第百三十七話:消えたセオドア
連絡船の残骸を離れた船はルミネシアに進路を取り、セオドア不在のパーティーは船長室に集まるとレオを中心として帝烏賊との戦いの一部始終、セオドアが姿を消す直前のやりとりについて話していた。
『…セオドア様は行方不明、ですか。帝烏賊の生死がわからない以上、船を泊めておくわけにもいきませんケロ。まずは皆さんと救出した人達を一旦ルミネシアの東岸、ゴドフロア王領のテラービブと言う港街にお送り致しますケロ』
『その後、あっしらでセオドアさんが居なくなった周辺の海域やここから近い孤島や沿岸部を捜索しますゲロ』
ブルックとゼネルはこれからの動きについて全体へ伝える。
本来ならばこのまま捜索をしたい所ではあるが、乗員が増えた以上、食料面において備蓄の余裕が無くなった事が原因で、一度航海を終わらせる必要があった。
『ああ、そうするしか無ェ。だが、この船一隻で探すとなるとかなり時間がかかっちまうンじゃねェか? 確かルミネシアの冬は相当寒ィって聞くぜ、もしセオが生きて岩礁だとかに打ち上げられてたらモタモタしてる内に凍死しちまうぞ?』
『それについては皇帝陛下から皇子の万一に備えて多額の資金を預かっておりますケロ」
『こうなったら港に到着次第、船を借り上げてでも、人を雇ってでもセオドアさんの捜索にあらゆる手を尽くすつもりゲロ。…まぁ皇帝陛下に怒られる事にはなると思うゲロ、それでもあっしらや親友のアシュレイの恩人であるセオドアさん達が困ってるのに黙ってられる訳がないゲロ。極刑でも何でも受けてやるつもりゲロ』
『我々一同、全員そのつもりですケロ。セオドア様には半魚人や黄泉の使者から船と命を救って貰った大恩がありますケロ、ここで恩人に報いる為に行動を起こさなければ船乗りの名が廃りますケロ』
ブルック、ゼネル、並びに同席していた船員達は揃って頷く。
『おいおい…、だったら親父にゃ俺が海に落ちて流されたとでも言っときゃいいだろ。いつか国に戻った時でも俺の口からそう言ってやるからそこまで思い詰めんじゃねェよ。とにかく、その辺りの手配は頼んだとして、あとは俺たちがどうするかだな』
『まずはギルドと酒場に探し人として手配を頼むべきですわね。それ以上は私達に出来る事は聞き込みぐらい、色々考えるのはそれからですわ』
『ああ、僕もクローディアもルミネシア自体は来た事はあっても旅の途中で訪れた程度だし、テラービブの街については来た事もない。明確な目的地が定まって無い内にあちこち動き回るには大魔大陸は広すぎるし、危険だ。まずはテラービブの周辺から足を固めて行くべきだと思うよ』
『…よし、じゃあとりあえずはその方針で行くか。何にせよ今現在船も最速で港を目指してる。これ以上出ねェなら今は着いてからに備えてしっかり休むべきだ、そうだなブルック?』
レオは柏手を打って話を締めると、船の現状と自分達の今取るべき行動をブルックに確認するように尋ねる。
『その通りですゲロ。あとは風と波に任せる以外どうしようもないゲロ。とにかく船は最速でテラービブを目指してるんで皆さんはそれまでゆっくりしていて欲しいゲロ』
『それもそうね。今はブルック船長達に任せるしかないわ』
「セオ様…無事ですといいのですが…」
「アンリエッタ様、今は無事を祈って休む事に専念しましょう。我々も帝烏賊との戦いで疲弊し切っています」
「ちょっと待ってください!」
状況の整理が済み、解散の流れとなった所でクリスは大きい声で全員に待ったをかける。
「クリス」
「わかってますフォルクさん。ですが、全員がいる今の状態で聞いておきたいんです」
「うん、わかってるならもう僕は止めないよ。続けて」
フォルクが声を大きくするクリスを諌める様に名前を呼ぶが、クリスは小さく頷き"大丈夫"と示し返す。
フォルクも安心した様に頷き返して手を広げて続ける様に促した。
『レオさん、一つ確認したいんですがレオさんが連絡船の場所に着いた時、既に兄様は居なくなっていたと言うのは本当ですか?』
クリスはレオに対して人差し指を立てると、毅然とした振る舞いで質問をする。
