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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第八章:咆哮響くガルムス大陸
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第百十四話:祝勝の宴〜貧民街の大宴会〜

 闘技大会を終えて翌日、結局ティグリオンからの遣いは来ず、時刻は夕刻を回り、約束通り全員を連れてシェスカの酒場にやってきていた。

 

 朝目覚めると全身に激しい筋肉痛に見舞われ、日中を宿の中で過ごす羽目にあっていたが、アンリが只管献身的にケアに努めてくれたお陰で、夕刻にはどうにか普通に歩き回れる程には回復できていた。


 「おっと…もうそんな時間かい。いらっしゃい、まぁ狭っ苦しい店だけど中に入っとくれよ」


 シェスカの酒場の前で俺達を出迎えたのは酒樽を運んでいるシェリーだ。

 大会の打ち上げと言う名目の宴会を開く上で彼女の実家であるこの酒場に白羽の矢が立ち、彼女は大方シェスカに手伝わされていると言った所だろう。


 「手伝いますよ、中に運べばいいんですよね」

 「おいおい、主賓に手伝わせるわけにはいかないよ。アンタは先に店に入って座って待ってな。クリス、仲間達に手伝って貰ってもいいかい?」

 「ええ勿論です。皆さんやりましょう」

 『アルム、アンタも手伝っとくれ』

 『心得た』


 他の皆はシェリーに手伝いを頼まれ、俺だけが主賓だと言う事で店内へと案内される。

 店内ではカウンターの中でシガーウッドを燻らせながらグラスを磨くシェスカの姿が飛び込んでくる。


 『来たね。ま、座んなチャンピオン』


 シェスカに促され、俺はカウンターの席につく。

 カウンターの席からそれ程広くはない店内を見回すと、本来足りてないテーブルと椅子を大小異なる酒樽で代用している様だ。


 『すいません、突然のお願いで』

 『かまやしないよ。寧ろ普段から閑古鳥の鳴いてる店だ、こうして闘技大会のチャンピオンの祝宴に選ばれるなんて光栄なんて通り越して最早奇跡ってモンさ』


 シェスカは少し自嘲げに笑いながら話すと俺と同様に狭い店内を見回した。


 『いきなりなもんで準備を急いでたんだけどテーブルと椅子まで手配できなくてね、そこは勘弁しておくれ。ただその代わりちょっとだけいい酒を準備しといたから今日は好きなだけ飲んでくれて構わないよ』

 『えっと…代金は…』

 『気にしなくて構わないよ、全部娘が出してくれてる。アンタらは今日は何も気にしなくていいんだ』

 『えっ、でもあれはシェリーさんが自分で稼いだお金でシェスカさんの…』


 俺が話を続けようとするとシェスカが立てた人差し指を俺の口の前に添える。これ以上は無粋な様だ。


 『あの娘の稼いだ金はあの娘のもんだ、アタシのお金じゃないよ。手伝いはさせてるけどあれもあの娘が自分から言い出した事だ、だからアタシも何も言えなくてね』


 シェスカは大きく煙を吸い込むと深く真上に吐き出し、短くなったシガーウッドを灰皿に押し付けて火を消す。


 『母さん、あと外に四樽程残ってるけどどうする?』

 『もうそこにあるの全部でいっぱいいっぱいで奥にゃ入りきれないよ。残りは入り口の側にでも置いとこうかね』

 『あいよ』

 

 ぞろぞろとシェリーが俺の仲間達を連れてカウンターの奥へと酒樽を運んでいく。

 あっと言う間に酒樽の運び入れが完了し、最後に残った四樽もエリウッドとヴァイダの二人が軽々と持ち上げて酒場の入り口に並べられた。

 再三になるがシェスカの酒場は広くない。カウンターの中にいるシェスカとシェリーの母娘を除いても十人、カウンターには俺とクリス、アンリ、アリーシャが、元々あった店のテーブルにはエリウッド夫妻とタップ、アルムが座っている。また、酒樽で代用した即席のテーブルにはフォルクとクローディアが座っていた。

