第百十五話:皇帝との謁見
結局宴会は深夜まで続いた。
陰の六刻を回ったあたりで早々に夢の中にいたタップを除いて俺達の身内で最初に潰れたのがアリーシャだ。
続々現れる酒豪達を相手にしていた彼女は三十二人抜きを果たした所で漸くダウンしたらしい。
それ以降もフォルクやクリス、エリウッドも気がつけば酔い潰れており、クローディアも踊り疲れたのかいつの間にか酒場の隅で寝息を立てていた。
グリオネールはと言うとまだ飲み足りなさそうにしていたがノアールに帰るように言われると名残惜しそうにして肩を落として帰途についた。
宴もたけなわとなった所で酔いが覚めた俺はまだ起きている者達と最低限道を塞いでいたゴミや入れ替わり立ち替わりで宴に参加し潰れていった者の後片付けを済ませ、酒場で眠りに落ちていた。
目を覚ますと既に目を覚ましたシェスカ・シェリー母娘の指揮の下で昨日の宴会の片付けが進められており、早くに目を覚ましていたアリーシャやアンリ、タップ、エリウッドが片付けに参加していた。
「お、ようやく起きたね。早速だけど片付けを手伝っとくれよ」
「ああ、はい…って今何刻だ…?」
シェリーに片付けを手伝うように頼まれ、生返事を返しながら頭の中に刻陽石を浮かべて現在の時刻を確認する。
"『悪い、言い忘れてたが俺の親父、皇帝陛下からの伝言だ。"明日、陽の八刻に宮殿を訪ねるがいい"、だとよ』"
グリオネールの伝言を思い出すと同時に頭に浮かべた刻陽石が陽の七刻を回っている。皇帝との謁見の約束にはまだ間に合うだろうがこのままでは間違いなく遅刻してしまう。
「!!…シェリーさんすいませんっ!皇帝陛下から陽の八刻に訪ねる様に言われてるんで行ってきますっ!」
飛翔の魔術で荷物を置いている宿泊施設に急行すると、すぐに自分の部屋に戻り荷物をひっくり返す。
礼服に袖を通すと大会で与えられた勲章を付けたマントを羽織り、今度は空歩法の魔術で街の上空を走り抜けてティグリオンの待つ宮殿の入り口へと辿り着く。
宮殿の門の前では二人の衛兵が立っており、道を塞いでいた。
『止まれ人族!』
『宮殿に何用だ!』
『ハァ…ハァ…えっとセオドア・ホワイトロックと申します。皇帝陛下より本日陽の八刻に謁見の許可を頂いているんですが…』
立ち塞がる二人の衛兵に宮殿への通行の許可を求めると、二人の目線は直ぐに俺のマントに付けてある勲章に向く。
『その勲章…セオドア・ホワイトロック本人だな』
『ならば通すように言われている。通行を許可しよう』
そう言って二人の衛兵は開放された門の左右に割れ、道を開いた。
『この先、すぐに案内の者が待っている。指示に従うように』
『決して陛下に粗相の無いように』
『はいすいません、失礼します』
二人の衛兵に会釈をし、宮殿へと向かうとその途中に一人の黒い毛並みの獣人族が腕を組んで待っている。ノアール・キャトリニア、その人だ。
彼女はこちらに気付くと組んでいた腕を解き頭を下げる。
「お待ちしていました。私が案内役を務めさせていただきます」
「ええ、宜しくお願いしますノアールさん」
「では早速向かいましょう」
俺が挨拶を返すと彼女はそう言って直ぐに背を向ける歩きだす。
俺はそのまま彼女に従って背中を追いかけながら宮殿へと続く石畳の上を歩いていった。
宮殿正面の入り口となっている大扉をくぐり、脇目も振らずに真っ直ぐに続く通路を進むと大きなホールへと出る。
ホールの左右には階段があり、そこからホールを取り囲む様な通路へと登れる様だ。
正面二階の通路の奥には大きな扉がありそこには近衛兵と思しき屈強な兵士が四人がかりで警備に当たっている。
ノアールは二階へと俺を連れ、ホールの外へ繋がる通路へと向かうといくつかの部屋を通り過ぎて少し華やかな彫刻が施された扉の前で足を止めた。
「まずは此方へ」
彼女は扉を開けて中に入る様に促す。
外から部屋の中を覗くと赤や黄色の鮮やかな色の絨毯と大きなベッド、その他様々な豪華な装飾が施された調度品の数々が目に入る。なるほど、どうやらここは客室と言う事だろう。
扉をくぐり抜けるとノアールが続き、扉を閉める。
「それではここでしばらくお待ちください。私はセオドア様の到着を陛下に伝えに行きます。何かがあればこの鈴を鳴らすようにお願いします。部屋の前で待機している者が駆けつけますので」
部屋にあるテーブルの上、彼女が手を伸ばした先にはそのハンドベルが置いてある。
彼女はそのまま部屋を後にし、俺は客室に一人残されていた。
何をするでもなく部屋を見回していると隅の方に大きな姿見を見つける。
慌てて準備をした為、服におかしな所は無いかと身嗜みを確認しながら謁見までの時間潰しに終始した。
