035 アフィシアの扱い
「ぷぎゃっ!」
スクラウドとグリザリードと一旦別れてサイズーズ村を出てしばらくたった時だった。
レオンに勢い良く振り落とされて変な声が出たのは。
「……大丈夫?」
ティアが若干眉を八の字にして心配してくれる。
つーかいきなり何してくれてんだこのクソ犬! ご主人様に手を上げるとはいい度胸してるじゃないか。
うつ伏せから起き上がり、首だけを後ろに向けてレオンを睨みつけたところで背中を勢い良く踏みつけられた。
ちょっ! 痛い痛い痛い! 何度もゲシゲシと踏みつけるな!
「あだだだだ!」
上に乗って優越感に浸っていた気分が一気に奈落の底まで滑り落ちた気がする。
調子に乗ってごめんなさい。
と心の中で謝ったところで踏み付けが止まった。
「くっそ……、いつも通りになってしまった……」
むくりと起き上がるとティアがこちらをぽかーんと眺めているのが見えた。
「……仲がいいのね?」
「どこがっ!?」
今のやり取りをみてどうやったら仲良く見えるんだ……。疑問系だったけど不本意だ。
そんな俺たちを無視してレオンはスタスタと先頭を歩き出す。
「ところで、レオン君って何者……? どうしてもアフィーちゃんと初対面に見えないんだけど」
ティアがレオンの後姿を眺めながら問いかけてくる。さっきの俺の呟きが聞こえたのかな? まあレオンとの関係は隠すつもりはないけど。
ホムンクルスっていうのはまあ、おいおい?
「あー、レオンはまぁ軍用犬みたいなものかな。よく一緒に森の中で鬼ごっこをしたよ」
「へー、そうなんだ。……もしかして噂のホムンクルスとか?」
あー、カロン王国のホムンクルスはそこそこ有名だからね。もしかしてとは思ったけどやっぱり知ってたか。
「うん。そうだよ」
なんとなくティアの顔を見ていられなくなり、レオンを追いかけて歩き出す。
自分もホムンクルスだとカミングアウトするいい機会とも思ったが、不意打ちだったのでまだ整理がついていおらず、思わず顔を逸らしてしまった。
うん。まだこれからレオンの話をすることもあるよね。そのときでいいよね……。
「うーん。ホムンクルスと鬼ごっこって……。想像できないわね……」
「あはは、わたしが一方的に追いかけられる側だったけどね~」
一年前を思い出しながら自虐するように答える。なんだかずっと昔のように思えるけど、一年くらいしか経ってないんだよね。
振り落とされて蹴られたけど、ティアにレオンのことを話せたからよしとするか。
……まさか狙って振り落としたわけではないよね?
二人と一匹になり最初の野営である。王都まではあと三日といったところだろうか。
今日も今日とて俺が夕飯の用意をする。ここ最近の食事当番はずっと俺になっているが、どうもティアの胃袋を掴みすぎてしまったのが原因だろうか?
あ、レオンの胃袋も掴んだら言うこと聞いてくれるかな。って晩飯食わないかな? まあものは試しだ。ちょっと多めに作ってみようか。いやでも逆に警戒されそうな気もするな……。
「どうしたの?」
眉間に皺を寄せて悩みながら調理が進んでいない俺を心配するティア。
「……献立が決まらないならいつものでもいいわよ?」
いえ、そういうわけではないんですが。そういうことにしとこう。
「えっと、そうさせてもらおうかな」
座った状態でこちらを睨みつけるレオンには気づかないふりをしていつものメニューを作る。
そして出来上がったものを俺とティアの前に出したところで予想通りの反応が出た。
「あれ? レオン君にはないの?」
「ああ、ホムンクルスって一日一食で足りるんだよ」
「ええー? そうなんだ。食費かかりそうって思ってたけど、むしろ経済的……?」
驚きつつも変なところで感心するティア。とはいえまだ半信半疑なのか。
「……レオン君も食べる?」
自分のお皿をレオンのほうへと移動させて聞いていた。
座った状態のレオンはティアを見つめると、おもむろに伏せをして顎も地面につけると「フンっ」と鼻息を荒くしたかと思うと目を閉じた。
「いらないみたいだね」
「そうね」
というわけで食事再開である。
自分のご飯をあげなくて済んだでホッとしたのかどうかはわからないが、ティアはいつもより笑顔でご飯を食べていた。
