第5話 書面の余白
一七〇二年六月十九日、私はワルシャワで男の子を産んだ。
産室には、煮出した薬草と、湯気と、汗の匂いがこもっていた。
産婆はポーランド語で何か唱えながら、窓の隙間に布を詰めた。悪い風が入らないように、と。
息子は、赤くてしわだらけなのに、賢そうに見えた。親の欲目だろうか。
モーリッツ様にも似ているような気がした。父は同じなので当然かもしれないけれど。
その春、スウェーデン軍がワルシャワに入っていた。
王は兵を集めに、南のクラクフのほうへ行っていた。街には青い軍服に黄色い折り返しの兵士があふれ、私たちは窓の鎧戸を閉めて暮らした。
スウェーデン王の本隊が街を出ていったのは出産の三日前だったと、あとで聞いた。
王が赤ん坊の顔を見に来たのは、何か月も経ってからだった。
戦場から来たその人は、鬘もかぶらず、埃で白くなった長靴のまま部屋へ入ってきた。
身をかがめて揺りかごを覗きこむと、子どもが盛大に泣きだした。王は、自分に似て声が大きいと喜んだ。
「陛下」
私は椅子の上で背を伸ばした。アウロラ様に教わった、交渉のときの姿勢。
「この子を、陛下のお子としてお認めください」
「アウロラに言われたな」
「はい」
「正直だな」
王はしばらく赤ん坊を見ていた。
「フリードリヒ・アウグスト。俺と同じ名をつけよう」
ありがたい言葉だった。
けれど、名をつけるのと、子と認めて身分を与えるのとは違う。その違いを、私はあとで何度か思い知らされた。
◇◇◇
ある夜、王は珍しくコーヒーに手をつけなかった。
杯から立つ湯気が、ゆっくり細くなっていく。
「ファティマ、おまえに夫を用意した」
私は小鍋を持ったまま、王を見た。
夫になる人は、ヨハン・ゲオルク・シュピーゲルといった。
王が選帝侯になる前から侍従として身の回りの世話をし、そのあと税の役所へ移った人だ。ライプツィヒの物品税の請負から始めて、税務顧問官になっていた。
私より年上で、痩せていて、眉間に縦じわがある。書面を見ているときが一番落ち着いて見えた。
初めて会った日、ヨハン様は挨拶もそこそこに紙を一枚差し出した。
「取り決めです。口約束ですと、後で手間が増えますから」
結婚の前にこんな紙を渡す人もいるのかと思いながら、目を通す。
罫を引いたような、几帳面な字だった。
ヨハン様は私を妻として迎える。私は公にはシュピーゲル夫人と名乗る。互いの暮らしに口は出さない。何よりも王のご意向に従う。
「ご質問があれば、今のうちに」
「ひとつだけ。あなたはコーヒーを淹れてほしいですか」
眉間のしわが、少しだけ緩む。
「……その項目は、ありませんね」
「でしたら、お代をいただこうかしら」
「おいくらだろうか」
「陛下と同じだけ」
「陛下はお支払いになっているのか」
「いいえ」
ヨハン様は声を立てて笑った。思っていたより若い笑い声だった。
こうして、私はマリア・アウロラ・シュピーゲルになった。
◇◇◇
一七〇五年、私はザクセンのホイエルスヴェルダ領にあるゼルヒェンの所領を買った。
自分が財産を持つ身になったのが、不思議だった。
ウイヴァルでは、ほしい品があれば市場へ行き、値を聞いて交渉する。今度は畑も建物も、人が働いている土地ごと買うのだ。
ヨハン様が書類を調べてくれた。
「ずいぶん思い切りましたね」
「値切れるものなら、もう少し安く買いたかったのですけれど」
「土地の売買は、市場の買い物とは違いますが」
「そうでしょうか。相手が高く売りたくて、こちらが安く買いたいのは同じです」
「あなたは本当に商人ですね」
彼は相変わらず眉間にしわを寄せていたけれども、声には面白がる響きがあった。
一七〇六年、私は娘を産んだ。
王はマリア・アンナ・カタリーナと名付けた。
瞳の色は、青灰色だった。王と同じ色。
女の子だからだろうか。息子とは違って、動きは小さい。
それでも、私の姿が見えなくなって泣き出す声は大きかった。
王は娘の誕生を喜んだ。けれど息子のときと同じく、正式な身分は与えられなかった。
私はあちこちに手紙を出し、頼れる人を少しずつ増やしていった。
ラーズィエ、アシイェ、エミネ。彼女たちに会いたかった。子どもたちの話を聞かせたかった。
娘が生まれた年の夏の終わり、スウェーデン軍がザクセンに入ってきた。
率いていたのはカール十二世。私の洗礼で代父になった四歳の王太子が、二十四歳になっていた。
あの人と王の戦争は、息子が生まれる前から続いていた。
