第百五話:堅守の獣戦士
『さぁ会場の皆さんお待たせしましたっ!間も無く準決勝第二試合目が始まろうとしていまっす!東ゲートには前回大会の優勝者、アルム・アルマーニ選手、一回戦、二回戦とその堅い守りで相手を寄せ付けておりませんっ!準決勝でもその堅い守りで圧倒するのかっ!対する西ゲートでは人族の魔剣士セオドア・ホワイトロック選手が既に剣を抜いておりまっす!一回戦、二回戦と剣は抜いていたものの、殆どを体術と魔術による多彩な攻撃で相手を圧倒してきておりまっす!堅い守りと巧みな攻め、対称的な両選手の戦いが間も無く始まりまっす!』
ラヘアの実況が終わると同時に結界が起動し、闘技場と観客席とが隔離される。すると、対戦相手であるアルムが俺の前まで歩み寄ってきた。
『私は鎧鼠種の戦士、アルム・アルマーニ。獣人族の戦士として正々堂々勝負させて貰う』
そう言ってアルムは手を差し出してきた。
『ええ、獣人族の戦い方とは異なるかも知れませんが、お互い全力で戦いましょう』
そう言って俺はアルムの手を握り返す。
堅く握手を交わし、再び元の位置へと戻るとティリスが俺とアルムの顔を伺う。
『それでは準決勝第二試合目、試合開始ッ!』
ティリスが大きな声で試合開始を告げる。
アルムはまず此方の出方を窺うつもりか、守りの体勢のまま俺を見据えている。ならば此方も小手調べだ。
『…"石弾"!』
魔術で生み出した無数の石の弾丸が飛礫となってアルムを襲う。
しかし、身体を丸め、両腕の装甲で胴体を守るアルムは全く動じない。
飛んできた石飛礫を弾きながらアルムはじりじりと間合いを詰めてくる。
『その程度の攻撃では私は動じんよ。さぁどこからでもかかってきたまえ!』
アルムは腕の装甲の隙間から顔を覗かせ此方を挑発している様だ。
『勿論、その防御を抜かなきゃ勝てませんからっ、"火炎放射"!』
今度は両手から炎を放つ。すると炎がアルムに届く瞬間、アルムは更に丸まり高速で回転を始めた。
高速で回るアルムの身体は迫ってくる炎を弾くと、回転を続けたまま移動を始める。
最初はゆっくりと、次第に速度を上げて俺を撹乱するかの様に縦横無尽に動き回る。
『ふふふ、さぁこの速度、どう対応するのか見せてくれたまえ!』
周囲を高速で動き回られるが、これも凡そ想定していた動きだ。
再び土属性の魔力を両手に練り始める。
『"土壁"!』
両手を地面に当て、無数の土の壁を次々に地面から隆起させる。
(さぁどう動く…?)
アルムは隆起していく土壁を直前で真横に避けたり、急停止、急発進を繰り返して転がりながらながら躱していく。
しかし壁を真横に避けた先に隆起した土壁がアルムを捉え、上空へと打ち上げると、追撃の為に土壁を駆け上がり自身もアルムが落ちてくる空へと跳び上がる。
打撃はまず効果はない。斬撃も効果は薄いかも知れないが物は試だ。
騎士剣を振りかぶり落ちてくるアルムへと思い切り振り抜いた。
騎士剣は丸まったアルムを捉えたものの、斬れた感覚は無い。
丸まったまま吹き飛んだアルムは地面から生えた土壁を突き抜けて地面へと叩きつけられた。
『ふっふっふ…流石に驚いたよ。全ての人族がこうというわけではないだろうが、これ程の大規模な魔術を惜しげも無く使ってくるとはね』
アルムは丸まった状態を解くと特にダメージを負った様子も無く、よく舌を回している。
やはり彼の丈夫な鱗甲の前には剣による攻撃も意味を為さない様だ。
『さて、今度はこちらから攻めてみよう』
アルムはそう言って再び丸まると不規則に右へ左へと振れながら猛スピードで接近してくる。
縦横無尽の移動が出来る相手だ、回避は意味を為さない事は容易に想像でき、防御の為に騎士剣を構える。
