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-転生奇譚- リンカネーションストーリー  作者: 彼岸花
第八章:咆哮響くガルムス大陸
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第百六話:砕ける鎧

 俺の胸を目掛けてアルムの長い爪が迫る。

 体勢を崩した俺に最早回避できる余地はない。


 『これで詰み(チェック・メイト)だっ!』


 赤い血が流れ落ち、闘技場の土の地面に赤い染みができる。

 避けることは出来なかったがアルムの爪を左腕で受ける事で致命的な攻撃を受ける事はできた。


 『む…左腕を捨てたか…!』

 『漸く、漸くだ…!今、…準備ができた!"大吹雪(グランブリザード)"ッ!』


 魔術を発動させると闘技場内が寒気に包まれる。

 限界まで威力を抑えて放った大吹雪は雪を降らせる事もなく、大気を冷やし始めていた。


 アルムの爪を受けた左腕を引き抜くと、極端な温度の変化にアルムは体を震わせていた。


 『冷気…? この程度の冷気で私の体力が奪えるとでも思っているのかね?』

 『…思っちゃいないさ。あくまでこれは下準備、勝つ為の布石だ』


 身を刺すような寒さにお互い体を震わせながら言葉を交わす。


 『"治療(キュア)"』


 高度な治癒魔術を使う暇は与えてはくれない。そうと考えた俺は止血の為に最低限の治癒魔術を使う。

 左腕から滴る血は止まったものの痛みはくっきりと残っている。更に冷気が左腕の痛みを際立たせていた。


 『何を企んでいるのかは分からんが、それを簡単に許す程私は寛容ではない。恐らく、いや、間違い無くそれを許せば君は勝つ。君もそう確信しての行動に違いあるまい?』


 アルムは確認する様に俺に問い掛ける。だがそれは俺が頷かずとも既に確信を持っているかの様な問いだった。


 (寒さに弱いならこのまま弱るか動きが鈍くなる筈だが一見そんな様子はない、か…)


 アルムは動きを鈍らせる様な素ぶりも見せず、再び鋭い爪を用いて攻撃を仕掛けてくる。竜人の剣を手放していた俺は腰に挿していた鞘から白銀の直剣を抜き、アルムの攻撃に対応する。

 旅立つ前に父アルフレッドから餞別に貰った剣だが、特別な力も鉱石も使われていないこの剣ではアルムに振り下ろしても傷を負わせるどころか刃こぼれすら起こしかねない。

 しかし、アルムの爪を受けるだけなら充分耐えられるだろう。

 彼の鋭い爪は殺傷能力の高い攻撃ではあるが、彼の鱗甲程の頑強さも強靭さも無く、威力そのものは低い。


 『どうした、攻めないのかね? そうやって耐えた所で何になる? 攻めなければ私に一方的に攻撃されるだけだぞ?』


 わかりきった挑発には耳を貸さず、攻撃を捌きながら一歩ずつ、否、半歩ずつ程ではあるが、自身の剣へと近付く。

 そして攻撃を受けている内に唇が乾いていくのを感じ始める。

 雪の降らぬ程度の寒気、それに加えて元々乾季であるガルムス大陸の気候条件だ。あっという間に空気が乾燥していき、唇が乾き始めている。


 (そろそろだ。早く剣を…!)


