第百三十四話:耐え忍ぶ獅子
セオドアが船員達を連れて飛翔の魔術で船を離れた後、六人は帝烏賊の猛攻に耐えつつ船を護っていた。
「クッソ…!このままじゃセオを待ってる間に全滅すっぞ!気合い入れろォ!」
「さっきから…、やってますわっ…!」
「セオドア様が船員を連れて行ってから攻撃が激しくなりましたね…!」
「邪歪力を使ってもいいんだけど、隙を晒すわけにもね…」
「僕も矢が尽きちゃったしこの攻撃の激しさじゃあ近づけやしない。セオが来ればきっと好転する筈だ、それまで何とか耐えよう!」
「兄様…!…早くっ…!」
アリーシャの言うように、セオドアが船員達を連れて船を離れて以降、帝烏賊の攻撃は激化し、フォルク達は触手を攻撃する隙も無かった。
二本の触手だけならばまだ散開して攻撃を引きつけながら対応する事も出来たのだが、セオドアが去ると同時に帝烏賊の触手は船体を手放し四本の触手を全て攻撃に回していたのだ。
攻撃を仕掛けて来るのは四本の触手だけではなく、海中にある本体からも水魔術による攻撃がフォルク達に襲いかかっていた。
「こう立て続けに攻撃を重ねられちゃ反撃にも移れやしねェな…危ねェッ!」
「ンンッ…!私もいつまで受け続けられるかっ…!」
最前衛であるレオとアンリはどうにか帝烏賊の攻撃を受けているが、当然ながら帝烏賊の長い触手の叩きつけは後方にいるクリスやクローディアの位置にまで届いており、思うように攻撃に移れていない。
「くっ…!"紅炎"ッ!」
クリスが攻撃を躱しつつ、隙を見計らっては魔術による反撃を仕掛けるが一撃で触手を切断するには至らず、回避しながらの攻撃では次の攻撃に移る前に再生されてしまっていた。
「一か八か邪歪力で一本千切って…」
「私じゃクローディアさんを担いで逃げ回れませんからね? それにレオさんやアンリさんに担いで貰っても…、アンリさん、レオさん、薙ぎ払いが来ますっ!」
クリスは逸るクローディアを諭しながらも帝烏賊の触手の動きに気付き、最前衛の二人に注意を促す。
「チッ…!」
「…!」
二本の触手から放たれる薙ぎ払いが甲板全体を襲う。
最前衛に立つ二人は身構えると、迫り来る触手を大楯と膂力で跳ね上げ、後方まで巻き込もうとする攻撃を防ぐ。
そして立て続けに二人に対して触手の叩きつけが迫っていた。
「グウッ…!」
「くっ…ううっ…!」
六人の中で攻撃を一身に引き受ける二人の消耗は極めて大きく、特に重戦士であるものの本来痩身であるアンリは確実に限界に近づいていた。
「クッ…オイ!…大丈夫かよ、アンリ!」
「…ええ…、ハァ…、…っ、まだまだっ…」
クリスは予め二人に鋼鉄化の魔術による支援を敷いていたが、アンリは元々重装備と自身の補助魔術によって人並み以上の防御力を得ていた為、クリスの魔術によってより効果の高い補助を得られたところでレオ程の効果は得られていない。
加えてアンリの防御能力の本質は大楯の使用技術に依るものであり、盾の技術が通用しない圧倒的な体格差と力による面での攻撃では本来の防御能力を活かしきれていないのが現実である。
故にアンリはレオ以上に消耗が激しく、間も無く体力の限界を迎えようとしており、大楯と槍を支えにして立っているのもやっとと言う状態だ。
「魔獣化しようにも俺もぼちぼち魔素がカラッケツだしな…」
レオ自身も体力こそまだ余裕はあるが、戦闘開始から真魔光珠の力を解放していたが為に魔素欠乏になり始める直前という状態だった。
「アンリを担ぎながら…いや、それだと俺自身の防御がままならねェし…どうしたもんか…クソッ!」
レオは呟きながら攻撃を受け、この状況を打破する方法を考えていた。
先程からそれを聞いていたフォルクとアリーシャも後方まで届く攻撃を躱しながら打開策について思案する。
