったが海中故に真っ先にその効果を受けたのは自分自身だった為、直ぐに発動を止める結果となった。


 (随分と海竜に引っ張られたな…、もう助かった所で直ぐには合流できそうにない、か)


 帝烏賊と黒い海竜は未だに暴れ続けており、恐らくだがブルック達の船からは随分と離されてしまっている事だろう。

 そう考えた俺は助かった後の事は一旦頭の隅に置いておき、今まさに直面している危機に向き合う事を決めた。


 (シャル)

 (…どうした、諦める気では無かろうな)

 (違う、少しだけ力を貸してくれ)


 魂に宿るシャルディンにそう話すと、溜息を吐くシャルディンの姿が頭に浮かぶ。


 (ガルムスで力を貸してから以降、気持ちよく寝ていたのだがな。まだ我が力も大して回復はしておらん、力を貸すにも本当に僅かにしか力になれんぞ?それにあの剣を失った今、十二分に力も発揮出来はしまい。加えて(うぬ)も超越の加護の反動、魔素も尽きる寸前、どうこの状況を打破するつもりだ)

 (諦めるなと言う割には随分と絶望的な俺の状況を淡々と説明するじゃないか。…僅かでも何でもいい、今は生き残る事が先だ)


 シャルディンは"それもそうか"、と頭の中で呟くと指を立てる。


 (力を貸すのは構わぬ、ありったけの力を自に貸してやろう。カムイよ、自の生き残らんとするその意思、見せてもらうぞ)


 シャルディンはそう告げて頭の中の世界から姿を消して行くと、俺の体に火が灯る。

 そしてそれと同時に黒い海竜はピタリと動きを止めた。


 (何だ?…いや、海竜のことは後回しだ。止まってくれたのは好都合…!)


 海竜が動きを止めたおかげで身体を引っ張られずに済んだ俺は足首を掴んだままの帝烏賊の触手にしがみつき魔力を練り始める。

 海中に入ってからもう随分と息も吐いた、これがラストチャンスだろう。


 (ミスれば今度こそ終わり、か。頼む、効いてくれよ…)


 両手で俺の足首に絡みついた触手を掴む。

 当然、幾らシャルディンの力を借りた所で帝烏賊の拘束を解ける保証も無いが、このまま死を待つつもりも無い。


 ("放電撃(エレキサンダー)"ッ!…うオオアァァアアァァ!)


 両手から放った電撃が帝烏賊の触手を通り、俺自身をも巻き込む。

 電撃の衝撃で思わず息を吐いてしまうがそれ以上息を吐くわけにもいかず、俺は必死に電撃に耐えていた。


 (頼む、これでダメなら…!)


 電撃が俺と帝烏賊の身体を駆け巡りお互いを傷つける。すると俺の足首を掴んでいる触手が僅かに緩んだ。

 すかさず俺は緩んだ触手の中に手をねじ込み、帝烏賊の触手に力を入れる。


 (うおおっ!)


 放電を続ける手に力を入れると少しずつ解け始め、その瞬間、俺は一気に足を引き抜くと、漸く帝烏賊の拘束から抜け出せた。


 (…よし、抜けたっ…!…でも水面まで距離が…!)


 帝烏賊の拘束を抜けた俺は力の限りを以って両手足で水を掻く。

 しかし、俺はもう一つの脅威となる存在の事について完全に失念してしまっていた。


 (…しまった、まだコイツが…!)


 黒い海竜がその縦長の瞳で俺を睨みつけている。

 海竜は帝烏賊を口に咥えたまま、じっと水面へ浮き上がろうとする俺を睨んでいたのだ。

 しかし、黒い海竜は食いでがないと、そう判断したのか直ぐに俺から興味を失うと身を翻して帝烏賊の身体を海底へと引き込み去っていく。


 (…助かった…のか?…それよりも早く浮き上がらない…と…!…うわぁっ!)


 海竜が去り安心したのも束の間、遂に息の限界がやってくる。そして更に海竜が身を翻した際に起こった水流が俺に追い打ちをかけるように俺の体を吹き飛ばす。

 海竜の起こした水流によって、俺の身体はどちらが上か下かも判らぬほどに揉みくちゃにされてしまった。

 

 (く…息が…、上はどっちだ…?…もう…意識が…!)


 力が入らない身体で手足を伸ばしては方向のわからない海面を目指す。

 力尽きる寸前にがむしゃらに掻いた手、その指先が何かに触れた。否、正確に言えば何にも触れなかった。


 (海面…!)


 もう一度海面に手を伸ばすが、既に水を掻く力も残されておらず、空気に触れる事無く身体が沈み始める。

 超越の加護の反動によって疲れ切った身体で海竜に帝烏賊ごと海に引きずりこまれ、更に自ら電撃を食らい、既に水を掻く力すら残されていないが、僅かな魔素と歯を食いしばる気力、そして生き残ろうとする意思、それだけはまだ残っていた。


 (後先なんて今はいい、今は生き抜く事だけ…!)


