第423話 恐ろしい黒い影の正体
巨大な骨の間を抜けて走るが、その影がこちらに来る方が早いようだった。
「主よ。我の背中に」
ヒッポが巨大化して、俺達が、その背に飛び乗って上空に舞い上がる。後ろからは闇が近づいており、ヒッポはそれから逃げるようにして速度を上げる。
マグノリアが指をさす。
「聖女様。あれを」
そこにはデカいマンモスみたいな、象っぽい魔獣がいた。ゆっくりと歩いて、慌てる様子もない。
「なんだろう? 逃げないのかね」
すると、そのマンモスが鳴いた。
グモオオオオオオ!
ぐらり。
鼓膜を揺さぶられるような、爆音に俺達も眩暈に襲われ、ヒッポがぐらりと揺れる。
「凄い音!」
「影が!」
その影は、まるで生き物のように動いている。それが、マンモスみたいな魔獣に纏わりついて行った。
「なんだ?」
あっという間に真っ黒になっていく、光景に皆が唖然としていた。
モオオオオオオ!
まるで断末魔の様な叫びが上がり、真っ黒な影に包まれたマンモスがい膝をついた。
「ヒッポ。近くまで寄ってみよう」
「はい」
ヒッポが真っ黒なマンモスに近づいた時、小さな悲鳴が上がる。
「ひっ」
「うわ」
「嘘……」
カサカサカサカサ。
「虫だ! 虫の大群だ!」
見ているそばから、どんどんマンモスがやせ細っていく。
「食べられてるんだ」
ゾッとする。細かい真っ黒い虫が群がって、マンモスを食っているのだった。周りにある、骨の原因は虫の大群だった。
ぐぉぉ……。
ズズッーン!
最後の断末魔を上げて、マンモスが完全に横たわる。
「行こう」
ヒッポが静かに飛び去り、黒い影から距離をとった。しばらく進んだところで、俺がヒッポに言う。
「降りよう」
バサバサバサ! と地表に降り立って、飛んできた方向を見るが、あの黒い影は追ってはこなかった。
「あの鳴き声に寄って来たんでしょう」
「シーファーレンの言う通りだろうね。あの虫の大群は、この空間の生態系の頂点なのかも」
「虫の……層」
「うわあ……」
皆が肌をさすり、その気持ち悪さを、振り払うかのようにした。
「危険だね。あの巨大な魔獣が一瞬にしてやられた」
「呼び寄せないようにしなければなりません」
「その通りだ」
「その上で、この階層の攻略をせねばなりません」
「だね。きっとあの虫……関係あるよねえ」
「ですねえ……」
「あの魔獣の鳴き声につられてきた。音に関係するのだろうか?」
「かもしれません」
そこで、ソフィアが言う。
「なにか、薄暗くなってきてません」
周りを見ると、確かに陽が沈んだように暗くなってきている。
「あれ……夜はどうなるんでしょう?」
真っ黒い甲虫の群れ……、暗闇の中であれに襲われたらひとたまりもない……。
「どこか、隠れるところはないかな」
だが見渡す限りの平地と、骨の残骸だけ。建物があるわけでもなく、逃げ隠れる場所など無かった。
「これは……見えるうちに何とかしないと」
「ですが、あの大群の虫にどうやって対応しましょう」
ソフィアの言う通り空を飛んでいる虫の雲、レールガンを打ち込んだところで、中心に穴が空くだけ。
その時だった。
グモオオオオオオ!
また鳴き声がした。
「やば! どっちだ? どこから?」
声の方向が分からなかった。皆が空をきょろきょろ見ていると、黒い影がこちらに飛んで来ていた。
「あれ!」
「魔獣は、まるで、わざと自分達の近くで鳴いてるみたい!」
それを聞いて、シーファーレンが言う。
「その通りなのでしょう。この階層は、恐らく無限にあれとの戦いになるのではないかと」
「マズいな。せめて魔獣の位置が分かれば、逃げようもあるけど」
「巨大な魔獣が突然現れましたわ。私達の近くに出現する事が、決まっているのではないでしょうか?」
それを聞いて、みんなが一斉に青ざめる。
「これから、暗くなって、あれと追いかけっこなんか出来るわけがない。何とかしないと」
そこで、ヴァイオレットが言う。
「魔獣を先に見つけましょう!」
「それでどうするの?」
「その上空に聖女様の雲を、そしてマロエとアグマリナが水で満たします」
「なるほど、その上で電撃か」
「はい」
「どうしてそう思う?」
「それが一番効率が良いと思ったからです」
「シーファーレンはどう思う?」
「それが、唯一の打開策かと思われますわ。おそらくはこれを逃せば、暗闇にのまれます。そうすれば、もう黒い虫の大群を見分ける術がありません」
「その通りだね。チャンスは何度も無いか」
「行きましょう!」
「ヒッポ」
皆がヒッポの背に乗り込んだ時、また大きな鳴き声が聞こえる。
グモオオオオオオオオ!
