第百三十三話:海の魔帝、帝烏賊
「皆さん落ち着いてください!救出にきました!」
空から連絡船に降り立つと船員も乗客も含め全員が驚いていた。
「ああっ、なんでもいいわ、早く助けて頂戴!」
「ワシらもう終わりと思っておったわい…。すまぬ、早く助けてくれんかのう…」
「助けてお兄ちゃんたち!」
非戦闘員である乗客達は俺達が助けに来たと見るや、一斉に縋る様に集まってくる。
非戦闘員の乗客はおよそ七人程で、現在船体に絡みつく触手を引き剥がそうとしている船員や冒険者達は十人強と言ったところだ。
「助かるぜアンタら!先に非戦闘員の乗客達から助けて貰えるか…!こっちはコレ剥がすので手一杯でよ…!」
「クソッ!吸盤で完全に吸い付いてやがる…!は、が、れ、ねぇ…!」
船には帝烏賊の触手が三本取り付いており、船員や冒険者達が引き剥がそうと尽力しているがまるで歯が立っていない。
帝烏賊の触手は船の船首、船尾、マストの三箇所にしっかりと張り付いており、船体を軋ませていた。
「フォルク、手筈通りに子供達から頼む!俺達は船の防衛だ、やるぞっ!」
「ああ!さ、子供達からだ、しっかり掴まって…よし、じゃあセオ、行ってくるよ!」
フォルクは小さな子供を二人、成人前程の少女を一人を両脇と背中に抱えるとすぐに連絡船から飛び出し、空中を駆けて俺達の船へと走る。
そしてフォルクが船から離れると同時に水柱が立ち上り、その中から新たに二本の触手が現れる。
新たに現れた触手は船に絡みつくでも無く空へ向けて一直線に伸びていた。
「大きいわね…脚だけであれだと赤龍以上なんじゃ無い?」
天高く伸びる帝烏賊の触手を見上げてクローディアが固唾を呑む。
「クローディア様、今回は倒すことが目的ではありません」
「乗員の救出、そしてその間の船の防衛が目標ですわ」
「ま、倒せりゃそれに越したこたァ無ェ。そうだろ? さァて…やるかッ!」
アリーシャ達が目標の確認をしている途中、レオは早速爪を立てて船尾に絡む触手に斬りかかる。
太い腕から繰り出される豪快な爪の斬撃は船体に絡む触手を大きく抉り取るが、それ以上に太い触手はびくともせず船を絞めあげ続けていた。
「我々もやりましょう、セアァッ!」
「その脚、離して頂きますわっ!」
アリーシャとアンリもレオに続き、剣の斬撃と槍の刺突を触手に浴びせる。
アリーシャとアンリの攻撃も触手に対して深い傷を与えたが、巨木の様な触手はやはりびくともしない。
しかもあろう事か与えた傷はすぐに癒え始め、すぐに塞がって行く。
「チッ、大した再生力だぜ」
「これでは少々の傷じゃダメージにすらなりませんわね」
レオとアンリは帝烏賊の再生能力に呆れた様子で呟く。
決して浅いとは言えない傷だった筈だが帝烏賊は驚異的な自己再生能力を持ち、簡単に倒せるような相手では無いと改めて確信させられた様だ。
「三人共、触手の動きがおかしい、気をつけろ!」
俺が三人に声をかけた時、先程海面から突き出した触手が突然うねり始めていた。
正確に言えば三人が攻撃を加えた瞬間ではあるが、触手は徐々に大きくうねり、激しくしならせる。
「来るぞっ!避けるんだっ!」
触手は大きく弓なりにしなると、アンリ達三人の方へと振り下ろされる。
その攻撃は叩きつける、と言うよりも倒れ込むと言った方が正しいだろう。
巨木の様な触手が甲板に打ちつけられると船は大きく揺れていた。
「うおっ…危ねェ…!」
「なんと言う威力…」
倒れ込む様に打ちつけられた触手は三人共躱したものの、甲板は大きく抉れるように凹んだ傷痕が刻まれている。
今まで魔術での攻撃を除いて大楯で受けようとしたアンリですらも回避を選んでいた事も二人を驚かせる一因となっていた。
「こんなもの、絶対に直撃できませんわね…!そして…」
アンリは躱した身でそのまま槍を振りかぶると、その腕には魔素が流れ込んでいた。
