036 使い魔登録
「うひゃーーーーー!!」
疾走するレオンの背中で悲鳴が木霊する。
ティアを背に乗せているとは言え、全力で後を追っているんだがまったく追い抜かせる気がしない。
走ることに関しては二本足の人間より四本足の狼に勝てるわけがないのだが、なんとなく悔しい。
翌朝、渾身の朝食をレオンにも食わせてやったのだが、『まあまあだな』という素っ気ない返事だけだった。どうやら一回で胃袋を掴むことはできなかったらしい。
いやそもそも狼の味覚が俺たちと同じようにできているかもわからないし、今後も無理なのかもしれないが。
ともかく、その後は歩いて王都を目指していたのだが、ティアがボソッと呟いた言葉によって現在に至ることになっている。
「……私もレオン君に乗ってみたいな」
軽い感じで言い、レオンも軽く請け負っただけだろうが……。
ティアを乗せたレオンを追い抜こうと軽く走り出した俺が原因なのか。それをさらに追い抜こうとしたレオンが原因なのかはわからないが、なんにしろ競争する一人と一匹ができあがっていた。
しばらくして声が出なくなったかと思ったが慣れたのだろうか。レオンにしがみついたまま手元や足元を確認しながら位置を確認しているように見える。
さすがティアだね。
『おい、そろそろ休憩してお昼にしようとティアが言ってるぞ』
わき目も振らずにひたすら走ることに力を入れているところに急にレオンからの念話が入った。
横を見やるとティアが必死になってこちらに何かを訴えかけているようだが、かなりのスピードで疾走する状態では風の影響で全く聞こえていなかった。
『えっ? ……ああ、もうそんな時間だったんだ』
同じくレオンに念話で返す。振動を伝える声と違って、念話ってこういうとき便利だな。朝ごはん食べながらレオンに話しかけてみたけどうまくいってよかった。
走るスピードを落として停止する。
「ふう……」
レオンから降りたティアは手足をほぐして軽くストレッチをしている。
「アフィーちゃんもすごく速いね……」
「レオンには勝てないけどね」
苦笑いしながらもこれでも全力だったことを告げるが、それでもティアは「すごいすごい!」と褒めてくれた。
軽く昼食を済ませてから出発したが、このスピードに慣れてしまったのか、またもやティアはレオンに乗って走り出す。
移動時間が短く済むというのは荷物も減って経済的ではあるのだが、なんとも釈然としない気分になる。
結局三日かかる道のりを一日で走破した俺たちは、その日の夕方、太陽がちょうど沈む頃に王都に着いていた。
「うわー、もう着いちゃった。この速さはクセになりそうね……」
ずっとレオンにしがみついてるのも辛いんじゃないかと思ったが、ティアも魔法使い寄りとは言え魔族だ。体力は人族と比べても多いようだ。
深呼吸して息を整えながら街門の列に並ぶ。レオンも入れるかどうかわからないけど、おとなしくて暴れないことを強調するかのように、背中にティアを乗せたままだ。
「おい、ちょっと待て」
しかし案の定門番に足止めを食らう。
「はい、なんでしょう?」
何か問題でもありますかとでも言うように、首をかしげて笑顔を向ける。
が、門番が声を掛けたのは俺ではなく、レオンの背に乗るティアだった。一応俺の使い魔ということになってるけど、背中に乗る人物のほうが主人に見えなくもないか。
「その狼は使い魔か? 登録証が見当たらないが……」
「そうですよ。ただ私は乗せてもらっていただけで、……よっと。
この子の主人ではないですけどね」
そう言いながらレオンの背中から降りると、俺の背を押して前に出してきた。
「あ、わたしの使い魔です。使い魔にしたばっかりなので、登録したいんですが……」
「えっ! お嬢ちゃんの使い魔!?」
信じられないと目を見開きこちらを凝視してくる門番。
あまりにも固まって動かないのでレオンが鼻息をかけている。
「――うはっ!」
お、やっと動き出した。
「……あー、登録だったな。ちょっと待ってろ」
若干怖かったのだろうか、俯いて門舎へと入っていくと、何やら板をくくりつけた紐のような物を持って出てくる門番。
「この仮登録証を使い魔の首に掛けて冒険者ギルドへ行けば、本登録してもらえる」
それを聞いたレオンが門番の前まで来て、首がいい位置にくるように頭を下げる。
「――っ!?」
襲われるとでも思ったのか、一歩後退る門番だが自分のセリフを思い出してまたもや驚愕の表情になっている。
「……まるで言葉がわかるみたいだな」
ええ、ばっちり理解していますとも。しゃべれますからね。
「賢い子なんです」
にっこり微笑むと門番から肩の力が抜けたのか、動きから硬さが抜けたような気がする。
それでもレオンの首に仮登録証をかけるときは若干震えているように見えたが。
「これで大丈夫だ」
まるで自分に言い聞かせるようにも聞こえる門番のセリフにティアが苦笑する。
「ありがとうございます」
