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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第八章:咆哮響くガルムス大陸
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第百二十話:追う者達と逃げる者達

 ドニの率いる兵団は少なく見積もっても三百人は下らない。勿論そこには近衛兵も多数含まれている。

 五十人ですらギリギリだった俺達に兵を殺す事なく捌き切る余力は無い。


 「どうするセオ、このまま走っても追いつかれると思うけど…いや、逃げるしかないか」


 フォルクは俺に指示を仰ごうとしかけたが、自ら結論し、縞駿馬ストライプスプリンターを走らせる。

 丘陵を下り始め、その奥にあるもう一つの小高い丘陵をさらに越える。

 やはり速度が違うせいかドニ達は着実に迫ってきており、完全に追いつかれるのも時間の問題だ。

 二つ目の丘陵を下り切る直前、フォルクは突然、手綱を強く引いて馬を止めた。


 「フォルク、どうしたんだ急に馬を止めてっ!?」

 「いや…ここまでだ、セオ」

 「もう少しなのに…!フォルクッ、馬を走らせてくれ!」


 フォルクは手綱から手を離し、首を横に振る。


 「セオドア様、残念ですが…」

 「濁流で道が閉ざされていますわ…」


 様子を見るために外を覗きこんだアンリエッタとアリーシャの言葉を聞いて幌車から身を乗り出して前を見ると、そこには轟音をあげ、うねりを伴って流れている濁流が流れていた。


 『万事休す…だな…』


 グリオネールは目を伏せたまま呟く。

 ドニは兵を展開すると直ぐに俺達を取り囲んだ。

 

 『漸く追いつきましたな…もう少しでプラットンまで逃げられてしまう所でしたな、ほっほっほっ』


 ドニは高笑いを上げながら魔獣車を降りると闘技大会で使っていたマイクとスピーカーの様な魔導器を手に取った。


 『セオドア・ホワイトロック殿、並びにその仲間に通達致す。今すぐ皇子を解放し、投降致しなされ。素直に聞き入れるならば悪い様には致しませぬからして、我々も平和的にこの事態の収拾を願っております故、賢い選択を待ちますぞ』


 ドニの投降勧告が聞こえてくるとグリオネールは幌車から顔を出し、取り囲む兵団を見回した。


 『ダメだな、無理矢理濁流を渡った所でドニの奴、途中で雨季が来るのを見越して架橋の準備までしてやがる。魔獣車無しで渡った所で追いつかれちまうな。亀人種だけあってドニは泳ぎが得意だ、アイツがいりゃ架橋作業も半刻と掛からずに終わっちまう』


 流石と言うべきか、一国の宰相と言う事もありドニはしっかりとこの国の地理や天候も把握し、最後の詰めまでの展開まで読んだ上で追跡を続けていた。


 「セオ、魔術で魔獣車ごと向こう岸に渡す事はできるかい?」

 「不可能じゃないけど…」


 俺は口を濁してグリオネールの方を見る。


 『グリオネール、ドニが架橋作業を完了するまでにどれくらい時間がかかるか正確に分かるか?』

 『さっきも言ったが半刻も掛からねェ、ざっと見る限り泳ぎの得意な種族が三割ってトコだし、あの様子なら四半刻もありゃ最低限歩兵なら渡れちまうだろう。殺さずに妨害するにもその半数が近衛、厳しいな』


 三百はいるであろう兵の内、架橋作業に掛かれそうな者は百人弱、その内半数が近衛兵であれば妨害も容易ではない。

 半刻も時間を稼げないのであればプラットン到着までは間に合わないだろう。

 状況的に見て殆ど詰みと言えそうだ。


 「ダメだ、相手には架橋の準備まである。この川を渡った所で追いつかれる」

 「何か…何か手は無いのかい?」


 こういう時、どうやって解決してきたかを振り返る。そこで真っ先に頭に思い浮かんだのはクリスの魔術だ。


 「クリス、川を渡った後に向こうの川沿いに見渡す限りの土壁(アースウォール)は作れないか?」

 「できなくは無いと思います。…ですが、その規模となると魔力を練るのに相当な時間が…」

 「適当にやりとりをして時間を稼ぐか…」


 ドニとの不毛なやりとりを繰り広げ、クリスが魔術を発動させるまでの時間を稼ぐ、そういった作戦を考えた瞬間だった。


 『何ぞ企んでおりますかな? これ以上の猶予は与えませぬからして、今この場で返答をお聞かせ願いましょうぞ。二十数える間に返答無き場合は実力行使もやむ無しと考えますからして、早急に返答をば』


