第九十九話:開幕
施設での一夜を過ごし再び日が落ち始めた。
現在は陽の十二刻、グリオネールからの遣いであるノアールが俺を迎えにやってきていた。
「支度の方はお済みですね?」
「ああ、問題ない。と言っても今日はセレモニーだけだろう?」
ノアールの問いに答え、逆にこちらからも尋ね返すと彼女も小さく頷いてみせる。
開催セレモニーである為、俺も今日は戦闘用の装備の上に革のマントを羽織り、昼に買ったばかりの新品のブーツを履いてほんの少しだけ見た目を整えていた。
「ではセオドア様、これより大闘技場へとご案内致します。他の皆様は途中から別の者に案内を引き継ぎますのでそちらについて行かれますようお願いします」
俺達はノアールの案内従って選手と来賓専用の裏手の出入り口に向かう。
途中、大通りを横断していると既にごった返した観客用の表側入り口が目に映る。
完全に怪我の功名の形となったが、もし通常の観客として入場していた場合、まず入場するだけでも一苦労していただろう。
人通りが若干少ない大通りの外周をぐるりと回り、裏口に到着するとそこには四人の兵士が立っている。
彼らはノアールの姿を認め、一糸乱れぬ動きで足を揃え、右手の拳を握って心臓の前にかざし敬礼すると、ノアールもまた彼らに敬礼を返していた。
『ノアール兵長、お疲れ様です!』
『崩していい。最後の選手とその一行を連れてきた。選手の方はそのまま私が案内するから誰か彼の連れを専用の観客席へと案内してやってくれ』
四人はどうやらノアールの部下らしく、それぞれ虎、象、狼、猪の様な顔の屈強な兵士達だ。
その中から虎顔の兵士が一人、前に出る、ら
『はっ、了解しました!…となると、その少年がグリオネール皇子が指名したと言う選手ですか…?』
『ああ、その通りだ。余計な詮索はいいから彼の仲間を早く案内してやってくれ』
ノアールはそう言って彼らに敬礼を行い、俺を連れ闘技場の地下へと進む。
円筒状の闘技場の中心付近を回る様に進み、地下を進んだ先にある扉を開けるとそこには少し広い部屋がある。
選手控え室では既にセレモニーの開始に備えた選手達が待っており、ノアールに連れられた俺に視線を向けていた。
注目を集めるのも無理はない。獣人族の選手達の中にたった一人、人族の子供が混ざっているのだから。
「セオドア様、間も無く開会式が始まります。奥の扉から闘技場内へ入場となりますが、係の者の指示に従って入場をお願い致します。それまでの間、しばらくお待ちください」
ノアールはそう言って小さく礼をすると、控え室を後にする。
ノアールが退室し、選手控え室の中には俺を含めて八人の選手がいる。グリオネールやシェリーの姿が見当たらない事から別の選手控え室があり、彼らはそちら側にいるのだと思われる。
他の選手達も少しばかり落ち着かない様子で、爪を研ぎ続ける者、椅子についた指を忙しなく動かす者と三者三様に入場までの時間を待っていた。
ノアールが退室して少しすると再び入り口の扉が開かれ、先程ノアールが言っていた入場の指示係と思しき黒いタイツとレオタードを着た兎人種の若い女性が選手控え室に入ってくる。
『はーい皆さんお待たせしておりまっす!ワタクシ、東側控え室の案内係のラヘアと申しまっす。これから大会終了までの四日間、よろしくお願いしまっす!』
少々うるさいと思えるくらいの大声で簡単な自己紹介を行うラヘアに全員が視線を向ける。
『じゃっ、開会式前に皆さんに開会式の流れをざっくりと説明をしますんで、よーく聞いといてくださいねっ!これから開会式が始まって皆さん入場って形になりますけども、今大会ではなんとなんとっ!ルミネシア魔導連邦から友好の証としていただいた魔導器を使って闘技場全体に我々の声が届く様にしておりまっす!』
なるほど、要するにマイクとスピーカーと言った所か。
『これから皆さんには奥の入り口で待って貰いますがっ!会場内の方から選手の皆さんの名前が呼び出されますんで、呼ばれた方からドンドン会場の中に入っちゃってくださいっ!あっ、そろそろ始まりますねっ、じゃあ皆さん、入り口の前に待機の方お願いしまっす!』