 地面に突き刺さった剣の前にアルムが立ちはだかっていた。

 アルムは俺の想像する勝利への過程を本能的に感じ、いち早く嗅ぎ取っては行く手を阻む。

 剣は目の前だがあと一歩が及ばない。


 『悪いが、君にこの剣を再び握らせるつもりはないのだよ。私の鎧を以ってしても刃こぼれすらしない剣だ。握らせれば決着が長引いてしまう』


 アルムはそう言いながら体を丸め始める。しかし今度は全身ではなく腕だけを伸ばしたまま。

 鋭く長い爪が伸びる腕だけを残したまま球体へと姿を変えたアルムが横回転を始める。


 『まさか…!』

 『そのまさかだ。君をこの剣に近づかせる訳にはいかないからね』


 回転する球体となったアルムの体が僅かに浮く。

 低空飛行を始めたアルムは宛ら丸鋸でも取り付けた大型のボウリング玉だ。

 そしてアルムは動き始める。


 高速で飛来する丸鋸が俺に襲いかかる。

 幾ら彼の鱗甲より柔らかい爪と言えど、銀の剣と渡り合う程には硬く、加えてこの速度の回転だ、このまままともに受ければ刀身ごと断ち斬られてしまうだろう。


 『そこだっ!』


 浮いた事で僅かに出来た地面とアルムの爪の間に体を滑り込ませる。

 伸びた前髪が僅かに斬られるが五体満足、傷一つ負うことなくアルムをすり抜ける。


 『今の内にっ…!』

 『そうはさせんと、言った筈だ』


 自身の剣に手を伸ばすが、すり抜けた筈のアルムが丸鋸の形態のまま、目前に落ちてくる。

 アルムの声が聴こえた瞬間、咄嗟に手を引いた事で事なきを得たが、そのまま手を伸ばしていれば右腕が無くなっていただろう。

 縦回転で落ちてきたアルムは地面を抉りながら再び立ち直り、剣の前に浮き上がる。まだ近付けはしない。


 (待てよ…、竜人の剣にあの状態で触れればアルムは爪を失う。…ならアルムは剣には触れられない筈だ。それに今は横回転、上下に対しては無防備だ)


 突如舞い降りた閃き、剣に辿り着く妙案が浮かぶ。

 乾いた地面の砂を手に握り、アルムの上からかかるように投げつける。

 牽制にもならぬ砂かけだ、アルムは意に介することなく剣の前で回転を続けている。


 『無駄だ。その様な子供騙しにもならん事はやめたまえ』

 『ああそうだな、じゃあそろそろ後ろの剣、返してもらう!』


 アルムの乾いた笑いを含めた言葉に短く返しながら剣に向けて走り始める。両手には土魔術の魔力を練りながら。

 俺は大きく跳躍して前方転回の体勢で飛び込み、地面に両手を付く。


 『上から…!無駄だと言った筈だっ!』


 アルムが俺を追おうと僅かに浮き始める。しかしその瞬間、両手に練っていた魔力を解き放つ。


 『かかったな!"土壁(アースウォール)"ッ!』

 『…ン何ィッ!?』


 アルムは俺が上をすり抜けていくものと誤認して上に注意を向けており、下からの地面の隆起に気付くのが遅れる。

 俺自身を囮とした行動に踊らされ、動揺の声を発しながら隆起する地面に押し上げられていく。

 俺はと言うと前方転回の体勢から肘を曲げ、そのまま飛び込み前転の形で地上を転がると竜人の剣へと辿り着く。

 父の剣を鞘へと納め、再び竜人の剣を構えると上空へ押し出されたアルムが俺を斬り裂かんと回転を伴って落ちてくる。


 『してやられたよ!だが私にはこの鎧がある!まだ負けたわけではない!』

 『その攻撃もこっちの剣なら受けられる!』


 アルムの丸鋸のような攻撃が竜人の剣とぶつかる。

 火花が散るが、アルムの回転は見る見るうちに速度を落としていく。やがて完全に止まるとアルムの鋭く長い爪は短く削れてしまい、とても斬り裂いたり突き貫ける様なものではなくなってしまっていた。

 攻撃を受け止められたアルムの一瞬の隙を突いて、腕を掴み、地面に叩きつける。


 『今だ、"地縛縄(アースバインド)"!』

 『ぐぬっ…動けんっ…!』


 アルムはうつ伏せのまま、地面から生えた土の縄に縛られ手足をばたつかせて振り解こうと藻搔いている。その間に俺はアルムの鱗甲を破る為、両手にそれぞれ異なる属性の魔力を練り始める。

 

