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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第九章:波乱続きの航路
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第百三十六話:動揺

 「すっかり暗くなってしまいましたね…」

 「ああ、これじゃ船に戻ろうにも位置が分からない。…今日はここで朝を待つしかないな」


 帝烏賊(クラーケン)との死闘を終えて既に陽は落ち、俺達は荒れ果てた船の上で一夜を過ごす事となっていた。

 甲板の上で帝烏賊に破壊された船の部品だった金属片をかき集め、土魔術で薄く広く引き伸ばした板に加工すると、その上で焚き火を起こして囲み、星空を見上げていた。


 「そもそもセオドア様も超越の加護の影響で動けませんし、夜じゃなくても帰るのは暫く不可能でしょう。こればかりは仕方ありません」

 「それにしても寒いわね…、クリスの大魔術で周辺の海が氷に覆われてたのもあるけど、ルミネシアもそろそろ…クシュンッ…冬じゃないかしら…」

 「俺は毛皮があるから問題無ェが…」

 「そう言えばこの船、ルミネシアからの船だったんだっけ…、だったら毛布の一つや二つあるかも。僕が見てくるよ!」


 激しい戦闘で皆疲れ切って動けなくなっており、寒さに震えている。

 船の周りはまだ氷に覆われており、冷たい風が吹き荒んでいた。

 唯一消耗しきっていないフォルクは簡素な松明を直ぐにこしらえると、一人、崩れかけた船内へと向かっていった。


 暫く待っているとフォルクが毛布を風呂敷の様にして背中に背負った状態で船内から戻ってくる。


 「船の中、少し船底に浸水して凍りついてたけど、いくつか濡れてない毛布があったから持ってきたよ。それと船の倉庫に食糧が残ってた。樽に入ってたから問題ないとは思うけど…、とりあえずお腹に何か入れないとこの寒さじゃ体力も回復できないし、早速食事にしようよ」


 フォルクが風呂敷にしていた毛布を広げるとその中には四人分の毛布と干し肉や木の実、パンが入っていた。

 激しい戦闘で空腹を忘れていたが、フォルクの持ってきた食糧を見るなり、皆一斉に腹の虫を鳴らす。

 俺達は飛びつくように食糧を手に取っては口へ運び、直ぐに平らげてはフォルクがまた船内に行き、それを繰り返す事三回、漸く俺達の空腹は収まった。

 腹が満たされた後直ぐに俺達は睡魔に襲われ、毛布に包まって眠りに就いた。


 ーーー


 『…、…ーい!』


 暗闇の海の向こうからかすかに聞こえる獣人語の声に目を覚ました。

 一瞬、気のせいかとも思ったがもしかするとブルック達が戻ってこない俺達を探しに戻ってきたのかと思い耳を澄ます。

 まだ陰の八刻、焚き火も消えて燻っており、辺りは真っ暗だった為、木片を集めて火を灯す。


 「…兄様…、目が覚めたんですか…ふあ…」

 「…ああ、起こしちゃったか。いや、声が聞こえたような気がしたんだけど…。…気のせいだったかな…」


 一緒に毛布に包まっていたクリスが寝ぼけた目を擦りながら話かけてきたが、以降声は聞こえなかった為そう返すとクリスはまた毛布を引っ張って身を寄せて目を閉じる。──その時だった。


