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帰還

ーあらすじー

計画通りに全てを進めるケイジ。

しかし、威国の男は一切合切を無に帰す暴力に打って出る。

逃げ出した俺の背を目掛けて、矢が何本も飛んでくる。


木も多く、闇の中ということもあり適当に放っているのか全て的外れな方向に飛んでいく。


念の為、出来る限りジグザグに木の合間を抜けながら矢避け代わりにする。


時折、脇を掠めるものがあり、肝が冷え切る。


「ハァ……ハァ……。」


最早、方向感覚は完全に失ってしまっていた。


恐らく真っ直ぐには進めていない。

矢に気を取られる度に、感覚がリセットされてしまい、完全に迷子になっている。


「そっちだ!」


威国の兵士の声が徐々に近くに寄ってくる。


もう走る体力も限界に近い。

諦めかけた頃、耳馴染みのある声が聞こえた。


「ケイジ!」


小さな、だけど確かな声。


卑弥呼が、獣道と思しき道から姿を現す。


「ひっ、卑弥呼!なんで来たんだ!というか、ここをどうやって!」


「話は後。早く逃げましょう!」


彼女は俺の手を強く握ると、華奢な細腕からは想像もできないほど力強く腕を引いてくれた。



卑弥呼はどこでそんな場所を知ったのか、木の影に隠れた岸壁の隙間の小さな空間に俺を案内してくれる。


「ケイジのこと、心配だったからこの子を付けてたのよ。」


卑弥呼が両手で水をすくうような形を作る。

すると、俺の服の何処かから、何かがぴょんと飛び出してその上に飛び乗ってみせた。


「これ、あの時に作ってたやつか?」


よく見るとそれは、昼間、卑弥呼がせっせと作っていた木の実に顔が描かれたものに、簡素な手足が生えた埴輪もどきのようなものだった。


「そう、だから言ったじゃない!鬼道に必要なものだって!」


まぁ、趣味と実益を兼ねてるけど……とゴニョゴニョと何かを言っていた。


「じゃあ全部見ていたんだな。なら分かったと思うが交渉は失敗した。このまま逃げるか、大人しく投降するか。2つに1つだ。」


それを聞いて卑弥呼の顔が、暗いものに変わる。


「大丈夫だって。そんな暗い顔すんな。まだきっと何か手がある。」


その言葉は、ボロボロのメッキで作られた言葉だ。

そんな言葉しか言えない自分に、心底腹が立った。


外の足音が徐々に激しくなる。

そろそろここも見つかってしまうかもしれない。


「そろそろ休憩は終わりだ。また逃げないと。」


俺がそう口にした時、卑弥呼は何かを決めたかのように立ち上がる。


「ケイジ。私ね、威国で使われることより、孤独でいることより、ケイジが居なくなる方が、イヤだな。」


その言葉は、普段の天真爛漫さよりもずっと大人びた雰囲気を纏っているように感じる。


「大丈夫だよ。側にいるって言ったろ?」


なぜだか徐々にこの空間が広がっていってるんじゃないかと思うくらいに彼女との距離を遠くに感じる。


「私、威国の人の所に行ってくる。それで掛け合ってみる。私が力を使うからどうか大和も一緒に連れてって、乱暴しないでって。」


「それじゃ、結局、卑弥呼は使い捨てられて……っ!」


彼女はフワリと身体を投げ出すと俺に抱きついてくる。


「ケイジは、優しいね。でもね、ケイジばっかり頑張らなくていいんだよ。」


その言葉に俺は、思わず目頭に込み上げるものを感じた。

怖い……死ぬのは……怖い。


指をもがれるなんて嫌だ。

四肢をもがれるなんて嫌だ。


痛いのは……嫌だ。


気づくと俺は涙をこぼしていた。


「大丈夫だよ、ケイジ。一緒に、行こう?」


俺と卑弥呼は、手を繋ぎその場を離れた。



「ようやく、お出ましですか。お初に目にかかります。卑弥呼様。」


威国の男は、ボロボロになるまで痛めつけた伽牟羅を引きずって姿を現した。


「伽牟羅……っ!」


卑弥呼はショックを隠しきれない様子で口元を押さえる。


「俺は全面的にアンタに降伏する。すまなかった。」


男は満足そうに笑うと口を開く。


「なに、若造の戯れくらい、なんてことはない。卑弥呼も連れてきてくれたのだからな。」


男の口ぶりからは卑弥呼が本人だと確信しているように聞こえる。


「……何故、偽物じゃないと分かる。」


「ずっと私達に追われていたのに偽物を用意する時間がどこにある?それにこのような夜闇の山中でどこにいるかも分からない男1人をピタリと探し当てるなど、卑弥呼にしかできぬ芸当よ。」


