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「役立たずの記録係はいらない」と婚約破棄されましたが、王国を救ったのは私の帳簿でした  作者: 北野風人


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消される印章

 私たちが王宮へ戻ったとき、儀礼調達室の裏門から一台の荷車が出ようとしていた。


 荷台には、細長い木箱が六つ積まれている。


 どの箱にも白い紙が貼られ、赤い文字で「廃棄」と記されていた。


「止めてください」


 私が声を上げると、御者は手綱を引いた。


 馬が首を振り、石畳の上で蹄を鳴らす。


 荷車に付き添っていた職員が、不快そうに振り返った。


「何ですか。工房への搬出です」


「中身は?」


「古い印章と、使用期限を過ぎた通行札です」


 ギルベルトが調査命令書を示した。


「確認が終わるまで動かすな」


「ですが、室長の廃棄命令が出ています」


 職員が差し出した搬出票には、儀礼調達室長の印があった。


 発行日は二日前。


 四十一号車の使用を停止した翌日だった。


 前の婚約者の屋敷を調べるよりも前だ。


 どこから情報が漏れたのかは、まだ分からない。


 けれど、四十一号車の調査が始まった直後に、七年前の印章が廃棄対象になった。


 偶然として片づけるには、時期がよすぎた。


「箱を開けてください」


 職員は動かなかった。


「正式な命令ですか」


「はい。ただし、儀礼調達室の通常業務は止めません」


 私は命令書の余白に、停止する範囲を記した。


 旧印章、旧通行札、過去の運搬記録の廃棄のみを停止する。


 新しい備品の搬入や、予定されている儀礼品の運搬は継続する。


 ギルベルトが内容を読み、その下へ署名した。


「これで足りるか」


 職員は返事をせず、木箱を地面へ下ろした。


 釘を抜く。


 中には布で包まれた銅製の印章が並んでいた。


 鳥。


 獅子。


 剣。


 麦穂。


 貴族家や王宮各室の紋章が、小さな金属面に刻まれている。


 ノラが一本ずつ取り出し、番号を読み上げた。


「貸与印、第三号」


「確認」


「第七号」


「確認」


「第十二号」


 ノラの手が止まった。


 布の中から現れたのは、翼を広げた鳥と細い月の紋章だった。


 私は預かっていた青い封蝋片を取り出した。


 欠けた線まで、印面の彫りと一致する。


「登録簿を確認します」


 私が言うと、職員の目が泳いだ。


「登録簿は保管庫です」


「案内してください」


 儀礼調達室長が姿を見せたのは、そのときだった。


 銀髪を整えた細身の男だった。


 木箱と私たちを交互に見て、眉をひそめる。


「廃棄作業を妨げていると聞きました」


「七年前に廃棄済みのはずの印章が、箱から出てきました」


 室長の視線が、第十二号印へ落ちた。


「あり得ない」


「だから、登録簿を確認します」


「建国記念晩餐会が近いのです。古い器具を片づけなければ、新しい備品を収められない」


「前回の整理はいつですか」


 室長は答えなかった。


 ノラが搬出記録をめくる。


「昨年は実施されていません。その前の年もありません」


「人手が足りなかっただけだ」


「今年、急に人手が足りたのですか」


 ギルベルトの問いに、室長は口を閉じた。


 疑わしい。


 だが、疑わしさだけで通常業務のすべてを止めることはできない。


「廃棄対象だけを封印します」


 私は言った。


「通常の調達と運搬は続けてください。ただし、この箱に入っている物を一つでも動かした場合、動かした者の名前を記録します」


 室長はしばらく黙っていたが、やがて保管庫の鍵を取り出した。


 扉の奥には、壁一面の棚があった。


 ノラと二人で番号をたどり、七年前の貸与印登録簿を見つける。


 第十二号。


 貸与先は、鳥と月の紋章を持つ家。


 灰青色の儀礼用封蝋とともに王宮内部で使用。


 返却済み。


 七年前の秋、金属工房にて破砕。


 登録簿の上では、確かに廃棄されていた。


 私はその下に並ぶ三人分の署名を見た。


 一人目は、当時の儀礼調達室長。


 二人目は、金属工房の責任者。


 三人目は、廃棄を確認した臨時文書係。


「この三人を確認してください」


 ノラが職員名簿を運んできた。


 当時の室長は五年前に病死。


 工房責任者も三年前に事故で亡くなっている。


 三人目だけが、今も儀礼調達室に所属していた。


「呼んでください」


 室長は扉の外にいた職員へ命じた。


 やがて、痩せた男が保管庫へ入ってきた。


 四十歳前後。


 袖口にはインクの染みがあり、胸には正式文書官の銀章がついている。


「ライナー・ベックです」


 男は名乗った。


 私は登録簿を彼の前へ置いた。


「この署名は、あなたのものですか」


「はい」


「七年前、この印章が壊されるところを見ましたか」


 ライナーは帳簿を見なかった。


 白い布の上に置かれた第十二号印を見つめていた。


 顔から血の気が引いていく。


「答えてください」


 長い沈黙のあと、彼の唇が動いた。


「見ていません」


「では、なぜ署名したのです」


「廃棄したことにしろと、命じられました」


 保管庫の中から音が消えた。


 七年前に捨てられたはずの印章は、残されていた。


 消されたのは物ではない。


 それが残っているという事実だった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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