第九十七話:グリオネール・ルス・ガルマリア
礫砂漠の巨大な魔物、小巨獣を撃破してから再び街道を歩き始めて二刻程が経ち、俺達は帝都ガルマリアを目前にしていた。
『そういやセオドア、小巨獣から素材になりそうな物は取らなくてよかったのかい?』
俺達が小巨獣の亡骸から特に何も剥ぎ取らずにそのまま放置してきた事についてタップが尋ねてくる。
『ああ、先を急いでるし、そもそもあのサイズじゃ切り出すのも一苦労だしな。これだけあれば充分さ』
『…? あっ、それ口の皮だろ? いつの間に取ったんだ?』
『真っ二つにした時に切れ端が飛んできたのを回収しただけさ。ギルドで討伐報告する時にとりあえずの討伐証になるだろう? あれだけデカけりゃ場所さえ教えればすぐ見つかるだろうし処理はギルドに任せればいい』
そうタップに話している内に帝都ガルマリアの入り口となる大きな上り階段の前に辿り着く。
帝都ガルマリアは巨大な大岩を平らに削られたその上にある。
中心には都市の象徴と言うべき大闘技場、それを見下ろす様にガルマリア皇帝の宮殿が建っており、その背後には更に巨大な岩塊のようなものが聳え立っている。
「エリウッド、あの後ろにある大きいのが?」
「ああ、初代皇帝ウルフェン・ルード・ガルマリアが単独で戦い、自らの命と引き換えに討ち果たしたと言われている魔物、大巨獣、その亡骸だ。初代皇帝が仕留めてから既に千年以上が経つが、その頑強な鉄柱の様な骨と強靭な岩山の様な皮は未だに健在でこの帝都を守る防壁となっている」
都市へと続く大階段を登りながらエリウッドがフォルクにガルム帝国の興りについて語る。
「確か初代皇帝って獅子人種じゃなかったよね」
「そうだ。初代皇帝ウルフェン・ルード・ガルマリア、その人は今や絶えてしまった黒狼人種で十五代目の皇帝ヴォルフガング・ティル・ガルマリア十五世を最後に、以降は獅子人種の一族が皇帝を務めているのだ」
大階段を登り切るとそこには巨大な門が開放された状態で俺たちを迎える。
門の前に立つ衛兵は無表情ではあるが、俺を含めた獣人族以外の全員の顔を目で追っている様だが、門をくぐる俺達を止めるような事はなかった。
門をくぐり抜けた先に広がる大通りには大勢の人が往来している。当然ながらその大半は獣人族だがその中にはそれ以外の人種も散見され、殆どが貴族の様に着飾った者か、武器や鎧を身に着けた冒険者然るべしとした者ばかりだ。
「とりあえずはギルドかな? 小巨獣の報告だけしとこうと思うんだけど…」
「ギルドはすぐ左だよ。さしもの小巨獣も今のセオ相手じゃあご愁傷様としか言い様がないねぇ」
突然後ろからかかる聞き覚えのある声に思わず俺は後ろを振り向いた。
赤い髪にしなやかな体つき、髪の中から飛び出た耳、俺に声をかけてきた人物は見知った人物だった。
「シェリーさん!もうこっちに着いてたんですね!」
「ああ、昨日ガルマリアに到着して闘技大会の選手登録を済ましたばかりさ。そんで朝イチから外の砂漠で魔物相手にトレーニングしてて、昼飯にでもしようと思って戻ってきてたら大階段を登っていくセオ達を見かけてね」
腰に手を当てて話すシェリーは薄っすらと汗ばんでいた。
彼女も俺達と出会い、赤龍を討った後は赤龍の素材で作った鉤爪と共にこの大会に向けて自らを鍛え続けていた。
「あと、闘技大会の観戦チケットは闘技場で売ってる筈だよ。もう数が少ないみたいだから早めに行きな。帝国一の爪術士だか、皇子だか知らないけど大会はアタシが優勝してみせるからしっかり見てきな。じゃ、アタシは宿に戻るからまた当日会うとしようか」
シェリーはそう言って跳躍すると街の屋根や壁を飛び跳ねながら軽やかな動きで去っていった。
「シェリーさん、調子良さそうですわね」
「赤龍の鉤爪の力は凄いからねぇ…迷宮で共闘した時も桁外れの威力で魔物達を薙ぎ払ってたし」
「魔術の力を秘めた焔の鉤爪、魔術の資質を持つ者が少ない獣人族にとってはこの上なく強力な武器ですからね…」