客室に通されてから四半刻程、客室の扉から小さいノックの音が鳴り扉が開かれる。呼び出しに来たのはノアールだ。
「謁見の準備が整いました。ではセオドア様、ついて来て下さい」
「わかりました。行きましょう」
小さな髪や衣服の乱れを直した俺はノアールの呼びかけにすぐに応じ、彼女に連れられて客室を後にすると先程辿った通路を辿り再び大ホールの二階へと出る。
相変わらず謁見の間へと続く扉の前には屈強な兵士達が立っているがその扉は来た時とは異なり開放されている。
兵士達にノアールが小さく手を挙げて挨拶をすると兵士達も両拳を合わせて応えており、この国での敬礼にあたる仕草なのだと思われる。
同じ近衛ではあるが本来皇子付きであるノアールは彼らよりもやや立場が上にあるのだろう。
そしてそのまま謁見の間の扉の前でノアールが立ち止まり、こちらを振り向いた。
「大会の閉会式では兵士ではない選手達では知り得ない事なので省略をしていましたが、今回は我らが皇帝陛下との個人的な謁見となります。両陛下が玉座に着いた後は近衛の者達に続く形で両手の拳を合わせて跪く様にお願いします」
「最敬礼、というやつですかね。わかりました」
「では中へお進み下さい」
ノアールに謁見の間へと進む様に促され、背筋を伸ばして足を踏み出す。
少し高い位置にある玉座まで続く赤絨毯に沿って真っ直ぐ進むと左右には合計十二人の近衛兵が直立しているのが目に映った。また玉座の段の手前には宰相ドニの姿もある。
俺がドニの前で立ち止まると、入ってきた大扉は低い軋轢音を立てて閉ざされる。それと同時に玉座の奥の幕裏から皇帝ティグリオンとその后アレオリアがやってくる。
二人は玉座の前で立ち止まると同時に玉座へ腰掛けると、近衛兵達は身に付けた鎧から金属が擦れ合う音をあげながら両拳を合わせて跪く。勿論宰相のドニも同様だ。
そして俺も僅かに遅れて彼らと同様に拳を合わせて跪いた。
『崩して構わぬ。待たせたなセオドア・ホワイトロックよ』
『いえ、私の為にこの様な場を設けていただいた事、心より感謝致します』
俺は敬礼の姿勢のままティグリオンに謝意を述べて、彼の言葉に従って敬礼を解く。勿論片膝はついたままだ。
『よい。して…詰まらぬ問答は好まぬ、早速本題へと移ろう。セオドア・ホワイトロックよ、其方の願いとは何か、率直に述べるがよい』
正に単刀直入、ティグリオンは一切の言葉を交わすまでも無く、大会優勝の褒美となる願いについて尋ねてきた。
前口上も色々と考えていたがこの一言でそれらが全て水泡に帰し、俺は一瞬言葉を失うがすぐにその願いについて話すために口を開いた。
『では単刀直入に言わせて頂きます。グリオネール殿下を我々の旅に同行させて頂きたい』
『…グリオネール、あれをか? …ふむその理由、聞かせてもらうとしよう』
俺がそう告げた瞬間、左右の近衛兵達が僅かにどよめくがティグリオンは眉ひとつ動かさずに理由を求めてきた。
『街で聞きましたがこの国が他の国と交流を積極的に行う様になったのは陛下が皇帝の座についてからだと、そう聞いております』
『ふむ…確かに先代が崩御して余が治めるまでこの国は閉鎖的な社会を形成していた。今のガルマリアはその影響で飛躍的な発展を遂げている。それとあれの同行に何か関係があるとでも? 恥ずかしい話ではあるがあれは武に秀でてはおるが文に明るくはない放蕩息子だ、昨夕も其方へ余の言伝を頼んだきり酷く酔って戻ってきたのだ』
それまで顔色一つ変えなかったティグリオンだが、彼の表情はグリオネールの事を話し始めると一変して険しい表情となる。
『なるほど。陛下、殿下が昨夕どこに居たのかご存知で?』
『いや、だがあれがどこで何をしていたのかなど知った事ではないよ。ただ其方が此処にいる以上最低限頼んだ事をこなしていた事だけは明らか、少なからず問題も起こしたわけで無いのであれば余の預かり知るところではない』
どうやらティグリオンとグリオネールの親子仲と言うのは最早完全に冷め切っているらしい。
放任主義、そう言えば聞こえはいいが実際は勝手を繰り返すグリオネールにティグリオンが匙を投げたと言った所だろう。
『殿下は昨夕、我々と貧民街の小さな酒場にいました。我々は昨夕、本大会で表彰された者と私の仲間とで祝勝の宴を催しており、殿下も我々と共に祝っていたのです』
『…続けよ』
『我々の催した宴は最初は仲間内のみで始めた小さな宴でしたが殿下が伝言を伝えに来てそのまま宴に参加した所、気がつけば貧民街を挙げての慎ましやかでありながら大きな宴となりました』
『…何が言いたい』
話を続けるに連れてティグリオンの表情はさらに険しいものとなるが俺は臆さずに続けた。
