第46話 名簿に残るために
ライナー・ベックへの聞き取りは、儀礼調達室の小会議室で行った。
机の上には、第十二号印。
七年前の廃棄登録簿。
そして、レオンの家から預かった匿名報告書があった。
ノラが記録を取り、ギルベルトが立ち会う。
私は最初に、二つの日付を別々の紙へ書いた。
七年前の、印章廃棄の日。
私の婚約が解消される前日。
ライナーは、その二枚を見ていた。
「まず、廃棄登録簿について確認します」
私は署名欄を示した。
「これは、あなたの署名ですね」
「はい」
「印章が壊されるところは見ていない」
「見ていません」
「誰から、廃棄したことにするよう命じられましたか」
「当時の室長の指示だと、言われました」
「室長本人から聞いたのですか」
「いいえ。当直の調整官が伝えに来ました」
ライナーは膝の上で両手を握った。
黒い手袋。
王宮内部輸送の銅章。
顔と名前は、よく覚えていないという。
「その方が、印章を残す理由も説明しましたか」
「今後も必要になるかもしれない、と」
「廃棄済みと書く理由は?」
彼は答えなかった。
ノラが質問を記録し、返答を待った。
「理由を知ろうとはしませんでした」
ライナーが言った。
「署名を断れば、名簿から外すと言われたのです」
「何の名簿ですか」
「正式文書官の採用名簿です」
彼の胸には、銀色の章があった。
七年前には、持っていなかったものだった。
「臨時職員でも、仕事はほとんど同じでした。ですが、いつまで雇われるかは分かりません。採用が決まれば、翌年のことを心配せずに済むと思いました」
「それで、見ていない廃棄確認へ署名した」
「はい」
私は返答を読み上げ、間違いがないか確かめた。
ライナーはうなずいた。
◇
次に、匿名報告書を置いた。
「こちらは、七年前の文書ではありません」
婚約解消の前日の日付を指す。
「私が、七年前の北門通過記録について照会した日に作られています」
ライナーの視線が、紙の下端へ落ちた。
切り取られた部分だった。
「用紙の管理記録を確認しました。この紙と対応する支給控えに、あなたの受領記録があります」
それだけで、作成者とは決められない。
受け取った紙を、ほかの職員が使うこともある。
「この文書を知っていますか」
ライナーは答えなかった。
「あなたが書いたのですか」
長い沈黙のあと、彼の口が動いた。
「私が書きました」
ノラが、言葉どおりに記した。
「内容も、あなたが考えたのですか」
「要点を書いた紙が、机に置かれていました。それを報告にまとめるよう、指示がありました」
「どのような要点ですか」
ライナーは一つずつ答えた。
私が救済記録を写したこと。
四十一号について尋ねたこと。
貴族家との婚約があること。
「それらを、どうまとめるよう求められましたか」
「王宮内部の情報を、不当に得ようとしている行為として」
私は報告書へ目を落とした。
記録を写した。
輸送車を調べた。
婚約もしていた。
それぞれの出来事は、私のものだった。
だが、理由をつなぎ替えられると、そこにいる私は別の人間に見えた。
「要点の紙は残っていますか」
「翌朝には、なくなっていました」
「完成した報告書は?」
「封をして、指定された回収箱へ入れました」
「届け先を知っていましたか」
「知りません」
「誰の指示でしたか」
ライナーは、報告書の切られた下端を見たまま答えた。
「机にあった紙には、名前がありませんでした」
「口頭で確認しましたか」
「していません」
私は、七年前の廃棄登録簿へ目を向けた。
「では、なぜ従ったのですか。当時は臨時職員でも、この報告を書いたときには、正式文書官だったはずです」
彼は胸の銀章へ手を上げた。
指先が触れ、そこで止まった。
「紙には、もう一つ書かれていました」
「何ですか」
「断るなら、七年前の廃棄確認を調べ直すと」
◇
ギルベルトが姿勢を変えた。
「その文面を、正確に覚えているか」
「一字一句ではありません。ですが、第十二号印と、私の署名のことが書かれていました」
「現在の室長に相談したか」
「いいえ」
「なぜだ」
「相談すれば、自分が何をしたか話さなければなりません」
ライナーは銀章から手を離した。
「最初の署名だけで済むと思っていました」
声が、少し低くなった。
「正式な名簿に載れば、それで終わると。そのあと、同じことを求められるとは考えませんでした」
七年前は、名前を載せるために。
今度は、載った名前を失わないために。
私は報告書を、彼の前へ戻した。
「この報告によって、私に何が起きると思いましたか」
「婚約が解消されるとは、知りませんでした」
「それ以外には?」
ライナーは唇を湿らせた。
「職を失うかもしれないとは、思いました」
「それでも書いたのですね」
「はい」
彼は銀章を外し、机へ置いた。
小さな金属音がした。
