第百十八話:砂塵と共に去りぬ
帝都ガルマリアを発って早一刻、俺達は夕焼けの赤に染まる大砂海に伸びる旧街道を走っていた。
「さてセオ様、そろそろ何があったのか聞かせてくださいまし。皇子を連れ出したとあれば国家を敵に回す様なものですので私達にも事情を説明して頂く必要がありますわ」
「そうよ、流石にこの人数で獣人族の兵士達と喧嘩なんて事情抜きじゃ付き合いきれないわ。ちゃんと説明してよ?」
「セオドア様、この人数で国家の戦力に挑むのは小鬼が単身赤龍に挑む様なもの、皆不安に思っております。可能な限り詳しい説明をお願い致します」
「兄様が言う事であれば私は力の限り手を尽くすつもりですが…」
皆が不安を募らせ、俺に詰め寄る。
それもその筈、俺がやっている事は傍目からすれば皇子誘拐、間違いなく国家を揺るがすレベルの大犯罪だ。
当然追手は無数にいる国の兵士達、あるいは住民すらも敵に回す行為であり、此方はたかだか十人にも満たない絶望的な戦力差だ。まともにやり合える様な相手ではない。
「ほーんとセオといると退屈しなくて楽しいんだけど…今回ばっかりはちょっとやりすぎかな。さて、あと二刻もすれば日が落ちちゃうけどどうする?」
馭者台に座るフォルクは笑っているが、正直笑い事ではない様な事態だ。とは言え先を急ぐのも事実であり、フォルクは変わらず縞駿馬を全速で走らせている。
「とりあえず行けるところまで行きましょう!このままお願いします!」
「了解、僕は後で皆から聞くから気にせず続けてて…ハイヤッ!」
フォルクの鞭が鳴り、縞駿馬は街道に乗り上げた砂を力強く蹴立てて走る。
『グリオネール、皆に全部話すけど構わないな?』
『ああ頼む、というよりそうしてくれ。ホントは俺の口から話すべきなんだろうが獣人語じゃセオドアと妹さん以外皆わかんねェだろうしな』
腕を組んでどっかと座り込んだグリオネールは納得した様子で全ての事情を話す様に促した。
「じゃあ…」
そう切り出して俺はグリオネールを宮殿から連れ出すに至ったその始終について話し始めた。
ーーー
「…と言う事なんだ」
俺は仲間達に決勝の直前、グリオネールと飲んでいた時に彼が話した事、皇帝に告げた願いの事、無理矢理彼を連れて宮殿を飛び出した事、その全てを仲間達に話した。
「全くなんて無茶を…」
「友情の為に国を敵に回す…実に詩的ではありますわね」
「そんな悠長な事言ってる場合じゃないでしょ!どうすんのよ!」
「どうもこうも逃げ切るしかないでしょう。皇子の誘拐なんて捕まれば極刑は免れないでしょうし」
この事態を招くまでの顛末を話した結果、思った以上に皆落ち着いていた。
クローディアだけがやや取り乱していたが彼女の反応が本来の反応だろう。
「悪いけど皆、協力してくれ」
協力を皆に頼む為に頭を下げると、全員が揃って嘆息する。
「「何を今更」」
呆れた様な物言いではあるが皆が一様に心強い返事を返してくれる。
「赤龍討伐の時もそうですが、我々はこれまでも無茶はしてきましたし、最早今更でしょう」
「私はセオ様が行く先ならば何処までもお供いたしますわ」
「ま、乗りかかった舟だもの。今更引き返せないんだったらとことんやってやるわよ」
「兄妹ですから私と兄様は一連托生ですよ。それに戦争をするわけではありませんし、相手は魔術を使える者の少ない獣人族、工夫を凝らせば逃げ果せる筈です。工夫は兄様の得意分野じゃありませんか」
まともにやり合うには絶望的な戦力差ではあるが、逃げる事に徹するのであればやりようはある筈だ。
皆がいて各々の力や工夫を凝らせばあるいは逃げ果せる事も不可能ではない、クリスの言葉を聞いて改めて気付かせられる。
『グリオネール、皆付き合ってくれるらしい。絶対に脱出してやろう』
グリオネールに全員が協力する旨を伝えると彼は床に額をつけて深々と頭を下げた。
『すまねェ、恩に着る!』
「皆、よろしく頼むってさ」
グリオネールの言葉を意訳して皆に伝えると"見ればわかる"、と小さく笑っていた。
