034 レオン
「アフィーちゃん!」
真っ先に反応したのはティアだ。狼に向かって魔法を放とうと魔力を集中させるが、俺と密着しているせいでうまく狙いが定まらないのか発動までには至らない。
「くそっ! なんだよ! こいつ……は?」
グリザリードも焦りの声を上げるが、狼の様子を観察したあとに語尾が疑問系になっている。
――狼は俺の顔を嘗め回していた。
「ちょっ、くすぐった、から、やめて……!」
抵抗しながらも首をなでてやるとようやく嘗め回しが止まった。
ようやく俺の上からどいてくれたので立ち上がって引き続き首を撫でてやる。久々に会うけど、大きくなってないか? ――レオン。
「アフィーちゃん。……大丈夫?」
集中させていた魔力を散らし、だが警戒は解かないティアが恐る恐るこちらに近づいてくる。スクラウドとグリザリードの二人はまだ固まったままだ。
「うん。大丈夫」
男二人に背を向けて、こっそりと水の魔法で顔を洗う。ちょっと嘗めすぎだろ。つーかこんなに甘えてくるヤツだったっけ? 小突かれてる記憶しかないが……。
よくよくレオンを観察する。一回りほど大きくなっている気がする。本当にレオンか? と疑いたくなったが、こうして目の前にいるレオンの気配を感じると、間違いないと確信できる何かがある。
逃げようと必死になっていた気配はそうそう忘れるものではない。だというのに飛び掛られるまで気づかないとは、今更になって悔しい思いがわきあがってきた。ずっと手加減してたのかな。くそっ。
「どうなってんだよ……」
若干警戒を緩めつつスクラウドは呟く。間違いなくレオンが調査対象だろう。危険だと思っていた相手がじゃれついてるのを見て戸惑っているのだろうか。
「なんなんだ、この狼は……?」
さて、どうしようかな。俺と関係があるとは思っていないようだが、できればその状態のままを維持したいところではある。関係者などと思われたら説明が面倒……というか正直に本当のことを話せるものでもない。
「うーん。かわいいね、こいつ。……ペットにでもしようかな」
若干悩んだ挙句に出てきたセリフがペットだった。かわいいなどと微塵も思っていないのだが
俺の言葉にレオンが鼻先で小突いてくる。『誰がお前のペットだ』とでも言わんばかりだが気のせいだ。きっと。
「「…………」」
男二人は沈黙したまま反応しない。
ティアにはホムンクルスの話はしていないが俺が軍関係者だったという話はしている。察していてくれているのかどうかはわからないが、とりあえず黙っていてくれるのであればありがたい。
「……せめて使い魔にすれば。数は少ないけど、魔物使いと呼ばれる冒険者はいるし」
微妙な顔をしながらグリザリード。とりあえずその案に乗っかっておこうか。
「じゃあ今日からわたしは魔物使いですね」
「それでいいんじゃないかな……」
スクラウドはなんだか顔が引きつっているようにも見える。
「……そうだな。アフィシアさんがそいつをどうにかしてくれるなら問題ない」
「はい。きちんと躾けます」
頭はいいはずなので問題ないと思うが……、ちゃんと言うこと聞いてくれるよな……? 過去のレオンを思い浮かべるが、俺を弄る姿しか浮かんでこない。
……解せぬ。
レオンを振り返って顔を見上げるが、まったくもって何を考えているかわからない。というか俺には獣の表情なんてわかるはずもないのだが。
というかここにいるのはレオンだけなのかな。全部でホムンクルスが何体いたかは知らないけど、ここに他の子もいたらちょっと厄介だ。とは言えここでレオンに聞くのもなぁ……。ペット扱いはダメっぽいし。
うーん。まああとで考えるか。
「村の連中に見せて安心させたいところだが……。どうするかな」
害獣であれば討伐部位でも見せればいいんだろうが、いくら暴れないかと言ってもこの大型の狼を村に連れて行くのは厳しいかもしれない。
「……アフィーちゃんがレオン君の上に乗ったらいいんじゃないかな?」
男二人でどうするか唸ってるところにティアが爆弾発言を投下した。
「おっ、それならいけるかも?」
グリザリードの言葉にうんうんと頷くスクラウド。
いやいやいや、レオンに乗るって、そんな恐ろしいことできるわけが……。つか乗るという発想をそもそもしたことがないぞ。しかし使い魔にすると言った手前、試す前から断ることはできない。
レオンは訓練相手であるのだが、どっちかってーと先生という意識が強い。乗るなんて恐れ多いという気持ちもあるが、これは俺が勝手に思ってるだけだ。
若干冷や汗を流しながら何も言葉を出せずにいると、レオンが伏せの状態になって口で引っ張ってきた。
「おいおい、乗れって言ってるぞ。ずいぶん賢いじゃねーか」
ええと。ほんとに乗っていいのかな? レオンを見るがなんとなく不敵な目で睨みつけられている気がする。さっきは表情なんてわからないとか思ったのはなんだったのか。俺に恨みでもあるのか。
スクラウドが「ほれほれ!」と急かしてくるがちょっと待ってくれ。
「これで一安心だな」
ちょっとグリザリードさん、勝手に安心しないでください! 乗るなんてまだ言ってない……、ってもう断れる雰囲気じゃないよね! 振り落とされたりしたら最悪の結果になりますよ!