 『ぐ…魔術か…だがこの体勢ならば…!』


 アルムはうつ伏せのままで拘束されており、頭から背中、尻尾にかけて後背部のほぼ全面が鱗甲に覆われている。故に今の状態のアルムへの攻撃は殆ど意味を為さない。

 アルムの鱗甲は鎧などとは異なり、上から着ている様なものではない。本人の身体の一部、例えるなら皮膚の様なもので、非常に硬くはあるが突破口が無いわけではない。


 両手に練っているのは火属性と風属性の魔力だ。両手に練り上げた魔力、手を合わせて更に融合させる。

 火属性と風属性が融合した魔力を解放させながら、ゆっくりと手を離すと両手の間には高熱を孕んだ小さな風の塊がうねりを上げている。


 『いくぞっ、"炎熱風(ヒートブロウ)"ッ!』


 俺の両手から放たれた熱風の塊が拘束されているアルムの眼前に着弾する。

 着弾した熱風の塊が渦を巻いて爆散し、うつ伏せのまま拘束されたアルムを焼き払う。


 『ぬ…うっ…!ぐ…ううっ…!』


 高熱の風が土の縄とアルムを纏めて焼き、あっという間にアルムを縛っていた土の縄は焼かれた砂に変わり風に攫われていく。

 熱風に晒されたアルムは未だ健在で喉や眼を焼かれぬ様に固く閉じており、熱風が収まるのを待って耐えていた。


 『ふふ…どうやら耐えきれた様だ。そして失策だったな、せっかくの拘束が解けてしまったようだよ』


 熱風が収まり、再び寒気が闘技場全体を包む。

 土の縄による拘束から解放されたアルムがゆっくりと立ち上がると反撃の為に再び体を丸め始める。


 ──ミシッ。


 微かに聞こえる何かが軋む音、この音こそ俺にとって、作戦が前に進んでいるという何よりの証拠だった。


 『爪は失ってしまったが君はまだ私のこの攻防一体の体当たりを攻略した訳ではない。私がこの体勢を崩されない限り、君に勝利は無いっ!』

 『確かに…でもその攻略は着実に進んでいる。攻略ももう時間の問題さ。…"魔力付与(エンチャント)雷牙(サンダーファング)"』


 アルムが丸めた体を回転させ始め、それに対して俺は剣に雷属性の魔力を付与してアルムの攻撃に備える。

 高速回転するアルムが弾丸、否、砲弾の様に俺へと迫る。身体を逸らし、紙一重で躱しながら雷を帯びた剣を振り抜く。

 

 『ぬおおっ…!』


 すれ違いざまにアルムは電撃を受けて驚いた声を上げるが、やはり丸まった体勢は解いてはいない。

 勿論、剣に宿らせている雷も本来なら十分相手の身体を焼く程の威力だがアルムの鱗甲はある程度の耐性を持っているのだろう、痺れて驚く程度の反応しか返ってこなかった。


 『少し驚いたが…私の鎧を貫く程ではない様だな。君は多彩な属性の魔術を扱う、我々獣人族には無い戦い方だ。私も久しぶりに楽しめているよ』

 『それはどうも、俺もこの大陸に来て初めて獣人族と戦ったけど想像以上のタフネスに驚いてますよ』


 薄く笑うアルムに戯けた様に答えるが、内心はあまりの攻撃の通らなさにヤキモキしていた。

 俺が一回戦や二回戦で戦った相手はそう言ったことは無かったが、シェリーを始め、ドルマニアンで共闘したライ、シェリーと戦っていたヴァーミエリもそうだ、実力のある獣人族は手痛い攻撃を受けてもそう簡単には倒れない。

 今戦っているアルムにしても彼の鱗甲に阻まれている所為もあるが、まだまともに攻撃を与えてダウンさせられてすらいないのだ。


 『…見た所、君はまだ全力の攻撃を温存している様に見える。その様な半端な攻撃では私は倒れんよ。君は物事を合理的に進めていくタイプだ、だとすればこうやって周りの温度を下げた事も何らかの意味を持っているのだろう。だがなかなか上手くはいかないからそうやって歯噛みしている。違うかね?』


