103.兄の心配
朝のダイニングルームには食事の席が二人分設けられている。
給仕や下働きの者が慌ただしく準備をし終わった後の時間を見計らい、イグルニアは朝食が用意してある席、いつもの定番の席へと腰を下ろす。
昨日は星人のリノとの会話が長引いたため、少し眠気眼をこすってしまう。
暫くすると待ち人が来た。
「遅くなった」
「いえ、大丈夫です」
待っていたのは兄である第一王子ゼイノーア。いつも朝食は二人でとっている。いつからかは分からないが、イグルニアの記憶にある中では病気や仕事などがない限りほぼ毎日兄と朝食をとっている。そして、その時間をゼイノーアもイグルニアもとても大切にしていた。
「朝食のあと、少し話があるんだ。いいかい?」
「もちろんです。私からも伝えたいことと……お願いしたいことがありまして」
「分かった」
お互いの情報共有はこのように朝の時間に行われることが多い。ゼイノーアは国王の代理も行っているため多忙だが必ず時間をとってくれる。
食事に手をつけながら世間話もすることが多いが、今日の予定を考えていた為イグルニアは無言になっていた。
「そういえば、最近は夜歩きを控えたと聞いていたけど昨日は久々に抜け出したんだって?」
「!?ごほっ」
思わぬところで兄から指摘をされた弟はただむせることしかできなかった。
壁に控えていた護衛のギャランを静かに睨んでしまったのは自白に他ならないのをイグルニアは気づいていない。
「ギャランには報告の義務があるから怒らないでやってほしいな」
「……分かっています」
自分が自由に動いていい身分ではないことはもちろん分かっているイグルニアだが、それでも監視のように隣にいられるのは心地よいものではなかった。自分の護衛ならまだしも、『仮』の護衛だ。ギャランは元々はゼイノーアの護衛であり乳兄弟だ。今イグルは兄からギャランを側につけるように命じられている状態だった。
「イグルの護衛がなかなか決まらないんだよね」
「……お言葉ですがいままでの護衛を全て辞めさせているのは兄上ですよ」
「うん……仕方ない。きちんと身元は確認しているはずなのに色々と問題を起こす方も悪いと思うんだ」
「それはまぁ……そうですが」
護衛なのだから移動中付き従えることが多い。けれど、どの護衛もイグルニアを見た目や歳で判断するのか最初は真面目な様子なのにいつの間にか不穏な行動をとっていくようになる。イグルニアに取り入れようと行動したり、兄と仲違いさせようと動く者までいる。
第一王子の悪い噂を囁いてきたり、第一王子が第二王子を害そうとしているなど、ほぼ毎日会話しているなかで家族の絆が明確な兄弟にはなにも影響は出ない。
イグルニアはゼイノーアを心の底から信頼している。それは生きてきた中での記憶に基づいている。物心ついた頃からゼイノーアは兄であり、会うことが少ない父よりも父らしく、母を知らないけれど母のようにあたたかく、そして同年代の友人が少ないイグルニアには友のようでもあった。
そしてゼイノーアもイグルニアが生まれてからは少なからずそのように生きてきた。
ゼイノーアの生きる希望であり、守るべき対象としてイグルニアはゼイノーアにそれは大切に育てられてきた。それを本人も分かっているからこそ、この兄弟の絆は何人も犯すことはできない。
「採用した護衛をここまで頻繁に入れ替えなきゃいけないなんて、……まぁ大体誰がそそのかしているかは分かっているけどなかなか尻尾をだしてくれなくてね。不便をかけるよ」
「いえ、こちらこそギャランをお借りしていますので」
「いいよいいよ。ギャランもわたしのところの護衛についたら護衛以外の書類仕事だったり押し付けられるから、今ゆっくりできているだろう」
手っ取り早くギャランをイグルニアの専属護衛に、とはならない。壁に控えている堅物はれっきとした実力者であり、兄の一番の理解者であるからこそだ。剣の腕もさることながら、書類仕事もでき、気兼ねしない。兄が信頼しているから弟の自分へ護衛を一時的につけていられている。
朝食を食べ終えた二人は、ゼイノーアの書斎へと場所を移す。
書斎のソファへとお互い向き合って座れば、従者は慣れた手つきで飲み物を準備し、静かに去っていく。そうして二人以外誰もいなくなった空間では緊張が弛むどころか、自然と背筋も伸びる。ゼイノーアは国王から引継ぎを行われている項目に関して、イグルニアに伝えていいことは細かく話し共有している。そのため、この時間はいわゆる業務確認であることの方が多い。普段の雑談は基本的に朝食時が多く、この場所での雑談はほぼない。
「さて、先ほどわたしから少し話があると伝えたけれど、先にイグルの話から聞こうかな」
「はい」
ピシリとした空気の中、淡々と話していく。
「まず、グロッチの件では便宜を図っていただきありがとうございます」
「ああ。イグルニアがグロッチの件に気を揉んでいたのは知っていたからね」
「昨晩もこの件で抜け出しておりました、申し訳ございません」
「……いいよ。でも心配してしまうから、それだけはちゃんと覚えていて」
「……はい」
ギャランに見つからずに抜け出したらそれこそ許してもらえなかっただろうから、ここは見つかってよかったと思う。
話の本番はここからだった。
「本日、一部のグロッチを捕まえる手はずとなりました。……私兵を動かすことの許可をいただきたい」
「…………急だね」
全部が。そう言葉の後に続いていた。