所詮は体当たり、受け止めて弾けば問題ないと考えていた。
予想通りアルムは丸まったまま最終的に俺目掛けてその硬い体をぶつける為に突っ込んでくる。しかし、アルムはここで予想外の動きを見せてきた。
アルムは俺のかざした剣にぶつかる寸前、丸まり状態を解いたのだ。
『予想外、と言った顔だね。逆にこちらは予想通りだったがね!』
アルムは不敵に笑いながら、鱗甲に覆われた腕を振りかぶると、俺の顔面を目掛けてその腕を突き出した。
「うわああっ!」
不意を突かれ、剣による防御が間に合わず、勢いに乗った拳が俺の頰を直撃する。
手痛い一撃を受け、頭から吹き飛ばされると、自身で作り出した土壁に俺自身も叩きつけられる。
『ふふん、どうかね。私も防御一辺倒、というわけでもないのだよ』
アルムはさも得意げに鼻先付近から伸びた髭を摩りながら爽やかな笑顔を此方に向ける。
その得意げな顔が勘に障るが、流石に前回大会の優勝者と言うだけあって寸前の状況対応力は認めざるを得ない。
『痛てて…口切ったか』
口の中に血の味が広がる。殴られた時に口の中を切ったらしい。
血の混ざる唾を吐き、無数に生やした土壁を崩しながら立ち上がる。
強烈な一撃だったが、頰に残る痛みと口の中の傷、それと多少の擦り傷のみ、大したダメージではない。
『ほう、子供ながらに頑丈な体を持っている。大抵の戦士ならばこれで十分大きなダメージなんだが…いや、素晴らしいと言うべきだろうね』
『この程度、二年前に受けた親父の鉄拳制裁に比べたら軽いもんだ』
アルムの攻撃はスピードに乗っていれば確かにそれなりのダメージはあっただろう。しかしこの攻撃は俺の虚を突く為に丸まった状態を解除しており、殴る寸前で勢いが死んでいた。その為、見た目には派手に吹き飛ばされたが攻撃そのものの威力は比較的軽かった。
『ならば何度でも食らわせてあげよう!さぁ覚悟したまえ!』
アルムは再び丸まると強固な鱗甲で覆われた球体となり、高速回転をしながら移動を始めるとそのまま不規則に曲がりながら俺に向けて突っ込んでくる。
(さっきは最初から剣の腹で受けようとして防御の隙を突かれた…。なら今度は反撃も視野に入れる…!)
騎士剣の刃を突っ込んでくるアルムに向けて防御の体勢を取る。
もし先程の様に防御だけを考えたならば先程の二の舞だ。今度は反撃も視野に入れており、不意を打って殴りかかってくるのであれば斬りつけられる筈だ。
『刃を向けている様だが、…刃こぼれには、気をつけたまえよっ!』
アルムは鱗甲の鎧による全身の防御を解く事なく、俺の向けた刃に躊躇なしに飛び込んでくる。
激しい回転を加えたアルムの体当たりは俺の騎士剣の刃にぶつかると激しい火花を散らした。
『しっかり受けたまえよ!刃で受ける以上、少しでもズレようものなら当たってしまうぞ?』
アルムが半ば楽しそうに俺の騎士剣の刃を押しながら声をかけてくる。
挑発の言葉を聞き流し、刃を押し返す。地に足がついている分、押す力はこちらが上回り、アルムの体を弾き返した。
『はあぁっ!…何っ!?』
『まさかこれで終わりとでも思っていたのかね?私は何度でも、と言った筈だぞ?』
弾き返したアルムは地面に着地すると直ぐに捻りを加えた回転を始め、再び体当たりを敢行してくる。
刃で体当たりを受け、押されては押し返し、それを何度も繰り返す。
最早根比べの様なやり取りを十数度も繰り返し、尚もアルムは同様の攻めを続けている。
そしてその時は遂にやってきた。
アルムの体当たりを受ける刃が流れる。
球体になったアルムの上部分に刃が当たり、下方向に弾くと地面を跳ねて今度は懐へと潜り込まれてしまう。
アルムの体当たりを受け損ねて身体が泳いだ俺の無防備な腹にアルムが突っ込んでくる。最早回避は間に合わない。
