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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第九章:波乱続きの航路
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第百三十二話:的中する不安

 ゼネルは色のついた小石を海図上の大魔大陸の沿岸から少し離れた位置に散りばめるとこの船を示す駒からその石を躱すような軌道上に黒い紐を伸ばす。

 黒い紐は予定している航路を示しており、行き着く先は当然ながら目的地であるルミネシアの東、海に面した港街だ。


 『さて、見ての通り、これが我々が乗る船と予定している航路、そして商人達から得られた情報を元に予想した魔物の縄張りの位置を示したものですケロ。そして…』


 ゼネルは海図上の大陸沿岸と魔物の縄張りを示す小石の間に長い丸を描いていた。


 『まず、海図上にはこの通り沿岸沿いを進めそうに見えておりますケロ、この辺りは浅瀬になった岩礁地帯でしてこの大きな船では進めない海域ですケロ』

 『成る程、だから魔物の縄張りを避けて行くなら大きく弧を描いた航路を選ぶしかないってわけだね。…でもこの縄張りの範囲って必ずしもその通りと言う訳じゃないんだよね、ゼネル副船長?」


 ゼネルの説明を聞いたフォルクが指摘を返すと、ゼネルも苦々しい表情と共に頷いて肯定を示す。


 『…フォルクハルト様のご指摘通りですケロ。商人達の情報とは言えあくまでこの海図上の位置は予想でしかありませんケロ。場合によっては魔物達の縄張りも予想より広いかも知れませんし、東側に移動している可能性も無いとは言い切れませんケロ。その場合はある程度の強行突破もやむを得ませんケロ。ただそれにあたって一つ気になっている事がありますケロ』


 ゼネルはそう言って指を立てる。

 俺達はその後に続く話を聞く為に海図からゼネルへ視線を向けた。


 『商人の話ではこの沿岸付近の海域で見かけない魔物がいたと話していましたケロ。話によれば各大陸の中間に位置する中央海の魔物だったとか、海中深くに生息する魔物だとか…、その情報の真贋はわからないとしても何かしらの環境の変化があると見ていいと思いますケロ』

 『…つまり、この航路上の周辺海域は今相当不安定になってるって事で間違いないかしら?』


 クローディアがそう指摘するとゼネルや船員達は小さく頷いた。


 『他に懸念材料は無ェのか?』

 『…何も無いと言えば嘘になりますケロ、流石に考えにくい件が一つ』

 『何でもいい、全部話せ』


 レオに促されゼネルはやや大きめの石を取るとやや航路寄りではあるが中央海と書かれた海域に置いた。


 『今石を置いた場所は帝烏賊(クラーケン)の寝ぐらと呼ばれる奴らの縄張りですケロ。航路からは大きく離れているとは言え、万が一奴らに集団で襲われる様な事になればいくらこの船でもひとたまりもありませんケロ』


 帝烏賊の寝ぐらを示す石は少なくとも他の魔物を示す小石と航路を示す紐との距離から比べると倍以上の距離はある。

 一概にそうとは言えないのであろうが余程大きく予定した航路を逸れない限りはまず問題にも挙がらない様な距離だと言うことだろう。故にゼネルは考えにくいと話していたのだと思われる。


 『ふむ…、ちなみに一つ確認しておきたいのですが、この辺りの魔物は強力なのでしょうか?』


 アリーシャが魔物の縄張りを示す小石が散りばめられた海域を指差してゼネルに尋ねる。

 すると、ゼネルはゆるゆると首を振りアリーシャの問いに返答を返した。


 『いえ、中には多少手強いとされる海王蛇(シードレイク)も含まれておりますケロ、帝烏賊に比べればかなりマシではありますケロ。とは言え、半魚人(サハギン)よりは強い魔物の巣窟であることは間違いない上に縄張り争いに巻き込まれ昼夜問わず魔物との連戦となると思われますケロ。そうなれば船も速度が出せず予定の倍以上には時間を割く事になりますケロ』

 『成る程、片や運悪く凶悪な魔物と遭遇すればかなりまずい状況になり得る代わりにそうならなければ幾分安全だと予想される航路と、片や凶悪と呼べる程の魔物は居ないものの、魔物縄張りが犇めき連戦が見込まれる航路、ですか…』

 『少なくともどちらの航路も相応のリスクはありますわね』

 『目に見えている長く危険な航路か、目に見えない短く危険な航路か、か…』


 現時点ではゼネルは大回りをする航路を選ぶつもりの様だ、と言うのも現在船には補充した分を含めて最低限の食事を摂ったとして七、八十日分の食料しかない。

 ゼネルの試算によれば、これだけの魔物の巣窟を進むのであればギリギリ足りるかと言う状況のようで、更に連戦が続くともなれば多数の死者が出たり、最悪船まで沈められる危険さえあるだろうと予想していた。