レオは直ぐには答えずにクリスの蒼く深い瞳を暫く見つめると、小さく息を吐いてクリスの質問に答え始めた。
「…ああ、考えてる通りだ。本当は居なくなる直前、俺はセオを見てる。…帝烏賊に捕まってたセオにな。何もせずに引き返したのもセオの指示だ、"すぐには助からないから先に行け"ってな」
「レオさんは何もせず、兄様を見捨てて先に引き返した、と?」
質問に答えるレオにクリスは剣幕を立て、間髪入れずに質問を重ねながら詰め寄る。
「結論を急ぐンじゃねえよ。お前の気持ちもわかるが、俺もセオも無理だと判断した上でお前の兄貴は俺に引き返せって言ったんだ。それに帝烏賊に捕まってたとは言ったが、実際はとんでもねぇデカさの魔物に捕まった帝烏賊にセオは捕まってたんだ。"何もしなかった"んじゃねェ、俺達は"何も出来なかった"、手の打ち様が無かったんだ」
「…どういうこと、ですか?」
レオの答弁からレオやセオドアですら諦めざるを得ない何かがある事を察したクリスは語気を和らげてレオに訊き返した。
「あー…、無駄な混乱を招きかねんから後から話そうって黙ってたんだが…。…まぁいい、一部始終全部話すから黙って聞いてろよ。えーと…」
レオは観念したように眉間に皺を寄せてそう言うと、セオドアを救出に向かってから一人、船に引き返してくる迄の一部始終について語り始めた。
ーーー
レオは海に飛び込んで氷の大地に這い上がると自分達がいた船の残骸があった場所を目指して暗闇の中を走り抜けた。
暫くして暗闇を抜けると、そこには帝烏賊に足首を絡め取られたセオドアの姿が焚き火に照らされて薄ぼんやりと映っていた。
「さ…寒ィ…、…じゃねェ、早くあの触手を切っちまわねェと…!」
冷たい海水に飛び込み一瞬で冷え切ったレオの身体に追い打ちする様に冷たい風が襲う。
しかしレオは寒さに震えながらも、セオドアを救う為に爪を剥いて帝烏賊の触手へと向かった。
そしていよいよ帝烏賊は海中へと潜り、触手が俺の足首を引き始める。
「セオ、剣を引けッ!俺がぶった斬ってやる、オォラアッ!」
荒々しい声を上げながら漸く駆けつけたレオがセオドアの足首を掴む触手に斬りかかる。
だが、レオの爪による斬撃は虚しく空を切り、更にセオドアは足首を引っぱられていた。
引っ張られて向かった先は海の中ではなく上方向、宙吊りになっていた。
「なっ…上っ!? 何が起きたんだ…?」
「デ…デケェ…何だこいつは…」
海へと引きずり込まれたと思っていたが、何故か引き上げられて宙吊りになったセオドアは騎士剣を手放してしまった。
そして下からセオドアを見上げるレオは俺を引き上げた何者かの巨大さに呆然と立ち尽くしていた。
勿論レオが見ているのは帝烏賊ではなく、氷の中から頭を突き出した巨大な魔物だ。
首か胴体なのかは判らないが、セオドアの視点からも穴の空いた氷から伸びている黒い鱗に包まれた魔物の身体が目に映っている。
セオドアが腹に力を入れて宙吊りのまま上体を起こすと、闇夜の中にぼんやりと魔物の頭部が目に映り、巨大な顎がセオドアの足首を掴んだままの帝烏賊に食らいついていた。
その姿は巨大な大蛇そのものであり、薄暗くてはっきりと見えた訳ではないが、全身が闇に溶け込む様な漆黒の鱗で覆われているのがわかった。
「レオ、今すぐ船に戻れっ!俺たち全員でも勝てない相手だっ!」
セオドアは巨大な魔物の姿を見ると同時に、気が付けばレオに船へ戻る様に指示する言葉を口にしていた。
反射的に危険だと察したのかは判らないが、考えるよりも先にその言葉を口から発していた。
「…バカ言え!お前はどうすんだ!? このまま置いて行けってのかっ!?」
当然ながらレオはセオドアの指示に素直に従うこと無く怒鳴り散らす。
「幾らこいつがヤベェ奴だろうがお前はパーティーのリーダーだッ、お前がいなきゃ誰がパーティーを纏めるってンだ!諦めてんじゃ無ェ、全員でルミネシアに行くンだろうがよッ!」