「シェリーなら心配しなくてもパパッと優勝しちゃうでしょ? さ、ギルドへの報告もパパッと終わらせて観戦チケット買いに行きましょう?」
俺達は全員シェリーの優勝を微塵も疑っていない。
彼女は本来ならば人獣化と言う切り札があるが、ドルマニアンで自らを鍛えている時は一切その切り札を使う事は無く、とにかくひたすら通常の状態のままで戦っていた。
「人獣化は本人の身体能力に比例して強くなる、人獣化はあくまで切り札だからそのままの状態で強くなるのが一番なのさ」、というのが彼女の弁だ。
「よし、じゃあこっちもギルドへの報告をパパッと終わらせてチケットを買いに行こうか!」
ーーー
ギルドで小巨獣の討伐を報告とガルムス大陸での冒険者登録を済ませると、マスターからギルド側での調査を終えた後に改めて来るように告げられる。
ギルドを後にして俺達は多くの人の雑踏を通り抜けてガルマリアの誇る大闘技場前の広場に辿り着いた。
大闘技場の入り口前にはチケット売り場と書かれた看板を下げたテントが設営されており、それを見つけた俺達は真っ直ぐにそこに向かう。
『いらっしゃい。お客さん獣人語は話せる?』
チケットブースであるテントに入ると黒く長い耳を頭から生やし、黒いスーツにタイツの女性が俺達を迎える。
女性はバニースーツを着た女性ではなく、黒毛の兎人種の獣人族だった。
『ああ、大丈夫です。九人ですけどありますか?』
『少し待っててね、…うーん、チケット自体はあるけど席は全部バラバラね、どうする?』
残っている十数枚のチケットを見せてもらうとどれもが離れた端の席であり、金貨三枚と値段の割には微妙な席だ。
『少し仲間と相談します』
『はーい、もう数も少ないから買うならお早めにね』
兎人種の売り子に見送られながらテントを一旦出て、仲間達の所に戻る。
チケットが微妙なものばかりしか残っていない事を話すと全員で頭を捻っていた。
「せっかくなら皆で一緒に見たいよねぇ。どうにかならないかな?」
「お金はありますし、当たりのダフ屋にでも聞いてみるのはどうでしょうか?」
「かなり吹っかけられるとは思いますが…、ただ九人分のチケットを纏めて持っている者がいるかどうかですね…」
とりあえずの所は周辺のダフ屋をあたる方針で固まり、いざそのダフ屋を探しに行こうとした瞬間、チケットブースのテントから出てきた俺達を見ていたらしい狐人種と狼人種の獣人族が話しかけてくる。
見た所とてもダフ屋とは思えないような少々上等な鎧を着込んだ二人組だった。
『おいアンタら、チケットを探してんのかい?』
『九人もいたんじゃもうなかなか見つかんねぇだろ?』
少々怪しげな様子ではあるが、着込んだ鎧にはガルマリア帝国の紋章が彫ってある。俺達は男たちを不審がって目を細めるがタップが二人の男について俺達に話す。
『セオドア、この二人ガルマリア帝国の兵士だ』
『鼠人種…君、この冒険者の人達の案内役かな?』
『ああそうさ。で、帝国の兵士さんが何か用かい?』
狐顔の男は切れ長の目を細め、極めてやわらかい口調でタップと話す。タップも何か考えがあるのだろうか、少し口元を緩めたような表情で二人に用件を尋ね返す。
『いやな、さっきそこの冒険者さんがチケットブースから手ぶらで出てきたのを見てな』
『もしかしたら力になれるかと思って声をかけさせてもらったのさ』
どうやら二人は兵士でありながらダフ屋も営んでいる様である。
だが幾ら兵士の格好をしているがダフ屋はダフ屋だ、仮にこの二人からチケットを買うとしても油断すればどんな値段を吹っかけられるかわからない。俺はまだ身構えたまま二人を見ていた。
『おっとガフ、俺達まだ警戒されてるみたいだぞ』
『そうみたいだなフォッコ。まぁアンタら安心しな、俺達は別にとんでもない金額をふっかけるつもりはねえんだ。兵士の給料つってもほんの少しいいくらいでな、ちょっとした副業ってやつだよ』