「アンリは体力の限界、レオも魔素が足りなくて変身できない、か…」
「レオ様は魔素さえ何とかなればアンリエッタ様も守り切れるやもしれない…、でしたら」
アリーシャはある事に気が付いた。
魔素の回復手段、それこそクローディアの共魔の加護で解決ができる事に。
「フォルクハルト様、もしかしたら賭けになるかも知れませんが…」
「何かいい案が見つかったかい?」
「はい、レオ様にはかなり負担となりますが、レオ様でアンリエッタ様とクリスティン様、クローディア様の三人を守る形にはなりますが…」
アリーシャが口にする作戦はこうだ──。
レオがクリスとクローディア、アンリを抱えたまま魔獣化する。
レオはクローディア、クリスと共魔の加護で繋がった状態のまま、アンリを護りつつ魔獣化の状態で帝烏賊の攻撃を耐えるというものだ。
「…それしかなさそうだね。わかった、みんなに伝えよう、…まずはレオに言うべきかな」
フォルクはすぐにレオの側に寄り、アリーシャの作戦を話す。
「…まぁ、それしか無ェか。クリス、クローディア!こっちに来い!魔光珠を使う!」
レオはフォルクから作戦を聴くとすぐにクリスとクローディアを呼び付ける。
しかし、帝烏賊は再び二本の触手を交差させて薙ぎ払う構えを見せていた。
「またかッ!クリス、クローディアッ、俺の後ろから離れんなッ!…アンリ、堪えろよ…!」
「ええ…、セオ様が戻るまでは…、何としても…!」
帝烏賊が再び二本の触手で甲板を薙ぎ払おうとする。
レオは先程と同様に片方の触手を跳ね上げて事無きを得るが、体力の限界を迎えようとしているアンリはそうも行かなかった。
「バッ…!モロに受けんなッ!吹き飛ばされんぞッ!」
アンリには既に横薙ぎの触手を跳ね上げるだけの力は無く、槍の穂先を甲板に突き刺して体を支えた状態で大楯を構え、無理矢理耐える様に正面から帝烏賊の触手の薙ぎ払いを受け止める。
「くっ…もう…」
「バッカ野郎ォ!…こンなクソォッ!」
盾で受けたものの、激しい衝撃に晒されたアンリはついに力尽き、槍と盾を手にしたまま両膝をつく。
それを横目に見ていたレオはアンリの盾に防がれ勢いを失った触手を無理矢理カチ上げると後ろに張り付いていたクローディアとクリスを抱き抱えてアンリを背にした。
「クローディア、クリス!魔素、分けて貰うぜッ!ウオオッ!」
アンリが力尽きた状態を重く見たレオはクローディアとクリスに作戦の内容を詳しく伝えぬまま魔獣化を敢行する。
「クローディア、クリス!アンリガアノ状態ジャ、コウデモシネェト護リ切レネェッ!俺モ魔素ノ残リガギリギリダ、全滅シタクナキャシッカリ掴マッテロ!」
レオは左手に二人を抱えたまま半身となって右手で守りを固め、アンリを庇う様に帝烏賊の攻撃を耐える。
帝烏賊は狙いを完全にレオに絞ると四本の触手の猛攻、嵐の様な超重量の鞭打をレオに仕掛けてきた。
「グゥッ…!アァッ…!」
「レオ!レオッ!無理しないでッ!」
「レオさんッ!無茶ですッ、このままじゃあレオさんがッ!」
「バカガッ…!ココデッ…オレガッ…!戻ッチマッタラ…!殺ラレンノハッ…アンリ…ダロウガヨォッ…!」
帝烏賊はレオをしなる脚で無慈悲に打ち据える。
左手が塞がり、右手で護り、両の脚で軋む甲板を踏みしめレオは耐えていた。勝機を信じ、ただひたすらに、この場を、この窮地を覆す、己の認めた仲間を待ち──。
「グアァッ…!…ソロソロダ…、ソロソロ…戻って来ルハズダ…!」
全身から流れる血の味を感じながら、遠くなる意識を痛みで引き戻しながら、笑う膝を無理矢理起こしながら、レオはまだ倒れる事無く耐え続ける。
「早ク…来イ…!セオ…!セオドア…、ホワイトロックゥゥゥーーーッ!」
