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「役立たずの記録係はいらない」と婚約破棄されましたが、王国を救ったのは私の帳簿でした  作者: 北野風人
八台目の行き先

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第43話 四十一号の行き先

 八号救済車の車軸は、旧王室穀倉から動かさなかった。


 床へ置かれた状態で、まず周囲を確認する。


 車軸の長さ。


 両端に残る金具の跡。


 救済車を示す麦穂の焼き印。


 その横に刻まれた「VIII」。


 反対側には、あとから加えられた王宮内務輸送の冠印と「四一」の番号がある。


 私は一つずつ読み上げた。


 王宮から同行した記録官が書き留め、ギルベルト、アルベルト、旧穀倉の現場責任者が内容を確認する。


「異なる点はありますか」


 私が尋ねると、三人とも首を横に振った。


 車軸の両端へ保全用の布を巻き、結び目に封蝋を落とす。


 私とギルベルトが、それぞれの印を押した。


「王宮監査室へ運びますか」


 現場責任者が尋ねる。


「今は動かしません」


「ここは、改修工事中です」


「だからこそです。発見された場所も証拠になります」


 ギルベルトが作業員たちを見た。


「この一画の解体を止める。車軸へ触れる者を置くな」


「ほかの搬出作業は?」


「記録と現物が一致するまで止めろ」


 現場責任者は一瞬ためらったが、すぐに作業員へ指示を出した。


 以前のギルベルトなら、車軸を北門司令部へ持ち帰っていたかもしれない。


 今回は、私の確認が終わるまで待った。


 小さな違いだった。


 だが、誰か一人の判断だけで証拠の場所が変わらなかったことには意味がある。


「四十一号は、今も使われているのでしょうか」


 私が尋ねると、ギルベルトは冠印を見た。


「王宮内務輸送の番号なら、廃車になっていない限り、別の車体へ引き継がれている可能性がある」


「番号を引き継げるのですか」


「荷車は壊れる。車輪や荷台を交換するたびに新しい番号を与えていたら、管理できない」


「どこまで交換しても、同じ荷車なのですか」


 ギルベルトは答えなかった。


 車輪を替える。


 荷台を替える。


 車軸を替える。


 すべてが新しくなったあとも、同じ番号だけが残る。


「現在の四十一号を確認します」


 私は言った。


「王宮内務車場だ」


 ギルベルトが答えた。


「ここから遠くない」


 旧穀倉を出る前に、アルベルトが私を呼び止めた。


「エリナ」


「はい」


「王宮へ戻ったら、証言書を提出する」


「七年前の件についてですか」


「ああ」


 アルベルトは封印された車軸を見た。


「北門を開けるようハルトへ頼んだこと。八台目を確認しなかったこと。翌朝の到着報告を疑いながら、それ以上調べなかったこと」


「すでに口頭では記録されています」


「私自身の署名を残す」


 彼の声は静かだった。


「それから、この件の調査が終わるまで、七年前の救済輸送に関する判断から外れる」


「現在の救済業務すべてから外れる必要はありません」


「分かっている。過去の自分を調べる者に、私が命令を出さないためだ」


 責任を負うことと、何もかも手放すことは違う。


 それを、彼も理解していた。


「回避する範囲を明記してください」


「分かった」


「提出先と受領者も」


 アルベルトが苦い顔をした。


「相変わらず細かいな」


「曖昧な回避では、必要なときだけ戻れてしまいます」


「それも書く」


 彼は少し黙ってから言った。


「七年前、私は結果が出るまで黙っていた」


「はい」


「今度は、結果が出る前に私の名を残す」


 私はうなずいた。


「受領されたことまで確認してください」


「君に頼む」


「ご自分で確認してください」


 アルベルトは一瞬目を見開き、それから小さく笑った。


「分かった」


 王宮内務車場には、三十台ほどの荷車が並んでいた。


 食材を運ぶ箱型の車。


 薪や水樽を載せる平らな車。


 屋根の付いた儀礼用の車。


 番号は荷台の後ろと、車軸の金具に付けられている。


 車場の責任者へ身分証を見せ、四十一号の所在を尋ねた。


「四十一号なら、南側の修理場です」


「故障していますか」


「今日、戻ったばかりです。後輪から音がすると御者が」


「使用部署は?」


「王宮儀礼調達室です」


 救済局でも、北門司令部でもなかった。


 王宮の宴会、式典、貴族を招く催しに必要な品を運ぶ部署だ。


 修理場にあった四十一号は、第八号救済車の車軸より明らかに新しかった。


 荷台の木材も、長くても三、四年ほどしか使われていない。


 後部には、冠印と「四一」の番号が刻まれている。


 私はしゃがみ、車軸を確認した。


 救済車の麦穂印はない。


「旧穀倉にあるものとは別です」


 記録官が言った。


「番号だけが同じです」


「現在の車体は、いつから使われていますか」


 車場責任者は首をかしげた。


「私は三年前にここへ来ました。その時には、もうこれでした」


「以前の四十一号を知る者は?」


「修理工のマティアスなら。ここで二十年以上働いています」


 呼ばれてきたのは、背の曲がった老人だった。


 右手の指が二本、途中から動かない。


 老人は現在の四十一号を見たあと、私たちが持参した車軸の写しを受け取った。


「この印を見たことがありますか」


 私が尋ねる。


 マティアスは、しばらく何も言わなかった。


 指先で「VIII」の線をなぞる。


「ある」


「どこで?」


「古い北門倉庫だ。七年前だったと思う」


「何をしましたか」


「車輪を外した」


「修理のためですか」


「そう言われた」


「車軸は壊れていましたか」


「いや」