 その為、運悪く帝烏賊などの凶悪な魔物と遭遇してしまえば危険なものの、そうでなければ大回りにはなるが結果的に魔物の巣窟の外を悠々と進め、航海日数を大幅に抑えられ、食料の心配も少ない此方の航路を選ぶつもりでいる様だ。


 『目に見えない危険と言うのがどうにも厄介だな…。これさえ無ければ迷うまでも無く此方の航路を素直に選べるのに』

 『…確かにな、だがそれこそ言うまでも無くギリギリの旅になる方よりはいいとは思うぜ?』


 レオは座っている椅子の背もたれに完全に身体を預け、息を吐きながら俺の呟きに反応していた。

 考え過ぎ、確かに言われてみればそうなのだろう。

 

 『…わかりました、では大回りの航路、そちらで行きましょう。ゼネル副船長、宜しくお願いします』


 若干胸に痼りが残るが、現実的に考えれば此方の航路を選ぶべきだ。

 自分にそう言い聞かせて、俺はゼネルにそう伝えた。


 ーーー


 航路を変更して二十日が過ぎた。

 船は現在西北西に進路を取っており、当初四十日程度としていた予定だったがこのまま行けばもう十五日もすれば到着するとの事らしい。

 ゼネルによると潮の流れが普段よりも早い事と風が吹き続けてくれた事でかなり速度が出ていると言う話だ。

 ブルックはと言うと、漸く意識を取り戻したものの左腕に若干の痺れが残ってしまったらしい。

 ただ本人曰く、五体満足で力は入らないにしても動くのならば問題ない、死にかけた代償がこの程度なら安いものだ、と笑っており、また意識が無い間に変更された航路についても異論は無い、と話した上でこのままゼネルに一任すると考えを示して自らはその補佐に回るとの事だ。


 現在の所、航海は順調に進んでいる。

 途中、魔物の襲撃もあったが特段これといった問題も無い。

 強いて挙げるとするならばその魔物の襲撃に数度、中央海と呼ばれる海域に生息する魔物がいた事だろうか。

 ゼネルはその事について疑問視していたが、俺達があっさりと撃退した事で思い過ごしだと考えを改めていた。


 『この分なら問題無くルミネシアまで辿り着けそうですケロ。水平線、異常は無いケロ?』

 『船が見えやすが、…ありゃあ、ルミネシアからの連絡船っすね…それ以外は特に異常はありやせん、波も穏やかなモンで、風もいい風が吹いてやす!』


 俺達の目からも、見張りの船員の言う連絡船は見えていた。

 船の船首には竜人と思われる像があり、掲げた旗にはルミネシアのものと思われる紋章が描かれている。

 あちらも此方の船に気付いた様で乗客である冒険者と思しき人影が手を振っていた。


 「はは、手ェ振ってら。あっちの船もどうやら大回りしていくみてェだな」


 海に沈みゆく夕陽を背にした連絡船を見送ろうとしたその時、連絡船の側から大きな音を立てて水柱が立ち上ると何本かの長く巨大な触手が海面から現れる。

 すぐに触手は連絡船に絡みつくと帆を破り、巨木を思わせる立派なマストをいとも容易く折り取ってしまった。


 『ふ、副船長っ…!く、く、帝烏賊ですッ!帝烏賊が現れましたっ!』

 『なんてこった…ゼネル、直ぐにこの海域を離れるゲロ!連絡船に気を取られてる今ならまだ間に合う!あの船が沈められたら今度はこっちが狙われるゲロォッ!』

 『りょ、了解ですケロッ!全速でこの海域を離脱、帆を全開、手の空いた者は…』

 『待ってください!連絡船に乗っている人達はどうなるんですか!?』


 俺は離脱命令を下そうとするゼネルを遮り、帝烏賊に取り付かれた連絡船を指差す。

 連絡船の甲板では冒険者や船員達が必死に絡みつく触手に攻撃を仕掛けているが、まるで効果が無い様だ。

 冒険者や船員以外の乗客もパニックを起こしているのか、ただただ悲鳴をあげ届きもしないこの船に助けを求め、身を乗り出して手を伸ばしている。


 『最早手遅れですケロ。今帝烏賊はあの連絡船に気を取られていますケロ、あの船が沈められれば次はこの船が狙われることになりますケロッ!我々の任務はセオドア様達を無事にルミネシアまで送り届ける事、気の毒ではありますが見捨てる他ありませんケロッ!』

 『そんな!助けを求めてる人達がいるのに…!ゼネル副船長、俺が行きます!いや、行かせて下さい!』


 ゼネルに彼らの救出に向かう事を申し出るが、彼は頑として首を縦には振らなかった。

 