「セオ!エリウッドがこっちに寄せてきてる、向こうの動きについて確認したいんじゃないかな、飛び移れるかい?」
一通り話が済むと縞駿馬を走らせるフォルクから声がかかる。
並走していたエリウッドが魔獣車を此方に寄せているらしい。
「わかった、すぐ行く!」
返事を返して馭者台への出口から出るとすぐ隣につけていたエリウッドが操縦する魔獣車へと飛び移る。
此方の小型の魔獣車にはヴァイダとタップの二人が乗りこんでおり、飛び移るなりヴァイダが俺に尋ねてきた。
『セオ、アタシ達はどうしたらいい?』
『特に何も。ヴァイダさん達はこのままブルダーの村を経由してプラットンを目指してタップを送り届けてあげて下さい。兵士に追われているのは俺達ですから巻き込む訳にはいきません』
彼女達はただの同行者だ、俺達の事情に巻き込む訳にはいかない。
このまま巻き込んでしまえばガルムス大陸に残る彼女達の生活に影響が出てしまう。
「だがお前たちの目的地もプラットンの筈だ、一緒に行けばいいだろう」
「いえ、タップやエリウッドさん達が俺達と居れば万が一捕まった場合、共犯扱いになるでしょうから一緒には行けません。エリウッドさん達はそのまま南下してください。砂漠地帯を抜けたら俺達は東に逸れます。もしブルダーの村まで帝国兵が来たとしても知らぬ存ぜぬでお願いします」
「…あいわかった。ならばそれまではお前たちに追従しよう」
エリウッド達現地組との打ち合わせを済ませ、再び自分達の魔獣車へと戻る。
すると、クローディアが後方から接近してくる者に気がつく。
「ちょっと!後ろからなんか近づいて来てるわ!」
「縞駿馬…に帝国の鎧…!もう追いついてきたか!」
「迎撃します!」
少数の帝国兵士が後方に迫り、その迎撃の為に立ち上がったクリスが両手を前にかざし魔力を練り始める。
「クリス、兵は殺したくない。威力は抑えてくれ」
「わかりました…"火矢"ッ!」
クリスが放った火矢が兵士達へと飛んでいく。しかし、火矢は僅かに逸れて砂に消える。
「一発でダメなら数でッ!"火矢・複射"ッ!」
クリスの掌から無数の火矢が放たれる。
かなりの数の火矢が兵士達に飛んでいくが今度は兵士達が縞駿馬を上手く操り火矢の直撃を避ける。
「避けられた…!くっ…!」
クリスは無数の火矢を躱され歯噛みする。
お互い移動しながらの戦闘の為、偏差での攻撃が必要だが勿論相手もそれは分かっているのだろう。
況してや相手は訓練された兵士、当たる攻撃は避けてくるし、当たらない攻撃ならば動じはしなかった。
「幾つか別の蹄の音が聴こえてきてるけど追手が来てるのかい?」
「ああ、だけど相手は騎乗での戦闘に慣れていてなかなか攻撃に当たってくれないんだ」
「成る程ね、だったら…誰か操縦を代われないかい?」
背後で始まった戦闘に気付いたフォルクが尋ね、状況を話すと、馭者を代わって欲しいと言い出した。
勿論俺とクリスは首を横に振る。クローディアとアリーシャも右に同じの様だ。
「縞駿馬は乗ったことはありませんが、疾走馬なら多少は心得がありますわ」
「少々癖はあるけど真っ直ぐ走らせるなら問題ないと思う、少し頼んでいいかい?」
「わかりましたわ」
疾走馬ならば乗れる、と申し出たアンリとフォルクが馭者台を入れ替わり、荷台に戻って来たフォルクは弓と矢筒を手に取り弓を構えるとゆっくりと矢を番える。
「フォルク、兵士は殺さない方向で頼む。縞駿馬を狙ってくれ!」
「任せて!」
フォルクは自信たっぷりに応えると番えた矢を引き絞る。
「そこだっ…!」
フォルクの手から離れた矢が勢いよく放たれる。
放たれた矢は僅かに弧を描くと見事に帝国兵士が駆る縞駿馬の肩を射抜いた。
矢が刺さりバランスを崩した縞駿馬は砂煙を巻き上げながら倒れ、騎乗した兵士が落馬する。
「うまい!」
「感心してる場合じゃないわよ、一人やられたのを見て蛇行しながら追いかけて来てるわ!」
「まだまだ数もいますね…」