魔導器である大槍、彼女はカウンターとして振り下ろされた触手に対してその槍を力一杯突き出す。
「倒れ込んだ触手は隙だらけですわッ!ハアアァッ!」
無防備な触手をアンリの大槍が深々と突き刺さると、アンリはそのまま魔導器の力を解放させた。
槍が突き刺さった箇所から触手が大きく膨らむと巨大な風船が割れる様な音と共に触手の中程から破裂する。
だが完全には千切れてはおらず、未だ中程から繋がっている様だ。
「まずい、このままじゃ元に戻るっ…!」
「だったら…、"爆炎"ッ!」
半分千切れた触手にクリスが爆炎の魔術を放つと更に千切れ、あと少しで切断と言う所までやってきている。
そして俺も勿論クリスの爆撃の追撃として後に続いた。
「うおおっ!」
俺は騎士剣を構えたまま千切れそうな触手に迫るとその勢いのまま、無防備となった触手へと斬りつけた。
一点に集中した攻撃を受けた帝烏賊の触手はついに千切れると突然うねり始め、海へと落ちて行く。
沈む事なく海面に浮いた千切れた触手はまだ動いており、まるで何か掴まるものを探す様にうねり続けていた。
「よし、まずは一本だ!」
「タフさとは裏腹に強靭さは大した事は無ェな。これなら一本一本攻撃を集中させて脚を引き千切ってやりゃあ…」
やりようはある──、レオがそう言いかけた瞬間、更に水柱が立ち、新たな触手が現れた。
更に現れた触手は三本、既に海面から出ている脚と、船を締め上げる脚と合わせて七本の脚が海面から伸びている。
特にフリーとなっている脚は先程振り下ろしてくる直前と同様にうねり始めている。どうやら一斉に触手を振り下ろすつもりの様だ。
「まずい、あんなもの一斉に振り下ろされたら…!」
「船がバラバラになっちまうぞ…!」
その瞬間、海の方から数本の矢が一本の触手目掛けて飛んでくる。
矢は触手に刺さると強い衝撃を放ち、巨木の様な触手を大きく仰け反らせる。
「お待たせ、子供達を船に乗せてきたよ!まずは触手を怯ませよう!」
「フォルクッ!…よし、"放電撃"ッ!」
「"豪雷槍"ッ!」
「私だって足止めくらいならっ…邪渦門"ッ!」
魔術による攻撃で残る三本の脚へ攻撃を仕掛ける。
雷魔術による攻撃は有効のようで、俺とクリスが攻撃した脚は電撃によって痙攣を起こして攻撃の前兆であるうねりを止めていた。
また、クローディアは邪渦門によって発生させた暗黒の渦で触手を引っ張り、一時的に攻撃を遅らせる形となっている様だ。
「セオ、今のうちだ!次の人を運んであげてくれ!」
「わかった!フォルク、直ぐに戻るから何とか持たせてくれ!」
「任せて!さぁ早く行くんだ!」
フォルクの言葉に頷くと、俺は残る非戦闘員と数人の船員と共に飛翔の魔術で俺達の船へと向かう。
ーーー
「フォルク、帝烏賊は強い再生能力を持っていますわ!ちょっとやそっとの攻撃じゃ直ぐに再生してしまいますわよ!」
「了解、でもまずはクローディアが足止めしてる脚からだ、"衝撃射"ッ!」
クローディアの邪渦門で拘束された脚にフォルクの放った矢が刺さり、触手は今度こそ動きを止める。
そして、その瞬間を見たレオも行動を始めていた。
フォルク達が帝烏賊の触手の攻撃を止めている間にレオは魔光珠の力を解放し、人型形態へと変身を済ませると、船尾の方へと駆け出していた。
「絡みついてる脚の方も何とかしねェとな…、ウオォッ、"獣王爪"ッ!」
レオが放った豪快な大振りの斬撃が船尾に絡みつく触手を斬り潰し弾ける様に裂けると、その瞬間を見て、アリーシャも次なる攻撃を仕掛けていた。
捻りを加えた跳躍から両手の剣で目にも留まらぬ連続した斬撃をレオの攻撃した箇所へ更に攻撃を重ね、深い傷を与えていく。
「まだ浅い…!追撃をッ!」
「ちょっと待って!海から…!」
クローディアが海面から発生する異常に気付くと水中から無数の泡のような水の塊が浮かび上がる。