「私が書かなくても、ほかの者が書くと思いました」
私は返事をしなかった。
ライナーは銀章を見ていた。
「……それなら、自分が書いても同じだと、思うことにしました」
ノラのペンが動く。
彼はその音を聞いてから、顔を上げた。
「守りたかったのは、私自身です」
私はすぐには、次の質問へ進めなかった。
彼は、私が仕事を失うかもしれないと分かっていた。
そのうえで、私の行動に別の理由を与えた。
机の上の紙を整え、息をつく。
「採用されたいと思ったことも、過去の署名を知られるのが怖かったことも、記録します」
私は白紙を出した。
「あなたが何を書き、その結果をどこまで考えていたかも、残します」
◇
証言は、二つに分けて作成した。
七年前の廃棄確認。
婚約解消前の匿名報告。
ライナーが直接聞いたことと、そうだと考えたことを区別する。
七年前の調整官と、今回の指示書を置いた者が同じかどうかは、分からない。
ただ、第十二号印の虚偽の廃棄確認を知る者が、その署名を使って彼に文書を書かせた。
「回収箱の場所を教えてください」
ノラが尋ねた。
ライナーは部屋の位置と、通常の回収時刻を答えた。
管理担当と受渡し記録は、別に確認することになった。
証言書を読み上げると、彼は一か所訂正した。
「正式な命令書を受けた、とは書かないでください」
ノラが手を止めた。
「どのように直しますか」
「名前のない指示でした。命令書かどうか、確かめていません」
訂正を加え、もう一度読み上げる。
ライナーはうなずいた。
「署名をお願いします」
私がペンを差し出すと、彼は銀章を見た。
「これを書けば、職を失うかもしれません」
「処分を決めるのは、私ではありません」
「分かっています」
彼はペンを取った。
七年前の署名は、すでに帳簿に残っている。
今回の報告も、私たちの手元にある。
今、彼が書こうとしているのは、その二つに至る経緯だった。
ライナー・ベック。
最後の一画を引き、彼はペンを置いた。
◇
「もう一つ、確認していただきたい記録があります」
ライナーが言った。
「四十一号の荷についてです」
私は顔を上げた。
「七年前のものですか」
「はい。第八車が戻った夜、私が清書しました」
ギルベルトの立ち会いで、保管庫へ移動した。
ライナーは最下段の綴りを示す。
取り出した記録の番号と、保管場所をノラが記した。
北方救済用穀物から、儀礼用保存穀物への振替。
数量は、第八車の出庫量と一致する。
用途欄には、建国祭用とあった。
「七年前の建国祭は、中止されています」
ノラが言った。
北方の被害が大きく、祝祭を行うべきではないと判断された年だった。
「これは使用済みの記録ではなく、用途の変更ですね」
私は確認した。
「はい」
ライナーが答えた。
「元の出庫記録を見て、書き換えたのですか」
「渡された文面を清書しました」
「誰から渡されましたか」
「廃棄確認へ署名するよう伝えに来た調整官です。そのときは、顔と銅章で分かりました」
私は、証言へ追加してもらった。
同じと述べた根拠も残す。
それでも、氏名はまだ確認できていなかった。
「振替後の出庫を追います」
私はギルベルトへ向いた。
「会計室の処分記録と、照合できますか」
「照会を出そう」
◇
夕刻、王宮会計室から売却控えが届いた。
建国祭中止に伴う、余剰品の処分。
買受先、ベルク商会。
品目、保存穀物。
数量は、儀礼用へ振り替えられた量と一致していた。
私は参照番号をたどった。
売却控えは、目の前の振替記録に結びついている。
「この荷です」
ノラが二枚を並べた。
北方へ送る救済穀物。
王宮の儀礼用保存穀物。
建国祭中止による余剰品。
書類を移るたびに、荷の扱いが変わっていた。
「商会への引渡先は?」
ギルベルトが尋ねた。
ノラが控えの次の頁を開く。
北方街道沿いの商会倉庫だった。
私は、その所在地を地図で確かめた。
北門を通らず、王宮へ戻された穀物。
それが王宮の余剰品として売られ、再び北へ向かっていた。
「ライナーさん。このあとの行き先を御存じですか」
「知りません。販売には関わっていませんでした」
「では、商会の受入れと取引を確認します」
私は照会先を書いた。
七年前の穀物が、どの村へ届いたのか。
まだ、この売却控えだけでは分からない。
だが、次に確かめる帳簿は決まった。
紙を閉じようとして、金額の横の注記に気づいた。
北方特別価格にて再販売を許可する。
本文とは違う手で、書き加えられている。
その一行の下には、個人の名がなかった。
私は閉じかけた控えを、もう一度開いた。
「この許可の根拠も、確認してください」
無料で届けるために出された穀物だった。
それを北方で売ることまで、誰かが認めていた。
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