Des roses en fleurs dans l'église.
ーあらすじー
ケガの治療の為、家具職人ジャンに連れられてレコレ修道院にやってきたケイジ。
そこで待っていたのは中性的な魅力を備えた青年アンドレだった。
「それじゃあ、後はよろしく頼む。」
ジャンはくるりと背を向けて、足早に立ち去ろうとする。
本当に忙しいのだろう、その顔には焦りが浮かんでいた。
「あの……ありがとうございました!」
深々と頭を下げた俺に、彼は振り返らずに手をひらひらとさせて答えてくれた。
「いい人でしょ、ジャンさん。」
アンドレと呼ばれた青年は、ジャンの背を見送る俺の隣に立つと笑みをこぼす。
目鼻立ちがスッと通っていて、黙っていれば性別の判断が出来ないように見える。
「もう50は過ぎてるはずなのに元気ですよね。この間なんて、ワシは生涯現役だー、なんて意気込んでましたよ。さぁ、治療しましょうか……えーっと。」
「俺は、ノアって言います。」
彼の意図を汲み取って『自身』の名を口にする。
「ノアさんですね。ようこそ、レコレ修道院へ。」
アンドレに促されるまま応接室と思しき場所へと通された。
どれほどの雨風を耐えてきたのか、石造りの壁は何処となくくたびれて見えたが、それが逆に安心感を覚えさせる。
非常に簡素な木製の椅子と机が備え付けられており、こちらも長く愛用されているのだろう、角が丸くなりそこかしこに傷はあるもののまだまだやれるぞと主張するようだった。
「こちらにかけて待っててください。すぐに戻りますので。」
腰を下ろした俺を置いて、彼は奥の扉の先へと消えていく。
手持ち無沙汰になってしまったので、再び意識を『権能』へと向けてみる。
身体感覚と並列に存在するそれは、いつの間にやら元の状態に戻っているように感じる。
先程ジャンと休憩した時には戻っていなかった為、最低10分以上は間を空けなければ使えないのだろう。
1秒しか停められないというのに、全く不便極まりない。
甲高い音を立てながら扉が再び開いたことで、意識が現実に引き戻される。
その手には薬箱と思しきものと水差しがあった。
「お待たせしました。では、患部を見せていただけますか?」
最早痛みを通り越してしまっているのか、特に何も感じなくなった手を差し出すと、彼は渋い顔をしてまじまじと見つめる。
「これは……ずいぶん派手にやられましたね。まずは浄化しましょう。」
彼は跪くと、水差しから流れ出した細く頼りない水の糸を傷口へと注ぎ始める。
「神よ、この者に与えられた邪念を取り祓い給え。」
軽口を叩いていたので、アンドレは敬虔な信徒ではないのかと思っていたが、どうやらその予想は外れたらしい。
次に薬箱から薬草と思しきものを取り出すと、それを手際よく小型のすり鉢ですりおろし始める。
ペースト状になったそれを帯状の布に塗りつけると、手にグルグルと巻き始めた。
確か、リネンと呼ばれる包帯のようなものだったか。
現代のそれと比べると随分とゴワゴワしており、違和感があるが不思議と包まれていると安心感を覚える。
「はい、終わりです。ところで……もしかして、ノアさんって引っ越してきたばかりだったりしますか?」
その言葉に思わずドキッとしてしまう。
俺の立ち振る舞いの何かがこの時代の人間とそぐわなかったのだろうかと、内心焦るが、努めて冷静に振る舞う。
「実は、そうなんです。パリから引っ越してきたばかりでして。右も左も分からないんですよ。」
ノアの過去に引っ越した事実があったかは定かじゃない。
日記が書かれていたのはパン職人になってからだ。
パン屋の下宿先に住んでいるということは、恐らくヴェルサイユ在住だったわけではないとは思うが。
まさか記憶がないと言うわけにもいかないしやむを得ない。
「やっぱり!ダメですよー!どうせ宮殿を眺めてたか、倉庫のある通りに入ったんでしょう。あの辺は今物凄くピリついてるんですから!」
図星を突かれて、肩が跳ねてしまった。
地元の人ほど近づかない場所だったとは思わなかった。
どこかでもう少し気楽に外を回れるもんだと思ってただけに、耳が痛い話である。
「次からは気をつけます。」
実際、本当に気をつけなければならない。
出歩く度に一々怪我を負っているようでは、王妃に会う以前の問題だ。
その言葉にアンドレは満足そうに頷く。
「もしよければ、ボクが案内しましょうか?」
彼の提案は俺にとっては願ってもないことだ。
しかし、わざわざ時間を取ってもらうのも忍びない。
考えあぐねているのが不思議なのか、彼は首を傾げて俺の回答を待っている。
「提案はとっても嬉しいんですが……修道院って規律が厳しいんじゃ?わざわざ時間をとってもらうのも、何だか悪い気がしてしまって。」
照れと申し訳なさが滲んできて、頭を掻いてはにかんだ。
アンドレはようやく腑に落ちたのか、朗らかに笑った。
「あぁ、それを心配なさっていたんですね。大丈夫ですよ、ボクも、同行者と用事があったんです。明日にはなってしまいますし、ボクらの用事のついでにはなりますが、それで良ければ是非。」
修道士としては迷える子羊を導くのは当然ですとウィンクをする彼の笑顔に一瞬ドキッとさせられる。
俺が女ならそのままここで籍を入れようとしていたかもしれない。
いや、なんならこの人、男からも求婚されるんじゃ……?
自分が修道士なことに感謝した方がいい。
そんな見解を心の中に留めたまま、俺は帰ろうと椅子から立ち上がった。
次回投稿 4/12 19時〜
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