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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第八章:咆哮響くガルムス大陸
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第百八話:グリオネールの願い

 『おおそうだ、そういやセオドア、お前を呼んだ理由を思い出したッ!』


 完全に出来上がり、上機嫌のグリオネールが俺の首に腕を回す。

 俺も最初の一杯以降は控えめに飲んでいるつもりだったが流石に酔いが回ってきており、ついついグリオネールが俺を一人指名して呼んだであろう事など失念してしまっていた。


 『お前さん、優勝した時の願いって何だ?』


 グリオネールから問われる唐突な質問。それに対して俺は答えあぐねていた。

 なにせ、唐突に出場が決まった上に、目の前の試合の事で一杯一杯だったからだ。

 何が願いだと聞かれても当然思いつく由も無い。月並みな願いであれば金や道具と言った所だろうか、しかし旅の資金についても困るほど切羽詰まってはいないし、そもそもそれなりに高額の賞金がある。

 武器や防具についても元々使い慣れた物の方がいいのは間違い無いし、ドルマニアン諸島で充分に強力な装備を新調したばかりだ。

 他にありがちな願いで言えば不老不死みたいな願いもあるだろうが少なくとも俺は肉体はこちらのものと言っても魂は異世界からの異邦人だ。いつか帰る事になるとすれば時代に取り残されるセオドアが不憫だろうし、第一、そんな願いは国にどうこうできるレベルの願いではない。


 即座に思いつきそうな物はまず現在必要としない物ばかりであり、それ故に俺はグリオネールの質問に答えあぐねていた。


 『…あぁ、そうだ。俺達は今旅をしているんですが、その旅の全面的な後押しをしてもらう、なんてのはどうですかね? 例えば船を手配してもらったり、街に到着したら宿を手配してもらったり、何ならガルム帝国の名前を使わせて貰う、それだけでも充分です』


 不意に思いついた事がこれだった。過度な干渉は困るが少なからず国レベルの後ろ盾があるのは非常に心強い。

 関所や大陸の移動についても国がバックについていれば手続きや面倒も少なくて済む。滅多な事さえしなければ大抵の事はまかり通る様になるのだ。


 『何だ…? 何つーか…欲がねぇな…』

 『そうだよねぇ…。一生帝国に養って貰ったり、ハーレムを築いたり、そんな願いを言ったっていいのにさ』

 『いや聞いてきたのそっちじゃないですからねっ!? 俺はそのまま質問に答えただけですからねっ!?』


 グリオネールとシェリーは俺の返答に呆れている様子だ。

 とはいえ暫定的な願いだし、実際に優勝してからふと考えが変わるかも知れない。もう少し吟味を重ねるのはアリだろう。


 『じゃあ逆に聞きますけど皇子の願いって何なんですか?』

 『俺が欲しいのは…"自由"だ』


 聞き返した質問、グリオネールはそれに対してあっさりと即答する。


 『"自由"?』

 『ああ、もっと広い意味での"自由"だ』


 俺は思わず聞き直してしまう。

 お忍びではあると言っても、これだけやりたい放題にやっているグリオネールに対して俺は疑問を覚えずにはいられなかった。


 『今でも充分自由そうに見えますけど…』

 『ああ、傍目にゃそう見えるだろォなァ。だがそいつァこの帝都ガルマリア、良くて大陸内に限る話だ』


 グリオネールが表情を曇らせて、タンブラーの火酒(フレアリキュール)を空ける。


 『これでも俺ァこのガルム帝国の次期皇帝だ。一応異母兄弟はいくらでもいるが正室の息子は俺だけでな、だからこの国って檻の中じゃあ好き勝手やらせて貰えてるが目の届かない場所にゃ行かせては貰えんのさ。気付いてるかは分からんが今も近くで目付け役のノアールがこの話を聞いてるだろうし、例えばここで俺が命の危険に晒される事になろうモンなら血相変えて店に飛び込んで来るはずだ』


 グリオネールは自分の生い立ちや立場を椅子で船を漕ぎながら話す。

 檻の中での自由は奔放な彼にとっては窮屈な世界の中での自由であり、真の自由には決して届きはしない事に他ならなかった。


 『勿論、立場は弁えてる。皇族の直系男子である以上、皇帝に就くってェ義務は避けられん。あと二十年もしねェ内にその義務はやってくる。その運命は受け入れてるつもりだが…、その前に少しだけでもいい、俺は世界を見て回りてェんだ』


 空いたタンブラーを握るグリオネールの大きな手に力が入り、震えているのがわかる。

 俺もシェリーも、シェスカも静かにグリオネールの話に耳を傾けていた。

 皇族の直系男子に生まれたが為に決定付けられた運命。頭では受け入れてるつもりだが心はそれに反しているが為にグリオネールは苦悩していた。


 『セオドア、お前に謝らなきゃならねぇ事がある。俺はお前を利用させて貰ったンだ』


 グリオネールは俺に向き直り、深々と頭を下げる。


 『俺にとっちゃセオドア、お前がこの時期にガルマリアを訪れた事は僥倖としか言えなかった。外の大陸からやってきた冒険者、ドルマニアン諸島で赤龍(レッドドラゴン)を倒したパーティーを率い、直近じゃ小巨獣(ベビーモス)を単独で斬り伏せた。若くして実力のある人族、力を示すのにゃ丁度いい手合いだ。だから俺はお前になんとしても闘技大会に出て貰う為に俺は部下を使って一芝居打ったンだ』