それでも戦場が遠いうちは、実感がなかった。
スウェーデンの兵がザクセンの地を踏んだと聞いて、ウイヴァルの砲撃を思い出した。
礼拝堂で足をぶらぶらさせ、寒い国に来てかわいそうだと言ってくれた子が、今は軍を率いて、私と子どもたちの暮らす土地に来ている。
その二つが、すぐには結びつかなかった。
戦争に敗れた王は、アルトランシュテットでスウェーデンに有利な講和を結ばされた。
翌年には、ポーランド王位を手放すこととなった。
私たちもポーランドにはいられなくなり、しばらくザクセンで暮らした。
宮廷の空気も変わった。使者が行き来し、行方のわからない兵士の名が読み上げられる。
蝋燭が減り、音楽が減り、食卓の皿も減った。
ドレスデンの通りでは、スウェーデン兵の青い上着を見かけることがあった。
王がドレスデンにいるあいだ、ときおり私のもとにも知らせが届いた。
前のように、気が向けばコーヒーを飲みに来られる身ではなくなっていた。
一七〇九年、カール十二世がポルタヴァでロシア軍に大敗したと伝わってきた。
王は喜び、ポーランド王位を取り戻そうと動き出す。
私は一緒に喜べなかった。
礼拝堂で「ここ寒いもん」と言った幼い声を、まだ覚えていた。
◇◇◇
王のそばには相変わらず女の人が出入りした。
なかでもコーゼル伯爵夫人が寵愛を受け、宮廷の誰もが彼女の機嫌をうかがっていた。
透き通るように白い肌に、大きなとび色の瞳。嫋やかな姿なのに、気性は激しい。王に結婚の約束を書かせたという噂まであった。
王は城のすぐ隣に、彼女のための新しい館を建てさせた。
私を訪ねてくる人は減った。
「あなた、悔しくないの?」
そう聞いてきたのはプシェベンドフスカ夫人だ。
ポーランドの財務長官の奥方で、私とはなぜか気が合った。宮廷に滞在する時期が重なると、二人でお茶を飲みながらカードをする。
コーヒーは苦いと言うので、この人にはお茶を出していた。
「悔しくはありません」
「そうかしら。陛下はあちらへばかりいらっしゃるじゃない」
「でも、私は暮らせていますから。市場で長く店を続ける人も、目立つことはしていませんでしたよ」
彼女はカードを伏せて、私の顔を見た。
「本当の商人みたいね」
◇◇◇
カール十二世が負けてしばらく経って、ヨハン様はポーランドにある王の所領の監督を任され、レンベルクへ移った。
私も子どもたちを連れて同行した。
レンベルクは、ドレスデンともワルシャワとも違う街だった。
緑の丘に囲まれた盆地に、石造りの家々が肩を寄せ合っている。丘の上には、崩れかけた古い城の跡があった。
五年前にスウェーデン軍に攻め落とされたというのに、広場の市はもう元どおりに賑わっていた。
話される言葉も、教会の祈りも、商人の服装もさまざまだった。
夫は王の子を実の子のように扱った。
息子を膝に乗せ、算盤で計数用の珠を動かすやり方を教えている姿を、何度か見かけた。
そのころには、夫の仕事は書面の管理だけでは済まなくなっていた。
国境地帯で、ポーランドとロシア、クリミア・ハン国、オスマン帝国の思惑がぶつかり合っていたのだ。
私は折に触れて通訳を頼まれた。
毛皮の縁の帽子をかぶったタタールの使者。赤い長衣に毛皮を羽織ったオスマンの役人。
オスマン語で話すと、昔の自分に戻るような気がした。
けれど、夫の届ける報告が誰の命運を左右するのか、知りたくない日もあった。
「あなたの耳は、私の書面より役に立ちますね」
ある日、夫はそう言った。
「でしたら、お代をいただこうかしら」
「おいくらだろうか」
「陛下と同じだけ」
「陛下はお支払いに?」
「いいえ」
夫は笑った。
初めて会ったころより、ずっと親しい笑い声だった。
国境の外交は、計算どおりには進まない。
やがて王は、夫を疑うようになった。
一七一五年の春、夫をゾンネンシュタイン要塞に拘禁せよという命令が出た。
エルベ川を見下ろす崖の上の、小さな要塞だという。
何を疑われたのか、私は知らない。互いに口は出さないという決まりを守っていたから。
夫は要塞へ送られる前に亡くなった。
あまりに急で、私はしばらく何も考えられなかった。
葬儀が済んでから、机の引き出しを片づけた。
書簡に混じって、結婚のときの取り決めの紙が出てきた。
余白に、細い字で書き足してある。
「コーヒー一杯。支払い済み」
いつ払ったのだろう。
私はその紙を、先生の木のボタンと同じ箱にしまった。




