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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第八章:咆哮響くガルムス大陸
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第百十七話:皇子の大脱走

 『もう逃げられはしますまいグリオネール皇子。観念していただきますからして』


 ドニが優しい声でそう口走ると共に兵達が少しずつ俺達を取り囲む円を狭めてくる。


 『グリオネール、魔光珠も使えそうにないか?』

 『ああ、魔光珠も体内の魔素を活性化させるモンだからな。魔術が使えないんじゃこっちもダメだ』


 グリオネールが魔光珠を使えたのならあるいはこの状況を切り抜けられたかも知れない。

 魔術が使えない事が分かり、今度は超越の加護の力に頼る事を試みるがやはりこちらも発動しない。

 超越の加護もどうやら体内の魔素に働きかけて身体能力を向上させるというもので、魔術封じの結界の中では発動も敵わない。

 俺達は万策尽いてあとは捕まるのを待つばかりだった。


 「セオドア様!皇子に匂いを嗅がせない様にお願いします!」


 諦めかけた瞬間、俺達の正面、囲いの外側から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 その声の主の指示に従い、俺はグリオネールの鼻を摘んで匂いを嗅がせない様にした。

 グリオネールの鼻を摘むと、直後に声が聞こえた方向から煙をあげる布袋がいくつか投げ込まれる。

 煙玉とは違って視界を奪うものではなく、ただもうもうと煙をあげているだけ。声の主はグリオネールに匂いを嗅がせない様にとは言うが俺には特別な匂いは嗅ぎとれず、少々焼け焦げる匂いに噎ぶ程度だ。

 しかし周囲を見回すと俺達取り囲んでいる兵士の一部に船を漕ぎだす者が現れ始める。

 その目は虚になっており、表情は緩み、まさに夢心地と言った状態だ。

 見る限り効いているのは猫人種や虎人種、それと豹人種。何れもネコ科の動物に近い獣人族達である。

 投げ込まれた燻る布袋から溢れる煙が広がり切ると今度は数本の瓶が投げ込まれ、地面に落ちた瓶が割れると中に入っていた液体が散乱する。

 地面に散乱した液体は爽やかな柑橘系の香りを放っていたが、周囲の兵士達、中でも犬人種、狼人種、狐人種の様な嗅覚の鋭い獣人族達には刺激の強い匂いらしく、直接嗅いでしまった兵士達は皆一様に鼻をつまんでのたうちまわりだしていた。


 (マタタビ…それにレモン、いったい誰が…いや、そんなことより包囲に隙が出来た。今なら逃げられる!)


 何者かの援護は獣人族の大半を構成している犬人種、猫人種、そしてそれに準ずる近縁種をほぼ無力化に至らしめ、俺達を包囲していた兵士達はほぼ総崩れとなっていた。


 『むぅ…何者ですかな…!否、逆賊であることには違いありますまい』

 

 ドニ自身は引き連れた兵が総崩れになりながらも未だ落ちつき払った様子で先程声が聞こえた方向を睨んでいた。

 しかし、当然ながら兵士達に関しては大混乱となり、酔っ払った兵士がお互いを殴り合ったり、大きな笑い声をあげたり、無事な兵士はのたうち回っている兵士の救護にあたるなど、陣形は完全に乱れ纏まりがなくなっている。

 一部の冷静な者も正体不明の人物からの攻撃を受けた事でこの様な大混乱を招いてしまっている状況から、彼らの注意は完全に俺達から離れ、包囲網には大きな隙が生まれていた。


 「今ですセオドア様!皇子を連れて街の方へ逃れてください!」


 再び聴こえてくる声に従い、俺達は兵士達の隙間を抜けて街へと続く石畳の道を走りだす。

 その途中、小柄な黒い服に身を包んだ人物とすれ違うとその人物は"皇子を宜しくお願い致します"と一言残し、多少の荷物が詰められた布袋を渡していった。


 ーーー


 セオドアとグリオネールを追う兵士達の前に黒一色の小柄な体格の獣人族が立ちはだかる。

 

 『ふむ逃げられてしまいましたな…。さて、我々の邪魔をするとは…貴方も彼の仲間、という事ですかな?』

 『いいえ、ですがこれはレオナ皇女からの命ですので』


 ドニに返答する獣人族は纏っていた黒の外套を脱ぎ捨てると、外套に隠れていた黒く長い髪、凛とした漆黒の瞳、ピンと立った耳が姿を現わした。


 『む…近衛兵長ノアール・キャトリニア殿…!なぜ貴殿程の者が皇子を拐かす逆賊に手を貸すというのですかな。貴殿はグリオネール皇子とレオナ皇女の目付役の筈、我々に協力こそすれ、よりによって皇子を拐かす逆賊に手を貸すとはどういうおつもりか、それに皇女殿下の命とはどういう事か説明頂きたい』

