窮地
ーあらすじー
威国の男が村へ攻め込もうとするとそこに1人の少女が現れる。
少女の案内によって卑弥呼の元に向かうと、逃げる2つの影を目撃した。
俺達を捕まえようとする怒号のような声が森中に反響する。
俺達は木にぶつからないように慎重に、しかし追いつかれないように素早く駆け抜ける。
まるで人の手が入ってない森の中は足元も悪く、時折、足を滑らせそうになってしまう。
隣を走っているその様子に、手を差し伸べるが、片手でそれを制されてしまう。
逃げてる最中に心配は要らないといった所か。
とはいえ、村からは随分と離れた。
そろそろ頃合いかと、俺達は歩を緩め、近くの木へと身を隠す。
そうして追手に語りかけた。
「『威国』の使者の者と話がしたい!姿は見せなくて構わない!交渉させてほしい!」
俺の言葉が響いて暫く経つと、向こうから返事が返ってくる。
「この期に及んで交渉だと?交渉とは相互に利益のある者が行うことだ。貴様らにその材料があるとでも言うのか?」
ガサガサと音を立て、こちらを探り近づいてくる気配を感じる。
万が一、殺されるようなことがあったらと思うと冷たいものが背筋を伝う。
「材料ならある!お前らが今最も欲してるものだ。」
森の中に響いた声に、向こうは高笑いを上げた。
「卑弥呼の身柄でも渡すつもりか?薄情な弟もいたものだな!どうせ2人とも捕まえるというのに。」
俺と反対方向に隠れた方が見つかってしまう。
逃げたことによる汗と、緊張から来るものが混じり合って服をへばりつかせる。
「ついに見つけたぞ?大和ではないということは貴様が卑弥呼か。どれ、皆が見たことのないというその顔を見てやろう。姿を現さぬとは、一体どのような醜女やら楽しみだ!」
奴の声に、勝利の色が滲む。
しかし、それは直ぐに別の色へと塗りつぶされていく。
「なっ!こいつは……男!?」
混乱する威国の男に俺は畳み掛けるように声をかける。
「交渉材料は『卑弥呼が今どこにいるか』だ!」
俺の言葉の意味を理解したのか、奴は続けて声を上げた。
「卑弥呼の顔は誰も知らない……顔を知るのは『大和』貴様だけ。なるほど、してやられたな。」
よし、いいぞ。
完全に主導権はこちらにある。
☆
「卑弥呼。もし威国の連中が現れたら、君は奴らに直接会うんだ。」
俺の言葉に目を丸くする卑弥呼。
「わ、私を囮に逃げ出すってことぉ!?」
先程まで信頼すると言ってたのは何処へやら、丸くした目が徐々に潤んできて見えた。
「半分正解。正確には、君に誘導してほしい。俺と伽牟羅で『卑弥呼は逃げ出した』ように見せるんだ。」
「私が直接出て行くのにそんなにうまく行くのかな?」
彼女は腕組みして思案する。
自分が人前に出ていくということがなかった以上、不安なのだろう、当然だ。
「むしろ、直接出ていくから上手くいくんだ。俺以外は君のことを何一つ知らないんだから。」
「……あっ!そうか、まさか卑弥呼が直接逃げてくるなんて誰も考えない!」
俺の作戦の本質に彼女も気づいたらしい。
得心がいった様子に俺も笑う。
「相手は交渉の内容から考えても侵略するならまず卑弥呼と俺を狙うはずだ。目の前で2人の人間が逃げていけば奴らに疑う余地はなくなる。」
思考の盲点を突く。
全ては最悪の場合だ、念には念を程度の話でしかないが、備えずに何かあったら悔やんでも悔やみきれない。
「卑弥呼は隠れていればいい。誰が卑弥呼か分からない以上、俺のことは絶対に殺すことはできない。」
「……でも、もし、もしもだよ?」
彼女はうつむいて、慎重に言葉を選んでいる様子だった。
「もしも、ケイジの身に危険があったら、私には構わなくていいから、逃げてほしい。」
「心配しなくても、俺は自分の命をかけられるほど出来た人間じゃないよ。それにこれは大和の身体だ。俺だけの命じゃないから。」
本心だった。
卑弥呼を助けたいのは事実だ。
しかし、その為に何かを犠牲にするのは、絶対にあっちゃいけない。
「……約束だよ。」
「あぁ、約束だ。」