「魔力…? …、帝烏賊の魔術です!」
「本体からもっ…!フォルク、触手にトドメをっ、魔術は私が引き受けますわっ!…ハアアァッ!」
アンリはフォルクに指示を出すとクリスとフォルクを庇う様に盾を構えて咆哮する。
耳に残る様なアンリの咆哮は周りの全員が一瞬アンリに視線を向けてしまう様な咆哮だった。
フォルクが矢を放ち、千切れそうになっていた脚を射止めると今度こそ完全に断ち切る事に成功する。
そしてそれと同時に無数の水の塊から激しい水流が放たれ、アンリを襲う。
「耐えてっ…見せますっ…!」
一点に集中して放たれた水流をアンリが大楯で受け止めているが、アンリはじりじりと押されている。
アンリは当然ながら魔術による攻撃と聞いた瞬間、魔力障壁を張っていたが、単発の魔術にしか作用しない魔術の防御ではすぐに破られてしまい、続く水流を無理矢理盾で防いでいた。
「…まだっ…!…続きますのっ…!?」
延々と続く水流の弾幕を防ぐアンリも徐々に限界が近づきつつあった。
そして遂に打ち上げる様な水流がアンリの大盾を弾き飛ばす。
「くっ…盾がっ…!キャアアアアッ!」
盾を失ったアンリへ帝烏賊の放った魔術が容赦なく襲いかかる。
盾を失った瞬間、槍を手放したアンリは腕を交差させると、止まる様子の無い水流に再び晒されていた。
ーーー
連絡船から連れてきた乗員達をブルック達に任せて俺は連絡船へと戻ってくる。
そこには盾を弾き飛ばされ水魔術を一身に受け続けるアンリの姿があった。
「アンリッ…!耐えてくれよ…!」
空中を移動しながら背中の騎士剣を抜いて氷属性の魔力を宿らせる。
連絡船の上空にたどり着き、飛翔の魔術の効果が切れて下降を始めると、俺は騎士剣を大上段に構えた。
「ハアアァッ!"属性斬撃・霧氷"ッ!」
剣を振り下ろすと同時に冷気が走り、海上に浮かぶ水の塊を瞬く間に凍て付かせると、魔力を発揮出来なくなった所為か、次々に海へと落ちていく。
「悪い、待たせた。無事か、アンリ?」
無数の水流による攻撃を受け続けたアンリは膝をついて肩で息をしていた。
盾を弾かれて失っていたとは言え、赤龍の全身鎧に水属性の魔術でこれ程のダメージを与える程に帝烏賊の魔術は強力だった事が窺える。
「ハァ…ハァ…、ええ…何とか…。気をつけてくださいまし…。触手の攻撃は言わずもがな…、ハァ…魔術も…相当な威力…ですわ…!」
「…クリス、アンリの治療を急いでくれ!」
「はいっ!アンリさん、すぐに治療します、"大治療"ッ!」
クリスの手から治癒魔術の光が放たれアンリの体を包む。
肩で息をしていたアンリの呼吸は収まっていき、立ち上がると足元に手放していた大槍を拾う。
「忘れモンだ!」
レオは足元にまで吹き飛ばされていたアンリの盾を拾い投げ返すと、そうはさせまいとするかの様にいつの間にか攻撃態勢に入っていた触手が振り下ろされていた。
「…そうはさせないわ、"邪歪力"ッ!」
アンリ目掛けて振り下ろされる触手に気づいたクローディアが上位の闇魔術で阻止を図る。
不可視の力に捉われた帝烏賊の触手は突然動きが止まると、内部から張り裂けて一瞬のうちに切断されてしまった。
「ふぅ…今のは緊急だし、仕方ない…わよね…?」
ほぼ必中とも言える一撃必殺の強力な魔術故に魔素の消費が激しく、クローディアは魔術を使い終えると同時に魔素欠乏に陥ってはたたらを踏んで膝をつく。
しかし今度は行動不能に陥ったクローディアを狙い、帝烏賊の脚が迫ってきていた。
「チッ、どけェッ!」
「キャアッ!?」
クローディアに迫る触手の前にレオが割って入るとクローディアの体を持ち上げては俺達の方へ投げて身代わりとなり、レオは触手に捕まると、締め上げられながら高々と持ち上げられてしまった。
「クッ…参ったな、こりゃ動け…グアアッ!」