ラヘアに促されて俺達選手は入り口の前に大雑把に並ぶ。すると、控え室内にもあるスピーカーとなる魔導器から声が響き始めた。
『さぁさぁ皆さん、お待たせしましたっ!四年に一度、このガルムス大陸一の戦士を決める大闘技大会が始まりますっ!今年からルミネシア魔導連邦から友好の証として送られたこの不思議な魔導器を使用しまして大会の模様をお伝えすることになりましたァッ!実況は私、おしゃべり爪術士ことティリス・ウルフスタンが審判兼任で務めさせていただきます!』
実況を担当するティリスと言う人物のハイテンションな獣人語が会場全体に響くとそれに呼応して大きな歓声が闘技場を揺らす。
『それでは早速選手の皆さんに入場して貰いましょうッ!まずは一人目ェッ!我らがガルム帝国の皇子、グリオネールゥゥゥッ・ルスッ・ガァァルマリアァァッ!この金色のたてがみこそが王者の証ィッ!二年前、皇子は当時十六歳ッ!我々近衛隊全員を相手に大立ち回り!見事に全員をブチのめし、帝国最強に名乗りを上げましたァッ!皇子がこのまま大陸最強の名まで手にするのかッ!はたまたそれに待ったをかける者が現れるのかァァッ!?』
グリオネールがティリスに紹介されると会場が割れんばかりの歓声が上がる。
弱肉強食の社会を形成しているガルム帝国において、強い王族は注目の的だろう。
ーーー
次々に選手の紹介がティリスによって行われ、その度に大きな歓声が上がる。
どの選手もやはり地方の有力者であるが故か全く歓声が上がらないなんて事は無かった。
『さぁこれで半分ッ、八人目は今大会出場選手の紅一点…』
選手達の中で唯一の女性ならば彼女しかもういない。
『紅の猫人種、シェリスゥゥゥ・キャトリニアァァァァッ!十二年前、三回前の大会に当時弱冠十五歳で初めて出場しィッ、なァんと準決勝まで駒を進めた実力者ァッ!外の世界へ旅立った彼女は今や立派な大人になり、そこで一体何を見てきたのかッ!帰ってきた彼女は真紅の爪を携えてェッ、今大会で再び舞い踊るゥッ!』
シェリーの選手紹介はグリオネールと同じくらい会場を沸かせており、心なしか若干男性の声援が大きく聞こえたような気がしていた。
『さぁさぁ私もボチボチノッて参りましたッ!大声出すのって気持ちいいッ!このまま次の選手の入場だッ!九人目の選手は皆さんご存知前回大会優勝者ッ、アルムゥゥゥ・アルッマァァァニィィ!鎧鼠種ならではの重装甲は未だに健在ッ!どんな爪も牙も通さぬ鉄壁の鎧が皇子の進撃を食い止めるのかッ!鎧の砦は今大会も闘技場に聳え立つゥゥゥッ!』
此方側の控え室から漸く一人目の選手の入場だ。
空はやや暗いが闘技場内はどうやら魔導器から発せられる光によって照らされており、正面の扉からもその光が見えている。
アルム・アルマーニは鎧鼠種というアルマジロのような姿をした獣人族だ。
扉が開くと同時に闘技場内へ歩き出した彼は装甲となっている全身に身につけた盾のような甲殻を観客に見せつけ、歓声を浴びながら入場していった。
ーーー
『さぁ選手の紹介も残るはあと二人ッ!今まで歓声が続いてきましたが…次ばかりはいかがでしょうかッ!十五人目の選手は極悪非道の蛇人種ッ!一年前に我々近衛隊に捕まり、現在は宮殿地下の収容所に収監中のこの男ッ、ランドルフッ・ティラクラトルゥゥゥッ!この男の手にかかって倒れた者は数知れずッ、実は私もこの男の手によって二、三日生死の境を彷徨いましたッ!しかし、実力さえあれば囚人すらも出れてしまうのが本大会ッ、誰かこの男に引導を渡してくれェッ!』
ランドルフが入場すると会場全体からブーイングが巻き起こる。しかし、本人は不敵な笑みを浮かべたまま闘技場をゆっくりと闊歩する。
彼が会場の中央に辿り着く頃に観客席から飛んできた石ころが顔を掠めた。
ランドルフは顔についた傷から流れる赤い血を細長い舌で舐めとり、ブーイングが巻き起こる観客席をじっくり見回すと、ある一点で顔の動きが止まり、大きな口を歪ませて目を見開いた。
