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manque d'énergie !

ーあらすじー

ケイジが銀狐『シルヴ』と戯れていると、二枚目の絵が姿を現した。

『贄』と名付けられた絵の世界に飛び込んだ彼はパン職人『ノア』に憑依する。

俺が階下に降りていくと、余りにも淀んだ空気に思わず二の足を踏んでしまう。


一階の様子は献杯前のお通夜会場か、ゾンビの集会所と見紛うほどに暗くジメッとした人たちで埋め尽くされている。


凡そ、活気と言えるようなものとは無縁と言って差し支えなかった。


「どうした?お前も早く座れ。」


先程の先輩と思しき男に促され、しぶしぶ目の前の椅子に腰掛ける。


時間帯を改めたかったが、ここで離れては角が立ってしまう。


目の前には湯気が立ち上るスープと、千切られた黒パンと思しき物がテーブルに直置きされている。


……こんなものか。


いや、覚悟はしていたが、一番エネルギーを取らなきゃいけないパン職人達がこの有り様では、民衆が口にできるのは一体どれだけのものなのか。


想像するだけで、その怒りが俺にも伝搬するような気がした。


「しかし、どうなっちまうのかね。」


先輩がパンを千切ってスープに浸しながら口を開いた。


「何がですか?」


「何がってお前……こんな生活だよ。1ヶ月くらい前には、バスティーユ襲撃もあったろ?」


名前を聞いて思い出した。


漫画やアニメでも舞台になったことがある、圧政からの解放の象徴とされる襲撃事件。


実際は、ほぼ火薬庫になっていた監獄から、火薬そのものを奪取することの方がメインの狙いだったと言われているが。


……待てよ。


ヴェルサイユ行進は、いつだ?


確か、バスティーユ襲撃の直後だったと記憶してるが、どれくらい離れていたかが思い出せない。


マリーアントワネットが囚われるターニングポイントとなる事件だというのに、全くもって日付が出てこない。


確か、10月か11月だったと思うが。


「お前も客をなだめてる時にぶん殴られたわけだし。ヴェルサイユの街が平和になるのは赤字婦人に居なくなってもらわなきゃ駄目かねぇ。」


赤字婦人という言葉に、周りが一様にため息をついた。


それはマリーアントワネットの蔑称だ。

皆がため息をついたのは、その傍若無人な振る舞いが脳裏を掠めたからだろう。


「先輩。それは口にしない方が――。」


先輩に目を戻すと、口にした先輩からも魂が抜けていた。


自滅乙と言いたいところだが、このままにしておくわけにもいかず、目の前でパチンと手を叩いてみる。


ビクッと身体を震わせて、目を白黒させる。


「あぁ、いや、寝てない、寝てないぞぉ!」


よだれを拭いながら言っても全く説得力がない。





豆などを煮込んで作られたと思しきスープをパンですくって口に運ぶ。


薄味で、素材の味そのままと言った感じだが、どこか落ち着いてホッとできる感覚があった。


……本音じゃ肉が食べたい気持ちはあったが、こればかりは仕方がない。


食べ進めながら、考える。


先程の先輩の言葉からここがヴェルサイユだということはわかった。


であれば、ヴェルサイユ行進前にマリーアントワネットの心を救うのが俺のすべきことだと思うが……。


一介のパン職人がどうやって接触すればいいのか。


どんなシンデレラ・ストーリーがあれば王族と接触できるってんだ。


そんな事を考えていたせいか、あっという間に平らげて、一息つく。


「先輩、ところで僕は……。」


パン屋の仕事をいつまで休めるのかは日記からは分からなかったので聞いてみようと声をかける。


「あぁ、気にするな。お前は俺らの為に身体はってくれたんだ。ゆっくり休んで、気が向いたら来てくれればいい。」


先輩の言葉に、じんわりと心が温かくなる。


俺はさっさと目的を果たして、先輩の為にもノアを解放してやりたいと思った。


個人的には『地獄の沙汰は仲間次第』だ。


苦しむ仲間は多いほど気が楽になるもんだ。


先輩達がゾロゾロと職場に向かっていくのを見送って、俺も街に出て見ることにする。





「ゔっ!」


扉を抜けた途端、あまりに酷い臭いに思わず、えずいてしまう。


街中に溢れかえった糞便の刺激臭に目の前がチカチカしてくる。

下水の整備がされてないのか、そこかしこに用を足した痕跡が見て取れた。


それだけではない、どこからか汗の乾いたような不快な臭気まで漂っている。


苦しんでる俺の様子を見て、通行人は関わり合いになりたくないとでも言わんばかりに足早に過ぎ去っていく。


(こいつら正気か!?なんでこの臭いに耐えられるんだよ!?)


いや頭では分かっている。

自分の家の臭いが分からないように、ヴェルサイユの人々も最早、正常な状態が判別つかないほどに、当たり前になっているのだろう。


鼻で息をしないようにして、徐々に落ち着いて来た頃、向かいの建物から声が聞こえてきた。


「水にご用心!」


俺から3歩ほど離れたところに、投げ捨てられたそれが落ちてくる。


べチャリと音を立てたそれは、この臭いがしてる根源そのものだろう。


もしもう少しズレたところに居たら……考えただけで怖気が走る。


もう目にもしたくなかった俺は、足早にその場を立ち去った。



気持ちの悪さを堪えつつ歩き続けるが、やはり街全体がどことなくピリついているのを感じる。

活気がないわけではないが、何処となく睨みつけ敵視されている気がしてしまう。


そんな街に、明らかに一箇所だけ異質な場所があった。


綺羅びやかな装飾で出来た、金色の柵門。

門の前は厳格そうな衛兵が鋭い目つきで辺りを警戒していた。


柵の隙間から見えるのは、広大な敷地と豊かな緑。


――ヴェルサイユ宮殿。


俺の左には人工的に整えられた美しさが、右には今日食べるものにも困る現実が、残酷なコントラストを描いている。


贅の限りを尽くした、存在するだけで国民の憎しみを煽るこの時代の理不尽のシンボル。


こんなものを見せつけられたら不満が爆発するのも無理はないのかもしれない。


マリーアントワネットに会うにはこの黄金の門を通り、彼女が引きこもっていたと言われるプティ・トリアノンまで向かわなければならない。


内部はそこまで広いわけではないはずだが、大学の敷地面積と同じくらいはあったはずだ。


最短で向かう事が出来たとして10分と考えても、内部の警備の厳しさは現代とは比べ物にならないことは火を見るより明らかだ。


内部を詳しく知らない事を加味すれば、30分以上は見ておいた方が良い。


その間、全く見つからずに行く保証は――まずゼロだ。


歩きながら宮殿を見つめる俺を訝しんだのか、広場にさしかかった辺りで衛兵にギロッと睨みを効かせられる。


大きな声を上げられることはなかったが、何か事を起こせば一般人など一瞬で処刑台行きだろうと想像し身震いする。


これ以上怪しまれる前に、俺は広場の外縁を通って別の場所へと足を運ぶことにした。


次回投稿 3/〇〇 19時〜


ーーー

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