レオはそう続けるが、騎士剣を手放してしまった今、セオドアは自らの力で帝烏賊の触手から逃げ出すのは不可能だ。レオの爪も到底届く様な高さではない。
もしセオドアが助かるとすればここで帝烏賊が力尽き、俺の足首を掴む触手が緩んだ時くらいのものだろう。
だが帝烏賊の触手は更にセオドアの足首を強く締め付けており、セオドアの顔は苦痛に歪んでいた。
「そのつもりだった…けど…、こうなった以上、みんなを巻き込む訳にはいかない…。頼むレオ、俺を置いて…先にルミネシアに向かってくれ…!」
「…ッ!…待てよ、セオ、お前ッ…!自分が犠牲になって俺達を先にいかせようってのか…?」
「…大丈夫だ…!必ず…後から追い付く!このままもしコイツが暴れたりすればそれこそ全滅だ…。そうじゃ無くてもこの嵐だ、船もそう持たない…。レオ、いや、グリオネール。みんなを、クリスを頼む…!…グアッ!」
藻搔いている帝烏賊の触手が更にセオドアの足首を締め付けると、セオドアは声を上げるほどの痛みを顔に出していた。
レオは踏み止まろうとしていたが、セオドアの眼を見ると、半歩だけ足を下げる。
「あーあー、わかったよ畜生ッ!セオッ、絶対に死ぬんじゃねェぞッ!死んだら、いつか見つけて全力でブン殴ってやるからなッ!」
「はは…そりゃ考えただけでも背筋が凍り付きそうだ。わかった、肝に銘じとく」
レオが濡れたたてがみを掻き毟り、吹っ切れた様に言い放つと、セオドアは苦笑いを浮かべながら手を振ってそれに応じた。
『セオドアさーん、殿下ー!急ぐゲロー!もう船が持たんゲローッ!』
「…さぁ、行ってくれ、グリオネール」
「…ああ。…もう一度言っとくが、絶対に…死ぬんじゃねェぞ!」
レオのかけた言葉にセオドアは言葉で応えず、首だけを振って応える。
それを見たレオは船に向かって駆け出し、闇夜の中へと消えていった。
セオドアはレオ達を先に行かせたが、彼自身の状況は依然として絶望的な状況だろう。
レオはセオドアの言葉通り、何もすることなく船へと引き返していった。
ーーー
「…と、まァ…こんなトコだ。信じるかどうかはクリス、お前次第だが俺が話せるのはここまでだ」
レオは腰を屈めて俯くクリスの両肩に手を置いて話を終える。
クリスは暫く黙ったままでいたが、顔を上げるとレオに更に尋ねた。
「"必ず追いつく"、兄様、いや兄はそう言っていたんですね?」
「…ああ、一字一句、間違いなくそう言ってた。少なくとも俺はアイツを信じてる。だからお前も兄貴を信じてやれ」
レオは自身の話した事を聞いたクリスがセオドアの言葉を訊ねてくる時に、クリスの様子が変わった様に思えた。
「無論です。もしレオさんが本当の事を話しているのならば私は兄を疑いません。兄がそう言ったのであれば私は兄を信じて待つだけです。…ですので、誓ってください。今のレオさんの話、それが紛れもなく事実である、と」
クリスは首を伸ばし、レオの眼前に迫るとそう突き付けた。
クリスの真剣な眼差しをレオは見つめると、クリスの肩に置いた手を離して腰に当て、屈めていた腰を伸ばすと、突然笑い始める。
「…ハッ、ハハッ、上等だ。もうちっと落ち込むんじゃねェかと思ってたがそこまで啖呵切れるみてェなら飛んだ取越し苦労だったな。安心しな、そんな大層な大法螺、咄嗟に吹けるほど俺は頭回んねェよ。仮に思いついたとしても場面ぐらい選ぶさ。心配しなくてもコイツは事実だよ、ハッハッハッハッ…」
レオはクリスの背中を強く叩くと大きな笑い声を上げながら船長室を後にした。
不意に背中を叩かれたクリスは思わず噎せ込んでしまっている。
「大丈夫かいクリス…」
「…ケホッ、ケホッ。加減をする頭も…ケホッ、回らなかったみたいです、ケッホケホッ…」
噎せながら毒吐くクリスの背中をフォルクは摩っていた。
そんな姿を見ながらこの場にいる全員が苦笑いを零し、解散すると身体を休める為に皆、自身の船室へと戻って行く。
「…兄様、どうかご無事で…」
クリスが小さく祈るようにそう零すと、フォルクはクリスの背中を摩っていた手で優しく二回だけ肩を叩いていた。
ーーー
船が連絡船を離れ、真西に進路を取ってから三日が経つ。
