第百四話:戦いの求道者
グリオネールその剛腕でシェリーの腹を刺し貫く。
勿論グリオネールの眼にもそう映っていたが、グリオネールは違和感を感じていた。
手応えなし──。
振り抜いた腕には血の一滴も付着しておらず、刺し貫いた筈のシェリーが揺らいで消える。
『シェリス選手直撃っ…!? いや、シェリス選手、なんとグリオネール皇子の攻撃を受けた様に見えましたが突然煙の様に姿を消しましたっ!』
音も無く姿を消したシェリーを探してグリオネールが辺りを見回すが、彼女の姿は見当たらない。
『─陽炎』
グリオネールの背後に飛び降りて来たシェリーが炎を纏わせた鉤爪をグリオネールの背中に振り下ろす。
完全に虚を突かれたグリオネールの背中に鉤爪の一撃が直撃し、大きな傷を与えると同時に鉤爪の炎がたてがみへと燃え移る。
『グアッ…!熱ッ熱ッ…!』
『シェリス選手の奇襲がグリオネール皇子に襲いかかったぁっ!グリオネール皇子、今大会初めて相手からの攻撃によって身体を地につけましたっ!そしてシェリス選手はさらに皇子に攻撃を仕掛ける模様っ!』
グリオネールは鉤爪の攻撃そのものには一瞬堪えたものの、鉤爪が纏った炎がたてがみに燃え移り、消火の為に地面を転げ回る。
勿論シェリーもこの絶好の機会をただ指を咥えて見てはおらず、転げ回るグリオネールに対して追撃を始めていた。
『ウッ…オッ…危ッ…ねェッ!』
刺突、振り下ろし、斬り上げ。シェリーの猛追をグリオネールは転がりながら紙一重で躱すが、まだまだシェリーの攻撃は終わらない。
『そらそらそらそらァッ!』
『熱ちッ!…くっそ…、痛てッ!…おわッ!』
次第にシェリーがグリオネールを捉え始める。
守勢に回らざるを得なくなったグリオネールは立ち上がれないまま必死にシェリーの攻撃に耐えていた。
『ハァッ!』
『グッ…ウッ…!』
シェリーの蹴りがグリオネールの身体を吹き飛ばす。
だがその為に間合いが切れ、グリオネールは空中で体勢を整えて漸く両足の裏が地面に着いた。
しかし、シェリーは間合いが離れても尚、攻める手を止める気は無い様だ。
『流石に獅子人種、しぶといじゃないか。これならどうだい? …"火爪"ッ!』
シェリーは鉤爪から発生する炎の火力を上げ、立ち上がったグリオネールに向けて鉤爪を振り下ろす。
火力を増した鉤爪から放たれた炎が爪の形になり、津波の様にグリオネールに迫っていた。
『シェリス選手の猛攻ッ!グリオネール皇子、辛うじて耐えていましたがここでシェリス選手の鉤爪から放たれた巨大な炎が皇子を襲うっ!このまま決まってしまうのかっ!?』
シェリーの鉤爪をかわし続けていたグリオネールは迫り来る炎を前に今度は避ける様子は無く、両手を広げて仁王立ちになり、大きく息を吸い込んでいた。
『ぬぅーん…破ァッ!』
大きな声とと共にグリオネールが胸板を膨らませると同時に炎の津波がグリオネールを飲み込む直前、弾ける様に霧散する。
弾けて消えた炎の津波の向こうでは力技で強力な攻撃を打開され、シェリーが呆気に取られ立ち尽くす。
それに対してグリオネールは両手を腰に当てて笑い始めていた。
『こ…これは…グリオネール皇子、シェリス選手の放った炎をなんと気合だけで弾き返したのでしょうか…!場内唖然…!高らかに笑い声を上げているのはグリオネール皇子ただ一人です…!』
『ガーッハッハッハ!いやァ危ねェ危ねェ、その鉤爪、あんな使い方も出来たんだな!鉤爪から出てくる炎からは魔力を感じるが…まぁさっきの幻影はまた違うモンだろ? あの幻影からは魔力は感じられなかったからなァ』
シェリーが眉を動かす。グリオネールはただの一度、シェリーの攻撃を受けただけで攻撃の正体を見破っていた。
グリオネールは豪快な一撃を振り回すだけの戦闘狂ではなく、強靭な肉体を持ちながらも冷静に相手を分析する事の出来る戦いの求道者だった。
『俺は魔術の資質は無ェが自分自身を鍛える内に身体の中の魔素を操る方法を見つけてな、身体の魔素を操って魔術の防御を破る攻撃方法や魔術による攻撃を防ぐ方法を見つけたンだ。そのついでか知らんが、ごく近くの魔力や魔素を嗅ぎ分けられる様になってなァ、さっき攻撃を仕掛けて来た時にわかって不思議に思った事があンだが…』
見破られている──。
その事実がシェリーの脳裏をよぎる。
別にシェリー自身は弱いわけではない。それなりに頭も切れ、猫人種ならではの身のこなしを存分に活かした戦闘能力は充分に強力で本人も普段から身体を鍛えている事もあり、並の獣人種ではまず太刀打ち出来ない程度には強い。
しかし、今回の相手は猫人種の上位とも言える獅子人種だ。
もし相手が何も鍛えていない獅子人種なら兎も角、それこそ一種の極致に達した様な人間だ。
ここまで赤龍の鉤爪の力を用いて騙し騙しグリオネールとの戦闘を続けてきたがそれも看破されてしまっている。
口先だけでは無い、彼女は本能でグリオネールが陽炎を既に見切っていると理解していた。恐らくもう一度敢行した所で今度は自分が致命的な一撃を見舞われる。そんなビジョンが彼女には見えている。