猛獣の様な雄叫びに気圧され帝烏賊の動きが止まる。
しかし、その雄叫びは虚しく夕闇の海に消えた、──かに見えた。
ーーー
連絡船の船員達全員を船に送り届けて漸くクリス達を残した連絡船へと戻ってくると猛獣の様な雄叫びが聞こえてくる。
──こんな雄叫びを上げるのは彼しかいない、レオだ。
夕闇の空を移動し、上空から殆ど破壊された連絡船を見下ろすと、魔獣化したレオが一方的に打ち据えられており、その背後には蹲ったアンリが、
「オオォォッ!"属性斬撃・金剛環"ッ!ハアアァッ!」
騎士剣を振り下ろし、止まっていた触手を唐竹の様に割ると、四本の内、一本の触手が真っ二つに割かれ、二股となった。
更に甲板へ着地すると同時に金剛の煌めきを放つ剣を薙ぎ払うと、三本の触手をすり抜ける白い軌跡が残った。
白い軌跡の終着点、そこには黄金に輝く刀身が白い光の粒を散らしている。
刹那、周囲の誰もが時が止まったかに感じていた。レオも、クリスも、クローディアも、後ろで見ている事しか出来なかったフォルクとアリーシャも、体力が尽き果てたアンリも、帝烏賊でさえ──。
時が動き出し、一陣の風が吹いた。
その風に乗り、白い軌跡も、光の粒も、何もかもが消え失せる。
その瞬間、帝烏賊の触手が白い軌跡が通り抜けた部分から歪み出すと、触手はその部分からずり落ち、飛沫を上げる。
「遅くなった、レオ。随分待たせた」
「ヘッ…遅ェンダヨ…、リーダー…!」
傷だらけになったレオは俺の姿を見て憎まれ口を叩きながら笑みを浮かべ元の姿に戻るとその場に座り込む。
「ちっとばかし待ちくたびれちまった…、俺は休ませて貰うぜ…」
「ああ、ゆっくり休んでてくれ。クリス、レオとアンリの治療を頼む」
「ええ。兄様、最後の一本ですが油断はしないでくださいね」
「わかってるさ。フォルク!」
船に戻った時に持ち出した満載の矢筒をフォルクに投げ渡す。
「ありがとうセオ、これで戦える」
「セオドア様、申し訳ありません。帝烏賊の猛攻を前にレオ様に耐えて貰う事しか出来ませんでした」
「仕方ないさ、帝烏賊の攻撃をまともに食らっても耐えられるのはレオかアンリぐらいだ。二人には頑張って貰ったし、ここからは俺たちが頑張る番だ」
「…はい」
武器を構え、残り一本となった帝烏賊の触手と対峙する。
帝烏賊の触手が威嚇するかの様にピンと伸び、先端をしならせる。
「七本も触手を切られてまだやる気か…このまま逃せばまた別の船が襲われる、ここで仕留めるぞ!」
「ちょっと待ってセオ、様子がおかしい、海面から何か出てくる!」
海面から巨大な何かが迫り上がってくると、さらにその側から二本の水柱が立つ。
「まさか…!」
海面から迫り出した巨大な影を包んでいた水が落ち、その姿が露わになる。
夕闇のせいで色は分かりにくいが、その影はまさに烏賊の頭部、更にその側から二本の水柱を立てたのは新たな触手で今までの触手とは印象がかなり異なる。
「いよいよ本体の登場か…」
「ギュイイイィィィィ!」
海中から姿を現した帝烏賊は俺達の姿を認めるなり、耳を劈く様な叫び声を上げる。
その叫び声には怒りの感情が込められている様だった。
「随分とご機嫌斜めだねぇ…」
「それはそうでしょう、我々が本来食料となる餌を奪ったのですから」
「だけど、頭に来てるのはアイツだけじゃない。…俺達だってそうだろ?」
俺の問いかけにフォルクとアリーシャは間髪入れずに頷いた。
クリスもクローディアも俺を向いて同様に頷く。
「治療、終わりました。二人とも意識を失ってますがじきに目を覚ますかと。…私も戦います、兄様」
「レオとアンリの分もたっぷりお返ししてあげないと、ね?」
クリスとクローディアも身構え、こちらの戦闘態勢が整う。