漸く船の船首が向く先には雪で覆われたテラービブの街が見えている。寒冷地の冬、ルミネシアは雪と氷に覆われるが、このテラービブ周辺の海域は僅かに流氷が浮いている程度だった。
寒さに強いレオを除いた五人は厚手のコートに身を包み、鼻頭を赤く染めており、大魔大陸出身のフォルクとクローディアの二人を除く四人は眼前に映る巨大な規模の港街に目を輝かせていた。
「デケェ街だな…港街でこれかよ…ガルマリアともそう変わらねェ規模じゃねェか…」
「さぞや首都のルミネスは栄えているのでしょうね」
「ふふ、期待してる所悪いけど、そんな事はないわ。連邦議会のあるルミネスはあくまで政治の場、寧ろ商業や工業で栄える他の街に比べればかなり小さな都市ね」
「ルミネシアはハつの国から成る連邦国家で大きく分けると十の地域に分かれてるんだ」
「八つの国で十の地域?」
フォルクの話した地域の数とそれを治める国の数、その乖離についてクリスはフォルクに尋ねる。
「ああ、まあその二つの地域の興りを最初から話すと長くなるからそれはまた今度話すとして、二つの地域については一つが連邦議会のあるルミネス、議会を纏める代表が治めている地域だ。そしてもう一つがどの国にも属さない完全中立の立場で、この国一番の象徴と言える魔導学校が管理する地域なんだ」
しっかりと話せば長いとして二つの地域についてフォルクは掻い摘んで説明をする。
そしてそうしている内に船は港の前にある大水門の前へとたどり着いていた。
『停船、停船ー!錨を下ろすケロ!船が止まったら桟橋を架けるケロ、急ぐケロ!』
『『アイアイ!』』
途端に慌しくなった甲板を、六人は船首から眺めている。
手早く停船の段取りを終えた船員達は最後に大水門の側にある船着場へ桟橋を架けるとブルックが現れ、ゼネルと二人で船を降りる。
港側からは数人の兵士を連れた役人然とした男が現れ、話を交わそうとブルックに話かけるが、どうにも折り合いがつかない様子だ。
「参りましたな…、今現在ガルム帝国の船の担当官が席を外しておりまして…」
『アンタじゃ話にならんゲロ、早く担当官を出すゲロ!』
甲板から二人を見ていたクリスは階段を降りて船内を抜け、二人の元へやってくる。
「む、人族の方ですかな? ガルム帝国の連絡船以外の船から人族の乗員が出てくるとは珍しい」
『ああちょうど良かったゲロ。入港許可を貰う手続きをしようとしているのゲロ、この担当官、獣人語が話せない担当官らしくて困ってたのゲロ』
ブルックが眉間に皺を寄せており、如何にも面倒そうな表情を見せる。
困っている状況を理解したクリスは一歩前にでると担当官に話しかける。
「なるほど、もしよければ私が通訳を致しましょうか?」
「やや!貴女獣人語を? それは助かります!まずこの書類なのですが…」
クリスが通訳できる事を聞いた入港許可担当官は入港許可を得る為に必要な書類について説明を受けると実際に手続き書類の記入等を進めるゼネルに取り次いでは次々と処理していく。
「次にサインを…」
『これでよろしいですケロ?』
「船の所有者の名前を…」
『ガルム帝国皇帝、ティグリオン・ルス・ガルマリア…、と…』
「…はい、では最後にブルック船長の手形を…」
『…ホイ、これでいいゲロ?』
四半刻程をかけて完成させた四枚程の書類をまたぐ様にしてブルックは赤く塗った手の平を押すと、割符のように分けられ、二枚の書類が渡されると漸く正式に入港許可証が発行される。
ブルックは分割された書類を受け取ると、ゼネルがその横を通り過ぎて甲板へと向かった。
『これだけ寒いのに海が凍って無いんですね』
『このテラービブはルミネシアの数少ない不凍港ですゲロ。それに加えてルミネシアの技術で生まれた魔導具や魔導器を求めて買い付けに来る商人も相まって今じゃ世界最大の港街とすら呼ばれているゲロ。…よっと、桟橋上げたゲロ!』
ブルックが桟橋を上げると鎖が引かれてゆっくりと大水門がその門戸を開く。
そして船は大水門を潜って遂にテラービブの港へと入っていった。