事がうまく運んで気分が良くなってきているのが声色から感じられる。


「……私は、威国で、お告げを致します。ですからどうか矛を収めては頂けないでしょうか。」


「……ふむ。まぁ、我々も不要な血は流したくないですからな。では、卑弥呼様、こちらへゆっくりと歩いてきてもらってもよろしいですかな?」


何も仕掛けがないことを確かめる意図だろう。

卑弥呼に頷いてみせて、素直に従うように促す。


「分かりました。」


1歩ずつ、彼女はゆっくりと男の元へと近づいていく。


「しかしなぁ……。」


男の声に卑弥呼の足がピタリと止まる。




「やはり、大和の方は我々の手に余る。」




その言葉と共に弦の弾ける音を立てて男の後ろから何かが迫る。


瞬間、バツッ、と俺の脳内でブレーカーの落ちるような音がした。


俺目掛けて飛んでくる矢、勝利を確信した醜い笑顔を浮かべる男、その全てが止まったように見えた。


しかし、そのどれもが俺の目を奪うことはなかった。


卑弥呼が、俺の前に飛び出そうとしている。


どういう事かは分からない。

物理法則を無視した状態で完全に静止したそれらに驚くよりも先に俺の身体は動き出し、手を伸ばす。


卑弥呼の服に指先がかかりかけた時、もう一度同じ音がなると共に動き出す。


卑弥呼の服を掴み、態勢を低くさせようと試みる。


「――っ!」


が、一歩遅く、彼女の肩に矢が刺さる。


「卑弥呼!!」


彼女が刺された衝撃そのままに、俺の方へと倒れ込む。

苦悶の表情を浮かべ、額には脂汗が滲んでいる。


「テメェ!!」


俺の叫びが闇夜に響き渡る。

しかし、俺の叫びに対して返ってきたのは更なる矢の雨だった。


卑弥呼に覆いかぶさるようにする。


「……ッ!」


いくつかの矢が俺の背に刺さるのを感じた。


感じたことのない激痛に、汗とも涙ともつかないものが卑弥呼の顔に滴り落ちる。


「ケイジ……っ!」


卑弥呼は自身も痛いだろうに、未だに俺の身を案じてくれる。


「ケイジ!駄目!そんな事したらケイジも大和も死んじゃう!」


「うるせぇ……!黙ってろ……!」


俺がやってることは、ただのエゴだ。

目の前で、ただ1人で苦しむ、普通の女の子に自分を重ねてみただけだ。


だから、これは、俺の為に、やってることだ。


痛む身体と卑弥呼を引きずり、なんとか木の影に隠れて矢の射線から外れる。


「……ケイジ、私ね、とっても楽しかった。」


彼女が口を開く。

その顔には、決意と寂しさが浮かんで見える。


「……今そんな事言ってる場合じゃないだろ。」


「今だからこそだよ。私ね……普通の女の子に、なりたかったんだ。木の実を拾いに行って、みんなで水浴びして、楽しくお話して……ケイジと一緒にいる間……、ちょっとだけ普通の女の子で居れた気がしたんだ。だから、私、もう怖くないよ。」


その言葉が一体今、どういう意味を持つのか。

疲労と血の回らない頭ではどれほど考えても分からない。


「このままじゃ身体よりも先に、ケイジの心が死んじゃう。だから、ありがとう。……さよなら。」


彼女は懐から、手のひらサイズの小さな木簡を取り出すとそれを俺の身体にトンッと押し付けた。


瞬間、身体から痛みが消えていく。

視界が滲んで、暗くなっていく。


(待てよ、待ってくれ!)


俺の声は音にならず、代わりに泡になっては消えていく。


(勝手に満足して、勝手に俺を助けんな!俺は納得してない!!)


側にいるって言ったのに。

俺はそれすらも満足に実行できないのか。


先程とは源泉が異なる涙が、重力に逆らうように上に落ちていく。


「卑弥呼!!」


次に俺が声を出せたのは、人を馬鹿にしたように伸び続ける廊下の中央に投げ出された後だった。


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