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幸薄公女はスパダリ王太子とすれ違いながらも、幸せの階段を上る  作者: 水川 トオル
第二章

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45 公女の作戦と王太子の作戦②


 その後、準備は整い茶会は開かれた。


 アンナとカイルが上手く伝えてくれたのか、アリシアは一人ぽつんと茶会の場で浮いている。


 作戦内容を詳しく教えていないルイスも、先ほどの言葉で理解したのか、アリシアを放ってどこかへ行ってしまった。その他の令息令嬢は、まるで最初から敵対している派閥だったかのように、揃いも揃って刺々しく演じてくれている。


 あとはマリアを待つだけだった。


(……来た、ジャストタイミング)

 

 マリアはアリシアを見付けると、すぐにやって来た。


「アリシア様、お招きありがとうございます」

「いいえ、今日は楽しんで……」

「はい、ところで、婚約者のルイス様はどちらに?」

「さぁ……。ルイス様はいつも私を置いていってしまうから……。きっと、親睦を深めるので大忙しなのよ」


 やや寂しげな表情を作ると、マリアは意外そうな顔をした。情報を探るためか、幾つか話題を振られたが、アリシアは堂々と偽りの言葉を返す。


(きっと今日の報告は、ヴィヴィや両親の耳に届くでしょう。そうして半年後、独りぼっちの私を憐れむために、ヴィヴィは現れるわ。入学後、真っ先に……。けれど、マリアの報告と実際の様子が違うことに気付いて、驚くはず……)


 ふふふふふふ、とアリシアは心の中でほくそ笑んだ。もう身の程をわきまえようとは思わない。アリシアの心の中には、黒い感情や仕返しをしたいという人間らしい感情があるのだ。




 その後、アリシアはマリアと話し続けたが、その途中でも相変わらずハプニングは起きた。しかし、マリアは眉一つ動かさず、動じることはない。ヴィヴィから呪いのことを聞いていたのか、見て見ぬ振りをしていた。


 そのような時でも、他の令息令嬢たちは演技を続け、化け物を見るような眼でアリシアを見てくれる。舞台装置のような彼らの動きに、アリシアは感謝しかなかった。


 その周りの様子も、マリアには立派な情報となったようで、情報収集を終えたマリアはアリシアにひと時の別れを告げる。マリアは次の話相手を見付けると、その輪の中へするりと入っていった。どうやら、散策をしながら会話を楽しむ令嬢たちの輪で、情報を集めることに決めたようだ。


 しかし、それさえ罠だということを彼女は知らない。マリアが入ったグループは、気弱そうな令嬢や噂好きの令嬢、情報力に長けた令息もいる。その輪の中には、カイルとアンナもいた。


(まぁ今のアンナは、いつものアンナではないけれど……)


 アンナ・ブリュクはしたたかな雰囲気を醸し出していて、まるで取り巻きに囲まれている小説の敵役令嬢のようだ。


 作戦は上々だと思ったアリシアは、そっと罠に嵌るマリアを遠目から眺めることにした。アリシアのいる位置から会話が聞こえないことだけが残念だが、不安はない。この会場にいるアンナ以外の令息令嬢には、作戦が伝わっているからだ。


 しかも、仲間である彼らの表情は自信に満ち溢れ、強い意志が感じられる。アリシアにはそれが何より心強かった。


(変わったのは、アンナだけじゃない……)


 今まで俯いてばかりで、自信がなく肩身の狭い思いをしてきた彼らが、今では背筋を伸ばしてハキハキと話し、明るい笑顔を咲かせている。零性遺伝子持ちだとか、魔法学が苦手だとか、そんな小さなことに囚われずに。


 それもこれも、ルイスの訓練のおかげだろう。彼らは吹っ切れたように前向きになり、また不遇を黙って受け入れるほど弱くはなくなった。


(ルイス様の影響力は、さすがだわ。そんな私も彼に影響された一人だもの。しかも、あの言葉だけで私の作戦を理解してくださったのよね……あれ……!?)


 アリシアはふと首を傾げるが、次の瞬間には顔を青々とさせて事態を把握した。自身が()()()()()だったことに。


 アリシアは、遠くで歓談している婚約者とマリアを交互にチラチラ見る。早く帰れとマリアの退場を願いながら、いつもより三割増しの笑顔で笑うルイスに早く訂正したいと焦り始めた。



 その後、マリアは必要な情報を収集できたのか、茶会を一足先に抜け出した。それを確認したアリシアは、真っ先にルイスのところへ向かう。

 ルイスは侯爵家と公爵家の令息相手に話が弾んでいるようで、アリシアが近付いても、知ってか知らずか後ろを向いていた。


(話が終わるまで、待っていようかしら……)


