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「役立たずの記録係はいらない」と婚約破棄されましたが、王国を救ったのは私の帳簿でした  作者: 北野風人


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19/50

追いつけない命令書

「間に合いません」


 王都北門の伝令所で、当直官は地図を見たまま言った。


「昨日の朝に出た者を、今から追っても追いつけません」


 窓の外は、もう暗くなり始めていた。


 中央財務評議会の伝令が王都を出たのは、昨日の朝。


 私たちがミリアの墓を開くより前だ。


 北部監督所から届いた手紙によれば、オスカーは第四の種麦車に帳簿の一頁を隠している。


 そして中央財務評議会から出た伝令は、その事実を私たちより先に知っていた。


「最短で、北部までどのくらいですか」


「馬を替え続けても二日です」


「伝令は、どの経路を?」


「西方街道です。第一駅、石橋駅、北部第三駅を経由する正式路です」


 当直官が地図の上を指でなぞった。


「王国の緊急伝令なら、各駅で交換馬が用意されます。先行している者との差は縮まりません」


 正しい道を、同じ速さで走る。


 それでは、追いつけない。


「停止命令を出す」


 ローディス監察官が言った。


「監察局の印を使う。各伝令所へ回せ」


「停止命令そのものを運ぶ者が必要です」


 当直官は困った顔をした。


「北部まで伝わるころには、先の伝令も到着しています」


 正しい命令でも、遅ければ意味がない。


 私は壁に掛けられた街道図を見た。


 西方街道には、太い線が引かれている。


 王都から北部まで続く正式な道。


 途中には、大きな石橋が描かれていた。


「西方石橋は、通行できるのですか」


「もちろんです」


 当直官は答えた。


「二か月前に修繕が完了しています」


「その記録を見せてください」


「今ですか?」


「今だからです」


 当直官が持ってきた道路台帳には、確かにそう書かれていた。


 西方石橋修繕完了。


 工事費支払済み。


 検査済み。


 通行制限解除。


 中央財務評議会で見つけた道路補修費の帳簿にも、同じ記録があった。


 書類の上では、橋は直っている。


 だが、私は別の数字を見たことがあった。


 北部へ向かう前、各地から届いた運搬報告を確認したときだ。


 西方石橋の周辺だけ、荷車の通行数が極端に少なかった。


 修繕された橋なら、そんなことは起こらない。


「地方報告書はありますか」


「地方から届く文書は、別の棚です」


 古い綴りを出してもらった。


 石橋村から王都へ送られた月例報告。


 最新の一枚には、こう書かれていた。


 橋脚破損。


 大型荷車通行不能。


 仮設板は人馬一頭まで。


 修繕要請、三度目。


 さらに、今朝届いた追記があった。


 前夜の雨により川が増水。


 渡し舟停止。


 西側迂回路は崖崩れにより通行不能。


 私は中央の道路台帳と、地方報告書を並べた。


「修繕は終わっていません」


 当直官が目を見開いた。


「ですが、支払い記録には――」


「工事費が支払われた記録はあります。工事が行われた証拠はありません」


 中央では、橋は直ったことになっている。


 地方では、壊れたまま残されている。


 中央の記録だけを信じた伝令は、西方街道を進む。


 そして今、崩れた橋と増水した川の前で止められている可能性がある。


「別の道は?」


 ローディス監察官が訊いた。


 私は地方報告書の余白を見た。


 荷車通行不可。


 ただし、東の牧道を利用すれば、人馬のみ迂回可能。


「東側に、牧草を運ぶための旧道があります。王国の街道図には載っていません」


「どの程度、短くなる」


「西方石橋を迂回するより、半日は早いはずです」


 当直官が首を振った。


「夜に走れる道ではありません。標識も伝令所もない」


「案内できる者は?」


「石橋村出身の馬丁が一人います。ですが――」


「呼んでください」


 私は地図から顔を上げた。


「追いつけないのは、同じ道を走った場合です」


     ◇


 私たちは日が沈む前に王都を出た。


 ローディス監察官。


 監察局の騎兵が二人。


 東の牧道を知る馬丁。


 そして私。


 私はまだ、記録監査官へ復職していない。


 監査印も封じられたままだ。


 公務として馬を借りる権限すらなかった。


 だからローディス監察官は、命令書へこう記した。


 北部種麦事件・重要証人。


 公文書鑑定補助者。


「補助者ですか」


 馬へ乗る前、私は言った。


「不満か」


「いいえ。死人よりは、ずっとましです」


 夜の牧道は細かった。


 街道のように石は敷かれていない。


 雨でぬかるんだ土を、馬の蹄が深く踏む。


 左右には背の高い草が茂り、月の光さえ届かなかった。


 何度も枝が頬をかすめた。


 一度、馬の前脚が泥へ沈みかけた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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