「はあ~、おいしかった。ごちそうさま」
夕飯を済ませて片付ければあとは就寝だ。交代で見張りをしながらだが、いつものようにティアが先にテントにもそもそと入っていく。
焚き火に木の枝をくべながら浮遊の魔法の練習をしていると、今まで寝ていたレオンがむくりと起き上がってこちらの前まできて座りなおした。
「……どうしたの?」
きっちり答えが返ってくるはずもないが、レオンを見据えて問いかける。
『――自分がホムンクルスだということはあの魔族には伝えていないのか?』
じーっとレオンの瞳を見つめていると、頭に直接響くような、しかし不快ではない声が聞こえてきた。
「……レオン?」
驚愕に目を見開きながら声の主と思われるレオンを見つめる。
『……むっ? ああ、そういえばお前とは念話はしたことがなかったな』
まじか。ホムンクルスはしゃべれないって聞いた気がするけどどういうことだ。
「はは……、会話できたんだ……」
それよりも、単なる獣と思っていたレオンが、そこまでの知性があったことに驚きだ。
『うむ。どうも我々ホムンクルス同士は会話ができるらしい』
「……ホムンクルス同士?」
なんだ? ホムンクルス以外とは意思疎通ができないのか……?
『昔から試みてはいるんだがな。ホムンクルス以外との念話は通じたことがない……。
で、どうなんだ?』
「ん? ……ああ、ティアにはまだ言ってないよ……」
一瞬何のことかわからなかったが、レオンからの最初の質問を思い出して答える。
つーかティアが魔族だって即バレてるし。まあレオン先生にかかれば見ただけでわかるのかもしれないが。
『そうか。わかった』
何がわかったんだろうか。まったくもって謎だが。
つーかホムンクルス同士限定か……。まったくもって自分がホムンクルスであることを強制自覚させてくれる能力だな。
それよりもこうやって会話ができるなら聞いておきたいことがある。
「ところでさ。研究室はどうなったか知ってる……?」
『……研究室は竜によって破壊し尽くされた。おかげでこうして自由になれたがな』
「ミリアーナ先生は?」
『ふむ……』
記憶を探るようにレオンが目を細める。
『見た覚えはないな。他の研究員はほぼ全滅だったが』
「そっか……」
まだ生きてる可能性はありそうだけど、あまり期待できそうにないな……。ちょっと聞きたいこともあったけど……。
『まあ、だからこそ我々は自由になれたのだがな』
なんだか楽しそうですね。やっぱり研究室に押し込められるのは窮屈だよね。
ってホムンクルスって何か縛りがなかったっけ? でも俺も好き放題してる気がするし、問題ないのかな。
「他のホムンクルスはどうしてるの?」
『ほとんどが生きているはずだ。我々がいたのは地下だったからな。建物の地上部分が破壊されて、ヤツらが去ったあとに悠々と出てきたな』
中には研究室に残り続ける律儀な奴もいたそうだが、ほとんどが逃げ出したそうだ。
「……大丈夫なのかな」
ホムンクルスって野性に帰ったりするのかな。いや、野性に帰るという表現もおかしい気がするけど。
まぁ無駄に丈夫だし、食料調達が下手でもなんとかなるよね。あとは冒険者ギルドで討伐依頼でも出なければ……。
『心配せずとも問題ない』
だよね。基本的にみんな俺より強いしね……。しかも会話できるほど知性があるとか。むしろ一番心配されるのは俺なのでは……。
「……ところで、レオンはこれからどうするの?」
なんとなくレオンを使い魔とすることになってしまったが、どっちかというとペット感覚だったんだよね。
こうやって会話が成立するのであればきっちりとレオンの意思を確認しておきたい。
『どうするとは? 私はお前の使い魔なのだろう?』
ニヤリと笑みを貼り付けたような表情が思い浮かぶ声音で頭に響いてくる。
「そういうことになったけど、一応レオン自身がどうしたいのか確認しておこうと思って」
『そうだな……。しばらくはお前と共にいるさ』
「……そうなの?」
てっきり自由気ままにするのかと思っていたが、一緒にいると言われれば悪い気はしない。
『ああ、お前を弄るのは面白いからな』
「はあっ!?」
――ちょっとだけほっこりした俺の気持ちを返せ!