 『こうしてる間にも彼らの船は…、ゼネルさん、お願いします!行かせて下さい!』

 『駄目ですケロ!許可できませんケロ!ご自分の立場、そして我々の面子もありますケロ、もし万が一の事があったら我々は皇帝陛下に何と説明すれば…、…船長?』


 普段冷静なゼネルが食って掛かる俺に感情を露わにして言葉を返す。

 俺達を無事にルミネシアへと送り届けること、それが彼らの優先目標である以上、彼からすれば俺を帝烏賊に襲われる船に送り込むなど言語道断であろう。

 ゼネルが言葉を続けようとした瞬間、水掻きのついたブルックの大きな手が間に割って入ってきた。


 『そこまでゲロ。セオドアさん、あっしらにはあっしらでセオドアさん方をキッチリ向こう岸まで送り届けるって仕事がありますゲロ。これがあっしらが皇帝陛下との約束、反故にする様な真似はできんのですゲロ。ただ我々とてセオドアさんの言う様に本当に助けに行けるのならば助けに行きたいのが本音ですゲロ』


 ブルックの表情は険しく、ただ保身に走っている様な口ぶりではない。

 勿論俺も彼らの言い分は分かっているが、目の前で死に瀕した人々を前に素通りにはできなかった。


 『…わかりました』

 『そう言って頂けると…』


 ゼネルは俺が諦めたと思い胸を撫で下ろすが、安堵する言葉を遮って俺は続ける。


 『いえ、もし俺に何かあったなら嘘でも結構です、ティグリオン陛下には俺達は無事ルミネシアに着いたと、そうお伝え下さい』

 『なっ…! 駄目だと言ってますケロッ!そんな無茶を許すわけには…』

 『ゼネル』


 何かあっても全て自分の責任だとゼネルに話すが彼は頑なに拒み続ける。

 しかし、ブルックに名前を呼ばれた事で彼は口を噤んだ。


 『セオドアさん、アンタ自身もアンタらも全員揃ってS級越えの冒険者なのは分かってやすゲロ。ですが、あの帝烏賊ってのは本物の化け物ゲロ、あんまり舐めない方がいい。それでも構わねぇってんならあっしはもう止めやしやせん。船に取り付く方法と戻る方法があるんであれば行って下さいゲロ。ただし、あっしらは少なくとも船を守る役目がありやす、帝烏賊の取り付いた船には近づけやせんゲロ』


 ブルックの声はいつにも増して低くドスが効いた声で、紛れもなく余程危険であると言う警告の表れなのだろう。

 それでも、俺は目の前で死に瀕する人々を見捨てられなかった。


 『ええ、わかってます。それでも、俺は目の前で困っている人を、助けを求める人を見殺しにはできません。船はこのまま離脱を続けて下さい、俺一人で行ってきます』

 『ちょっと待ちな!』


 割って入ってきたのはレオだ。

 仲間達もその横に並び、腕を組んで立っていた。


 「さっきから聞いてりゃ一人だけカッコつけようとしやがって」

 「僕達はパーティーだろう?」

 「正直、本当はさっさと逃げたいんだけどね」

 「リーダーが行くと言うのに我々がどうして待っていられましょうか」

 「セオ様が行くのであれば私達はどこまでも」

 「そう言う事です、兄様。私達も着いていきますよ」


 六人の仲間達は俺一人に行かせるつもりは無く、全員着いて行くという態度を示していた。


 「みんな…、危険な魔物だぞ?」

 「何を今更、赤龍の時だってそうじゃないか。大丈夫、みんな覚悟の上だよ」


 フォルクが苦笑いしながら胸を叩くと他の五人も横で頷いている。

 どうやらみんな腹を括っている様だ。


 『ブルック船長、ゼネル副船長、俺達で行ってきます、船はこのまま進めてください』

 『…わかったゲロ、もうこれ以上は止めないゲロ。でもくれぐれも無茶はしないで欲しいゲロ』

 『我々はこのまままっすぐ船を進めておきますケロ。危険だと判断したらすぐに離脱して欲しいケロ。…ご武運を祈っておりますケロ』

 『…ええ、じゃあ行ってきます!』


 俺達はひと塊りに集まると"飛翔(フライハイ)"の魔術を発動させ、帝烏賊が襲っているルミネシアの連絡船へと向かった。


 「で、実際どうすんだ? 乗客を船まで投げるわけにも行かねぇだろ」

 「ああ、俺が乗客を連れて船を往復する」

 「女性や子供ぐらいなら僕も運べると思うけど…どうする?」

 「じゃあ交代で船を往復しよう。最初はフォルク、頼んだ」

 「了解」

 「ならば我々は帝烏賊を抑える役回りですね」

 「船が壊される前にどこまで助けられるかしらね…」

 「私達の身を守るだけではなく、船も乗客も同時に護らなければなりませんわ」

 「心してかかりましょう、皆さん気をつけて!」

 

 連絡船へと向かいながら俺達は作戦を立てていた。

 相手は赤龍と同等か、場所が場所だけにそれ以上の力を持つ魔物だ、それ故に緊張の汗が頰を伝う。


 「船に取り付くぞ!みんな、備えろ!」


 連絡船の上空、俺は全員に声をかける。

 身構えた俺たちは一直線に帝烏賊の触手が締め上げ、軋む音を立てる連絡船へと降り立った。

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