 普段のルイスなら、アリシアが来ると声をかけてくれるが、今のルイスはそうではないらしい。アリシアが言った先ほどの言葉が効いているのだろう。


 どうしよう……としり込みしていると、横から声をかけられる。周りを見渡せば、彼らは演技をぴたりとやめていた。マリアが退席したからだろう。


「あの、アリシア嬢。よかったら僕と話を……」

 

 何度か顔を見たことがある令息だったが、アリシアが捉えたのは彼ではなく、ルイスの変化だ。彼のおかげで、ルイスはやっとアリシアの方を向いた。

 

「……すまないが、アリシアは私に話があって待っていただけだ。丁度、彼らと話が終わったから、あちらで話そう、アリシア」


 有無を言わさない眼でアリシアに声をかけた令息を牽制し、ルイスはそそくさとアリシアの手を引く。アリシアもまた、大人しくルイスの後に付いていった。



 移動した先は人気ひとけのない穴場で、紅い薔薇が咲いた木々が人の視線を妨げるように立っている。


(景色もルイス様も、美しいわ。けれど、ルイス様の圧は半端ない……)


 耐え切れずにアリシアが視線を下げると、ルイスが口を開いた。


「あれからずっと、アリシアの言ったことを考えていた。だが、どうも腑に落ちない。もしかすると、あれは言葉足らずな発言だったのではないか?」

「……ですよね、その通りだと思います」


 アリシア自身も自覚があるため、申し訳なさそうにそう言うのが精一杯だ。


「分かっていて、私にそう言ったのか?」

「違います、私もあとから間違いに気付きました。あの時はその……チャンスだと思ったので、焦っていたのです」


 まるで取り調べだと思いながらも、必死に弁明すると、「それでは、言い直してくれないか?」と言われてしまった。


(――もしかしてルイス様、拗ねてる?)


 そんな顔もするのだと、アリシアは心の日記帳に情報を刻み付ける。


 しかし、改めて言い直すのは、勇気がいた。親に怒られて反省を促される子供が密かな反抗をするように、アリシアは沈黙を続けてしまう。すると、追い打ちをかけるようにルイスは言った。


「これでも私は、それなりに傷付いた。また貴女に距離を置かれるのだと……」

「……ご、ごめんなさい……」


 絞り出すように謝罪をすると、ルイスは笑顔を向けて「……で?」と仕草だけで促した。じりじりと圧をかけながら、アリシアが言い直すのを待っているのだ。


『どうかこれから先、()()()()()()()()、私と距離を置いてください』と言い直すのを――――。



 先ほど言ったアリシアの言葉には、重要な一部分が抜けていた。その言葉がないと、これからずっと距離を置いてほしいという意味になってしまうのだ。


 しかし、アリシアが言いたいことはそうではない。本当は、「マリア嬢の前だけ」距離を置いほしいと言いたかった。


 この一部分があるかないかで、大きく意味が違ってしまう。

 

 そのため、言葉足らずの発言だと知ったルイスは、何が何でもアリシアに言い直してほしいようだった。謝罪の言葉よりも、頑なにそれを聞きたがる。


(ルイス様を怒らせると厄介……。けれど、トラウマを思い出させるような言葉を言った私が悪いのだから、意地を張っても仕方ないわ) 


 アリシアはルイスの碧い瞳を見つめた。


「ルイス様、どうかこれから先、()()()()()()()()、私と距離を置いてください」


 ちゃんと正しく付け足すと、ルイスは満足げな顔を浮かべる。


「ああ、分かった。貴女の意見に従おう。何か作戦があるようだから」

「ありがとうございます」


 そうして、きちんと仲直り(?)したルイスとアリシアは、テーブルが置かれている場所まで戻ってきた。マリア以外に退出した生徒はいないようで、残っている令息令嬢はルイスとアリシアを見るなり、拍手喝采する。


「アリシア様、私たちの演技、どうでした?」

「俺はマリア嬢のこと、前から胡散臭いと思っていたよ。彼女は自分より序列の下の者を蔑むような眼をしていたからな」

「仕返しするならば、協力しますよ」


 彼らの感想はいずれも前向きで、最後には必ず「楽しかったです」と言い添えていた。それにはルイスもアリシアも驚きを隠せない。


 2人のファンや学友たちはどちらかと言えば、普段から見下されてきた側だ。そんな彼らは今日初めて、「見下す側」を演じた。まるで最初から狩る側だったかのように。


「アリシア様……。役とはいえ、独りにしたり、悪口を叩いたりしてすみませんでした。心が痛かったですが、マリア嬢を嵌めるためだと思うと、少しだけ心がウキウキしてしまう自分がいました」


 そう言って笑うアンナの顔に、仄暗いオーラを感じる。


 アリシアは皆の気持ちを受け取ると、今後の協力要請と共に心から礼を伝えた。


「ありがとう、みんな……。私も、半年後が楽しみだわ」と。

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