第百十二話:金剛の剣は砕けない
鍔迫り合いの状態からお互いに間合いを切ると、すぐ様グリオネールは身体を縮小させて、獅子となり飛びかかってきた。
振り上げた爪を警戒して身構えるも、彼は攻撃に出ず、今度は人の身体に姿を変える。
「くっ…眩しいっ!」
近場で変身された事で発生した眩しい光によってグリオネールの姿を見失ってしまった。しかし、背後から悪寒を感じた俺はすぐに前に飛び込み後ろを振り返ると、腕を振り抜いたままの獣人の姿のグリオネールが忌々しそうに此方を見ていた。
すぐに切り返して騎士剣を突き出すと彼の頰を掠める。しかし伸びた腕を掴まれるとその勢いのまま放り投げられてしまう。
空中で体勢を入れ替えて結界の壁を蹴り、再び剣を振りかぶると人の姿に変わったグリオネールが大きく跳躍する。
「だったら…"土槍の庭"ッ!」
グリオネールの着地点に尖った土の槍を無数に生やす。
その内の一つを掴み勢いを止めて落ちてくるグリオネールの行動を注視していると、彼は空中で巨大化を始め、魔物の姿で降ってくる。
硬質化した彼の身体に土槍では歯が立たず、真下に生やした土槍の大半をへし折り、地響きと共に着地する。
「今だッ!」
グリオネールの着地の隙を狙い、再び飛びかかる。
彼は巨大化した事で瞬発力が失われ、右腕を振り下ろして迎撃しようと試みるが間に合わず空振りしてしまう。
迎撃をすり抜けた俺は剣を振りかぶり、右肩にあたる部分を斬りつけて彼の後方へと飛び抜けて行く。
「当たった…けど浅い…!」
グリオネールに斬りつけはしたが、グリオネールの体躯は巨大であり、幾ら長尺の騎士剣と言えど彼にとってはせいぜい果物ナイフで深く切った程度の傷しか与えられていない。
『チッ…痛ェじゃネェかッ!』
グリオネールは後ろに抜けて行く俺を見ると、後脚を振り上げた。
「…!うわっ!」
後ろ向きに脚を突き出し強烈な蹴りが飛んでくる。
身体を捻って回避を試み、どうにか直撃は避けたものの僅かに間に合わず、彼の蹴りは俺の肩を掠めていた。
グリオネールの巨躯から繰り出された蹴りは強烈そのものであり、幾ら掠めたと言えど全力の拳を食らった程の衝撃が肩を走る。そしてその衝撃で叩き落とされると地面を数度跳ね転がり、滑る様に着地した。
「…くっ、痛み分けか!…ッ!?」
立ち上がりグリオネールの方を向くと既にグリオネールは人型になり距離を詰めてきていた。
そして回避する間も無く首を掴まれてしまう。
『漸く捕まえたぜ…!』
左手でグリオネールの腕を掴み抵抗するが、彼の左腕は万力の様に俺の首をしっかりと掴んで離さない。
『…このまま一気に決めさせて貰うッ!』
グリオネールの右腕から繰り出される掌底が俺の腹を打つ。掌底から鎧越しに衝撃が通り抜け、俺は口から血を吐きながら吹き飛ばされていた。
「ううっ…ぐはぁっ!」
『まだまだっ!』
吹き飛んだ俺を追い、グリオネールが走り込む。
蹴り飛ばされ、爪に斬られ、その度に吹き飛び、五度の攻撃を繰り返すとグリオネールはトドメを刺す為に巨大な魔物に姿を変えながら迫ってくる。
「ぐぐッ…ハァ…ハァ…!まだ…やれる…っ!」
鋼鉄化と超越の加護の力でどうにか耐えた俺は剣を杖にして立ち上がる。しかしそこには巨大化したグリオネールの拳が迫らんとしていた。
もう避ける余裕はないが、まだ反撃はできる。最大の危機にして最大の好機がやってきていた。
覚悟を決めて騎士剣を腰に、居合の構えで迫り来るグリオネールの拳を引きつける。
『何ヲ仕掛けテくるツモりか知らネェが…そレごと打チ砕いテ終イだッ!』