鉤爪の力も今後は通用せず、純粋な戦闘能力でもまず勝ち目はないだろう。
更にもう一点、シェリーが抱えていた問題がグリオネールの口から告げられる。
『…アンタはどうも多少は俺と同様に身体の魔素を操る力を得ている様だが、やはり俺と同様、魔術の資質も無いし魔素総量も大した事は無ェ。なのにあんだけの魔力を使った攻撃が仕掛けられると言う事は十中八九、その鉤爪に魔術の資質や魔素総量の低さを補う性質があるんだろうな。ただ、魔術は当然身体の魔素を消費するモンだ。どれだけ魔導器で魔力を増幅できようとあれだけの魔術に相当する攻撃だ、魔素の消費が無い、なんて事も無いはずだぜ?』
グリオネールの指摘は正確そのものだった。
短時間に鉤爪による炎を用いた攻撃を繰り返したシェリーの顔色は悪く、大した攻防を繰り広げた訳でも無いのに既に肩で息をする程に消耗していた。
そうしている内にシェリーの人獣化が解除され始め、元の姿へと戻っていく。
『魔光珠による人獣化、一見俺達の身体能力を引き上げる変身能力には見えるがその実態は魔光珠を媒介にした魔素と引き換えの肉体の活性化だ。魔素が切れりゃあ勝手に解除されらァな』
グリオネールは人獣化が解けて尚も疲労困憊と言った様子のシェリーを見ながらそう告げる。
するとシェリーは身に付けた鉤爪を手放し、地面に座り込んだ。
『ハァ、全部お見通しってワケかい。たった一度見ただけで全部見破られるとは大した洞察力だね、帝国最強の名は伊達じゃなかったって事だ』
『お褒めに預かり恐悦至極、鉤爪を外したって事はもう終わりかィ?』
『ああ、アタシの負けだ。もうこれ以上動けやしないし、大ケガする前に降参しとくよ』
『そうか。まぁ俺も戦いは好きだが、かといって無闇矢鱈と相手を傷付けたいワケじゃねェ。こういう形の決着も悪か無ェモンだ』
シェリーはお手上げとでも言うように鉤爪を手放した右手を振り降参の意思を示した。
『あぁーっと、ここでシェリス選手からギブアップが告げられた様ですっ!最大の攻撃と思しき巨大な炎の津波でしたが、皇子に防がれた事で勝てないと悟ったのかっ!? 前半ではほぼ互角の様に見えましたが結果としてはグリオネール皇子がシェリス選手の猛攻を凌ぎ切り、勝利を収めた形となりました!これで決勝進出者の一人目が決定、さぁこの後夕刻から行われる準決勝第二試合目にてもう一人の決勝進出者が決まりまっす!果たして決勝で皇子と相対するのは前回大会の覇者、アルム選手か、はたまたアトラシアからやってきた魔剣士、セオドア選手かっ!』
シェリーの降参に一瞬場内がどよめくが、ラヘアの総評が響くとグリオネール、シェリーの両者に健闘を讃える惜しみない拍手が送られる。
グリオネールがシェリーの鉤爪を拾い上げ、彼女の手を取り引き起こすとシェリーの手を握ったまま観客席に向けて手を振った。
一層大きな拍手が二人に送られる中、グリオネールは魔素欠乏で動けなくなったシェリーを抱えたまま闘技場を後にする。
グリオネールは口調こそ乱暴な印象を与えるが、常に全力で闘い、自分に敗れた相手にすら敬意を払っている。
彼は只の好戦的な破壊者などでは無く、どうやら戦いを愛する求道者の様だ。
ーーー
シェリーはどうやらそのままグリオネールによって宿泊施設へと運ばれたらしい。
時刻は陽の十一刻を半刻程回り、準決勝第二試合目の開始まであと半刻足らずと言った所だ。
軽く身体を動かしてウォーミングアップを済ませていた俺は既に選手控え室に入室していた。
「兄様、一回戦と二回戦は剣を殆ど使っていませんでしたが…」
「ああ、流石に今度はそうもいかないだろうな。でもできる限りはグリオネールに手の内を晒したくはない。可能な限り全力で戦わずに済めばとは思ってるけどこればかりは相手次第だな」
選手の家族という事で特別にクリスは入室の許可を得ていた。許可されているのは会話のみ、魔術による補助等は禁止との事で魔素の流れを感じる事ができる兵士が同伴している。
「相手は前回大会の優勝者、見るからに頑丈そうな見た目だけど…」
「ヴァイダさんの話では堅守が特徴の戦士との事、その守備をどう攻略するかが鍵、だそうです」
「だろうな…だとしたら魔術が通用すれば…」
クリスと会話しながら試合開始までの時間を待つ。
次の対戦相手アルム・アルマーニとの戦闘を頭に思い描き、言葉にしてはクリスの意見を聞き、再びイメージを繰り返す。
そうしている内、外からの入り口となる扉からノックが聞こえるとノアールが顔を覗かせていた。
「クリス、時間らしい」
「…では兄様、ご武運を」
クリスが扉へ向かうとノアールが扉を開き、クリスを連れ出した。それと同時に同伴の兵士も部屋を後にする。
クリスのお陰で凡そのイメージトレーニングは出来ている。装備の確認も済んでおり準備は万端だ。
『セオドア選手、入場して下さい』
係員から声がかかると闘技場へ続く扉が開かれ、通路へと踏み出す。
二回戦まで形だけ抜いていた騎士剣だが今回は本当に使うことになるだろう。
背中の鞘から剣を抜き、左手に下げたまま闘技場の門をくぐり抜けた。




