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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る  作者: 水川 トオル
第二章

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44 公女の作戦と王太子の作戦①

話は少し前に戻ります。

 

『ルイス様、お願いがあります。どうかこれから先は、私と距離を置いてください』


 そうルイスに宣言したアリシアは、作戦準備に追われている。


 まずアリシアが取った行動は、アンナとカイルを探し出すことだ。協力者が必要だった。他の生徒たちに2人の居場所を聞くと、アンナとカイルはあっという間に見付かった。


「アンナ、お願いがあるの」

「アリシア様!? どうかしまし……あっ――――!」


 慌てふためくアリシアに影響されたのか、アンナはたくさん抱えていた本を落としそうになった。横にいたカイルが素早くそれを支えると、アンナの代わりに本を軽々と持つ。


「……ったく、だから俺が持つって言ったんだ」


 と言いながらも、カイルはどこか照れくさそうに、顔を赤らめていた。


「……あ、ありがとう、カイル」


 礼を言うアンナの顔も、満更ではなさそうだ。


(ひょっとして、この2人……)


 アンナとカイルの気持ちを察したアリシアは、日々妄想に耽る令嬢たちの気持ちが少しだけ分かった気がしたが、今はそれどころではない。


「ごめんなさい、アンナ。忙しそうな貴女に声をかけてしまって……」

「大丈夫です。私もアリシア様を見習って、苦手分野を克服しようと本をたくさん借りてきただけですし」


 アンナもカイルも、「遠慮しないで言ってください」と言葉を添えてくれた。その気遣いだけで、アリシアは泣きそうなくらい、嬉しくなる。


「ありがとう……では、遠慮なく2人に言うわ。今日の茶会に、マリア嬢が出席する件についてだけれど……」

「マリア嬢……? 今まで茶会に招待したことのない令嬢ですね。ルイス様の開かれる会では確か、彼女は参加を許されていなかった気がします」


 オドオドしていた初対面の頃とは違い、アンナはハッキリとした口調で言った。


(……アンナがそう言うってことは、ルイス様はずっと前から知っていたのね。彼女がローズのように、噛み付く牙を持った「犬」だと……)


 学院の生徒が開く茶会やサロンは形式だけのものがほとんどだが、ルイスは毎回、その形式を大事にしていた。「犬」やその繋がりのある人物を気にしていたからだ。


「社交がしたい」と初めて相談した時も、ルイスは「相手を選ぶ」と言っていた。


(私が居心地よく社交ができたのも、ルイス様が社交相手を選んでくださっていたからだわ……。洗礼を受けることなんてなかったもの。けれど、私は……)


 アリシアは、チクチクと痛む胸を押さえる。今からアリシアがやろうとしていることは、ルイスのそれと真逆なのだ。


「……先ほど、私は彼女の参加を許可したわ」

「えっ!?」


 アンナもカイルも目を見開いて、これには口をあんぐり開ける。


「理由を話せば長くなるけれど、マリア嬢は私のことを良く思わない人物たちと通じているのよ。ルイス様はそれを知って事情を慮ってくださったけれど、私は彼女を利用したい……」

「それは……正義の鉄槌を下すことと関係がありますか……?」

「そんな綺麗なやり方にはならないと思うわ……長期的な作戦になるし。でもまぁ、そんなところよ」

「ぜひ、協力させてください!」


 アンナとカイルの声が重なった。

 アリシアは、頼もしい彼らの言葉に眉根を下げて、笑顔を作る。


「ありがとう……。ところで2人は、『孤独を演じる公爵令嬢の甘い罠』という小説を知っているかしら?」

「今、流行の小説ですね。最初から最後まで、令嬢は王太子に溺愛されるという王道ストーリーで、まるでルイス様とアリシア様のようです。所々謎が散りばめられていたり、令嬢の立ち回りが鮮やかな所は、読んでいて面白いですし、爽快ですね。特に、敵役令嬢に仕返しするところなんかは……」


 アンナはその小説が好きなのか、いつもより熱がこもっていて饒舌だ。カイルは「小説には興味がないな……」と言いながらも、アンナの話には相づちを打ちながら、耳を傾けている。

 

 それを見たアリシアは、にやりと笑った。


「今後、開く全ての「会」で、私を『孤独を演じる令嬢』にしてくれないかしら……?」

「へっ!? ア、アリシア様を孤独に……ですか? そんな畏れ多いこと……」

「それから、会に出席する令息令嬢にも、この話を周知させてほしいわ。もちろん、マリア嬢やそれに等しい存在の者には、作戦を知られないように」

「ですが……」


 アンナは心配そうな表情をして俯いてしまったが、アリシアはそれを許さない。アンナの顔をすくい上げるようにして両手で包みながら、上を向かせた。


「……ねぇ、アンナ」

「何でしょう、アリシア様……」

「脆弱で早死にしやすく、将来何も成せないと言われてきた私だけれど、今、「成そう」としているのよ。お願い、力を貸して。アンナ・ブリュクのその才を活かす時だわ」

「――し、知っていたのですか? 私の好きなことを……」

「偶然、知ってしまったのよ。貴女のあの声を聴いたから……」


 アリシアはふと遠い目をして、記憶を辿る。あれはいつだったか、と。



 確かその週は、珍しく授業後の予定がない日で、同じく珍しくルイスと一緒に帰れない日だった。独り寂しく紅薔薇寮へ行く帰路の途中で、アリシアは「アンナの声」を聴いたのだ。


『噂は、真実とは真逆に語られ、流れているわ。まぁ、そういう風に噂を流したのは、私たちなのだけれど』


 その声は演劇のセリフのように、空気中の隅々まで響き渡り、アリシアの足を立ち止まらせた。上位貴族の気高さと冷たさを感じるその言葉は、ぞくりとするほど尖っている。


 言葉はまだ続いた。


『わたくしもお付き合いで社交界に顔を出してはいるけれど、公爵令嬢はいつもお独りよ。だから、せめて噂だけは寂しくないように、彼女の体裁を整えてあげているの。殿下のためにね』


 声のする方へこそこそ行ってみると、そこにはやはりアンナ・ブリュクがいた。


 オドオドしてしまう性格で、幼少期から不器用、礼節やダンスのテストではいつも赤点を取っていると言っていた彼女は、まるで別人が乗り移ったかのように、小説の敵役を演じている。


(演劇が好きなのかしら……。手に持っているのは、小説? そう言えば、好きな小説に出てくる人物に憧れていると言っていたわ。きっと先ほどのセリフも……)


 瞳に焼き付いたアンナの姿に心を震わせながら、アリシアは背を向けた。声をかけるなど、無粋な真似はできなかったのだ。




(その日から、度々アンナの姿を目にするようになったわ。小説を片手に、演じる彼女を……)


 あの日の出来事と声と様子を鮮明に思い出したアリシアは、もう一度アンナに話しかけた。


「あの日の貴女は、とても素敵だったわ。まるで敵役令嬢そのものだった。アンナにも、変わりたいと思ったきっかけがあるのね……?」

「はい、あります……。同じですね、私たち。できれば、アリシア様に酷いことはしたくないのですが、この敵役令嬢を他の令嬢にさせる訳にもいきません。いいですよ、アリシア様」


 心を決めたのか、アンナは意気揚々と頷いた。

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