「仮登録証の期限は半日だ。寄り道せずにまっすぐギルドに行って本登録することをお勧めする」
「はーい」
んじゃま、まっすぐ冒険者ギルドに向かうとしますかね。
予想より早く着いてしまったので、ティアと今後の話を軽く交わしながらギルドへ向かっていると到着する。
いつものように扉を開けて中に入ると視線が集中するのはいつものことなのだが、今回はすぐに外れるはずの視線が外れない。
そして気が付けばざわざわしていたギルド内に静寂が訪れていた。
周りを見渡すと、視線は自分ではなく後ろ――レオンに注がれていた。
「おー、注目されてるわね~」
レオンの首を撫でながら満足げにつぶやくティア。
自分に注目が集まっているわけではないが、例えレオンであってもあまり目立ちたくはないものである。この前みたいに絡まれるのはもう遠慮したい。
「と言っても無理かなぁ」
見る人が見ればレオンがただ者でないのはわかるだろう。しかもここはそういった人物が集まる場所なのだ。目立つなというほうが無理だ。
「しょうがない、さっさと登録して帰ろう」
「そうね。お腹空いたし、早く登録してしまいましょう」
思い出したかのようにお腹をさすりながら、空いているカウンターにティアが並ぶ。
そういえば街に着いたのも夕方だったなぁ。建物の中だと時間がわかりにくいし、俺の腹時計は全く役に立たないから夕食のことなんてすっぱり忘れてた。
「使い魔の登録をお願いしたいんですが」
自分の腹時計について考えているうちに、ティアが登録手続きを進めている。
「……はい、それでしたらギルドカードの提示をお願いできますか」
レオンを見つめていた職員がティアの言葉にハッと我に返って業務へと戻る。よそ見していたとはいえ立ち直りが早いな。ってギルドカードが必要なのか。
「そうなんですね。
――アフィーちゃん、カードいるんだって」
ティアが振り返ってこちらに声を掛けてきた。
「はーい」
カウンターの前に進み出したところで、静まり返っていたギルド内がざわつきだす。
「おいおい、あいつがあの使い魔を従えてんのかよ」
「まだガキじゃねーか」
「やめとけ、ゴルズをぶっ飛ばした嬢ちゃんだぞ」
「まじか!?」
「あいつもざまあねーな!」
周囲のセリフを無視してカウンターへ行くと、ポケットからカードを取り出して職員へ渡す。
この間ぶっ飛ばした冒険者の話が出て盛り上がっている気がするが、表情には出ないように耳を傾ける。
目立ってやらかした感もあったが、あのゴルズという奴は評判はともかく、ランクCだけあってそこそこの実力者だったのかね。
「はい、少々お待ちください」
カウンターの下で何やら操作をした後、数分とせずにギルドカードと共に、レオンの首にかかっている仮登録証に似たようなものを手渡される。
「仮登録証をこの正式なものに交換で手続きは完了です」
正式な登録証を持ってレオンを振り返るが、俺の身長ではレオンの首に届かない。
見かねたティアがレオンの登録証を交換して、仮登録証をカウンターへと置く。
「ありがと」
にへらとティアに笑いかけると、ティアが俺の頭を撫でる。
「他に御用はございますか?」
俺たちのやり取りを見ていた職員が、さっきより語調を和らげて尋ねてくる。
「いえ、今日はもう宿に帰ります」
「わかりました。ご利用ありがとうございました」
未だざわつくギルドを後にする。さすがに今回は俺たちに声を掛けてくる他の冒険者はいなかった。
さっそく宿へと戻り、夕食を摂ることにする。
いつものようにお勧めを注文すると、さっそく明日の相談だ。
「思ったより早く帰ってきちゃったけど、ホントに討伐依頼やるの?」
三日の工程を一日で走破したので実質二日間時間ができた。ぼけーっと過ごすのももったいないが、討伐依頼の仕事は日帰りできるものがないのが実情だ。
だというのに、街へ入ってからギルドへ向かっているときに軽くティアと今後の話をしていたが、そこで出たのが討伐依頼を受けるということだった。
「むっふっふ。ここはレオン君に手伝ってもらって討伐依頼の最短記録を更新するべきじゃないかしら」
レオンがいる宿の厩舎に視線を向けながら、なぜかニヤニヤ顔が止まらないティア。そんなにレオンの背中が気に入ったのだろうか。
というか最短記録なんて狙ったら、俺も全力で走らないといけないんですがそこは気づいてるのかな?
「……なんだか楽しそうだね」
「うん! あの疾走感がいいよね! すごく楽しい!」
もはや依頼云々よりもレオンの背中に乗って走りたいだけではないだろうか。
「お待たせしましたー。本日のお勧め、レイルフレイルのステーキですー」
いつものようにいつもの店員さんが料理を運んでくる。
レイルフレイルがなんなのかわからないが、おいしそうな匂いがしてくる。
「いただきまーす」
うーん。まあティアが楽しそうにしてるならいいかな。
ステーキをつつきながら明日の予定が決まるのであった。




