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「役立たずの記録係はいらない」と婚約破棄されましたが、王国を救ったのは私の帳簿でした  作者: 北野風人


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名簿に残るために

 ライナー・ベックへの聞き取りは、儀礼調達室の小会議室で行った。


 扉は閉めたが、鍵はかけなかった。


 彼はまだ容疑者ではない。


 だからといって、自由に帰すこともできなかった。


 机の上には、第十二号印。


 七年前の廃棄登録簿。


 そして、前の婚約者の家から預かった匿名報告書が置かれていた。


 ノラが記録役として座り、ギルベルトは扉のそばに立った。


 私はライナーの向かいへ腰を下ろした。


「確認します。廃棄登録簿へ署名したのは、あなたですね」


「はい」


「印章が破壊されるところは見ていない」


「はい」


「誰に命じられましたか」


 ライナーは膝の上で両手を握った。


「当時の室長からです」


「本人から聞いたのですか」


「いいえ」


 命令を運んできたのは、当直の調整官だったという。


 黒い手袋。


 王宮内部輸送の銅章。


 顔はよく覚えていない。


 声は低く、必要なことしか話さなかった。


「名前は?」


「知りません。当時の臨時職員は、上級官の名を尋ねられませんでした」


「印章を残す理由は聞きましたか」


「今後も必要になるかもしれない、とだけ」


「それで、見てもいない廃棄記録に署名したのですか」


 ライナーはうなずいた。


「断れば、名簿から外すと言われました」


「何の名簿です」


「正式文書官の採用名簿です」


 彼の胸には、銀色の章がある。


 七年前、彼が欲しかったものだった。


「臨時職員でも、仕事は正式文書官とほとんど同じです。ですが、名前は職員名簿の末尾にしか残りません。いつ辞めさせられても、理由を尋ねられない」


「だから署名した」


「はい」


 私は匿名報告書を彼の前へ置いた。


「この文書を知っていますか」


 ライナーの肩が、わずかに震えた。


「紙の管理番号を確認しました。この紙は、七年前の同じ月に、儀礼調達室へ支給されたものです」


 支給当日の記録に残る受領者は三人。


 一人はすでに死亡している。


 一人は荷運び係で、文書作成には関わっていない。


 残る一人がライナーだった。


 それでも私は、記録だけで決めつけなかった。


「あなたが書いたのですか」


 沈黙が続いた。


 ノラのペンも止まっている。


 やがてライナーは目を閉じた。


「はい」


 声は小さかった。


「私が書きました」


「内容も、あなたが考えたのですか」


「違います。机の上に、要点を書いた紙が置かれていました」


 私が救済記録を写したこと。


 四十一号車について尋ねたこと。


 貴族家と婚約していたこと。


 それらを、王宮内部の情報を不正に得ようとした行為としてまとめるよう命じられた。


「指示書は残っていますか」


「翌朝にはなくなっていました」


「完成した報告書は、誰に渡しましたか」


「封をして、指定された回収箱へ入れました。届け先は知りません」


 匿名報告書に書かれた出来事は、すべてが嘘ではなかった。


 私は記録を写した。


 四十一号車について尋ねた。


 貴族家との婚約もあった。


 ただし、理由だけが書き換えられている。


 確認は詮索に。


 記録は盗んだ情報に。


 婚約は、王宮へ近づくための手段にされた。


 事実を消さなくても、人を罪人のように見せることはできる。


「この報告によって、何が起きるか知っていましたか」


「婚約が解消されるとは知りませんでした」


「何も起きないと思っていた?」


 ライナーは首を振った。


「あなたが職を失うかもしれないとは、思いました」


「それでも書いた」


「正式文書官になりたかったのです」


 彼は胸の銀章を外した。


 机の上へ置く。


「私の名前が名簿に載るなら、一枚だけ書けばいいと思いました」


「家族がいたのですか」


「いいえ」


 ライナーは顔を上げた。


「守りたかったのは、私自身です」


 言い訳をしなかったからといって、責任が軽くなるわけではない。


 けれど、誰かのためだったと美しく言い換えないことは、証言を残すうえで必要だった。


「あなたが正式文書官になりたかったことと、私を傷つけたことは、別の記録です」


「分かっています」


「ならば、二つとも残します」


 私は白紙の証言書を差し出した。


「印章の廃棄を確認せず署名したこと。匿名報告書を書いたこと。命令を受けた方法。覚えている限り、書いてください」


「これを書けば、私は職を失います」


「書かなくても、あなたの署名はすでに残っています」


 ライナーは机の上の銀章を見つめた。


 やがてペンを取る。


 最初の一文字を書くまでに、時間がかかった。


 だが、書き始めると手は止まらなかった。


 最後に、自分の名前を記す。


 ライナー・ベック。


 七年前、正式名簿に載るために私の名前を傷つけた男が、今度は職を失うかもしれない証言へ、自分の名を残した。


「もう一つあります」


 署名を終えたあと、彼が言った。


「四十一号車の荷についてです」


 私とノラの立ち会いで、ライナーは保管庫の最下段から一冊の振替記録を取り出した。


「第八の荷車が戻った夜、私が清書しました」


 北方救済用の穀物は、別の名称に変えられていた。


 儀礼用保存穀物。


 数量は、第八車に積まれていた量と一致する。


 用途欄には、


 建国祭にて使用。


 そう書かれていた。


「七年前の建国祭は中止されています」


 ノラが言った。


 北方の被害が大きく、祝祭を行うべきではないと判断された年だった。


「使っていない物を、使用したと書いたのですか」


「渡された文面を清書しました」


「誰から?」


「同じ調整官です」


 振替記録だけでは、穀物の行き先は分からない。


 ギルベルトが王宮会計室へ確認命令を出した。


 夕刻、会計室から七年前の売却控えが届いた。


 建国祭中止に伴う余剰品の処分。


 買い取ったのは、ベルク商会。


 品目は保存穀物。


 重量は、儀礼用へ振り替えられた量と一致していた。


 救済用穀物。


 儀礼用保存穀物。


 祭りで使用済みの穀物。


 商会へ売却された余剰品。


 一つの荷が、記録を移るたびに名前を変えていた。


 一枚ずつ見れば、どれも正しいように見える。


 だが、同時には成立しない。


「ベルク商会へ渡ったあとは?」


 私が尋ねると、ライナーは首を振った。


「知りません」


 ノラが売却控えを裏返した。


「搬出先があります」


 北方街道沿いの商会倉庫だった。


 第八車の穀物は王都へ戻され、王宮の余剰品として売られ、別の商品になって再び北へ運ばれていた。


 救済ではなく、売り物として。


「商会の帳簿を確認します」


 ギルベルトが言った。


「はい」


 私は売却控えの最後の欄を見た。


 ベルク商会が支払った金額の横に、小さな注記がある。


 北方特別価格にて再販売を許可する。


 その一行だけは、別の手で書かれていた。


 誰の名も、その下にはなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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