二人は息の合った調子で自分達を信頼する様に話す。ただ詐欺の基本もまず相手から信用を得ることから始まる。その事が頭をよぎり、俺は二人に対して口を開く。
『なるほど、俺達に話しかけてきたって事はつまり、九人分のチケットが用意できるってことですよね? もし本当なら先に見せてもらいたい。その上で買うかどうか考えたいと思います』
俺が二人にそう話すと狼人種のガフと狐人種のフォッコは顔を見合わせる。彼らは手応えアリと思ったのかお互いに頷いた。
『ああ、もちろんさ。ただ残念だけど今全部は手元に無くてね。参考までに二枚なら手元にあるんだ。当然本物さ、チケットブースに持っていってみるかい?』
『行きつけの酒場の主人に預けてんだ。何ならついて来ればちゃんと見せてやるよ』
フォッコの差し出したチケットを預かりチケットブースに持ち込んで見ると、売り子の女性も「大丈夫、間違いなく本物だよ」と親指を立てた。
『偽物じゃないなら、多少は信用できるでしょうか…』
『だが怪しさは拭えんな。ついていくにしても警戒はした方がよかろう』
『問題は相手が帝国兵士って事だね。何かあっても滅多な事すりゃ捕まっちまうかも知れないよ』
『でも他に心当たりがないんじゃ二人を頼るしかなさそうですね』
全員に確認を取り、一旦は二人を信用する方向で方針を定める。ただしエリウッドの言うように警戒はしておくという形だ。
『お仲間さん方とは話はついたかい?』
『ええ、まだ信用しきったわけではありませんが他に当てもありませんし、二人にお願いしようかと』
『そいつはいい判断だ、じゃあ案内するからついてきな!』
二人に案内されるまま俺達は街の端、凡そスラム街とも言えるような寂れた酒場へと連れて行かれる。
『ここだぜ、マスターは…いねぇな。多分買い出しにでも行ってんだろ、心当たりがあるから呼んでくる、すぐに戻るから待っててくれ』
『アンタらは中でゆっくりしててくれよ。机の上の酒は俺達の酒だが飲みたければ飲んで構わないよ、あんまり上等な酒じゃないけどさ』
そう言って二人は半ば強引に酒場の中へと俺達を入れる。あからさまに怪しい言動であり、当然勧められた酒にも手をつける気には誰もなってはいない。
とりあえずは一旦テーブルの席に付き、周囲を見渡すとまだ昼間故か店主すら酒場にはおらず、閑古鳥が鳴いている。
「さて、言われたとおりに待っては見るものの…」
「まぁ、怪しさ満天ね」
「いざとなれば斬り捨てるだけですよ、あの二人大した実力は無い様ですし」
ガフとフォッコに待つように言われてから四半刻が経つが未だに帰って来ない。
「騙し討ちにしても遅すぎますわね…」
「確かにそうですね…」
「うむ、騙し討ちだとすれば二人が出てすぐに奴らの仲間が来るはずだ」
「ちょっと外見てきます。一応すぐに動ける準備だけでもしておいて下さい」
席を立って入り口の開き戸を通ると突然大きな影が俺の目の前を塞ぐ。影は太陽を背にしている為、その正体はわからない。
『ガフ達に待っていろと言われたはずだろう?』
「危なっ!?」
大きな影は俺に声を掛けると同時にこれまた大きな拳を振り上げて俺に向けて振り抜いた。出会い頭の不意打ちではあるが俺はそれをかがんで避ける。
空を切った拳が酒場の開き扉に当たり、店内へと転がっていく。その際に漸く影の正体が明らかになる。
男は店の出入り口を塞ぐほどの巨体に長い鼻、灰色の硬そうな皮膚に覆われた獣人族でこちらもやはり胸にガルマリアの紋章が刻まれた鎧を身につけている。
「象人種…!うわっと!」
今度は象人種特有の特徴的な長い鼻を薙ぎ払って来るが、こちらも後ろに飛び退いて難なく回避する。
長い鼻の一撃はかなり重い一撃だった様で俺を外した後に当たった扉の縁が大きく抉れていた。
『ふん、ちょこまかと…ガフ!どうにか逃さずに済んだぞ、全員ちゃんといる!』