『ハァ…いや…"ダイヤモンドは砕けない"さ…!』
目の前を覆う様にグリオネールの拳が迫る。
人の身体大程もある巨大な拳が俺の身体の正中を捉える様にグリオネールは拳を振り抜こうとしていたが、それに臆せず極限まで全神経を剣を握る右手に集中させる。
『ウォらああアアァァァァッ!』
『そこだッ!"属性斬撃"…・"金剛環"ッ!』
回転を伴い振り抜いた剣の閃きがグリオネールの振り下ろしてくる拳を、更には身体を支える手足さえも通り抜け、剣速に圧倒されたグリオネールは動けずにいた。
振り抜いた剣を纏っていた魔力が昇華する様に霧散すると、俺は抜き身の剣を持ったまま動きを止めたままのグリオネールの股下を抜けて行く。
そして彼の身体の下を抜けて背中の鞘に剣を納め、鍔が鞘に打ち付けられる音が鳴ると同時に止まっていた時が動き出したかの様にグリオネールが言葉を漏らす。
『…マジか…油断しテタ積もリハ無かッタが…』
グリオネールがそう呟いた瞬間、彼の拳の手の甲からゆっくりとずり落ちる。
そしてそれと同時にグリオネールの左の手首と両足首がゆっくりとずれると振り抜いた右腕に引っ張られる様に斬られた左手と両足を残したまま転倒し、斬り口から流れた血を残しながら滑るように崩れ落ちた。
ティリスは俺達の最後の攻防に腰を抜かして尻餅をついていた所為で、斬撃の軌跡から僅かに下にいた為、髪を少し斬られただけで済んだようだ。
『…流石にもう手足が生えてきたりはしませんよね?』
両手両足を斬り飛ばされたグリオネールに声をかける。いつの間にか元の獣人の姿に戻っていた彼は顔だけをこちらに向け、諦めた様に表情を崩していた。
『そこまで俺は化け物じゃねェよ。…しかし参った、まさに文字通り手も足も出ねェ。…悔しいが、お前の勝ちだ、セオドア』
グリオネールが負けを認めると腰を抜かしていたティリスが慌てて立ち上がり、マイクを拾う。そして大きく息を吸い込むと結界が解け観客席が姿を現した。
『グ…グリオネール皇子が敗北を宣言ッ…!決勝戦を制したのは…弱冠十四歳の海を越えやってきたアトラシアの少年剣士、セオドア・ホワイトロック選手ッ!よって本大会、優勝はセオドア・ホワイトロック選手に…決まりましたァッ!』
ティリスの決着宣言と同時に俺の身体に疲労が一気に押し寄せる。
足から力が抜け、尻餅をついてしまうがまだやるべき事が残っている。まだ倒れるわけにはいかない、顔を上に向け、俺は大声を出すために息を吸い込んで目一杯肺を膨らませる。
「クリィーーースッ!」
優勝が決まり観客達のどよめきをかき消す勢いで妹の名を叫ぶ。
闘技場内を駆け抜けた俺の叫びは沸き立つ観客席を静まり返らせ一瞬だけ静寂を産み出した。
「はいっ、兄様!」
すぐに最上階の王族用の観客席から返事が返ってくると、観客席からふわりと白いドレスに身を包んだクリスが飛び降りた。
クリスは落ちながら右手に緑色の光を湛えると、着地の瞬間に地面に向けて風魔術を放ち、爆風を巻き起こした後、静かに着地した。
「兄様、今すぐ治療を…」
「いや俺は後でいい、先にグリオネール皇子の方だ。まだ手足が斬れてから時間が経ってない。クリスの治癒魔術ならくっつく筈だ」
クリスは素直に頷くと突然現れた自分に呆気に取られているティリスを向く。
『ティリスさんでしたね? グリオネール皇子の手足の治療をします!手伝ってくださいっ!』
『えっ? あっ、は、はいッ!』
ティリスが切断されたグリオネールの手足を集め、彼の元に持ってくる。
グリオネールの身体を二人で仰向けにしてティリスが両手を、クリスが両足をそれぞれ彼の手足の切断面と合わせると、クリスが両手から淡い光を放つ。