『私の様な流浪の者が国の政に口を挟むのは実におこがましい事ではありますがこのガルマリア、一見中央だけを見れば華やかな街に見えるもののその実、貧困者を街の端へと追いやって隠しているだけなのでは?』
『…!…其方、余を愚弄するか!』
遂に怒りを露わにしたティグリオンは牙を剥き出して怒鳴りだすと、手に持つ笏丈を怒りに任せて投げつけた。
怒りに震え、投げつけられた笏丈が頰を掠め、俺の後ろを転がると宰相のドニがそれを拾い上げる。
『…陛下の御前であるからして…、幾ら成人前の子供と言えどこれ以上の陛下に対する暴言、我々も目を瞑らぬわけにはいかぬからして、弁えられよ』
『いえ、私は陛下を貶める積もりで言ったわけではありません。その代わりに殿下の名誉を守りたいのです』
『何…?』
ドニは拾い上げた笏丈を持って俺の横を通り抜けながら釘を刺すような言葉を残していく。
しかし全く意に介さず、笏丈が掠めた頰から流れた血を拭いながら俺は続けた。
『殿下は確かにこのガルマリアの街で自由奔放に過ごされている、ここまでは陛下の言葉と相違ありません。ですが私が見てきた殿下の姿は陛下の言われる様なただ自由を無為に謳歌しているだけと言ったものではありませんでした』
『…』
『恐らく陛下は殿下が政に興味はなく、問題さえ起こさなければと自由を許しているのでしょう、しかし殿下はその自由な立場を利用し、自ら進んで日々市井を見て回っています。特に街の端、貧民街については念入りに。殿下には既に次の代、それを見据えて為政者となる覚悟あるいは自覚を持っており、まだ大陸全体までは見切れはしていないものの、先ずはこのガルマリアの街の全てを知るべきだと、日々自らの足で市井を見て回っているのです』
グリオネール自身にとっては大きなお世話かも知れない。だが俺は彼の意思を皇帝に伝えて理解を得、彼が世界を見て回る機会を与えたかった。
『…陛下』
『…グリオネールをここに』
ティグリオンが指示を出すと、ドニは跪く近衛兵の一人を顎で促す。兵士が謁見の間を退出するとしばらくの間、この空間に沈黙が続いた。
聞こえるのはティグリオンの足音のみ。彼は俺の真横に来ると他の誰にも聞こえない様な声で小さくとある事を呟き、問答の続きを再開する。
『セオドアよ、一つ問おう』
『なんでしょうか』
『何故其方は我が息子、グリオネールに肩を入れる? 其方とあれは知り合って日も浅かろう。余には其方が何故あれに肩を入れるのか、見当がつかぬ』
『それは友達ですから』
『其方に見返りが無かったとしてもか? 仮にあれを旅に出したとして余がそれ以上の協力をしなかったとしたらどうする』
『友達の夢を叶える事に見返りを求める友達がいましょうか。仮にいたとして、それは心から友達と言える仲と言えましょうか』
ティグリオンは俺の返答を聞いて再び沈黙し、玉座を立つ。そして窓際に移動し外を見つめていた。
しばらくして謁見の間の沈黙を破り、扉が開かれる。
そこには先程の兵士とグリオネールの姿があった。
『謁見中に失礼。グリオネール・ルス・ガルマリア、陛下の命により参上いたしました』
グリオネールは堂々とした様子で口上を述べると、胸を張って俺の隣まで進み、跪いて最敬礼をする。
窓際からグリオネールを見て玉座の前に戻ったティグリオンは小さく手を挙げて"直れ"と言う仕草を見せるとグリオネールは跪いたまま最敬礼を解いた。
すると、直後ティグリオンが口を開きグリオネールに尋ねる。
『グリオネールよ、今しがた聞いた話だが、其方が日頃より市井を見て回っているのは誠か』
グリオネールが俺を一瞥する。恐らく"余計なこと言いやがって"とでも言いたいのだろう。
『…その通りです陛下、私は兵士長と言う立場もありまして治安維持であったり何かとこのガルマリアの街に出る機会が多い。その中でいろいろと市井を見て回っています』
『ふむ、まぁ道理だな』
ティグリオンの問いに対するグリオネールの返答は彼らしくも無い実に当たり障りの無い無難な内容になっていた。
『グリオネール、其方は武に秀でておる。余計なことは一切不用、政についてはレオナに任せ其方は兵達をまとめ上げていればよい。そうすればこの国は少なくとも其方の代までは安泰なのだ。故に其方はいずれ余に付いて他国の兵を見る程度で充分、世界を見たいなどと言う夢は捨てよ』
『…心得て、おります』
皇帝である父からの抑圧に対してグリオネールは内心不服ではあるのだろうが、彼は私を捨ててティグリオンの言葉に素直に頷いていた。
決勝の前、自分は勝って皇帝に実力を認めさせ、世界を見て回る旅に出るのだと豪語していたグリオネールはここにはいない。
俺に負けた事で自身を押し殺し、夢を諦めようとする獅子人種の男が跪いているだけだった。




