97.後悔の果てⅢ
「……イグルニア……には、なにも……伝えていない」
どんどんと消え入りそうに話す国王に、相棒と顔を合わせてやっぱりかとお互い呆れてしまう。
どうしてその状況で、何も伝わっていないんだ……。彼がどんな思いで、父親と兄を見ているのか、この人は何も分かっていない。
イグルがそれでも、星人へ手紙を出した意味。半年以上前、イグルは遠目でも国王の顔を見れる状態だったことを思えば余命宣告を受けて、それから十年以上生きていて……時間あったよね!?
根本的に、人と話すのが苦手としか思えない。というか口下手……ではないのかと、ゼノとの会話を思い出す。一人で考えて一人で完結する性格なんだ。そしてそれに突き進む胆力と権力がある。ひとえに質が悪い……。親子関係をよく分かっていない僕でさえ、少し、いやだいぶ言葉が足りない父親だと思う。
シェリィラがぶんぶんと顔を振りながら自分の意思を伝えてくれる。
『だめ』
『会話がない』
『家庭を省みない』
『典型的なダメ男』
うん、言いたいことが脳内にばしばしと伝わってくる。妖精にも思うところがあるんだろうか……と思ってしまうぐらいには目が本気だ。
その言葉を聞いて何とも言えない顔で国王を見てしまった。
僕の顔を見て国王も少し察したみたいだ。
「……その、妖精はなんと?」
「あーいや、……うーんとても言いづらいんですが」
「言ってくれ。不敬罪にも問わぬ」
間髪入れずに返してくるあたり、本当に聞きたいんだろう。……周りに家族のことを言ってくれる人がいなかったんだろうか。うん。この性格だからかな。
「……えと、会話がなく、家庭を省みない、典型的なダメ男?……だそうです」
「…………そうか」
気まずい。相棒は僕の隣で首を縦に振っているし、国王は国王でうなだれて意気消沈しているようだし。これが自業自得なのか。
「あの」
「……なんだ」
クズ男に言ってみてくれ、と自虐までしてきたので少し話しづらい。
「あなたに会いに来たのは、第二王子に頼まれて、です」
「……なに……?」
「ですから、僕がここまで来たのはイグルのためなんです」
本当はこれも言うつもりがなかった。でも、これ以上話が進みそうにないうえ、きちんとイグルと話してほしいと思った。
あと、そうした方がいいと感じた。
僕は、イグルの願いをどのようにするかの方針を心の中で決めつつあった。
「……イグルニアには、その、嫌われていると思っていたのだ」
「はぁ……イグルも同じこと言ってましたよ」
これじゃあイグルが可哀想だ。一人だけ蚊帳の外。母親の死に、魔力動欠損症、禁術、どれもこれも話さなければならない本当のことをイグルには何一つ話していない。第一王子にさえ、話し切れていないんじゃないだろうか。
「僕は、イグルの願いの為にここにいます。……あなたの身を案じた願いです」
どの禁術を使ったかは分からないし、僕も禁術全てに詳しいわけじゃない。ただ命を延ばすには並大抵ではない何かがあるんだろう。でも、僕はそれを知る必要もなければ、知ってはならないと思う。これは、星神が国王ではなくイグルの願いに反応した結果だ。国王の願いを叶えるわけではなく、僕はイグルの願いを叶える努力をする。
それはきっとこの国での二つ目の課題でもあるんだろう。
「そうか、私の身まで案じてくれるのか。優しく育ったのだな……私はイグルニアのことを何も分かっていないのだな」
むしろ話していないのに分かったらすごいんじゃないだろうか。
「……まだ幼いあの子に話すつもりはなかった」
「いつまで逃げるんですか」
よくその言葉が口から出たなと思った。
「幼い?彼はもう話が分からない子供じゃない。あなたはただ、言いたくないだけだ」
思わず強く言ってしまった。何も知らずに父親が死んでから全てを知る……そんなことあっていいわけがない。
生きているなら自分の口で話す責任がある。
「もう、半年以上会っていないんでしょう?」
「……あぁ」
「きちんと話してください。イグルにも、あと第一王子にも。あなたが二人に全て話しているのか分かりませんから、三人で」
「……分かった」
ふう、と息を吐きだす国王を見ながらやはりもう長くないと感じた。
寿命をきっとだましだましでこれまで十年以上。シェリィラも感じとっている。
あと数日の命だと。
むしろ奇跡が長すぎたんだ。
でも、イグルの願いは……。いやここで考えることじゃない。
そろそろ戻らなければ。僕はララナのことも考えなければいけない。
「長々とお仕事の邪魔をしてすみません。確認もできたので、帰ります」
「……いや、私もそなたに会えてよかった。こんな話、伝説といわれるおとぎ話の人物でなければ話していなかっただろう」
そう言われると反応しづらい。きっと国王の性格からしたらその通りなんだろう。
「しかし、イグルニアに嫌われていないと分かっただけでここ一番の嬉しい知らせだった」
話せばよかっただけなのに。僕と相棒の想いが一つになった。
さて、帰り道をどうしようかと相棒と一緒に扉の前で考える。扉がいきなり開くのも変だし、窓……は高いところにしかない。
「私が主治医を呼ぼう」
「それは……」
「渡したい書類もあるのでな」
僕は国王の言葉に甘えることにした。
彼はすらすらと空中に文字を書き、そこにふっと息をかけると文字が意思を持って動き出した。魔法の使い方は様々だと知っているけれど、この動作だけで言葉を飛ばせるなんて……本当に魔法が得意なんだと思い知った。
暫くすると国王の主治医、僕が入ってきた時と同じ人物がやってきたので、僕はまたそっと彼の後ろを歩き、無事帰路につくことができた。
シェリィラ「あんな男にリノはなっちゃだめ」