その瞬間、彼が見ていた方の観客席からブーイングがぴたりと止まり、さらに観客達も石になったかの様にぴたりと止まってしまっていた。
『な、なんとランドルフ選手、気迫でしょうかッ? ただのひと睨みで一点にいる観客を黙らせてしまったァァ!』
パフォーマンスのつもりだろうか、ランドルフは動けなくしてしまった観客達に腹を抑えて大笑いしていた。
『シュハハハッ、おーおー、今年もクソみてえな暇人どもが観客席を埋めてらっしゃるじゃないの。まぁお前ら運がいい。俺の試合じゃ全試合で相手が死ぬ寸前まで続く悪夢の拷問ショーを見せてやるから楽しみに待ってるんだなァッ!シュッハハハハハ!』
ランドルフが高笑いする間、先程までのブーイングは無くなり、どよめきだけが残る。
しかし、冷めかけた空気を取り戻すかのようにティリスが選手紹介を再開する。次はいよいよ俺の番だ。
『も、申し訳ありませんっ!ランドルフ選手の行動に少し気を取られてしまいましたっ!さぁ次が最後の選手の入場だッ!闘技大会最後の戦士はアトラシアからやってきた異邦人ッ!昨今の大会では珍しい人族の少年剣士ッ、セオドアッ・ホワイトロックゥゥゥッ!』
ティリスの紹介に合わせて入場すると会場全体からどよめきが起こる。
少ししてから小さなブーイングが出始めると、一気に火が付いた様に会場全体からブーイングが飛んでくる。
『ガキは引っ込めェ!』
『戦士の戦いを汚す気かァ!』
『人族の子供が出るなんて大会を舐めてるとしか思えない!』
観客達の怒声や罵声が周囲を飛び交う。まぁある程度は予想通りだが。
「全く…ひどい言われようだな…」
そんな事を呟きながら他の選手達の列に向かっていくと、グリオネールの様子がおかしい。
『ティリスッ、貸せっ!』
『あっ皇子っ、ダメですっ、運営台本にはそんなのありませェん!』
グリオネールがティリスからマイクを取り上げると、代わりにとでも言うかの様に巻いた上から紐で封をされた羊皮紙をティリスに渡す。
『すぐに返すからそれ読んで待ってろ。セオドアについてのギルドからの報告書だ。さっき届いて読んだらなかなか面白い事が書かれてた』
『…なになに…、は? えっ、嘘でしょ?』
『ギルドが一冒険者の件で嘘報告してどうすんだ』
グリオネールとティリスの騒ぎが収まり、マイクを握ったグリオネールが観客に向けて話し始める。
『あー、あー…声はちゃんと入ってるみてェだな、あー、今回のセオドア・ホワイトロックの出場について俺から説明させて貰う。今回、人族であるセオドアの出場については俺からの推薦だ。少なくとも俺の見立て通りならみんなを楽しませてくれるくらいに強い筈だ。短いし雑だが俺からの説明は以上だ、細かい説明については今渡したギルドからの報告書を読んでるティリスからして貰う。んじゃ、あと任せたぞ』
グリオネールからの説明が終わるとブーイングこそ止まったものの、観客達は未だ疑念を抱いたままと言った様子だ。
先程ギルドからの報告書をグリオネールから受け取ったティリスもその内容を疑っているせいか何度も小さい声で反芻している。
『よし、…よし!はいっ、すみませんっ!突然の驚くべき情報に私戸惑ってしまいましたっ!只今皇子から説明がありましたセオドア選手ですが…去年、ドルマニアン諸島にて今回出場しておりますシェリス選手、前回大会に出場しましたライガース・ティーガード選手、ほか八名の冒険者と共にドルマニア山に現れた赤龍を討伐!さらに昨日の情報ですが、このガルマリアの南に位置する砂漠にて…小巨獣を討伐!その状態はなんと一刀の下に両断、と報告書に記載されておりますっ!』
会場全体からどよめきが起こる。
ギルドからの俺の実績について書かれた報告書、それが皇子の立場であるグリオネールの口から説明があった為、観客も