 どうやらそんな余裕も与えるつもりは無いらしい。

 こうなれば一か八か、無理矢理向こう岸へと渡り、追走する帝国軍を迎撃しながらプラットンへ滑り込むしか無い。そう考え、魔力を練り始めた瞬間、脳内から声が響く。


 (どうやら手詰まりの様だな)

 (ああ、ここまでうまくいってた積もりだったけど相手の方が一枚上手だったらしい)


 シャルディンが見兼ねた様に語りかけて来ると、俺も彼の語りかけにやや諦観した様に返す。


 (カムイ、私に身体を貸せ。この状況を打開して見せよう)

 (何か考えがあるのか?)

 (いや、先刻自が考えていた事を実行するだけだ。心配するな、兵達を殺す積もりはない。少しばかり無茶をするが捕まって困るのはお互い様であろう?)

 『…、十、十一、…』


 ドニのカウントは既に始まっており、もう半分が過ぎている。もう考えている余裕はない。


 (…頼んだシャル)

 (心得た、…が、自の空を飛ぶ魔術は自の独自のものだ。我には使えぬ故、飛ばした後に身体を貸すがいい)

 (了解だ、頼んだぞ)

 

 シャルディンとの対話が終わり、クリスだけにその事を伝える。


 「…シャルに手があるらしい。この状況だ、薄い賭けには出たくないし、ここはシャルに任せよう」

 「カムイさん、私は何かやるべき事はありますか?」

 「…そうだな、あの亀人種の男、アイツが指揮官なんだけど黙らせられるか?」

 「…分かりました、やってみます」


 クリスに囁く様にシャルディンの助けを借りる事を伝えると、クリスは自ら何か出来ないかと協力を申し出てきた。

 この状況、得てして厄介なのは指揮官の存在だ。

 頭の切れるドニは放っておけば何かと俺達の障害となり得るだろう。そうされる前にここから逃げ出すどさくさに紛れてドニを行動不能に陥れたいのが正直なところで、それが出来得るとすればクリスを置いて俺達の中には誰もいないだろう。


 「よし、じゃあ…やるぞ、クリス!」

 「ええ、兄様!」


 俺とクリスは魔力を練り始め、行動の開始に備え始める。勿論ドニのカウントもまだ続いている。

 

 『…十六、十七、…』


 俺は魔力を練りながら、グリオネールの方を向く。


 『グリオネール、お前は俺達が必ず外へ連れ出してやる』

 

 改めて彼にそう告げると、彼は静かに顔を上げた。


 『…どう転ぼうと俺はお前達に賭けた以上、その結果がどうなろうとお前達を恨みゃしねェさ。だからそう気負うな、気楽に、な?』


 彼はそう言って歯を見せながら屈託のない笑顔を浮かべていた。

 魔力を練り終え、魔獣車から顔を出すと、ドニはカウントを止めて此方に話かけてくる。


 『十九…と、漸く出てきましたな。さて答えを聞かせてもらいましょうぞ』

 『悪いが、答えはノーだ』

 『ふむ、残念ですな。もう少しばかり賢明な判断を下すとは思いましたがな…そうであれば、全兵!帝国に仇為す人族から皇子を奪還せよ。かかれ!』


 回答を返すとドニは目を細めたまま呟き、手を挙げて全ての兵に攻撃命令を下す。

 獣人族の兵士達は攻撃命令と同時に一斉に丘を下り、爪と牙を剥き出しに飛び掛かってきた。


 「"飛翔(フライハイ)"」


 予め練っていた魔力を解放すると、魔獣車は浮き上がり、川を越える。


 『ぬう、やはり川を渡る術を用意していましたな…。ならば…』


 俺達が川を渡るとドニは唸りながら腕を挙げる。

 予想していた動きではあるのだろう、彼は指示を下す為に息を吸っていた。


 「今だクリス!」

 「はいっ、亀人種であれば…"絶対零度(アブソリュート・ゼロ)"ッ!