 僅かに残った魔素を絞り出して伸ばした手に魔力を練る。

 うまくいくかすらもわからないままではあるが、考えている暇もない。


 ("竜巻(トルネード)"ッ!)


 練った魔力を海面に向けて放つと竜巻を発生させた。

 既に力尽きていた俺の身体は沈み始めていたが、海流がうねり始めていたのを感じる。

 やがて竜巻は海面を抉り始めると水を巻き上げ始め、小型の海王種の魔物や流木、海面を漂う海藻を巻き込んでは空へと打ち上げていた。


 (もう浮き上がる力も無いけど…、潮の流れに乗るくらいなら…!)


 足を揺らして竜巻に吸い込まれる潮に乗ると、あっと言う間に俺の身体は転じて渦となりつつある竜巻に引き込まれてしまう。

 だが、渦の横から顔も出て、漸く息を継げた事で俺はとりあえずは大丈夫だと言う確信を覚えた。


 「うぷっ…ゲーッホゲホッ…ゴボボ…ゲホッ…ゴボッ…」


 渦に転じゆく竜巻に巻き込まれて徐々に身体が浮き上がる。

 渦の中で顔が何度も水面から出入りした為に海水を飲んだが、そのまま流れに身を任せると遂に身体が浮き上がり始める。


 「ゲホッ…ゲェーッホッ…オェ…、ウプッ…うおおぉぉ…!」


 竜巻に身体を巻き上げられながらむせ返り、自ら起こした竜巻に自ら飛び込んだ事で腹の中身が漏れ出しそうになる。

 そして縦に伸びていた竜巻は遂に俺を真上に弾き出すと、魔力の効果がなくなって立ち所に消えてしまった。


 「さぁ…後は着水だけだ…」


 無抵抗に竜巻から放り出された俺は大きく息を吸い込み、目を瞑る。

 そしてそのまま頭から自由落下を始め、再び海の中へと落ち、ゆっくり浮き上がる。


 「…ぷはっ、どうにか…助かったみたいだな…」


 大きく息を吸い込んでいた俺は仰向けになって海面に浮き上がる。

 浮き上がった場所で海竜と共に流されてきたのだろうか、折られてささくれ立った広く厚みのある木板を見つけた俺はその板に這い上がると大の字で星空を見上げた。


 「駄目だ…流石に疲れた…。少しだけ…少しだけ眠ろう…」

 (…見事だ、しかと見届けたぞ。よくぞ最後まで諦めずに藻搔いたものだ)


 帝烏賊との戦闘で疲れ切った俺はゆっくりと瞼を閉ざす。

 頭の中でシャルディンの声が響いているが、既に耳を傾ける程の余裕も無く、意識は混濁していくばかりだ。


 (今は眠っておくがいい、我もまた力を使い切った。暫し我も眠りに就くとしよう…)


 ーーー


 海に放り出されてしばらくは潮の流れに任せ、木板の上で火属性の魔術で暖を取りながら俺は漂流を続けていた。

 水に関しても魔術で真水を生み出す事で心配も無く、運良く流れてきた木板を使って即席の小さな筏も出来たが、漂流開始から三日目、俺は最大の問題に直面していた。


 「…もう三日、何も食ってないな…」


 幸か不幸か、俺はこの三日間魔物の襲撃に一切遭っておらず、水面に爆炎(エクスプロード)の魔術を放ってみるも、一切魔物は浮いてくる事はない。

 水分も休息も十分に取れるが、一番の問題は食料だ。

 周囲には海鳥の様な鳥種の魔物すらもいないのだ。

 空腹感に苛まれながら、俺はただひたすらにこの筏がどこかの陸地へと辿り着く事を祈り続けるほか無かった。


 ーーー


 更に十五日程が過ぎてもやはり食料と呼べるものは無く、魔術で生み出した水だけで腹を膨らませていた。

 限界を感じながら、筏の上で横たえた状態で毎日を過ごしている。

 当然ながら近くを通る船なども無く、ただただ無為に時間だけが流れて行った。

 

 「…なぁセオ、どうしたらいいと思う?」


 俺は独り言の様に自分の名前を呼び、問い掛ける。

 実際は独り言ではなく、相手は俺の身体の本当の持ち主だ。


 (…どうしようもないね、完全にお手上げだ。僕の身体がクリスみたいに潮の流れを変える程の魔術の力と魔素があればよかったけど…)

 「ふっ、それこそメルの力だろ? …参ったな、このままじゃ本当に餓死してしまう」


 まだどうにか小さく笑う程度の気力はあるが、栄養不足による体力の低下は明らかに感じており、身体を起こすのですら、疲れを感じる程だ。


 (少なくとももう二十日近くも陸地にすら着かないと言う事はよっぽど遠くまであの海竜に引っ張られたか今いる場所が潮の循環した場所なのかのどっちかだろうね。前者ならまだ希望はあるけど持って十日くらい、そんな所だろう?)