アリーシャの言うように何騎もいる内の一騎を倒しただけ、加えて追手達は此方の迎撃に備えて蛇行を始めた。
「…舐めないで欲しいな、その程度なら僕は外さないよ!」
フォルクは再び矢筒から矢を引き抜くと、正に文字通りに矢継ぎ早に次々と矢を放つ。
兵士達は回避を試みるがフォルクの放った矢はまるで吸い込まれる様に寸分違わず兵士達の駆る縞駿馬の肩を次々と射抜いていった。
「これで全部…じゃ無いみたいだね、蹄の音が一つ多いからもう一騎…どうやら死角にいるみたいだね」
背後には既に追いかけてくる帝国兵の騎馬は見当たらないが、フォルクはその優れた聴覚でまだ敵が残っている事に気付いていた。
「フォルク、左舷から最後の一人が来てましてよ、なんとかして下さいまし!」
間髪入れずに馭者台で手綱を引くアンリから敵が接近している事か伝えられる。
真後ろにはもう兵士達の姿は無く、これが最後の一騎の様だ。
フォルクは幌車の中から身を乗り出して敵を確認すると矢筒から最後の一本を抜き出すと直ぐに矢を番えて引き絞り狙いを定める。
引き絞った矢は魔素が注がれ魔力を帯びているのか、風を纏っている。
「近すぎるけれど縞駿馬に乗ってるんなら…こうだっ!"衝撃射"ッ!」
フォルクが矢から手を離すと番えていた魔力を帯びた矢が放たれる。
矢が飛び行く先は兵士が駆る縞駿馬を逸れ、その正面の砂地、しかしフォルクは外した訳ではなく、敢えて狙いをずらしわざと外していた。
矢が砂地に刺さると同時に矢に込められた風の魔力が解き放たれ、大量の砂を巻き上げる程の激しい爆風を巻き起こした。
兵士の駆る縞駿馬は爆風に驚き、足を止めて嘶くと暴走を始め、暴れる縞駿馬から兵士は振り落とされてしまった。
「これで全部ですね、流石と言った所ですか」
「でも矢が無くなっちゃったからどうにかしないと。ガルマリアで補充できなかったからなぁ…」
アリーシャが砂地に振り落とされ転げ回る兵士を見送りながら周囲を確認する。
瞬く間に追手の兵士達を全て撃退したフォルクは念の為なのか耳に手を添えて音による索敵をし、敵がいない事を確認すると再びアンリエッタと操縦を代わるために馭者台へと戻っていった。
ーーー
帝国の追手との戦闘を終えてから一刻が過ぎ、辺りは既に夕闇に包まれていた。
「セオ、もう陽が落ちる、ここらで野営にしよう」
「ああ、本当は夜間も移動したい所だけど…」
「夜行性の四肢獣種に縞駿馬をやられたらそれこそ打つ手なしね」
「じゃあ馬を止めるよ。どうどう!」
フォルクが手綱を強く引くと縞駿馬は低く嘶き、少しずつ速度を落とし、やがて完全に静止した。
並走していたエリウッド達も魔獣車を止めると直ぐに野営の準備に取り掛かる。
火属性の魔術で小さな火を起こすと食事は保存食などで賄い、睡眠は魔獣車で行う事にしてエリウッド達と別れる迄は二刻毎に三人から四人で交代しながら見張りを行う事にした。
『グリオネール、さっきの兵士達だけど…』
『大丈夫だろ、あれでも俺が鍛えてた奴らだそう簡単にゃ干からびやしねェよ』
『いや、そうじゃない。後続がいると予測すべきだろうか』
後続部隊の存在を考えるとすれば恐らく最短で行けば明朝までに間違い無くもう一度は戦闘になるだろう。
相手は軍隊、必ず指揮官がいて必ず指揮官や軍に於ける癖が存在する。その癖を知れば何かしらの打開策が見出せると考えて俺はグリオネールに尋ねる。
『そうだな…俺だったら間違いなく送ってるだろうな。…だが、そりゃ相手の位置がわかっててどのルートを進もうとしてるのがわかってる時だけだ』
『だとすれば追撃は暫く無い、と見ても?』
『いや、宰相のドニは慎重なヤツだ。あの兵の数なら恐らくもう一、二隊は後詰を送ってるだろうな。ただ幸いまだ俺達がどこに逃げたかは断定出来てねェ筈だ。だとすりゃまだ本隊は今頃街で俺達を捜索中ってとこだろ。少なくともさっき撃退した奴らが本隊に合流すんのは早くても明日の昼前だ。そこから兵士を全員集めて大軍率いて街を出るにゃ早くても昼は過ぎるだろ。実質このまま行けば大軍に追いつかれるのは真っ直ぐ向かってきて三日半から四日ってとこだろうな』
