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第7話 親方直伝のレシピ

 翌週の日曜も、よく晴れて気持ち良い天気だった。

 場所は前回とほとんど変わらなかったが、前回の宣伝の効果か初めて見る人も来てくれて、お客さんが途切れなかった。

 バナードの表情も少し柔らかくなり、そのおかげもあってか、前回よりも多めに焼いたパンは早々に売り切れた。


 くまのパン屋に戻って来ると、バナードはリリアにテーブルに着くように言って、何やら用意を始めた。心なしかうきうきしているように見える。


「お待たせ」


 出てきたのは、リリアの拳より少し大きいくらいのパンの間に、四角くて大きなハムのようなものが挟まれたものだった。大き過ぎてパンからだいぶはみ出しており、存在感たっぷりだ。不思議そうな顔をしていたようで、バナードは少し笑って、説明を始めた。


「これはひき肉と色々なスパイスを混ぜて蒸し焼きにした料理で、パンの修行をしてるときに親方から教わったんだ。俺も大好物で、何度も作ったよ。今日のは特にいい出来だと思う」


 得意気に腕を組むバナード。

 リリアは、初めて聞くバナード自身の話に興味が湧いた。


「親方さん直伝なんですね。そういえば、バナードさんはどうしてこの町に来たんですか?修行が終わったから、ですか?」


 バナードは顎に手を添えて、首を傾げた。


「うん、それがね。突然、お前はもう一人でやってみた方がいい、この町にパン屋を開けるようにしたから好きなようにやってみろって言われてさ。修行が終わったってことなんだろうけど。親方は厳しいけど面倒見が良くて優しい人だから、ちょっとびっくりしたな」


 思い返しているのか、優しい笑みを口元に浮かべるバナードを見て、リリアも微笑む。


「親方さん、素敵な人なんでしょうね」

「うん、尊敬してる。今でも手紙のやりとりがあるよ。いつも届けてくれてありがとう」

「あれ、親方さんのお手紙だったんですね!」

「そうなんだ。さあ、その親方直伝の自信作、食べてみて。あったかいうちにどうぞ」

「はい、いただきます!」


 リリアは勢いよく返事をして、リリアの親指の太さより分厚い肉を一口食べた。


「んん……!」


 思わず声が出てしまう。ハムやソーセージのようかと思いきや、それよりふわっと柔らかな食感。ほどよい弾力で、抵抗なく噛み切ることができて驚いた。そしてスパイスの香りに、なんと言っても味が。リリアは間を置かずにパンの部分にかぶりついた。パリッと音を立てるパンと、肉の塩気と旨味が最高に合う。ようやく飲み込んで、リリアは勢いよくバナードを見た。バナードは笑っている。


「なんですか、このおいしい食べ物は!」

「ははっ!おいしいでしょ?よかった」


 そう言って、バナードも食べ始めた。一口が大きい。彼が食べるところをちゃんと見たのは初めてで、リリアは思わずまじまじと見つめてしまった。


「ん?」


 首を傾げてこちらをみたバナードに、リリアはふるふると首を横に振り、続きに取り掛かった。

 


「だんだん、お客さんが増えて来てるんだ」

「バナードさんのパンの美味しさが広まって、私も嬉しいです。最近、午後もお客さんいますもんね?」


 先週はリリアが昼過ぎに来たときにもお客さんがいて、以前のように長く会話することができなくなった。正直なところ、少し寂しい。だが、日曜日にこうして会えるし、お店が繁盛するのはリリアにとっても嬉しいことだ。


「うん。本当にリリアさんのおかげだと思ってる。ありがとう。というわけで今日こそは報酬を受け取ってもらおうかな?」


 バナードが少しおどけて言うが、リリアは首を横に振った。


「私が好きでやってることなので、これ以上はいりません。むしろ、さっきのご馳走でお釣りがきます」

「リリアさん、結構頑固なところがあるよね?」

「バナードさんには言われたくないですよ?」


 お互いを見合ったところで、リリアがふと視線を外し、ぽつりと言った。


「それなら、こうしてバナードさんとお話しする時間が欲しいです」

「え?」

「せっかく仲良くなれたと思ったのに、なかなかゆっくり話す時間がなくなって、寂しいなあと思って」

「……」


 コーヒーのカップを見つめたまま話していたリリアは、反応のないバナードを見た。何故か椅子の背もたれに手をかけて後ろを向いているバナードに、リリアは目を瞬く。


「バナードさん?」

「ごめん、ちょっと……」


 バナードは大きく深呼吸すると、リリアに向き直った。頬が赤い。


「それは、俺も同じ気持ちだから……御礼にはならないかな」

「同じ……」


 寂しいと、思ってくれていたのだろうか。じわじわと恥ずかしくなってきて、リリアはまた下を向く。


「それは……困りました」

「うん」

「ちょっと、その件は一旦置いといて、来週もがんばりませんか?」

「うん。そうしよう」





 翌日。

 早めに仕事を終えたリリアがくまのパン屋に行くと、ふと覗いたガラス窓からお客さんの姿が見え、リリアは足を止めた。若い女性のようだった。昼時をとうに過ぎた時間にお客さんがいるのは喜ばしいことだ。騒めく胸の内を気にせず、そのまま扉を開ける。


 カラン、と音が鳴る。

 その瞬間に見えた、バナードの柔らかい表情と女性の笑顔に、リリアは胸の奥が針で突かれたような、微かな痛みを感じて戸惑った。


「いらっしゃい。あ、リリアさん」


 すぐにバナードが気がついて声をかけてくれたが、リリアは声を出すことができずにいた。会計が終わったのか、女性は袋を持ってこちらへ向かってくる。リリアは慌てて場所をあけた。


「また来ますね」


 そう言ってリリアにもにこやかに会釈をすると、女性は出て行った。


「リリアさん、どうかした?」


 呆けているリリアに、バナードが心配そうに声をかける。


「すみません、ちょっとぼーっとしちゃいました」

「大丈夫?」

「はい!問題ないです。お客さん、午後もたくさん来てくれるようになりましたね!」

「うん、おかげさまでね」

「今日はパンを買いに来たんです」

「だったら……」


 カラン、とドアベルの音。バナードがそちらを見る。


「いらっしゃい」


 リリアは慌ててパンを選びに棚へ向かった。その日はそのまま、会話らしい会話は出来ずに帰宅することになった。

 胸の奥の痛みは、なかなか取れなかった。

お読みいただきありがとうございます。


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