彼女は俺の言葉に満足したように見えたが、どこか寂しそうに笑った。
☆
「……とりあえず要求を聞こうか。」
男の声に怒りを押し殺してるのを感じる。
手玉に取られた感覚は気持ちのいいものではないだろう。
「まず1つ、そこの男、伽牟羅に手を出すな。解放しろ。」
「それくらいなら応じてやろう。なに、どうせ我がクニの民になるのだ。傷つけるつもりなど毛頭ない。」
掴んでいた胸ぐらを乱暴に離されたのか、ドサッと尻餅をつく音が聞こえる。
伽牟羅はそのまま俺の方へと駆けてくる。
「よくやった、伽牟羅。キツい役をやらせてしまってすまない。」
伽牟羅はその言葉に頭を振る。
「卑弥呼様のお告げなら従わなければより酷いことになりますからね。実際、このような事態になっているわけですし。」
彼にはお告げとしてこの作戦を伝えていた。
大和が考えた話じゃ、妄想や考えすぎと取られてもおかしくなかったからな。
「他に要求がないなら、そろそろ卑弥呼の場所に案内してもらいたいものだなぁ?」
痺れを切らしたのか、威国の男は苛立った声を上げる。
「これだけなワケないだろ?2つ目だ。この村から手を引け!」
今あいつらは、俺を捕らえなければ目的を果たせない状態にある。
であれば、この条件は飲まざるを得ないはずだ。
「昼間の交渉内容についてはそのまま協力させてもらう。だが、全ては村から手を引くことが条件だ。」
俺の言葉にまるで時が止まるかのような静寂が森に訪れる。
次の瞬間には、割れんばかりの笑い声が森に響いた。
「バカか。貴様を死なんように甚振りながら卑弥呼の場所を聞きだせば済む話であろう?」
まだ笑いが止められないとでも言うように、呼吸を荒くしている。
「それに、我々にとって最も重要なのは卑弥呼だ。最悪、貴様の代わりは他のものにも務まるだろう。指をもぎ……、それでも足りなければ四肢をもぎ……、その姿を晒して練り歩けば卑弥呼も涙ながらに出てこざるを得まい!」
その言葉に俺は一瞬で青ざめる。
この時代に拷問の文化はないとされている。
だがそれは、まだその根拠となる物が見つかっていないに過ぎない。
「……そんなことして彼女が言うことを聞くとでも?」
「聞くさ。貴様だけで言うことを聞かなければ、貴様のところの民を次々と同じ目にあわせるというだけでな。数人程度の犠牲で鬼道の才女を動かせるのならこんなに安い買い物はあるまい?」
下卑た笑いを上げる威国の連中に、反吐が出る思いがするがここで折れてしまっては駄目だと自分に言い聞かせる。
……このまま夜闇に乗じて逃げ出せば、なんとか逃げ切れるかもしれない。
しかし、敵に背を向けるのはそれなりにリスクを伴う。
考えろ、どうする……どうする……っ!
「……俺が。俺がアンタたちの参謀をやってやる。それでどうだ。」
俺の提案に今度は興味を示したかのように声を上げる。
「なるほど、悪くない。昼間の交渉といい、貴様には目を見張る部分があるからな。」
ガサガサと音を立てて奴が近くに寄ってくるのを感じる。
「しかし駄目だな!お前のような奴は裏切る可能性が高すぎる!」
そうして奴が俺の眼前へと現れた。
「ついに見つけたぞ……!卑弥呼はどこだぁぁぁ!!」
月明かりに照らされて鈍く光る剣先が俺目掛けて一直線に振り下ろされる。
避けようと身を捩ると、金属がぶつかる甲高い音と共に目の前には頼れる背中が躍り出ていた。
「伽牟羅っ!」
「早くお逃げください!大和様!」
チリチリと音を立てて剣同士が擦れ合う。
力では間違いなく伽牟羅の方が押されているように見えた。
「……っ、死ぬなよ!」
俺は、情けない気持ちを握り潰してその場から駆け出す。
きっと、伽牟羅は勝てない。
体格差もあるが、何より経験が全く違うはずだ。
この村で相手にしてきたのは野生動物くらいだろうから。
歯向かったから殺すような、短絡的な奴らではないことを願いながら俺は死に物狂いで夜の森の中を駆けた。
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