 『間違いありません、人がいますケロ!船長!急いでくださいケロ!』


 暗闇の奥から聞こえてくる声、間違いない、ゼネルの声だ。

 どうやら俺が起こした火を見て此方に気付いたらしい。


 「みんな起きるんだ!船が俺達を探しに戻ってきた!」

 「…んあ…、なんだ、結局戻ってきたんだな、アイツら…」

 「よかった…、これで船に戻れますわね…」

 「…あとはルミネシアに着くのを待つのみ、ですね」

 「…んん…、…思ったより早く戻れてよかったよ。こんな寒い中じゃしっかり体力も回復できやしないからね」

 「……スー……、…スー……」


 一人を除いて目を覚ました俺達は毛布を羽織ったまま起き上がるとブルック達の乗る船から掲げられた松明に向かって手を振った。


 『ゼネル副船長ー!船の周り、分厚い氷に覆われてますから気を付けて下さいー!』

 『セオドア様、無事で何よりですケロー!水面注意、氷に気を付けるケロ!」

 『『アイアイ!』』


 ゼネル達に氷に警戒する様に伝えると、船員達は松明で水面を照らしながら慎重に船を接近させる。


 『これ以上は氷にぶつかるケロ…、錨を降ろすケロ!』

 「…よし船も無事に止まったみたいだし、俺たちも帰ろうか」


 羽織っていた毛布を脱ぎ、俺達はひと塊りに集まる。

 まだ起きる気配のないクローディアはレオが肩に担いでいた。


 「…兄様、もう動けるんですか?」

 「ああ、少し寝たから歩くくらいなら大丈夫、それに魔術も船に戻るくらいなら問題無いさ」

 「…だったらいいんですが」


 心配性なのか、クリスは不安そうに俺に問い掛けてくるが、俺は両手を広げて問題はないとおどけてみせる。

 クリスはそれを見ると、小さく息をついていた。

 魔力を練っていた俺は船の甲板を頭に浮かべ、魔術を放つ。


 「さ、帰ろう。…"飛翔(フライハイ)"」


 飛翔の魔術を発動させ、俺たちの体が宙に浮き始める。

 しかし突然何かが俺の足に絡み付き、そのまま俺は一人、荒れ果てた連絡船へと取り残されてしまった。

 壊れた船に張られていたロープにでも足を引っ掛けたのかと思ったが、俺の足に絡みついた何かは緩む気配も無い。──寧ろ、先程からどんどん巻き付く力が強くなる一方だ。


 「何なんだ一体…」


 辺りが薄暗く、絡みつくものの正体が掴めない。

 俺は魔術で火を起こし、足首に絡みついたものを確認する。

 足首には長い紐の様なものが巻きついており、表面はヌラヌラとした明かりが反射していた。

 絡みついたものは先細りしており、足首から離れるに従って太くなっている。


 「──まさか…」


 火を紐の先へ向けて照らすと、そこには濁った眼が暗がりに映っている。

 更に火力を上げて明かりを大きくすると足首に絡みつくもの正体がハッキリとわかってしまった。

 薄らと赤みがかった白い触手、その先端が俺の足首を締め付ける。

 仕留めたと思っていた帝烏賊はまだ死んでおらずら電撃を受けて仮死状態となり、今このタイミングで蘇生したようだ。

 咄嗟に騎士剣を抜き、足首を掴む触手を斬りつけるが、ただでさえ超越の加護の反動で力が入らず、更に腰も入っていない斬撃では帝烏賊の強靭な触手には僅かな傷を与える事しか出来なかった。

 そして更に異常事態が輪をかけて畳み掛けてくる。

 激しく突き上げられる様な振動が身体を突き抜けてくると、直ぐに地響きのような音が響いてくる。


 「地震っ!? 待てよ、ここは海の上、地響きなんて──」


 地鳴りのような音は海の底から聞こえてきていた。

 津波の前兆の様に潮が引いているわけでもないが、更に突然激しい雨が降り出すと同時に強い風が吹き、雷鳴が響く。

 加えて以前感じた事のあるものとは異質ながらも同程度の凄じい威圧感がのしかかってきた。

 以前感じたものからは怒りや不安と言った感情が押し寄せてくる感覚を覚えたが、今回は羨みや妬み、空疎感と言った感情が押し寄せてくる。

 しかし、そんな事を冷静に考える余地など無く、それ以上に、感じた恐怖に支配され冷静さを欠いた俺は逃げ出したい気持ちに囚われてしまい、触手に対して剣を叩きつけていた。