 『説明も何も、レオナ皇女からはグリオネール皇子とその友人、セオドア・ホワイトロック殿が無事に宮殿から出られる様にと託かっているだけ。それ以上でも、それ以下でもありませんよ』


 対峙する二人は静かにお互いを睨み合う。

 立場が異なるが故に対立している二人だが、お互いが自らの正義に従い行動を起こしているのだ。

 片やドニは皇子を攫おうとするセオドアを追う為に兵を挙げ、片やノアールは自らが付き従うレオナの命に従い、宮殿を出ようとするグリオネールと先導するセオドアを守る為、ドニ達の妨害の阻止に駆けつけたのだ。


 『皇族の命とあれば、…と言いたいところではありますがな、我々とて皇帝の側近、ひいてはガルム帝国の臣下としてあの人族の少年の所業を見逃すわけには参りませんからして…道をあけてもらいますぞ』

 

 ドニが杖を振り、兵士達に進軍の命令を下すと、兵士達は市街へと続く道を進み始め、それと同時にノアールは突如音も無く姿を消した。

 動いた瞬間すら気付かなかった兵士達は慌ててノアールの姿を探す為に辺りを見回すが、誰一人として彼女を見つける事は敵わなかった。


 『セオドア様と皇子の後を追わせるわけには参りません。…押し通ると言うのなら、私がそれを許しません』

 『ぐわあっ!』

 『ぎゃあああっ!』

 

 兵士達の一団の中心からノアールの声が聞こえると同時に付近にいた二人の兵士が血飛沫と悲鳴をあげて倒れ込んだ。

 悲鳴をあげた兵士に反応して他の兵士達が視線を向けるが、既にその場所にノアールの姿は無く、肩から血を流す兵士二人が座り込んでいるだけだ。


 『くっ、もういない…!どこに…うわあっ!?』

 『周囲警戒!近衛兵長は本気で我々を止めるつもりだ!…ぐはっ…!』

 『近衛兵長が"消える"ってのは噂じゃなかったのか…ぎゃあああぁっ!』


 姿の見えぬノアールの姿を兵士達が探すが一向に見つからず、兵士達は一人、また一人と倒れていく。

 目に見えぬ脅威に晒された兵士達は戸惑い、次第に混乱の様相が現れ始めていた。

 歩み出した兵士達の足は完全に止まり、誰もが再び姿を消したノアールに注意を惹きつけられており、その瞬間、甲高い音が周囲に響き渡る。

 音の発信源はドニ、彼は手に持った杖の柄で力強く地面を突いて兵士達の注目を集めるとこう続けた。


 『全兵整列!他の兵との間隔を密にして前進!近衛兵長の攻撃はあくまで我々の足止めが目的、倒れた者は捨て置いて構わぬ、欠員の隙間は即座に埋め、近衛兵長が現れた場合は攻撃を許可する!全兵前進!』


 ドニの号令により混乱し始めていた兵団は秩序を取り戻し、即座に隊列を整えてガルマリア市街へと前進を始める。

 先程ノアールによって行動不能に陥っていた兵士達も隊列に戻り始め、密集して行進を始めた兵団は線の細いノアールでは容易に崩すことの出来ない動く要塞の様に機能していた。

 ノアール自身も同胞の命を奪うつもりはない為、思い切った行動には出れず、直接的に進軍する兵団を止められる術もなくなった為、彼女は狙いを変える。

 彼女の攻撃の矛先は、兵士からドニへと向いた。無論傷つけるつもりはない。

 目的は違えど彼は一国の宰相だ、ただでさえレオナの命で彼らの足止めをしているとは言え、既に反逆行為寸前の行動だ。ここで更に彼を傷付けようものならそれこそ帝国への反逆と捉えられかねない。

 ドニを囲む近衛兵達を掻い潜り、彼を捕らえようと躍り掛かった瞬間、ノアールは彼の行動に驚き戸惑う事となった。


 『…ほっほっ、これで手も足も出ますまい。私は亀人種ですからして、我ら亀人種の甲羅の頑強さ、知らぬ筈はありますまい。見ての通り私も手も足も出ませんがな』


 ドニはノアールが飛びかかる瞬間、自身が背負う甲羅の中に頭と両手足をしまいこんでいた。

 獣人族でも特に防御に秀でた亀人種の守りは堅く、また痩せ衰えているとは言え重量級の種であるドニをノアールが動かす事は出来ず、彼女は彼を捕らえるつもりでいたがそれも断念せざるを得なかった。