触手がレオを掴み完全に拘束すると、今度は握り潰さんとレオの体を強く締め上げる。
怪力を持つレオですら帝烏賊の触手の締め付けには抗えず、レオの体から骨の軋む音が聞こえてくる様だ。
俺達はレオが放り投げた魔素欠乏に陥ったクローディアを受け止めるとクリスにクローディアの手を握っていて貰っていた。
彼女は特異な能力として共魔の加護を持ち合わせており、手を合わせた他者の魔素と自身の魔素を平均化する事が出来る。
クリスの企画外の魔素総量であればクローディアの魔素欠乏は直ぐに解消出来ると踏み、俺はクリスに彼女を任せていた。
「レオ、今助けるっ!」
「グアアァァ…、ヌッ、フゥゥゥン…!セオッ…、か、ま、う、なッ…!俺はッ、だいッ、じょうッ、ぶッ…だァァッ!」
レオは力任せに全身の筋肉を膨張させて絞り上げる様に声を出すと、レオの体が輝き出し、それと同時に巨大化し始める。──レオは真魔光珠の力を使い、魔獣形態に変身しようとしていた。
体の巨大化によってレオは締め上げる触手に抗う力を手に入れると、力尽くで締め上げる触手を振りほどこうとし始めた。
「ヌオオオォ…!」
腕ごと縛り付ける触手に抗って、レオの腕が少しずつ開いてゆく。
魔獣化状態のレオの膂力は帝烏賊の締め上げにも引けを取っておらず腕を抜ける程まで締め上げる帝烏賊の触手を広げると、前脚でしっかりと触手を掴む。
「ウオオオォォォ…オオリャアッ!」
触手をしっかりと掴んだ前脚の爪を食い込ませ、レオは無理矢理に締め上げてくる触手を引き剥がす。
帝烏賊の触手から完全に抜け出したレオはそのまま、凶悪な牙で触手に食らいつくが、今度は帝烏賊の方が抵抗を始めた。
「ウオオッ…コンノッ…!大人シクシヤガレッ…!」
帝烏賊の触手はレオを振り落とそうと噛み付かれたまま持ち上げて前後左右に振り回す。
しかし、幾本の牙と爪を触手に食い込ませたレオは文字通りしぶとく食らいついており、その手と牙を離さなかった。
「野郎ッ…、イイ加減ニッ…シヤガレッテンダァァッ!」
帝烏賊の抵抗にあったレオは逆上し、食らいついた顎に力を入れるとそのまま帝烏賊の肉を食い千切り、更には強靭な爪で触手を真っ直ぐに切り裂いた。
魔獣化したレオの爪は鋭く深々と触手を切り裂き、太い触手がなんと輪切りになってしまう。
レオは食い千切った帝烏賊の肉を頬張ったまま元の獣人形態へ戻ると、口の中で咀嚼し飲み込んでしまった。
「…レオ、飲み込んでいいのか…?」
「…ああ、新鮮でなかなかイけるぜ? ま、この手の魔物は新鮮な奴か、調理しないと腹壊すけどな!」
やはりこの世界でも猫は烏賊を食えば不調を来たすらしい。
元の世界でも猫は新鮮な烏賊や加熱した烏賊なら大丈夫だと言う事を耳にした事はあるが、それも本当のようだ。
「とりあえず四本は落としたわね…、善戦してるってとこかしら…」
「まだまだこっからだ…、気を引き締めて掛かろう…!」
魔素欠乏から復帰したクローディアが立ち上がりながらそう言って口元を歪ませる。
漸く約半数の触手を切断するに至ったが、まだ帝烏賊は健在で、残る触手は怒りを露わにするかの様に大きく揺れている。
「…セオ、残りの船員さん達だけど全員一度に行けるかい?」
唐突にフォルクが俺に残る船員全員をブルックの船に運べるかと聞いてくる。
「少し時間がかかると思うけど…どうしたんだ?」
「いや、少し嫌な予感がするんだ。船員さん達じゃ足手まといになっちゃうし早いとこ逃した方がいいと思うんだ」
そう話すフォルクの横顔を見ると、額から頰へと冷や汗と思われる雫が滴っていた。
普段は飄々としたフォルクがこんな事を告げる事自体、ただならぬ事態となり兼ねないという不安が俺の脳裏をよぎる。
俺は黙ったまま頷くと、直ちに残っていた船員達を集めてブルックの船へと飛んで行った。