 どうにか導線は通っているがかなりギリギリの状態であり、その導線を塞げばどうにかあと一人入れるかと言った状況だ。

 全員が席に着き、一通り全員に飲み物が行き渡ると

シェリーがカウンターから出てきて即席テーブルの脇に一つだけ空いた椅子代わりの酒樽の上に立った。


 「じゃあ全員飲み物は行き渡ったね、ちょっと料理は遅れてるけどじきに揃う筈だ。今日はセオの祝勝会、皆遠慮なく食って飲んで、笑って騒いで、存分に楽しんどくれ」


 音頭を取るのはシェリー、今回は獣人語を使えない面々がいるせいか彼女は人語を使っていた。

 ヴァイダ達にはエリウッドが、シェリスにはクリスが通訳をしている。とは言え何となく皆シェリーが何を言わんとしているかは皆わかっているらしい。


 「それじゃあ皆、準備はいいかい? 乾っ───』

 『ちょっと待ったァーッ!』


 シェリーの乾杯の音頭を野太い声が遮る。そして店の入り口から、大きな体躯の男が入り口の扉を潜ってくる。

 それは俺が決勝で破った獅子人種の男だった。


 『グリオネール皇子!?』

 『ったく、明日の謁見の件を伝えに来たらこっちだってんでよ、急いで来たら面白そうな事してやがる』


 やってきたのはグリオネール本人、どうやらティグリオンの遣いとしてやってきたらしいが俺達が宴会を始めようとする場面に居合わせた様だ。


 『優勝者含めた入賞者が三人揃っといて俺だけ退けモンか?』

 『い、いや、そんなつもりじゃ…』


 グリオネールが暑苦しい顔を迫らせる。しかしその間にシェスカが葡萄酒を注いだグラスを滑り込ませるとグリオネールは驚いた様に顔を仰け反らせた。


 『ほら皇子、アンタの分だよ、だからセオを責めるのはやめな』

 『ンな積もりゃねェよ!言葉のアヤって奴だ、真に受けんなよ』

 「役者は揃ったし、わざわざもう一回言う必要はないね。それじゃあ…」


 各々が手に持ったグラスを掲げようとして今か今かと待っていた。


 「乾杯!」

 「カンパーイ!」

 『カンパーイ!』


 グラスのぶつかる甲高い音が盛大に響く。

 そして直後、全員がグラスに注がれた葡萄酒を一気に飲み干した。

 かくしてガルマリアでの長く騒がしい宴の夜が始まった。


 ーーー


 『…セオー、飲んでるかー?』

 「お、タップ。飲んでるとも!」

 『人語じゃわからねぇよ!』

 『ああ、悪い悪い…飲んでるよ。で、どうした? トイレか?』

 『ちげーよ!』


 酔いのせいかうっかり獣人語に人語で返してしまいタップに怒鳴られてしまう。

 

 『なー、どうやってセオは強くなったんだー? 人族ってだいたい獣人族よりは普通は弱い筈なのにさー』

 『よく食いよく寝てよく動けば強くなれるさ』

 『そんなわけないだろ!』


 冗談めかしてタップの問いに答えると彼は少し憤慨したように地団駄を踏む。


 『悪い悪い。まぁ俺の場合は剣術も魔術もいい先生がいたからかな』

 『えっ、その先生ってセオより強いのか!?』

 『ああ、多分まだ俺より強い筈だ。もう二年前か、剣術の先生ってのは親父でさ、家を叩き出された時に気を失うまでこっぴどくやられたよ。こっちは剣を使ってるのに素手で、さ。クリスも魔術使ってるのにこう…ズバーッと剣でかき消されてたっけ…。とにかくとんでもない強さだったけど、あれでもまだかなり手加減してた筈だ』