 『ぬぁっ!? まさか某を狙って…!? ぜ、全兵ッ、川に…』


 クリスがピンポイントで狙った氷結魔術がドニを襲う。

 ドニは氷漬けになる直前まで兵士達に命令を下そうとしたが間に合わず、命令を下しきる前に物言わぬ氷像となっていた。

 兵士達は途中まで言いかけたドニの命令に従おうとするが、いまいち足並みが揃わずに初動が遅れており、慌てて架橋の為の資材を運びだそうとするが泥濘みに足を取られて転倒している。


 「よし、混乱してる今ならっ…!」

 (じゃあシャル、後は任せた)

 (心得た。任せておけ)


 自らの意識を自身の奥底へと沈める様に目を瞑り、自身の身体をシャルディンに預けた。

 俺の身体の主導権がシャルディンの意識に切り替わりると、彼はすぐ様騎士剣を抜いていた。


 「ぬうぅぅぅんっ…」


 シャルディンは目一杯に身体を引き絞り、魔獣車を飛び出した。

 シャルディンが剣を握る右手に力を込めると、剣から滲み出す様に闘気が溢れ、陽炎のように揺らめき始める。


 「わっ、ちょっ、セオ!?」

 「問題ない、そのまま行けっ!直ぐに追いつくっ!」

 

 シャルディンが魔獣車から飛び出した事に気付いたフォルクが一瞬魔獣車を止めようとするが、彼は声を張り上げて先に行くように促す。


 「…わかった、でも絶対追いついてよっ!」


 フォルクは自らを無理矢理納得させるように応えると、手綱をしならせて再び全速でプラットンを目指した。


 『一人残ったぞ!』

 『急げ急げ!川を渡るんだ!』

 『あの少年が皇子誘拐の首謀者だ!確実に捕らえろ!』

 『あれで闘技大会の優勝者だ!油断するな!心してかかれ!』


 指揮官であるドニが行動不能になったとは言え、俺に対する警戒心は全員の共通認識らしい。

 だが彼等の認識について明らかに一点、完全に異なる事がある。

 それは彼らが前にしているのは、彼らが認識している俺では無く、その認識を遥かに超える存在が俺を操っている事だ。

 彼がその気になれば赤子の手を捻る様に彼らを全滅させてしまうことだろう。


 「ハアァァァァッ!」

 『な、なんだあの剣!? 歪んで見えるぞ!』

 『あれは…ヤバい攻撃が来るんじゃないかっ!?』

 『ひっ、くっ…来るぞっ!』

 『ふ、伏せろーっ!』


 シャルディンが闘気を纏わせた騎士剣を振りかぶると、兵士達はその威圧感に襲われ、蜘蛛の子を散らした様に逃げ始める。

 ドニの指揮下であれば勇敢な兵士達は攻めてきていたのかも知れないが、当の指揮官であるドニはクリスの絶対零度によって氷漬けとなり行動不能に陥っている。


 「せェェ…やァッ!」


 掛け声と共に引き絞った身体を捻り、騎士剣を振り抜く。

 その剣戟は泥濘んだ大地を一直線に抉ると、抉られた地面の側から鼠返しの様にめくれ上がり、見渡す限りの巨大な川沿いの防壁を生み出した。


 『な、なんだこりゃ!あ、有り得ねぇ…!』

 『くそっ、これじゃあ登れねえぞ!』

 『それどころか橋も架けられん…!』


 巨大な土の壁を前に帝国兵達は立ち往生してしまう。

 地続きであれば壁を掘り進める事も出来たのだろうが、壁の手前には濁流がうねりをあげており、突破は容易ではないだろう。


 「これでしばらくは時間も稼げよう。…さて、魔獣車を追わねば」


 シャルディンは身を屈めて脚に力を込めると、凄じい速度で泥濘む平原を駆け始めた。


 ーーー


 ドニはクリスの絶対零度を受けてから半刻程が経ち漸く動ける様になった。

 身体の芯から凍りついて無かったのはクリスの威力の調整もあっての事だろう。


 『ぬぅ…まさか逃げ際に某を直接狙って来るとは…。…はて、この壁は…?』


 ドニは凍結して直前直後の記憶が飛んでおり、いつの間にか出来ていた巨大な防壁を前に茫然としていた。


 『これではこれ以上の追跡は不可能であるからして…、某とした事があの者達の実力を見誤りましたかな』


 ドニは悠長にも髭を撫でながら巨大なそり立つ壁を見上げていた。

 