咄嗟に剣を地面に突き刺して放棄すると、後ろに飛び退いて突っ込んでくるアルムを受け止める。
『ぐっ…ううっ…!』
抉りこむ様な回転を加えたアルムの体当たりを受け止めた衝撃が体を走り、踏ん張った左足が地面を抉る。
七、八歩程の距離を押されつつもアルムを抱え込んだが、そこでアルムは鱗甲の鎧で固めた防御を解くと、再び腕を引いて殴りかかってきた。
一度見た動きに引っかかる程、頭に血は登っておらず、体を逸らしてアルムの拳を躱すと、足を振ってアルムの体へ反撃の蹴りを繰り出す。
だがそれも、アルムの腕の鱗甲で受け止められ距離を取られてしまう。
『ふふ、惜しい惜しい。さて、君の剣は私の後ろにあるが、丸腰で私の攻撃を受けきれるのかね? 大怪我をする前に諦める事を勧めておくが、どうするね?』
『冗談、大したダメージは受けてないし、寧ろここから巻き返すさ』
アルムの問い掛けに即答すると、不敵な笑いを返してくる。
『やはりな。…だがっ、勿論此方も巻き返しなどさせるつもりはないっ!』
再び丸まって体当たりを仕掛けようと回転を始めるアルム。
まずは剣、それが無ければただでさえ堅い守備を誇るこの男にダメージを与える事は敵わない。
俺はアルムの後ろの地面に刺さる剣に向けて走り出した。
(直接攻撃はまだダメージにならない…、鎧鼠種という事はアルマジロ、あるいはそれに近い生物だろう…。確か高温多湿を好む生物…だったらっ!)
突き刺していた剣に向けて走りながら、威力を調整した魔力を練る。俺はアルムがアルマジロの特性を持った獣人族だというあたりをつけて氷魔術を発動する準備を始めていた。
『何やら胸騒ぎがする。何かしようと考えているのだろうが、そうはさせんよ!』
発動されれば不利となる魔術の行使に勘付いたアルムが突っ込んでくる。
直撃を貰えば魔素の流れを乱される。剣の回収も急がなければならない。
俺の手の内の全てを知っている訳はないが、戦士の勘とでも言うのだろうかアルムは目の色を変えて俺に迫ってきている。
アルムから繰り出される体当たりを屈み、飛び越え、体を逸らして回避する。
今準備として魔力を練っている魔術は本来の威力よりもかなり抑えている。
威力を調整した魔術は通常よりも魔素を魔力へと練り上げる際に繊細な調整を要する。特に威力を抑える場合は尚更だ。
魔力を練り上げるのに意識を向けながら更に回避も同時に行う、相手が弱かったり足止めをしてくれる仲間がいる時は特に問題無いが、一対一で更に相手が実力者となると途端に難易度は跳ね上がった。
『くっ…!うわっ!…おっと!ちっ…!』
直撃こそまだ貰ってはいないが、時に掠ったり体勢を崩しそうになったりと、危ない状況に陥りかけており、アルムの猛攻を前になかなか剣には近づけてはいない。
『そろそろ止まって貰わねば困る。その魔術の発動も剣の回収もさせてはならないと本能が感じているのだ』
アルムは腕の鱗甲の裏、指の先から隠していた長い爪を伸ばす。
そこから更にアルムの猛攻が苛烈になり始めた。
これまで体当たりと殴打と言った打撃攻撃が目立ったが、アルムが隠していた攻撃手段は鋭く長い爪を使った斬撃だった。
(もう少し…もう少しで魔術の発動が出来る…!剣の回収はそこからでも遅く無いはずだ…!)
苛烈を極めるアルムの攻撃に無数の傷を負いながらも魔素を少しずつ練り上げていく。
攻撃を回避しながら魔力を練り上げていくと地に足をつけた瞬間にバランスを崩して足を止めてしまう。
当然ながらそんな隙をアルムが見逃す筈がない。
『捉えたぞ!ハッ!』
アルムの右腕が迫る。体勢を崩した俺にはその攻撃を回避する余裕は無い。
俺は覚悟を決め、息を飲んだ。