「ギュッ、ギュッ…、ギュイイイィィィィ!」
俺達を餌ではなく、完全に敵だと認めた帝烏賊の咆哮が周囲を震わせる。
「兄様、帝烏賊の魔素が集中しています!強力な魔術を仕掛けてくるつもりです!」
「何だって!?…させるかっ!」
「私も行きます、見ていることしかできなかった以上、戦わねば…!」
クリスから帝烏賊の不穏な魔素の流れを掴んだという警告を受けて俺は甲板を蹴りだすと、アリーシャも俺に追従する。
帝烏賊は元からあった最後の触手を突っ込む俺とアリーシャ目掛けて振り下ろそうとするが、その途中で突然膨張し始めると空気を入れ過ぎた風船の様に弾け飛んだ。クローディアの邪歪力だ。
「…させないわよ」
「援護するよ、セオ!足を止めてる暇は無さそうだ!」
「触手は私達が抑えます!兄様達は帝烏賊の本体を!」
クローディアに弾き飛ばされた触手を後目に、俺達は帝烏賊の本体への接近を再開する。
当然ながら帝烏賊もそうはさせじと、残り二本の触手を薙ぎ払おうと構えていた。
「"爆炎"ッ!」
「"衝撃射・三ツ星"ッ!」
帝烏賊が薙ぎ払う触手をクリスとフォルクの攻撃が弾き返す。
しかし、最後に現れた形状の異なる触手は頑丈さも備えているようで、クリスの魔術を以ってしても弾き返し表面を焼いただけに止まっており、ましてやフォルクの攻撃では威力不足だったのか、勢いこそ衰えたものの、帝烏賊はそのまま振り抜こうとしている。
すると、アリーシャが前に躍り出て俺に耳打ちしていく。
「セオドア様はそのまま帝烏賊を、触手は私が止めます…!」
「…無茶だ、アリーシャ!」
「レオ様もアンリエッタ様も、我々の為に力尽きるまで帝烏賊の攻撃を耐えて頂きました。ならば私もセオドア様の盾となりましょう」
止めようとするも、アリーシャは俺の制止を振り切って甲板を蹴り、迫ってくる触手へと立ち向かう。
触手の一撃をアリーシャは両手の剣を交差させ受け止めると大きく上に逸らし、その反動を受けて甲板にめり込む程の勢いで叩きつけられた。
「…ぐうっ…、勢いを殺されてこの威力…っ!…セオドア様!もう遮るものは…ありませんっ!帝烏賊を…止めてください!」
アリーシャの声に押され、甲板を蹴って帝烏賊へ飛びかかる。
帝烏賊の頭に飛び乗った俺は逆手に持った騎士剣を渾身の力で突き立てる。
「ギュアッ…!」
帝烏賊の頭の肉を深々と突き刺すと、帝烏賊は短い叫び声を上げる。
更に俺は剣を引き抜いては何度も何度も繰り返しまた剣を突き立てる。
「ギュッ…!ギュアァッ…!ギュイイイィィィィアァァァァ!」
「くっ、まだ死なないのかっ!…うわっと!」
帝烏賊は悶絶し、痛みを訴えるように叫び声を上げ、触手を振り回す。
トドメを刺すまで攻撃を仕掛けるつもりではあったが、帝烏賊が触手で自らを叩き付け始めた為、俺は一度甲板へと戻った。
「帝烏賊の魔術、止められたのか…?」
「グフッ…!…さあ…、ですが…帝烏賊も苦しんでいます。…決着も近いかと…」
アリーシャを引き起こし、傷を負って暴れる帝烏賊と距離を取る。
その時、潮が引くのがわかり、遠くから微かに海鳴りが聞こえ、徐々に近づいてくるのがわかった。
「ダメだ!帝烏賊の魔術、止められなかったらしい!」
まだ視界にも映っていないが明らかに近づいてくる海鳴り、引いた潮、俺のいた世界ではこれによって一都市が甚大な被害を被り、連日に渡って悲惨な光景が映し出されていたのを覚えている。
「クリス!氷の大魔術の準備だっ!早くっ!」
「えっ、えっ!? に、兄様っ!? な、何なんですかこの音はっ!?」
「早くしろっ!止めなきゃ全滅だ!大きな…いや、とんでもない大津波がくるぞっ!」
沈もうとする夕陽に輝く水平線の向こう、そこには白く荒れた波が迫り上がり始めていた。