「どっちだ?」
「とにかく上空へ!」
ヒッポが飛び上がると、黒い雲がこちらに向かってきていた。
「反対に飛んで!」
ヒッポが飛んでしばらくすると、マグノリアが指さす。
「いた!」
また、大きなマンモスみたいなのが、歩いていた。
「急ごう!」
歩くマンモスの上をヒッポが旋回、俺がぷかぷかと雲を浮かべていく。とにかくチャンスは一度きり、俺はその雲をマンモスの上から外れないように動かした。
「来た!」
黒い雲が近づいてきた。すると、シーファーレンが言う。
「ミリィさん。私の魔法にブーストを」
「はい!」
ミリィがシーファーレンに強化をかけて、シーファーレンが杖を上げる。
「絶対結界!」
彼女も、よっぽど虫が嫌いらしい。少しすると、黒い虫の大群が、マンモスに向かって群がり始めた。俺の浮かべた雲から、ザーザーと雨が降り出す。
「足りないか」
ソフィアが言う。
「マロエ、アグマリナ! 水を」
「「はい!」」
ドバアアア! 水を大量放出する二人。二人も、虫は苦手なようだ。パチパチと結界に黒虫があたり、皆が体を寄せ合って真ん中に集まる。マギアの杖を振りかざして、俺は一気に魔法を開放した。
「サンダーボルト!!」
ビッシャアアアアア!
強烈な稲妻が、雲間を縫って地表に渦巻く黒い闇に堕ちる。
「どうだ?」
すると、さらさらと黒い砂のように崩れて、食いかけられたマンモスが出てきた。毛皮が剥ぎ取られ、肉がむき出しになっているようだった。
グモオオオオオ……。
最後の鳴き声を上げると、残った黒い虫が一斉に肉塊りに群がる。
「「ウォーターフォール!」」
ドッ! と滝のように水が堕ちて、その水に合わせて俺が電撃を走らせる。
「サンダーボルト!」
ビシャアアア!
すると、ほとんどの虫が静まり返り、マンモスも死んでしまったようだった。
「やったか」
「そのようです」
「「「「「やったあああ!」」」」」
すると次の瞬間だった、マンモスの地面に穴が空いて、虫ごとそこに落ち込んでいった。
「あれ……だよね。次の扉」
「ですね」
「仕方ない! 行こう!」
俺の掛け声とともに、ヒッポが穴に飛び込むと、そこは今度は空の上だった。
「な……」
だが、その下にあった階層の風景は、俺にとってはどことなく既視感があった。そこが前世のビルが立ち並んだような風景だったからだ。
だが……それは、まるで核戦争でも起きたように荒廃し、瓦礫の山と崩れかけたビル群。
「何でしょう……ここは……」
「次の階層ッというのだけは、間違いないだろうね」
「不気味です」
「ヒッポ。どれか建物の上に降りよう!」
「はい」
ヒッポが、崩れかけたビルの屋上に降りる。するとそこで、マロエの悲痛な叫び。
「聖女様! アグマリナが!」
「あ、あなた方! なに? こ、この風景は。いったい……」
「アグマリナ私よ」
「……」
だが、ルイプイのように泣き叫ぶような事はせず、ただ青くなって座り込んでしまった。
「私は……お父様の……悪事で処刑されたのね」
「違うわ。私達は、世界を救うために……」
俺は、マロエの口を制する。
「アグマリナ。私は、あなたを導くためにつかわされました。さあ、私と行ってくださいますか?」
「あ、あなたは?」
「天使。とでも言ったら分かりやすいのかも」
「ということは、こちらの皆様も死んだのですか?」
そこでソフィアが、ニッコリと笑って言う。
「そう。私達は、より良い世界に行くためにここにいるのです」
「そう……地獄に落ちたかと思いましたわ」
「いいえ、私達はもっと良い所に行くのです」
「わかりました」
ルイプイのようにはならなかったが、皆は悲しそうな目でアグマリナを見る。次の試練を突破したら、誰がこうなるか分からないからだ。それは、仲間達の心に影を落とすのだった。