 「そんな事までわかるのか?」


 さらりと答えるセオドアに俺は驚き聞き返すがセオドアは深く溜息を吐いて乾いた笑い声を上げる。


 (はは…、今のは君の考えをそのまま言葉にしただけだよ。君の考えた事は僕にも伝わってる、前にも話しただろう?)

 「…ふっ、ふふっ…そういえばそうだったな」


 即席の筏で横になったままふと身体を横に向けると穏やかだった波が少し高くなってきている。

 空に目を向けると遠くでは暗雲が立ち込めて来ていた。


 「…まさか」

 (嵐…だね…)


 高い波が押し寄せ、俺は筏にしがみ付く。

 しかし無情にも、殆ど木板でしかない筏は激しい波に揉まれて呆気なく転覆し、波に流され、俺は再び海へと投げ出されてしまった。


 「くそっ…ここまでなのか…?」

 (カムイくん、諦めちゃダメだ!)


 二十日近く何も食べておらず、体力の落ちた状態では泳ぐ事もままならない。

 加えてこの嵐では背浮きで凌ぐ事も不可能だ。


 「…ダメだ、目が…霞んできた…。…もう…」

 (カムイくん!…寝ちゃダメだ!カムイくん、カムイくん!)


 頭の中でセオドアが必死に叫んでいるのが聞こえるが、それはどんどん遠退いていく。

 掠れた意識も直ぐに途切れ、セオドアの叫びも聞こえなくなっていった。


 ーーー


 目が覚めると目の前は真っ白な世界だった。

 ただし、前に来た魂の世界とは異なり、霞んではいるが若干の色味は感じる。

 身体は動かず、微かに波の音が聞こえてくるだけ。

 まだ死んではいないのかも知れないが、時間の問題だろう。


 「動け…、動…け…!」


 俺の意識と別に伸ばされていた指先が微かに動き、掠れた声を上げる。

 どうやら俺が意識を失った時に身体の主導権をセオドアが握ったのだろう。

 だが、最早身体は動かせる状態ではない。

 極度の疲労、栄養不足による体力の低下、加えて水に浸かったまま流されていた事もあり体温も低下していた。これでは身体を動かせるはずもない。


 「生き…るん…だ…!」


 セオドアが震える手を伸ばし声を絞り出す。

 砂を掴んで僅かに身体を這わせるがほんの少しだけ身体が動いただけに過ぎなかった。

 しかし、それは大きな意味を持ったのだった。


 「……、…だ、……生……い………か?」


 微かに聞こえた声は見知らぬ誰かの声だった。

 しかし、少なくとも自分の声ではなく、その声の主の足音が近づいて来る。


 「…これはいかん、身体が冷え切っておる…!…痩せ細っておるし…何日も流されておったのか…よく死なずにおらなんだ…。…しっかりせい!すぐに儂の小屋へ運ぶからの、死ぬでないぞ!」


 低く枯れた老人の声だ。

 老人と思しき男は痩せ細った俺の身体を軽々と持ち上げると銀色の世界を駆けており、その途中でまた俺達は意識を失ってしまった。


 ーーー


 再び目が覚めると、そこは暖かいベッドの中だった。

 古ぼけた丸太小屋の中であり、奥では俺を救ってくれたであろう体格のいい老人が揺り椅子に揺られ、煌々と燃える暖炉の前で毛布を羽織って眠っている。


 「…ここ…は…? ダメだ、起き上がる力も入らない、か…」


 身体を起こそうとするも身体に力が入らず、俺は再び頭を枕に預けてしまう。


 「…む、目を覚ましたか…。よい、今は体力を回復させるが先決、そのまま少し待っておれ」


 目を覚ました老人は羽織っていた毛布を椅子にかけ、目の前にあった鍋を持つと暖炉の火にかける。

 しばらくすると食欲をそそる香りが漂い始め、老人は木製の皿に鍋の中身を装い、スプーンと共にこちらへ運んで来る。

 鍋の中に入っていたのはどうやらスープの様だ。


 「自分で起きられるか?」


 問い掛けに首を横に振ると、老人は俺の身体を起こすのを手伝い、スプーンでスープを掬って俺の口へと運ぶ。


 「少しずつでよい。恐らく十日以上も何も口にしておらぬのだろう、胃が弱っておる時はこういった食事で少しずつ慣らすがよい」


 老人は恐らくこう言った場面に慣れているのだろう。

 慣れた手付きで俺の食事を手伝うと、またゆっくりとベッドに寝かせて食器を洗っていた。


 「…すみません、おかげで助かりました。…ここは…?」


 老人は俺が述べた礼と質問を聞いて一瞬手を止めるが、すぐにまた食器を洗い始め、こう返した。


 「助かった、か…。本当にそう言えるかは別の話だがな。…今はまだ、ゆっくりと身体を休めておくがよい。ここは…そうさな…。大魔大陸の東の果て、氷に閉ざされた監獄、──とでも言っておこうか」


 老人はそう言いながら食器を片付け終わると、再び毛布を羽織って揺り椅子に身体を預け、手元にある薪木を暖炉に焼べていた。

第九章、本編部分終了です!


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