 ノアールが姿を現した所をドニを囲う近衛兵達が捕らえようと試みるが彼女もすぐにその場から大きく跳躍すると彼らの頭上を華麗に飛び越え直ぐに包囲から脱した。


 『これ以上は打つ手無し、ですね。ですが多少は時間を稼げましたし私の役目は果たせました』


 脇目も振らずに進軍を続ける兵士達を見送りながらノアールは爪を納めて一言呟くと、彼女はまた消える様にその場を後にした。


 『ふむ、"黒影"のノアール殿は退かれた様ですな。さて、随分と時間を稼がれてしまった、急がねば』


 ゆっくりと甲羅の中にしまい込んだ頭と両手足を出したドニは周囲を見渡し、頭の中で状況を整理しなおすと、やはり亀人種らしくゆっくりと先を急ぐ兵士達の後を追い始めた。


 ーーー


 グリオネールと共にガルマリアの街を走り抜け、漸くクリス達が待つ街の外の砂漠へとたどり着いた。


 ノアールから渡された荷物の中には古めかしい外套が入っており、グリオネールはそれを羽織っている。

 宮殿を飛び出す時点でグリオネールは礼服のままである上、そもそもこのガルム帝国において獅子人種の大半は上流階級に位置する為、双方相まってそのままでは悪目立ちしてしまう。その為逃げる途中にグリオネールに外套を着せていた。

 恐らく荷物を用意したのはレオナだろうが、こういった状況すら読んでいたとするならば彼女に対して頭が上がらない。

 俺達はスラム化し入り組んだ貧民街まで逃げた後、飛翔(フライハイ)の魔術を使ってどうにかガルマリアの街から兵に見つかる事なく脱出する事に成功していた。


 『はぁ…はぁ…なんとか撒けたか…』

 『ああ…、門番にも…ハァ…見られてねェハズだ。しばらくはドニや…兵士達もガルマリア中を探し回ってくれるだろ、ひとまずは安心できる』


 二人で砂の上に座り込み、息を整えている。

 グリオネールによると、犬人種は鼻が利く故に追跡が得意ではあるが、空を飛んでいけば手掛かりである匂いも途切れる為、逃走したある程度の方向は分かってもそれ以上は正確に追うことはできなくなる様だ。


 『さぁて、そろそろクリスと合流しよう。少しでもガルマリアから離れておきたい』

 『そうだな、プラットンまで移動しなきゃいけねェ以上、少しでも引き離しとかねェと砂漠や草原のど真ん中で追われちゃたまらねェ。それに…そろそろ雨季が来る頃だ。一日でも早くプラットンに近いとかねぇと色々面倒だ』


 ガルムス大陸には乾季と雨季があると聞いている。

 現在は乾季で、彼が言うにはあと数日後には雨季に入るとの事だ。

 雨季の存在は知っていたが、詳しくどうなるかは聞いた事が無い為、俺はグリオネールに尋ねる事にした。


 『なあグリオネール、雨季のガルムス大陸って具体的にはどう違うんだ?』

 『簡単に言や、地形が変わンだ。雨季はほぼ毎日雨が降ってな、特に雨季の始まりはとんでもない量の雨が降る。ほら、向こうの雲見てみろ』


 グリオネールが指差した先、その向こうには大きく真っ白な入道雲が浮かんでいる。


 『…あれが大雨を降らせるのか?』

 『ああ、つってもまだあの雲は育ってる途中だ。丁度ガルマリアの真上に来るあたりで育ち切って一気に大陸全体に大雨を降らす。で、その雨が砂漠や草原の窪みなんかに大量に溜まって湖みてぇな水溜りやそっから溢れた水が川みてェになンだ。そうなると逃げる経路が限定されちまうし、場合によっちゃ街道に川に呑まれてたりな。だから少しでもプラットンに近いとかねぇと面倒な事になンのさ』

 『成る程、じゃあ急がないとな』


 足早に砂漠を進み、ガルマリアの南側に伸びる旧街道にたどり着くと、そこには大小二台の魔獣車が待機していた。

 小型の魔獣車を引く縞駿馬ストライプスプリンターという魔物の背中に乗っている野牛種の獣人族と大型の魔獣車の側には長い白金髪の少女が見える。恐らくエリウッドとクリスと見て間違いないだろう。

 向こうもこちらに気が付いたらしく、クリスが出迎える為に小走りで駆けてきた。


 「兄様、何で砂漠の方から!? それに昨日の宴の片付けの途中でノアールさんがやって来るなり南の旧街道に魔獣車を手配してあるって言われてもう何が何やら…、一緒にいるのはグリオネール皇子…ですよね? 宮殿で一体何があったんですか?」


 クリス自体も突然の状況で混乱しているらしいが無理からぬ事だろう。だが今はそれどころではない。


 「…いろいろ聞きたいだろうけど今は一刻も早くガルマリアを離れなきゃいけない。話は魔獣車の中でだ。さぁ行こう!」


 クリスとグリオネールを先に載せ、最後に俺が幌付きの荷台に乗り込む。


 「お帰り、いろいろ聞きたい事はあるけど急いでるみたいだし早速出すよ!」


 フォルクは俺が乗り込んだのを確認するとそう言って御者台に乗り込むと、手綱を取ってしならせ快音を鳴らす。

 三頭の縞駿馬は快音と共に唸り声をあげるとすぐに速度を上げて砂漠の街道を走り出した。

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