 『宰相殿、奴らの追跡は如何致しましょう?』

 『既に手は打っておる。…が、それで突破されれば致し方あるまいて。全兵に通達、これ以上の追跡は不可能、よってこれより街道を通りガルマリアへと速やかに撤収する、とな』

 『承知致しました』


 ドニは雨雲に覆われた空と壁となっためくれ上がった大地を見上げながら兵士にそう伝えると乗っている縞駿馬を反転させ、まだ冷たいままの両手を擦り合わせて白い息を吐いていた。


 『…ほっほ、まぁ合格、と言ったところであるからして。…グリオネール皇子、いってらっしゃいませ。ご無事を祈っておりますぞ』


 兵士達が退却を始め、ドニもまたその最後尾で縞駿馬をゆっくりと反転させる。

 そしてプラットンを振り返りながら寂しい笑みを浮かべ、小さくそう呟いていた。


 ーーー


 高速で泥土となった地面を駆け、先行させた魔獣車を追うシャルディンは遂にその視界に魔獣車を捉えていた。


 「間も無く追い付く。取り付いたら身体を返すぞ」

 (ああ、助かった。済まない、俺の力不足だ)


 話しながらも速度を落とす事なく走り続けるシャルディンは俺の謝罪を聞いて嘆息する。


 「友や仲間の為に身体を張るのは構わんがあまり無茶をするな。魂の存在である以上、我が力も限りがある。あまり当てにして貰っては困る」

 (ああ…、もっと力を、もっと…皆を守り切れるくらい強くならないとな…)

 「わかっていればよい。ただ理想を追い求めるあまりに自らの命を落とす結果になるようであれば自らの命を最優先にしろ。セオドアの身体とは言え、命を失えばセオドアだけでなく自も我も巻き添えとなるのだからな。さて、そろそろ追い付くぞ」


 魔獣車に近付くとシャルディンはさらに加速し、一気に魔獣車に詰め寄る。

 シャルディンは加速した状態のまま最後の一歩を踏み切ると、魔獣車の天井に張ってある幌に飛び乗りしがみついた。


 (…少し力を使い過ぎた、我は暫く眠りにつこう、あとは任せたぞ)

 「ああ、後はゆっくり休んでてくれ」


 シャルディンは身体の制御を俺に明け渡すと意識の奥底で呟き、眠りに就いた。


 「お帰りセオ、撒けたのかい?」

 「ああ、もう追って来れない筈だ。さぁ一気にプラットンを目指そう!」


 フォルクに追手の状況を話し、幌をよじ登って馭者台から魔獣車の中へと戻る。


 「お帰りなさい兄様、これで拭いて下さい!」

 「ああ、クリスありがとう」


 雨の中で全力疾走しずぶ濡れになった俺を見たクリスが手拭いを取り出すと、礼を言いながらそれを受け取り雨水が滴る髪や装備を拭き上げる。


 『本当に誰も殺さずに止めてきたのか…?』

 『ああ、勿論。言ったろ、誰も殺さないって』


 グリオネールは一瞬"バカな"とでも言いたげな顔を見せるが、すぐに表情を戻し俺の身体を隅々まで見つめ、鼻を効かせる。

 返り血の跡も血の匂いも無い事を確認したグリオネールは漸く信じたらしく、腕を組んで指先で頭を掻いていた。


 『参ったよ、ドニの指揮下にいた兵士に追いかけられて誰も殺さずに逃げ切るなんざ大したもんだ。こりゃ俺が勝てねぇ筈だよ全く…』


 実際に最後にはシャルディンの助けを借りたものの、どうにかグリオネールを奪還されず、なおかつ誰も殺す事無く俺達はドニの追跡を振り切った。

 あとはプラットンに到着した後に港を目指すのみ、俺達のガルムス大陸での旅は遂に終わろうとしていた。


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