 「ハッ…ハッ…、この感覚は…、ヤバい…!」


 幾度剣を叩きつけども、触手が切れる気配はない。

 すると遂に海底から接近していた負の威圧感の発生源が氷を破ろうと再び激しい振動を発生させる。

 振動と共に帝烏賊烏賊のいる場所の真下から亀裂が走り、また地鳴りの様な音と共に威圧感が遠ざかっていった。


 「間違いない…、何か、いる──!」


 遠ざかる地鳴りの音が止まると、また直ぐに地鳴りの音が一気に近づき、激しい振動を発生させる。

 どうやら氷の下の海中から何者かが頭を打ち付けてこの分厚い氷を突き破ろうとしている様だ。

 帝烏賊の仲間だろうか、しかしだとすれば目の前の帝烏賊とは明らかに違う威圧感だ。

 氷の下からその魔物が頭を打ち付けるその度に俺は怯み、分厚い氷には亀裂が走り、破片がこぼれてゆく。

 やがて割れた氷が隆起して間も無く弾け飛ぶと、分厚い氷に大穴が空き、帝烏賊の体がそこに落ちてしまった。


 「ヤバい…引き込まれたら一巻の終わりだ…!」


 目紛しい状況の変化に混乱はしているものの、まずは帝烏賊の触手から逃れなければ──。

 その一点の目標だけを見据えることで一旦落ち着いた俺は、再び剣で触手を斬りつける。


 「クソッ、切れろ…切れろっ…!」


 帝烏賊も真下から迫る脅威には気付いているだろう。

 だとすればこのまま逃げ出し、俺を掴んだまま海中に潜り込む可能性は容易に考えられる。

 だが既に俺には帝烏賊の触手からの拘束を逃れる術は無く、後は事態に身を任せる他無かった。


 ーーー


 「ふぅ…帝烏賊に挑む時はどうなることかと思ったけど、何とか全員無事だったね。…ねぇセオ。…あれ?」


 フォルクは深く息を吐きながらセオドアに話かけるが、反応がない。その事を不審に思って後ろを振り向く。

 横でそれを聞いていた仲間達も異変に気付き、辺りを見回すがそこにセオドアの姿は無かった。

 

 「…ん…、真っ暗ね…空にいるってことは船に戻ってる所かしら…」

 「クローディアさんそれどころじゃありませんわ、セオ様がおられませんの」

 「どうしましょう、兄様が…、兄様がいませんっ!」

 「落ちつけクリス、ここで慌てても船に戻るまではどうしようも無ェ」


 飛翔の魔術で真っ暗な空を移動していた全員はセオドアの不在に気付き動揺していた。

 松明が灯る船の上空で止まると、ゆっくりと降下し、六人は船の上に降りたつ。


 『皆さんご無事で…ケロ、セオドア様の姿が見当たりませんケロどちらに?』

 『ああ、一緒に戻ってきてた筈なんだがいつの間にか居なくなってたンだ』


 レオは居なくなったセオドアの件で騒ぐ仲間達に代わり、帰還してきたパーティーを出迎えるゼネルの問いに答える。


 「…もしかして、…帝烏賊がまだ生きていたのでは無くて?」

 「なんですって!?」

 「だとすれば急ぎませんと…」

 「チッ、しぶてェ奴だな…、仕方無ェ、俺が行く。待ってろよセオッ、今助けに…、ウオォッ!?」


 ブルックの船が突然揺れ、既に船へと着いたレオ達は大きく蹌踉めいた。


 『嵐…!? 何の予兆も無かった筈ケロ!』


 激しい雨が降り始め、突風が吹く。波が荒れ、さらには稲光まで空を走る。

 突然の嵐に船は大きく揺れ、船上にいたゼネル以外の人間は立っていることすらままならず、船から氷の大地へと飛び降りようとしていたレオも思わず船の柵へ掴まっていた。


 『副船長!ダメです、波が高すぎる!これ以上は船がひっくり返されます!』

 『…セオドア様がまだケロッ!ですがこの揺れでは…!』


 この波で仮にこの氷が船の方へ動けば──、そんな考えがゼネルの脳裏を過る。


 「待ってろ、セオッ!すぐ助けに行くッ!」


 体勢を立て直したレオは船を飛び出し、海へと飛び込むと氷の地面へ直ぐに這い上がり、暗闇の先にある連絡船の残骸へ走りだした。

 