『そいつはよかった!警戒してたみてぇだがやっぱり人族はお人好しの間抜けだな!適度に痛めつけて身ぐるみ剥いでやれ!』
『女も人族じゃ上玉だ、捕まえた後は好きにしていい!…おっと同胞は傷つけるんじゃないよ?』
『ッシャア!やっちまえ!』
象人種の男が酒場の外に声をかけるとガフとフォッコの指示が返ってくる。そして二人の指示に呼応して少なくとも十人ではきかない数の獣人達の雄叫びが聞こえてくる。どうやら酒場の周りは獣人達に囲まれているようだ。
「まぁさすがにこうなるか…」
「予想通りと言えば予想通り、ですね」
「兵士の格好は恐らく本物だ、殺すと面倒なことになるだろう」
「殺さないように、となると結構面倒ですね」
「相手は獣人族よ、油断しないで!」
「クローディアさん、それは貴女の事でしてよ」
「肉弾戦は相変わらず苦手なんだけどなぁ…」
『獣人族は傷つけるなって言ってたしオイラ逃げていい…?』
『そうしたら多分皆アンタを軽蔑するよ、せめて隠れときな』
酒場の入り口、窓、裏口、全ての経路から獣人族の兵士達がなだれ込んでくる。
俺達はタップを店の端へと逃し、殺傷能力のある武器を使わずに獣人族達を相手取る事となった。
テーブルなどの調度品がなぎ倒される音、酒の瓶が割れる音が店内に鳴り響く。
もちろんその中には殴ったり蹴ったりといった肉と肉がぶつかる音も混ざっているが、その殆どはこちらが獣人族を殴る時に鳴る音だ。
「さすがに獣人族はタフだな、簡単には倒れやしない…!」
「魔術を使うにも狭すぎるし乱戦になってて集中できないわね」
狭い店内でありクローディアの言う通り、むやみに魔術を使えば俺達ごと巻き込んでしまうためにクリスとクローディアは手が出せずにいた。仮に使うにしても攻撃を躱したりするのが手一杯で集中する暇も無いだろう。
どうにかこうにか攻撃を躱しながら相手を殴りつけるものの、ほんの数人を倒しただけで、まだまだ多くの獣人族が健在だった。
『チッ何を手こずってやがる…!』
『人族にしては思ったより耐えてる…どころか少し押され気味じゃないかい?』
『ああ、全く…なんてザマだ』
『『ですよね皇子…ん!? ぎゃあああああ!』』
酒場の外からガフとフォッコの叫び声が響き、俺達も獣人族達も異変に気付いて動きを止めて酒場の出入り口に視線を向ける。
そこには鷲掴みにされて宙吊りにされているガフとフォッコの姿があり、さらに奥には二人を片手で宙吊りにしている黄金のたてがみを持った男の姿があった。
『グググ…グリオネール皇子!? なななんでこんな所に!?』
『ったく…そりゃこっちのセリフだァ!見回りに行ったきり戻ってきやしねェと思ったら…こんな所で何してやがる!』
ガルマリア兵達の襲撃を止めた人物、それは現ガルマリア帝国最強と呼ばれる皇子、グリオネール・ルス・ガルマリア十二世その人だった。
グリオネールは二人をゴミでも放る様に投げ捨てると、周りのガルマリア兵達を睨みつける。その鋭い眼光は、先程の象人種の男すらも膝を震えさせる程だ。
俺達に襲いかかってきたガルマリア兵達は、少しの間動揺して固まっていたが、すぐに倒れている者を叩き起こすと全員が迅速にグリオネールの前に整列して片膝をついて頭を垂れる。
『皇子、この者達の処遇はどの様に?』
『姉上殿、それよりもこっちが先だ』
グリオネールの後ろから痩身の獣人の女性が現れ、グリオネールに声を掛けると、彼はそう言いながら女性にこちらを顎で促す。
姉と呼ばれる女性はどうやらグリオネールよりも下の立場ではあるようだ。
『ウチの兵士共が申し訳ねぇことをした!』
兵士たちよりも俺達の事を優先するべきだと姉に告げたグリオネールは兵士たちの頭を掴み、地面に押し付けて土下座の姿勢を無理矢理取らせると、自身も俺達に頭を下げる。
突然、国の皇子と呼ばれる人物が取った行動に俺達は呆気に取られ、何も話せずにいる。
『え…えっと…グリオネール皇子…ですよね、僕達はただの冒険者です。頭を上げて下さい』