 『セオとクリスで手も足も出ないなんて冗談にしか聞こえないや』


 タップは父アルフレッドの話を聞いて全く想像もつかないと言った様子だ。

 彼は天井を見上げて顔を顰めながら早々に中身を酒からミルクに切り替えたジョッキを傾けている。

 俺も左手で頬杖をつきながら、右手の葡萄酒の入ったグラスを傾けていた。


 ーーー


 「痛たた…流石にエリウッドさんには敵いませんわね…」

 「流石に野牛種のパワーはすごいね。やる前から勝てる気がしないよ」

 「だが女性ながらにその膂力は大したものだ」

 「ああ、女で野牛種にいい勝負ができるなんてそうはいないよ」


 即席の酒樽のテーブルでは何人かが集まり腕相撲に興じていた。今いるのはエリウッドとアンリ、フォルクとレフェリーとしてシェリーがいる。

 酒樽の隅には銅貨と銀貨が積まれており賭けで賑わっていた。

 どうやら先程までグリオネールもその輪にいたらしいがエリウッドが勝った事でチャンピオンが入れ替わった様だ。


 『なんだい、アンタら面白そうなことしてんじゃないのさ、アタシも混ぜな!』


 そう言って腕を回しながらやってきたのはエリウッドの妻ヴァイダだ。

 彼女も女性ではあるが野牛種の獣人、力には自信があるのだろう。

 ヴァイダは右肘を樽の上に置いてエリウッドの大きな手を握る。傍目から見ればヴァイダの倍はあるエリウッドの腕だ、勝負はもはや見えている。

 

 『妻とは言え手は抜かんぞ…!』

 『望むところさ、負けたからって泣くんじゃないよ!』

 『じゃあ行くよ…レディー…ゴー!』


 シェリーの合図と共に酒樽のテーブルが割れる音が店内に響く。空樽だった為、大惨事にはならなかったがそれを見ていた全員が目を皿の様に見開いていた。


 『まだまだアタシに勝つには十年早いね、出直してきな!』


 圧倒的なパワーでヴァイダはエリウッドを下していた。もとい、ひっくり返していた。

 見る者は皆、自分の目を疑っていただろう。

 ヴァイダの腕は女性としては確かに太いがその倍はあるエリウッドをねじ伏せるどころか、彼の体は彼女のパワーで浮き上がり、あろう事か宙を舞ったのだ。

 全員がまさかの事態に呆気にとられており、勝ったヴァイダはジョッキの葡萄酒を喉を鳴らしながら飲み干すと颯爽とその場を去って行った。


 「冗談みたいなパワーの持ち主ですわね…」

 「ああ…」

 「アンタの奥さんが闘技大会出てなくて安心したよホント…」

 「も…元戦士長ヴァイダ、戦士から離れてなお…、い…未だ衰える気配無し、…か」


 凄じい決着に腕相撲大会はヴァイダの優勝に終わり、その後新しい空樽のテーブルで静かに酒を煽るエリウッドを一緒にいた三人が慰めていた。


 ーーー


 『じゃあグリオネール皇子、これは行けますか!』

 『たりめェだ!そらっ!』

 『む…高さがあるな。だが私も…とうっ!』

 『よっし俺も…とあっ!…熱っちゃちゃちゃちゃっ!』

 『ああっ、激流砲(スプラッシュキャノン)ッ!』


 酒場の外ではクリスとグリオネール、アリーシャ、クローディア、アルムが周りの一般人やグリオネール付きの兵士を巻き込んで宴会芸大会を始めていた。

 クリスは魔術で炎の輪を作り、それをグリオネールやアルム達が飛び潜るサーカスの猛獣使いの様な真似をしていた。中には炎に突っ込んでしまう者もいたがすぐにクリスが水魔術で消火していた。


 『いいぞ淫魔種(サキュバス)の姉ちゃん!色っぺーぞ!』

 『脱げーっ!脱いでくれーっ!』

 『うふふふ、お兄さん、なんならもっと近づいてもいいのよ?でもお触りはナシで、ね?』


 クローディアは全員が酔っている状況もあってか普段は隠している背中の翼を文字通り伸ばしており、妖艶な踊りを披露している。

 彼女の踊りは周りの男衆の目線を釘付けにしており、さすがは淫魔種といったところか、種族を超えて男を虜にする技術はピカ一だ。


 『こっちの姉ちゃんすげえぞ!酒豪たちをもう十人抜きだァッ!』

 「んっ…んっ…ぷはっ。ふふ、まだまだ量のうちじゃありませんよ?」


 アリーシャはどうやら獣人族の酒豪たちを相手取って飲み比べの様だ。彼女の足元には既に酔い潰れた獣人族の男達が積み重なっている。

 相変わらず彼女の酒の強さは異常としか言い様がない。


 ーーー


 小さな店で始まった宴会はいつしか周囲の店や人々を巻き込み、入れ替わり立ち代わり人がやってくる度に酒樽や酒瓶が差し入れられ気がつけば道路すらも使っての大宴会となっていた。

