第5話 ライ麦パンのサンドイッチ
「こんにちは!郵便です」
「やあ。リリアちゃん」
リリアは仕立て屋のシュナイダー家にやって来た。ご主人のキーファーがにこやかに出迎えてくれる。白髪混じりの髪を綺麗に撫で付けて、今日もお洒落な格好だ。
「キーファーさん、その後、ミネタさんの具合はどうですか?」
「あら、リリアちゃん?」
店の奥からミネタの声がして、リリアはキーファーに促されて中に入る。
「ミネタさん、こんにちは!足の具合はどうですか?」
「おかげさまで良くなってきたわ。もう少ししたら一人で歩けると思うの。本当にありがとうね」
ミネタのおっとりした笑顔に、リリアもほっとする。
「ソーセージ、いただきました。すごくおいしかったです。ありがとうございました」
「よかったわ。私のお勧めなのよ」
うふふ、とうれしそうに笑って、ミネタは手に持っていた布を机に置いた。
「すぐにお礼をしたかったのだけど、どこに届けたらいいかと思っていてね。パン屋さんがリリアちゃんとよく会うようだから、預けさせてもらったの。彼にはシャツをあげたんだけど、着てくれたかしら」
「あ、はい、着ていましたよ!お似合いでした」
リリアはあの日のことを思い出して、少し早口になる。
「ふふ、そうでしょう?それから、リリアちゃんにはこれはどうかと思って」
ミネタが机の下からとりだしたのは、柔らかな白の、あたたかそうなコートだった。
「私が若い頃着てたものを直してみたんだけど、着てもらえないかしら」
「そんな素敵なものを……」
「今の私にはちょっと、可愛らし過ぎると思って。あなたに着てもらえたらうれしいわ」
リリアはコートを受け取り、そのふんわりとした温かさに胸がいっぱいになった。
「ありがとうございます。大切に着ますね」
ミネタは優しく微笑み、そしてぽん、と手を合わせて言った。
「そうそう。あと、パン屋さんのことなんだけど……」
*****
もらったばかりのコートを着て、リリアは夕方くまのパン屋へ向かった。閉店中の札が掛かっていたので、窓から覗いてみる。すると、バナードがちょうどこちらを向いた。その口があ、の形に開いたかと思うと、すぐにドアを開けてくれた。
「こんばんは」
「こんばんは。リリアさん、素敵なコートだね」
「ありがとうございます。ミネタさんにいただいたんです」
早速褒めてもらい、リリアはうれしくなってくるりと回った。
「それで、日曜日の朝市のことを聞いたんですけど」
「朝市?」
「はい。そこで、パンを出してみたらどうかって」
「ミネタさんか……この前ご主人が来てくれたんだ。それから、お客さんがちょっと増えた気がする」
「パンが美味しいからびっくりしたって言ってましたよ。お友達にもおすすめしたって。実は私の下宿先の奥さんも、色んな人におすすめしてくれてるみたいですよ」
「それはありがたいな。そうか。朝市があることは知ってたんだけど、売り子さんがいないから難しいかなと思ってて。俺は、こんな感じだし……」
「私、やりますよ!」
リリアは、俯いたバナードの言葉を遮るように言った。
「え?」
「日曜日はお休みですし、お手伝いさせてください!こんなに美味しいパンを知らない人がいるなんてもったいないです。それに、バナードさんはこんなにいい人なんですから、怖くなんかないって知ってもらいましょう!」
「……ありがとう。それは心強いな」
拳を握って力強く言ったリリアに、バナードは口元を緩ませた。
「リリアさん、よかったら夕飯を食べていかない?軽いものだけど」
「いえ、いつも悪いので今日は……」
遠慮するリリアに、バナードが続ける。
「もし急いでいるのでなければ、一人で食べるのも味気ないし、付き合ってもらえたら嬉しい」
懇願するような口調に、リリアはうっと言葉に詰まる。目は見えないのに、上目遣いのように見えるのは何故だろう。リリアはあっけなく白旗をあげ、促されるまま工房の椅子に座る。
バナードはいそいそとブレッドナイフを手に取り、パンを切り始めた。その後ろ姿を見ながら、リリアはむうと唸る。バナードは、リリアがいつも空腹だと思っているのだろうか。大抵ここに来る時はそうなのだが。彼の親切に何も返せていないのが、心苦しい。
もやもやと考えている間にバナードが用意してくれたのは、薄切りにしたパンに野菜とチーズ、ハムを挟んだものだ。カップには、ほかほかと湯気が立ち上るスープが入っている。
「ありがとうございます。スープまで……」
「多めに作ってあったから、よかったら食べて」
言いながら、バナードも席に着いた。
「では、いただきます」
「どうぞ」
微笑む彼の視線を感じる気がして、リリアはスープカップを見つめる。細かく切った根野菜とベーコンが入ったシンプルなスープは、心と体に染み込んでいくような、優しい味だった。
「おいしい……」
サンドイッチは、ライ麦の酸味とチーズやハムがよく合った。シャキっとしたレタスの食感とのバランスも絶妙で、リリアはまたしても感動してしまう。
「バナードさん、天才です……!」
「あはは、うれしいけど、言い過ぎだよ」
スープカップを片手に笑うバナード。リリアは眉を下げて、食べかけのサンドイッチを見つめた。
「私、バナードさんの親切に甘えてばかりで申し訳ないです。いつもご馳走になってしまって……」
するとバナードは、ゴトッと音を立ててカップを置く。
「押し付けがましくしていたら、ごめん。親切というか……俺が、リリアさんといたかっただけなんだ。リリアさんといると楽しいし、すごく幸せそうに食べてくれるから、俺も幸せな気持ちになるし……」
リリアは目を見開いてバナードを見た。耳まで赤く染まったその顔を見て、胸がほわりと温まる。次いで、リリアもじわじわと顔が熱くなってきた。
「うれしいです。私もバナードさんと一緒にいると、楽しいです。幸せそうなのは、きっと大好きだからですよ」
「え?」
「私、バナードさんのパンが世界で一番好きですから」
満面の笑みで言ったリリアに、バナードは数秒間言葉を失い、そして口角をあげて言った。
「ありがとう」
***
「ただいま帰りました」
職場に報告を終えて帰宅すると、靴屋の奥さんであるメリアが顔を出した。
「リリアちゃん、おかえりなさい。寒かったでしょう。夕飯は食べた?」
「はい、今日は軽く済ませてきました!」
何故か姿勢を正してリリアが報告すると、メリアが少し残念そうな顔になった。
「そう……今日はシチューを作ったんだけど、なかなかいい出来なのよね」
「あの、軽く食べただけなので、もし、いただけるなら……あと、今日もお土産のパン、買ってきました!」
メリアはパッと笑顔になった。
「くまのパン屋さんのね!美味しいのよねえ。ありがとう。シチューにぴったりだわ。じゃあ、一緒に食べましょう」
シューマン夫妻はとても親切にしてくれる。嫁いで町を出た娘さんの分まで、リリアを可愛がってくれているようだ。メリアはバナードのパンをとても気に入ってくれ、じわじわと噂を広めるのに一役買ってくれている。
リリアはお腹をさすってみた。もう少したくさん歩くようにした方がいいかもしれない。
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