『そうです。この冒険者の方の言う通り、皇子という立場である以上、簡単に頭を下げることがあってはならないかと』
『そうは行かねぇよ。兵士達を預かる立場である以上、部下の不始末は俺の不始末だ、そりゃ筋が通らねぇだろ姉上殿よ』
姉と呼ばれる女性は融通の効かない皇子にふうとため息を吐くと、俺達に向き直ってドレスのスカートの端を摘んで目を伏せる。
『申し遅れました、私はガルム帝国皇女、こちらにおわしますグリオネール皇子の姉でして、レオナ・レム・ガルマリアと申します。この度は我々帝国の兵士が失礼を働きましたこと、皇子に重ねてお詫び申し上げます』
たおやかな仕草で俺達に謝罪を告げるレオナに俺もつい頭を下げてしまう。
今まで見てきた獣人族達と同様、やや粗暴さを覗かせるグリオネールとは対極にまさに王族然るべしとした気品を持つレオナのギャップの違いに俺たちは閉口しており、周りの兵士達は王族である二人に対して申し訳無さを感じているのか気がつけばこちらを向いて頭を垂れている。
しかし改めてグリオネールとレオナの二人を見比べるとその態度もだが、容姿も大きく異なり長身かつ痩身で平時の獣人族らしく細部に獣の特徴が出ているレオナに比べ、グリオネールは筋骨隆々の大柄な体格で何より獣の特徴が大きく出ている。
エリウッドやヴァイダ、タップに関してもせいぜい短い角や尻尾、頭から耳を生やしているだけに対して、グリオネールは特徴的なたてがみもそうだが、露出した腕や脚、僅かに覗かせる胸にも体毛があり、爪や牙も肉食の四肢獣種のそれに近い。
『ったくオメェらはホントこの時期になるとなんで毎回毎回っ…!どうせまた観戦の為の入場チケットを売るだとかで騙して冒険者から身ぐるみ剥ごうなんて考えてたんだろうよ…。前任の近衛兵長や兵士長達が胃を痛めるのもなんか分かる気がするぜ…』
『すすすすみませんっ!ほんの、ほんの出来心だったんです皇子っ!』
『闘技大会が終わればアレが解禁されます故に金が欲しかったんですっ!』
グリオネールはフォッコとガフの行いとその言い訳に嘆息する。
『はぁ、全く…欲に関しちゃ恐ろしく素直なんだよな…。で、つまる話、冒険者さん方は闘技大会の観戦チケットが欲しいってことだな? …姉上殿』
『はい、皇子。 これはほんのお詫びで御座います。お受け取り下さいませ』
グリオネールがレオナに渡させたものは闘技場の観戦チケットだった。
そのチケットにはグリオネールとレオナの名前がサインされており、金の装飾が入ったものだった。
『帝国王家専用の観戦席のチケットとなります。一つの部屋となった観戦席ですので皆様でお使いくださいませ』
そう言ってレオナは俺の手にチケットを握らせるとすぐにグリオネールの一歩後ろへと戻る。
そしてグリオネールはと言うと、俺達に殴られた兵士達の顔を見た後、俺の顔の前に鼻を寄せる。
ひとしきり俺の匂いを嗅いだグリオネールは左手を腰に当て、右手の指で頭を掻きながら目を細める。
『…さて、詫びはとりあえず済んで一旦の筋は通したとしてだ、こいつらも一応は帝国が抱える兵士、こうやられちゃ兵士長をやってる俺の立場としてもだんまり、って訳にもいかねェんだわ。…とか言いながら俺自身のわがままでもあるんだけどよ』
『まだ何か…?』
俺がグリオネールに尋ねるとグリオネールは目を見開いて再び顔を俺の目前に迫らせる。
『お前達の中で一番強ェ奴、つまりお前と勝負がしてェ。闘技大会の最後の選手として出ろ、お前が俺より勝ち上がりゃお前の勝ちだ。勿論見返りはある、準決勝まで勝ち残りゃ賞金は出るし優勝すれば賞金に加えて帝国の存亡に関わらない事や実現不可能でない範囲で一つだけ願いを叶えて貰える。俺が勝っても自己満足だけだ。悪かねェだろ?』
『…はい?』
突然のグリオネールから飛び出した闘技大会出場の決定に対して俺は仲間達の方を向いて自分を指さしたまま固まっていた。