 なるほどこれで合点がいく。帝国の兵士がなぜあんなおおっぴらに詐欺紛いな事をしていたのか、タイミングよくグリオネールがそれを止めに来たのか、さらに突然闘技大会への出場を打診してきたのか。

 全てはグリオネールの指示であり、自由を勝ち取る為の大芝居だったのだ。

 だがなぜこのタイミングで打ち明けたのか、その意図については解りかねる。


 『我ながら女々しい限りだがよ、こうやって枷でもつけとかねェと外の大陸でもやっていけるかって不安が拭えねェんだ。そンでいまお前に話した理由は騙して利用し続けるのが申し訳なくてな、謝っときたかった、そういう訳だ。お前に負けるか、お前が勝ち上がれなかったならスッパリ諦めるつもりだったがセオドア、お前は勝ち上がってきた、謝ると同時に感謝してる。決勝は全力で俺と戦ってくれ。頼む、この通りだ』


 グリオネールは椅子から降りて胡座をかくと、両の拳を床につけて首を垂れる。


 『オイオイ、いいのかいグリオネール皇子。仮にも次期皇帝が一介の冒険者に頭下げて頼み事なんてサ』


 シェリーが険しい顔で足を組むと低い声でグリオネールに問いかけるがグリオネールは頑なに首を垂れた状態のまま返事を返す。


 『構うもんかよ。俺は今、皇子としてじゃなく一人の戦士としてセオドアに頼んでンだ。街の隅の酒場でこんなボロを着て飲んだくれてる皇子がいるもんかよ』


 グリオネールの姿勢は変わらない。素行こそやや荒っぽいのだろうが、彼は皇子である前に一人の男であり、端的に言えば真っ直ぐな性格だ。

 彼は皇帝である父に自身の力を示し、外の世界でやっていける事を認めさせたい。そして納得させた上で国を出ようと画策していたのだ。


 『…つまり、全力である僕を破って国を飛び出す事を皇帝陛下に認めて貰おうと、そういう事ですか』

 『そうだ、全力でなきゃ意味がねェ。手心を加えようってんなら俺はお前を許さねェからな』


 グリオネールの瞳はくっきりと見開いている。覚悟、あるいは決意、その感情がその瞳に宿っているのがわかる。


 『…わかりました。そういう事なら皇子が僕を倒して国を出るという計画、全力で阻止するつもりで行きます。もし負けても恨まないでくださいね?』

 『ああ、望むところだ!』


 俺はグリオネールが差し出してきた大きな手を強く握り返した。


 『ふふ、青臭い友情って言うのかねぇ。見ててむず痒いったらないけど嫌いじゃないよ』

 『こらシェリー、茶化してやるんじゃないよ。本人達は至って本気だからね。…そんな事よりアンタいい男の一人でもいないのかい? そんなんじゃいつまでたっても孫の顔も見れやしないじゃないか』

 『う、うるさいね!そんなに婆さんになりたいのかい!? 』

 『お、なんだ? 近衛の奴でいいなら紹介してもいいぜ? 俺程じゃねェが腕は立つし、この国じゃ十分高給取りだ、悪くねェぞ?』

 『話のわかる皇子サマじゃないかシェリー、せっかくだから紹介してもらいな。こんないい話なかなかあるもんじゃないよ』

 『皇子も母さんもバカばっかり言ってんじゃないよ全く!』


 夜も更けてすっかり人の通りも疎らになった帝都の隅、その中でも特に寂れた小さな酒場。今日は周りの何処よりも賑やかな笑い声が響いていた。


 ーーー


 決勝の前日、俺は朝から帝都ガルマリアから少し離れた砂漠を訪れていた。

 加護による超強化をより使いこなす為にシャルディンに助言を求めると、「ならば砂漠に行け」と言われた為だ。


 「なぁシャル、もっとあの加護の力のリスクを減らせないのか?」

 「…無くは無い、が、一朝一夕で簡単に得られるものではない」


 シャルディンは魂の中で静かに俺の質問に答える。


 「"超越の加護"は持ち主の本来の力を無理矢理限界以上に引き出す諸刃の剣。相応のリスクを負う事は予め説明していた筈だが?」

 「それはそうだけど…。全開にすれば直ぐに効果は無くなるし、その後の戦闘もまともに動けやしないし、どうにかならないもんなのか?」


 顔をしかめてため息を吐くシャルディンの姿が頭の中に浮かぶ。


 「やれやれ…、よく聞けカムイよ。"超越の加護"をもっと上手く使いこなす方法は二つだ。まず一つ、"超越の加護"で引き出す力を常にコントロールする事だ。加護の力を全開にしている間は凄じい速度で体力を消耗するのはわかっていよう? ならば動く時にだけ瞬時に全開にし、止まる時は逆に加護の力を使わなければいいのだ」