 ーーー


 暫くして暗闇の中から現れたのはレオだけだった。

 船からも多少、地響きの様な音は聞こえてはいたが、結局レオはセオドアを救う事は出来ず、引き返さざるを得なかったようだ。


 「…今戻った!船を出す準備をしろッ!」

 「レオさんッ!兄様はッ!?」


 レオはクリスにセオドアの事を尋ねられたが、答える言葉が見つからず、口を開かずにただ首を横に振る。


 「そんなっ…」

 「…あったのはアイツの剣だけだった。俺が着いた時にゃもう海に引きずり込まれた後だったンだ…」


 レオは卑怯だとは判りながらも敢えて嘘を吐く。

 本来ならばセオドアの話した事をありのまま伝えるべきだったのだろうが、そうなれば自身が糾弾され残ったパーティーを纏めるどころでは無い、そう判断したレオはクリスに本当の事は話さずに既に手遅れだったと伝えた。


 「…レオさん、兄様の剣はまだあるんですね」

 「ああ、本当は持って行きたかったが、とても持てたモンじゃなかったからな…」


 セオドアの騎士剣には特殊な呪いが施されており、レオは回収しようと試みたものの、持つことすら出来ずに断念せざるを得なかった。


 「…フォルクさん」

 「…ああ。レオ、先に船に戻って暖まってて。僕とクリスでセオの剣を回収してくる」

 「…わかった。だが嵐も強くなってる、気をつけろよ」


 フォルクは両足に風を纏うと、クリスを抱きかかえセオドアと別れた連絡船の残骸があった場所へと駆け出した。


 ーーー


 クリスとフォルクが再び訪れた連絡船の残骸には既に誰もおらず、帝烏賊がいた場所に新たにできた大穴があっただけだった。


 「この大穴は…帝烏賊が開けたものでしょうか…」

 「…どうだろう、それよりも急いだ方がいい。嵐がどんどん酷くなってる」


 クリスは帝烏賊が鎮座していた場所にできていた巨大な大穴を前に立ち尽くしていた。

 激しい雨風が吹き荒れ、クリスとフォルクは巻き上げられる長い髪を押さえてセオドアの剣を探し続けている。


 「…私、思うんです」

 「…何をだい?」


 二人は黙々とセオドアの剣を探していたが、その途中でクリスが突然話を切り出した。

 フォルクは手を止めず、クリスの方も向かないままに聞き返す。


 「多分フォルクさんは聞こえていたと思うんですが、レオさんが行ってすぐ、連絡船の方から大きな音が何回か聞こえてきたんです…。もしかしたら兄様は別の何かに…」

 「…クリス、今はやめよう。そういった事はみんながいる場所でした方がいい。セオが居なくなった今、多分一番同様してるのはキミかアンリだ」


 クリスはレオが行った後、その先で何かが起こっていたのでは無いか、という疑問を呈するが、その途中でフォルクはクリスの言葉を遮った。

 

 「…はい。…ああ、ありました、兄様の剣」

 「うん、じゃあ急いで戻ろう」


 セオドアの剣を発見したクリスはその剣を両手で持つと、再びフォルクに抱きかかえられて船へと戻る。


 ーーー


 『…では船を出しますケロ』

 『…ああ、出してくれ。このままじゃ船が氷にぶつかって沈んじまう』


 船はセオドアが居ないまま帝烏賊に襲われた連絡船を後にする。

 ブルックやゼネルの指示を出す声も、それに応答する船員達の声も変わらず大きいままだが、その声にはどこか覇気を感じられなかった。

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