 店の内外からは手拍子や笑い声、たまに怒声も聞こえるが酒の席での喧嘩だ、明日になれば笑い話となっているだろう。潰れた人々のいびきも混じっている。


 腕相撲大会は外に移動し、多数のリングが設けられ大盛況だ。勿論そのトップにはヴァイダが君臨しており、エリウッドは丁度百敗目を喫した所で、その度に酒樽が割れて残骸の山が出来上がっている。


 グリオネールはクリスの作った土槍(アースグレイブ)の上で丸まったアルムの上に乗り、玉乗りの様な曲芸を披露しており、その側ではヴァイダが出した酒樽の残骸で即席のステージが組み立てられ、クローディアのセクシーダンスが披露されている。

 即席ステージの周囲は実に賑わっており、笑い声や歓声が絶え間無く上がっている。

 

 フォルクは得意の弓で芸を披露し、シェリーが投げたリンゴや空いた酒瓶を次々と撃ち抜いてグリオネール達と共に周囲を沸かせている。

 空いた酒瓶は勿論隣で既に飲み比べで二十五人抜きを果たしたアリーシャが空けたものだ。


 アンリはというと酔い潰れた人々を介抱して回っており、道の脇には潰れた人々が並んで横たわっている。実に甲斐甲斐しい彼女らしい行動だ。


 俺の隣ではタップが既にカウンターに突っ伏し、よだれを垂れて寝息を立てていた。シェスカはもうひと段落と言った所か、あるいはもう諦めたのか、グラスを磨くのをやめてシガーウッドから出る紫煙を燻らせながら葡萄酒の瓶を片手に外の様子を眺めている。

 俺はというと、シェスカと同様、既に酒を飲むのをやめて水の入ったグラスを片手に宴会の様子を眺めていた。

 すると隣の空いた席に音も無く座る女性が現れる。

 その女性はグリオネールのお付きである近衛兵、ノアールだった。


 「セオドア様、少し騒ぎ過ぎでは?」

 「まあ確かに。でもみんながこうやって楽しんでいるのを止めるのも無粋ってヤツじゃないですかね。大会の後の後夜祭って事でここはひとつ見逃してもらえませんか? ほら、グリオネール皇子だってああやって楽しんでいる事ですし」


 側にあった未開封の葡萄酒のボトルの栓を開け、グラスに注ぎ、ノアールの前に差し出す。

 彼女は静かに小さく頭を下げ、グラスを手に取ると、これまた静かにグラスを傾けていた。


 「ところで、皇子は皇帝陛下の伝言を伝えられましたか?」

 「へ? あ、いや…」

 

 最初は彼が来た時に一瞬脳裏をよぎったが、彼があまりにすんなりと宴会の中に入ってきていた為、結局聞かずじまいだった。それ以上に俺自身も完全に失念していた。

 ノアールは俺の返事を聞くと両手で顔を伏せてしまった。


 「全く…あのお方は…」


 ノアールは顔を伏せたまましばらく何かを呟いていたが、一通りこぼし終えると顔を伏せていた両手をカウンターテーブルに叩きつけて立ち上がる。

 そして言葉を発しようと息を吸った瞬間、ノアールは自分の背後の気配を察し口を閉ざして背後を振り返った。


 『よう、つい宴会ではしゃいで本来の目的を忘れちまってたよ。いや、ただはしゃいでたワケじゃねェンだが』


 ノアールの背後に立ったグリオネールは頭を指先で掻きながらぶっきらぼうにそう言った。


 『と、いいますと?』

 『柄じゃねェのはわかってンだがよ、一応は次期皇帝って立場だ。一為政者になる身である以上まだ大陸全体とは行かねェがこのガルマリアの一から十くれェは知っとかねェとよ』

 『街頭調査、ってトコですね』

 『ま、そういうこった』


 グリオネールは少し顔を赤くしている。それが酒によるものか、照れからくるものなのかはわからないが、彼の言い訳を聞いたノアールは納得したのか、小さな溜息を一つ、それ以上グリオネールが追及される事は無かった。

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