 「成る程、アイドリングストップを心掛けろって事か」


 頭の中でシャルディンが一瞬首をかしげる。シャルディンには俺のいた世界の事は知らない以上、当然の反応だ。


 「そのアイドリングストップとやらはよくはわからんが、理解はしているか。カムイ、お前はまだまだ加護の力の使い方に無駄が多いという事だ」

 「そっちについては解った、これは練習あるのみだな。で、あともう一つの方法ってのは?」

 「己を更に鍛える事だ。己が強くなれば今の全開の時との力の差は縮まる。そうすれば自ずと加護の力を全開にせずとも今の全開時よりは消耗せずに済むだろうよ」

 「結局相対的な話じゃないか。期待して損したよ全く…」

 「言ったであろう、一朝一夕で簡単には得られるものではない、と」


 屁理屈とも言えるシャルディンの回答を聞いた俺はがっくりと肩を落とす。

 詰まる話が"超越の加護"を繰り返し使って使い慣れながら鍛えろということだ。


 「一挙手一投足、その全てに集中するのだ。ただ走るにしても足を蹴り出す一瞬一瞬だけ加護の力を使う、それだけでも随分と長持ちする様になる筈だ。それを忘れるな」

 「ああ、そう言う事かって…それめちゃくちゃ難しくないか!?」

 「そう言う事だとさっきから言っているのだが?」

 

 一挙手一投足それぞれを意識しながらとは言うが、全ての運動に意識を傾ける事は容易ではない。

 例えば走ると一言で言っても左足で地面を蹴れば右足も当然前に出さなければいけない。腕も振る必要がある。更には前に出した足でその衝撃を受け止めては今度は逆を意識する必要があるのだ。


 「ったく、簡単に言ってくれるな…!」


 シャルディンに言われた事を意識して地面を蹴る左足に意識を向け、全開の力で砂地を蹴る。

 爆発的な推進力で蹴り出した体が勢いよく前へとすっ飛び、俺は体勢を保てずに砂の海へと頭から突っ込んだ。


 「うえっ…ペッペッ、口に砂入った…。岩場だったら頭ぶつけて死んでたぞ…!」

 「だから砂漠に行けと勧めたのだ。ここの砂は柔らかい。全力で地面を蹴っても砂が負担を和らげてくれるし、今の様に転倒しても大事に至らん」

 「くそっ、口の中と髪の中は大惨事だけどな…うわっぷ…!」


 それから昼までは一人で、昼からはクリスと合流して疲れ果てるまで"超越の加護"を使って走り込みを続けた。

 走っては転倒し、時には魔物を撃退してはまた走る。擦り傷を作ってはクリスに治してもらい、最後には漸く転倒する事なく走り切れる様になっていた。


 「はあっ…はあっ…やっとコツが掴めた…」

 「お疲れ様ですカムイさん。…帰ったらまずはお風呂ですね」

 「ああ、もう身体中砂でザラザラしてるし…、口の中は砂の味しかしないしな…」


 クリスに手を引いて立ち上がり、ふと頭を掻くと髪の中からパラパラと砂粒が際限なく落ちてくる。ここまで砂塗れになった事は元の世界でも無いと思える程だ。

 気がつけば日も落ち始め、砂漠の向こうは夕陽で赤く染まっていた。


 「…そんなに疲れて明日の決勝は大丈夫なんですか?」

 「ああ、幸い"聖龍神(シャルディン)の加護"のお陰で怪我や体力の回復は早いしな、明日の決勝までには回復し切る筈だ。付き合ってくれてありがとうな、クリス」

 「…兄様の身体でそんな事を耳元で囁くのは反則です…!」

 「うわわっ…うぷっ…!」


 クリスの耳元で礼を言うと、彼女は急に顔を赤らめて立ち止まる。

 そのせいでバランスを崩した俺は再び砂の海へ頭から突っ込んでしまった。


 「ははは、カムイくん。なんならクリスと付き合えばいいじゃないか」

 「ペッペッ…バカ言え、中身の表側は俺でもお前の身体だぞ?」

 「ちょっ、今のは兄様ですね!?」

 「ははは、ごめんごめん、そうだったね。でもクリスも満更じゃないみたいだよ?」

 「兄様ァッ!」

 「ぉブッ!?」

 「ハッ…!カムイさんごめんなさいっ!」


 唐突に現れたセオドアがクリスをからかうと、クリスもクリスで真に受けてしまい、顔を真っ赤にすると同時に俺に強烈な平手打ちを見舞ってきた。

 セオドアが平手打ちを食らう瞬間、魂に引っ込んだ為、俺だけが平手打ちの犠牲となってしまう。


 「カムイさん…!カムイさん…!…しっかりして下さいっ…!」

 「アイ…ツ…、覚え…てろ…」


 セオドアへの恨み節を呟きながら俺の意識は彼方へと消えてしまった。

 

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