グリオネールが帝国軍が追いつくまでの凡その見積もりを述べる。
ブルダーからガルマリアまでが徒歩で三日半、プラットンからブルダーまでが約七日間の道程だ。今は魔獣車で移動をしており、三倍以上の速度が出ている。
縞駿馬を休ませる事を考えてもエリウッド達は明日の夜にはブルダーへと到着できるだろう。
問題は俺達の方だ。同様に計算したとしてプラットンに到着するのは四日程、追いつかれる可能性は十分に考えられる。
『一つ懸念すべき点があるとすりゃ、ドニが小分けに兵を寄越してきた場合だな。大軍で移動すりゃその分進軍は遅れるだろうが、小分けに送られりゃ身軽な少数部隊は一気に追いついてくる。その度に妨害されて移動が遅れりゃプラットンに着く前に追いつかれちまうだろうな』
『…その場合は如何にロスなく妨害を退けるか、だな』
グリオネールの指摘した懸念材料、それを聞いて空を見上げる。この点に関しては俺達の努力次第だ。
『案ずるな、お前達ならば問題無い。もし我々の村に兵達が来たならば可能な限り時間を稼ごう』
魔獣車から降りてきたエリウッドが虚空を見上げる俺の肩に手を置く。
見上げた空には雲が広がり始めているのか、いつもの満点の星空は無く、僅かに雲の隙間から星が覗ける程度だった。
ーーー
俺達も魔獣車を引く縞駿馬も十分に休息を取り、早朝から再び南下を始める。
空は雲が覆っており、曇天の空の下、俺達は砂漠の旧街道を進む。
「フォルク、じき砂漠を抜けるだろう。お前達ともそこでお別れだ!」
「うん、こっちはこっちでうまくやるよ!元気でね!」
フォルクとエリウッドが並走しながら別れの挨拶を交わす。
『エリウッドさん、色々お世話になりました!またいつか会いましょう!ヴァイダさんもお世話になりました!タップ、最後まで送ってやれなくてごめんな、無事にプラットンまでたどり着けるのを祈ってる』
二人の会話を聞いていた俺も幌車から顔を出して三人に別れを告げる。
『あんまり無茶するんじゃないよ。でもしっかり逃げ切りな!』
『謝んなよセオ!オイラだってこんなにブルダーのチーズ貰えたんだ、それもこれもアンタ達のおかげ、むしろ感謝したいくらいさ!あとクリスにも、チーズを凍らせてくれなきゃ腐っちまってたしセオからありがとうって伝えといてくれよ!それとセオ、これ返しとく!』
タップは懐を弄り取り出したものを投げ渡す。
手を開き投げ渡されたものを見ると、それは最初にタップに道案内を頼んだ時に渡した三枚の白金貨の内の二枚だった。
『ただの道案内で白金貨三枚は高すぎるだろ? ホントはめんどくさくて吹っかけたつもりだったけどまさか本当に払うなんて思いもしなかったからさ!』
『別に返さなくてもいいんだぞ?』
『一枚ありゃ十分さ!白金貨一枚でも俺たちにとっちゃとんでもない大金だからな!ま、この一枚は面倒料って事で貰っとくよ!』
滅茶苦茶な理由の金額設定を聞いて俺はつい吹き出して笑う。
タップもそれに釣られて笑っていた。
『ぷっ…はっははははっ!面倒料ってなんだよ!…あはははは…!』
『まさにご覧の通りさ!…はははははっ…!』
お互いに別れの挨拶を交わしている内に砂漠の切れ目の先にあるまばらな背の低い草地が見えてきた。
『おっと…じゃあここで本当にさよならだ、またいつか会おう!』
『ああ、セオもこんなとこで捕まるなよ!じゃあな!』
手を大きく振りながら別れを告げると同時に砂漠を抜け、俺達の魔獣車は大きく東へと進路を変えて道なき草原へと進む。
「クリス、頼んだ」
「はい…"竜巻"!」
進路を変えた場所にクリスが竜巻を発生させる。
竜巻は砂漠の砂を巻き込むとやがて砂嵐となり、舞い散る砂塵が俺達の魔獣車が残した轍と蹄の痕跡を跡形も無く消していく。
竜巻によって巻き起こる砂埃に目を細めながら砂塵の向こうに映るエリウッド達の魔獣車を見送っていたが、あっと言う間に小さくなると砂塵の奥へと消えていった。