 ──見透かされている。

 歴戦の戦士であるアルムはここまでのやりとりで俺の思考の傾向、狙い、その凡そを理解していた。

 少なくとも今考えている決勝に向けて手の内をあまり晒したくないと言う考えの範疇ではアルムには通用しない。

 奥の手までは晒す訳にはいかないが少なくとも博打とならない範囲での全力を尽くさなければ彼に隙を生み出させる事は出来なさそうだ。


 『来たまえよ、君の全力の攻撃に対して私は全力の防御で応えよう。いつまでもダラダラと決着のつかぬ戦いを続けても周りも興醒めだ。それで決着としようじゃないか』


 アルムはそう言ってやや前傾姿勢となり両腕を顔の前にして防御の構えを取る。全身に力を込めており、彼の鎧である鱗甲も心なしか隆起している様に見える。

 全身を鎧で覆われており、防御の体勢に入ったアルムに隙はない。避けるつもりも見られず、本気で此方の攻撃を全力で耐える腹積もりだ。

 どうやらこの防御を真正面から崩さなければ俺の勝利は無いのだろう。

 雷を帯びた剣を構え、前のめりになったアルムの頭を狙う。


 『さぁ来たまえッ!』

 『ハアアアッ…!』


 剣を握る右手に力を込めると手の甲に魔方陣が浮き上がる。帯電した騎士剣を湧き上がる力を使って目一杯引き絞ると、アルムが守りを固める頭頂部に目掛けて突き出した。


 『…"属性斬撃(エレメンタルスレイ)ッ!・"雷穿(ライトニングピアス)ッ!』

 『ぐッ…ぬわぁッ!』


 アルムの頭部の鱗甲に騎士剣の切っ先が当たるとアルムはそれを受け止める。しかし、間髪入れずに騎士剣から放たれた雷の槍がアルムを貫いた。

 彼の鱗甲は魔術に対する耐性を持っているとは言え、先の電撃とは比べ物にならない威力の放電を受けるとアルムは感電して身体が弛緩し、防御の体勢を崩していた。


 『ぬっ…ぐぐっ…だがっ…させんっ…!』


 無防備な腹が一瞬露わになるが、アルムは再びうつ伏せになって弱点の露出を防ぐ。


 『まだまだ…!"二連詠唱(ダブルスペル)…"紅炎(プロミネンス)ッ!・"絶対零度(アブソリュートゼロ)ッ!』

 『ぬううううっ…!』


 うつ伏せになったアルムの背中に高温の炎と極低温の冷気が突き刺さる。そしてその更に上から痛む左腕も添えて両手持ちで渾身の力を込めた騎士剣を振り下ろした。


 『ぬおォッ…!』


 騎士剣がめり込んだアルムの鱗甲に亀裂が走る。その亀裂から次々に亀裂が伸びるあっという間に鱗甲全体に広がった。


 『おお…うおおおおおおッ!私の…私の鎧がッ…!』


 アルムの雄叫びと共に鱗甲が砕け始める。

 破片がこぼれ、分厚い鱗甲がガラガラと音を立てて崩れていく。そしてその隙間からは赤い血が流れ出していた。


 『…ハァ…ハァ』


 鎧が砕け散り、傷だらけのアルムの背中が露わになる。

 アルムは息も絶え絶えではあるがまだ倒れてはいない。

 俺もまたほんの数秒間、短時間とは言え全力を出しての攻撃で騎士剣を杖代わりにしてどうにか立てている状態だ。


 『はぁ…はぁ…ゲホッ…、これでもまだ…倒れてない…』


 先程のアルムと交わした勝敗条件、敗北が一瞬脳裏を過る。しかしアルムは俺を凝視すると構えを解いた。


 『ふふ…いいや、君の勝ちだ…。私は唯一の武器であり、防具でもある鎧を砕かれた…。ゲホッ…アレは上から着るような鎧じゃない…。鎧鼠種特有の甲殻の様なもので我々の身体の一部だ…。アレを砕かれては我々鎧鼠種は戦えん…。しかし、最後の振り下ろしの一撃、本来ならば受けられる一撃と見ていたのだが…』

 『…最初の一撃でまず金属の鎧ではない、そして龍種や竜鱗種の様な鱗ではないと判りました。…だとすれば…皮膚や体毛が甲殻の様に変わった物…、仮に皮膚だとすれば…乾燥した状態で何度も急激な温度変化に晒されれば一気に脆くなる。その状態で繰り出した一撃です』


 アルムにこれまでの攻撃の意図を離すと、納得したと言う表情で口元を上げる。


 『成る程…な。このガルムス大陸は寒い地域はほんのごく一部…、温度変化という概念の薄い我々にとっては…気付き様の無い事だ…。外の大陸から来た者ならではの発想という訳か…ガフッ…!』


 アルムが血を吐きながら片膝を着く。しかしその表情はどこか満足げだ。


 『君は…見た目の幼さとは裏腹に…随分と賢いようだ…。決勝でどんな戦いをするのか…楽しみだ…。グリオネール・ルス・ガルマリア、彼には、注意したまえ…。あの男の力は…底が見えん、それは君にも言える事だが…。彼自身の身体能力もさる事ながら…、不穏な空気を感じ取る彼の嗅覚、それこそが…一番厄介…なの…だ…』


 アルムはそう言いながら、膝をついたまま項垂れる。

 鱗甲の剥がれた背中が痛々しく映るが、満足げで穏やかな表情を浮かべたまま、彼は燃え尽きていた。


 『試合終了ォッ!準決勝第二試合を制したのはセオドア選手ッ!前半はアルム選手の鉄壁の防御に苦戦しておりましたが多彩な魔術と剣技で徐々に押し返し、最後は堰を切ったような怒涛の攻撃でアルム選手の象徴と言える鎧の様な甲殻を砕き決着ッ!これで決勝で戦う二名が出揃いましたッ!三日後の決勝戦、果たして勝つのは我らがグリオネール皇子か、それとも人族の剣士セオドア選手かッ!? 』


 ラヘアの実況が聞こえて我に返り、試合が終わった事に漸く気付くと、アルムに一礼し、疲れ切った身体を引きずりながら担架で運び出されるアルムを背に闘技場の門を潜り抜けて選手控え室へと退場した。

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