『…コホン、では改めまして…、闘技大会最後の戦士はアトラシアからやってきた異邦人ッ!昨今の大会では珍しい人族の剣士だッ!赤龍を討ちッ、小巨獣を両断しッ、次はこの大会を制そうと言うのかッ!彼の剣は炎を吹きッ、嵐を巻き起こすッ!剣術と魔術の両方を携えてガルムス大陸一の戦士の名を奪いにやってきた侵略者ッ!その名は魔剣士セオドアッ・ホワイトロックゥゥゥッ!』
ティリスの軽快な紹介に乗じ、騎士剣を抜いて天に掲げ、魔術を使ってその剣に雷を落とす。
ちょっとした演出のつもりで起こした行動だったが存外ウケた様で、先程とは打って変わって観客席から歓声と拍手が送られる。
『では以上十六名の戦士達の入場が済んだところで、本大会のルールについて説明させていただきますッ!本大会の試合はトーナメント方式で争い、時間無制限、どちらかの選手が審判より戦闘続行不能と判断、あるいは選手側よりギブアップが宣言されるまで試合が継続されますっ!また、武器類の携行については三本までの許可となりますっ!闘技場内はハルモネシス皇国よりもたらされた結界石によって観客席と隔離されており、観客席側からは内側の様子を見る事ができ、また内側からの音は届きますが、逆に内側からは結界により壁がある様に見え、観客席の様子や音は一切届かない様になっております!当然外から中に物を投げ入れたりもできません!それともう一点、選手同士の場外での乱闘や恣意的なものによる第三者を利用して他の選手に危害を与えると言った行為については発覚次第失格となりますが、それらと異なる場合は本人の責として扱う事とし、運営側は責を負わないものとします!それでは以上、本大会のルール説明を終了致します!』
ティリスが大会ルールの説明を終えて選手と観客に向けて頭を下げる。
『それでは最後に本大会の主催者、現ガルム帝国皇帝、ティグリオン・オロ・ガルマリア十一世陛下より本大会の開催宣言を行っていただきますっ!陛下、宜しくお願い致しますっ!』
ティリスは皇帝ティグリオンの下まで行くと、片膝をついて両手でマイクを差し出す。
『今回の大会、余の息子の意向によって人族の者を交えた大会となる。不満を持つ者もこの中にいるだろうが、余は嬉しく思っておる。今まで閉鎖的であったガルム帝国は他の種族の治める国々と和を以って接する事を掲げ、政に臨み、かねてより友好関係にあったマクシミリアン帝国に加え、ハルモネシス皇国、ルミネシア魔導連邦とも友好関係を築く礎が出来た。今回人族の大会への参加は更に他の種族との親交を築く為の大いなる第一歩である!ここに集いし十六名の戦士達に、このガルムスの地にいる全ての者に、幸多からん事を!ティグリオン・オロ・ガルマリア十一世の名において、ここに本闘技大会の開催を宣言する!』
皇帝ティグリオンの開催宣言が告げられると会場内から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。
ティグリオンはその様子を見届け、真紅のマントを翻して壇上から降り、ティリスにマイクを返すと直ぐに退場する。
『それではッ、以上を持ちまして、開会セレモニーを終了致しますッ!明日の第一回戦の開始は陽の三刻からとなりますっ!観戦は混雑が予想されますのでお早めの入場をっ!』
ティリスから開会式の終了が宣言されると観客達は一斉に席を立って帰り始める。
ほぼ満席の闘技場の観客が一斉に出口を目指した為、観客席側の入場口はあっという間に人でごった返してしまっていた。
俺達選手もすぐに係の誘導に従い、闘技場から出ると控え室もほぼ素通りで外まで案内される。そこには壁に背を預けたシェリーが俺を待っていた。
「待ってたよ、セオ。まさかアンタまで出てるとはね、驚いたよ」
「ええ、俺も昨日突然グリオネール皇子に言われて急遽出場することになったんで」
シェリーはそれを聞いて薄く笑うと小さくため息を吐く。
「セオ、一旦戻った後で顔貸しな。宿の前で待ってるよ」
「…わかりました」
彼女はそう言って小さく手を振りながら帰途に就く観客達の人混みに消えていく。