「はやく乗って!」
なぜか羨ましそうな顔をしたティアにも急かされたので、観念してレオンの背に跨る。
「よし、じゃあ村に帰るか」
グリザリードのセリフと共に立ち上がるレオン。おお、こりゃだいぶ視界が高いね。身長二メートルくらいになったらこんなんだろうか。そしてふわふわな毛並みも気持ちがいい。気がつけば首をずっと撫でていた。
なんにしろ乗っても問題ないようだ。ここからじゃレオンの顔は見えないが大丈夫だろう。外面はいい気がするし。
そうして俺はレオンの背中に乗ったまま村へ帰るのだった。
「おぉ……、これが……、噂の獣、ですか……」
村長が村の広場でゴクリと唾を飲み込み、震える声で呟いた。
夕方の日が沈む前に村に到着した俺たちは、門番に警戒されつつもスクラウドとグリザリードのおかげで無事に村の中に入ることができた。
広場で待つように言われ、村長を呼んできてもらい現在に至るというわけだ。
「あぁ、レオン様とおっしゃるのね……」
助けてもらったと言う女性が恍惚の眼差しでレオンを見つめている。大丈夫かあの人?
他の村人たちは遠巻きにして見物しているのみだ。
「レオンはわたしが連れて行くのでもう大丈夫です」
俺はレオンの上から村長を見下ろすようにしてそう宣言する。
今まで見上げることしかしていなかったからか、すごく気持ちがいい。なんか新鮮だ。
「そうですか……。これで、安心して暮らせます」
まだ若干震える声で村長は告げる。
「一時はどうなることかと思ったが……、ま、調査結果は魔物使いの使い魔ってことで、依頼完了だな」
スクラウドが村長から依頼完了票を受け取っている。依頼完了のサインをもらえればいいのではあるが、依頼人全員が字を書けるわけでもないため、完了票というものが存在している。
まあ、字を書けても自宅にペンとインクがない場合も多いしね。
「仕事も終わったし、私たちは先に王都に帰ろうと思うけど、二人はどうする?」
「えっ? 帰るのは明日でもいいんじゃない?」
ティアの言葉にスクラウドが勢い良くこちらを振り返って返事をする。と言ってもねぇ、怯える村人を見てるとレオンと一緒に一泊する気にはならないんだよね。
村人がレオンを怖がったりしたらさっさと帰ろうなどと、村が故郷である二人にはちょっと相談し辛かったので、ティアとこっそり決めていたのだ。
「こっちにも用事ができたからね。早く帰らないと」
用事など何もないのだが建前は必要だ。
「……そうか、悪いな。せっかく手伝ってもらったのに」
重ねて早く帰る旨を告げるが、グリザリードは村の様子を察しているのか、こちらの意図に気づいているのか、引きとめようとはしなかった。
「ちゃんと報酬はもらうから王都の冒険者ギルドで待ってるよ」
「ああ。ありがとう。助かったよ」
レオンの上から見下ろしながら告げると、グリザリードからのお礼の言葉が返ってきた。