 マティアスは首を横に振った。


「折れていたなら、棚の横木には使えない」


「では、なぜ車輪を外したのですか」


「荷台を軽くするためだ」


「何を載せていましたか」


「小麦だ。袋が積まれていた」


「その小麦をどこへ?」


 老人の顔が硬くなった。


「知らん」


「見た範囲だけで構いません」


「荷台から下ろして、別の車へ積み替えた」


「どんな車でしたか」


「王宮内務の荷車だ。番号までは覚えていない」


「どこへ向かいましたか」


「王宮側の門から出た。それ以上は見ていない」


 北部へ向かう搬出口ではない。


 王都の内側へ戻る門だった。


「誰の命令でしたか」


「名前は知らん」


「顔は?」


「外套の頭巾を深くかぶっていた。夜で、雪も降っていた」


「身分を示すものは?」


「内務輸送の銅牌を持っていた」


「ほかに覚えていることは?」


 マティアスは目を閉じた。


「黒い手袋をしていた」


 ギルベルトが私を見る。


 私は記録官へ目を向けた。


「黒い手袋を着用。王宮内務輸送の銅牌を所持。氏名、所属、性別は確認できず、と記録してください」


「男だった」


 マティアスが言った。


「声は男だった」


「声を変えることはできます」


 私は答えた。


「確認できるのは、低い声だったことまでです」


 老人は少し不満そうだったが、反論はしなかった。


「車体は、そのあとどうしましたか」


「救済車の麦穂印を削るよう言われた」


「消しましたか」


「荷台の印は消した。だが、車軸の焼き印は深すぎた」


「だから、印のある面を下へ向けて棚に使った?」


「ああ」


「四十一号の番号を付けたのは?」


「私だ」


 マティアスの声が小さくなった。


「内務輸送車として組み直すよう指示された。冠印と四一の焼き鏝を渡された」


「不審に思わなかったのですか」


「正式な銅牌を持っていた。救済車を内務用へ戻すことも、ない話ではなかった」


「食糧を積んだままですか」


「そのときは、もう空だった」


「積み替えられた小麦が、どこへ運ばれたかは?」


「知らない」


 老人の答えは、そこまでだった。


 七年前の小麦が王宮へ戻されたことは分かった。


 だが、王宮のどこへ入り、誰が受け取ったのかは確認できない。


 当時、王宮の備蓄に不足があった可能性。


 別の場所へ横流しされた可能性。


 どちらも考えられる。


 しかし、今ここで書けるのは一つだけだ。


 第八号救済車の小麦は、別の宮内輸送車へ積み替えられ、王都の内側へ運ばれた。


「証言書を作成します」


 私はマティアスへ言った。


「読み上げたあと、間違いがなければ署名してください」


「私も罪になるのか」


「判断するのは私ではありません」


「命令に従っただけだ」


「そのことも書きます」


「書けば、信じるのか」


「あなたが何を見て、何を知らなかったのかを分けて残します」


 マティアスは、動かない二本の指を見た。


「七年前に聞かれていれば、もっと覚えていた」


「それでも、今話したことには意味があります」


 彼はゆっくりとうなずいた。


 証言の確認が終わると、私は現在の四十一号へ戻った。


「同じ車体ではありません」


 ギルベルトが言った。


「ですが、同じ番号が使われ続けています」


「番号を止めるか」


「四十一号だけでは足りません」


「すべての車を止めれば、王宮の業務が止まる」


「番号を引き継いだ車だけ、一時的に確認します」


 私は車場責任者へ尋ねた。


「旧車から番号を継いだ車両は、識別できますか」


「台帳を見れば」


「今日は台帳を動かさないでください。車場で確認します」


 ギルベルトがうなずいた。


「内務輸送番号を継承した車両は、車体、車軸、使用部署が一致するまで、新たな搬出を止める」


「正式な命令にしますか」


 私が尋ねる。


「共同確認者として署名してくれるなら」


「内容を確認してからです」


「分かっている」


 車場責任者が、四十一号の荷台を開いた。


「積み荷を下ろしてもよろしいですか」


「何を運んでいましたか」


「儀礼用の銀食器と、空になった葡萄酒の箱です。午前中に返却されたものです」


 銀食器はすでに降ろされていた。


 荷台には、空の木箱が三つ残っている。


 どれも王宮儀礼調達室の焼き印があり、返却済みを示す白い紐が結ばれていた。


 私は荷台へ上がった。


 床板に新しい傷はない。


 隅に乾いた藁が残り、葡萄酒の匂いがわずかに染みついている。


「何かありますか」


 ギルベルトが尋ねた。


「まだ分かりません」


 奥の木箱を動かす。


 その下に、青い欠片が落ちていた。


 蝋だった。


 箱を封じていたものが割れ、床へ張り付いたらしい。


 私は布越しに拾い上げた。


 青い封蝋の表面に、紋章の一部が残っている。


 翼を広げた鳥。


 その下に、細い三日月。


「王宮の印ではありませんね」


 記録官が言った。


 私は答えなかった。


 その紋章を、知っていた。


 かつて届いた手紙の封に、何度も押されていた。


 婚約が決まった日にも。


 役立たずの記録係と呼ばれ、婚約を破棄された日にも。


 同じ青い蝋と、同じ紋章が使われていた。


「エリナ?」


 ギルベルトが私の名を呼んだ。


 私は欠片を証拠布で包んだ。


「確認が必要です」


「どこの家の紋章だ」


 王宮の儀礼用品を運ぶ四十一号。


 七年前、北部へ行かなかった八台目の番号を継いだ荷車。


 その荷台に、かつての婚約者の家の封蝋が残っている。


 けれど、それだけでは何も断定できない。


「以前、私が婚約していた家です」


 私は答えた。

お読みいただき、ありがとうございます。

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