『おいおい…、ホントに治んのか…?』
『ティリスさん、そのまま固定していてください。グリオネール皇子はそのまま動かないでくださいね? …"集中治療"!』
クリスが治癒魔術を発動させるとすぐに手足の切断面が繋がり始め、それ以外に俺がつけた傷も塞がって行く。
数分もしない内に傷は完全に塞がり、付着していた血液を拭い去ると手足の切断面も跡形もなく繋がっていた。
『おお…治るモンだな…』
グリオネールの手足が治癒魔術によって接着し、手足を結んでは開き、元通りになった事を彼は驚いていた。
そして俺とグリオネールが入場してきた門が音を立てて勢いよく開かれると、そこからぞろぞろとガルム帝国の兵達が入ってくる。
『そこの女、動くな!決着が着いたとは言え闘技場内への侵入は大会に出場している戦士以外は堅く禁じられている!』
兵士の一人、他の兵士よりも少しだけ装飾が施された鎧に身を包む獣人族が声を張り上げる。
確かグリオネールが兵士長を務めていた筈だ。だとすれば副長あたりかあるいはその中の部隊長あたりだろう。
その男が手を振ると兵士達はグリオネールの治療を終えたクリスを引き剥し、俺とクリスを取り囲んだ。
「兄様!」
「落ち着くんだクリス、彼らは帝国の兵士、抵抗しない方がいいだろう。…大丈夫だ、別にやましい事は何も無いし胸を張っていていい」
少し困った様な顔を見せるクリスに落ち着く様に言い聞かせ、グリオネールの方を向く。
『…何を話してたかしっかりとはわからねェが、なんとなくわかったよ。…全員整列!』
『…は、はっ!』
グリオネールは俺とクリスの会話を察し、俺達を取り囲んでいた兵士達に号令を飛ばすと彼らは困惑しながらも隊長らしき男を先頭に横一列に整列した。
そしてグリオネールがゆっくりと立ち上がると兵士達は再び困惑する。
『お前ら、俺の手足がくっついてて驚いてるみてェだが見ての通りこれはこのお嬢さんの治癒魔術のおかげだ。決着が着いた後すぐにそこでへばってるセオドアが呼び出して俺の治療に当たってくれたわけで別に大会を妨害しにきたわけじゃねェ』
『は、はぁ、…ですが』
『わかったらとっとと下がれ、それと…』
グリオネールが手を払い兵士達に退場する様に促すとクリスに向き直る。
『お嬢さんも治療してくれたのはありがてェが…決着が着いたとは言えまだ大会中だ、改めて礼を言いに行かせて貰うけども今は一旦出て行ってて貰えるか?』
グリオネールにそう声をかけられたクリスは小さく頷くと俺に治癒魔術をかけて一礼し、退場する兵士達の後を追っていった。
クリスの治癒魔術で傷は跡形も無く塞がったものの、限界を超えて超越の加護の力を使っていた俺は立ち上がれずにいた。
兵士達とクリスが退場し再びティリスを除いて二人きりになった闘技場でグリオネールは頭を掻きながら近寄ってくる。
『ったく…これじゃあどっちが勝者かわかりゃしねェな…よっこらせっと』
『…わっ』
グリオネールが疲弊しきり未だ立ち上がれずにいる俺を見かねたのか、片手でひょいと担ぎあげる。
『あ…えと…すみません…』
『気にすんな、それより優勝者がそんなザマじゃ締まらねェよ。おいティリス、閉会式は少し繰り上げだ、少し場繋いどけ』
『ええっ!? そんな無茶苦茶な!』
『半刻から一刻ぐらいだ、どうにかしろ』
『…わ、わかりましたよ…』
ティリスを残してグリオネールは俺を担いだまま闘技場を後にする。
グリオネールの肩の上で力無く揺れていた俺は遂に疲労からくる睡魔に耐え切れなくなり、ゆっくりと瞼を閉じていった。




