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第4話 焼きたてソーセージと一緒に

 リリアは今日最後の手紙を持って、くまのパン屋に向かっていた。

 空気が急に冷え込んできて、指先が少し冷たい。そろそろ厚手の上着が必要な季節になるようだ。両手をきゅっと握りながら、足早に歩く。

 


「着いた!」


 地図を見ながら辿り着けた達成感に、リリアは思わず声を上げた。高揚感とともに扉を開ける。


「いらっしゃい」


 カラン、とドアベルが鳴るかならないかのうちに、バナードの声がした。リリアは笑顔のままそちらを見て、ぴたりと止まる。


「……どうかな」


 バナードが照れたように笑っている。笑った口元が見えている。顔を覆っていたもじゃもじゃの髭は、綺麗になくなっていた。さらに、いつもの大きめのエプロンは変わらないものの、中には白いシャツを着ている。だぶっとした服を着ていたときにはわからなかったシルエットが浮き上がって、まるで違う人のようで。


「……バナードさん、ですよね?」

「そうです」

「バナードさん、実はお若い方だったんですね……?」


 動揺のあまり口をついて出てしまったリリアの言葉に、バナードは少しショックを受けたようだった。


「あ、ごめんなさい、私よりだいぶ歳上かなあと思っていただけです!」

「だいぶ……」


 言えば言うほど衝撃を与えてしまう様子に、リリアは思い切って言った。


「あの、素敵だと思います!」


 バナードの意外に白い肌が、瞬時に真っ赤になった。顔を背け、大きな手で口元を覆ってしまう。


「仕立て屋のシュナイダーさん……ミネタさんに言われたんだ。食べ物を売ってるんだから、清潔感があった方がいい、髭だけでも剃ったらって……あと、ちょうど大きめのシャツがあるからって、もらったんだ」


 流石仕立て屋さん、とリリアは心の中でミネタの見立てに感服した。飾り気のないシンプルなシャツだが、大きさもぴったりで彼に似合っている。

 表情がとてもわかりやすくなってしまったバナードにつられて、リリアもなんだか照れてしまう。

 

「そうなんですね、確かに、その方が爽やかだと思います。えっと、髪は切らないんですか?」


 勢いでつい気になっていたことを聞いてしまったが、バナードが考えこむ様子を見せ、リリアは慌てた。


「いえ、いいんです、ふと思っただけで!ごめんなさい!」 

「ああ、いや……昔からこうだから、これがないと落ち着かないんだ」

「そうでしたか……」


 一つ咳払いをすると、バナードは話題を変えた。


「そうそう。ミネタさんに、この間の御礼にってソーセージをもらったんだ。一緒にどうかな?」

「いいんですか、私ももらっちゃって」

「もちろん。二人でどうぞってさ」


 入り口の札を閉店中にくるりと回して、バナードはリリアを工房へ促した。大人しく椅子に座って待っていると、ソーセージの焼けるいい匂いが漂ってくる。手際良く調理を終えたバナードが皿を運んできてくれた。


「はい、どうぞ」


 差し出されたのは、焼きたてのソーセージをシンプルな丸いパンで挟んだものだ。パンからはみ出るほど大きなソーセージから、湯気といい匂いが漂う。

 バナードは工房の奥から踏み台を持ってきて、向かいに座った。


「一緒にいいかな?」

「もちろんです!」


 リリアはそう返事をしたものの、内心どきまぎしていた。これまでバナードに対しては、表情がわかりくかったのもあり、年上で頼れるけれど、どこか可愛らしい人という印象を持っていた。それが急に、若い男性なのだと意識してしまって、なんだか落ち着かない。


 そんな心境を誤魔化すように、リリアはガブリとソーセージにかぶりついた。肉汁がじゅわっと溢れてくる。


「おいしいね!」


 バナードも、ソーセージを食べて感動したように言う。もごもごと咀嚼していて口を開けられず、リリアは深々と頷いた。食べ進めていくうちにたどり着いたパンが、パリッと音を立てる。中に塗られたマスタードの酸味とソーセージの肉汁が口の中で合わさり、リリアは思わず目を瞑って味わった。



「おいしかったです、ありがとうございました」


 夢中で食べ終え、幸せな気持ちでバナードに向き直ると、バナードは既に食べ終えていたらしく、こちらを見ていた。口元で微笑んでいるのがわかり、リリアはどきりとする。


「リリアさんは本当においしそうに食べてくれるから、いつもうれしいよ」

「そ、そうですか?バナードさんのパンが美味しいからですよ。毎日食べたいくらいです!」

「……」


 すると、バナードは何故か急に立ち上がって、いそいそと皿を片付け始めた。


「それは、うれしいことを言ってくれるね」



 工房を出たところで、リリアは慌てて手紙を取り出した。


「すみません、今日は配達で来たんでした。遅れましたが、お手紙です」

「ああ、ありがとう」

「それから、今日こそはお支払いしますから!」

「ソーセージは二人への御礼だよ」


 涼しい顔で言うバナードに、リリアはむきになって言った。


「調理もしていただきましたし、今までご馳走になった分もありますし!」

「ははっ」


 バナードは声を上げて笑った。リリアは口を尖らせる。


「面白がってますよね?」

「ごめんごめん、むきになるから、可愛くて」

「かっ……」


 深い意味はないだろうと思っていても、異性に褒められたことなどほとんどない。顔がみるみる赤く染まるのを感じて、リリアは俯く。バナードも狼狽えたように早口で言った。


「えっと、とにかく今日はいいから。お礼はミネタさんに!」

「わ、わかりました!ではまた今度!」


 リリアはそれ以上何も言うことができずに、大人しく帰ったのだった。




* * *




 彼女を見送って、バナードは扉を閉めた。外から入ってくる空気が冷たくて、顎周りがひやっとした。心許なくて、手でさすってみる。


 都会のパン屋の親方の元で修行していた時も、髭を全部剃ることはなかった。必要最低限の人としか関わらない生活には、表情が見えないほうが都合が良かった。それなのに。

 先ほど言ってしまった言葉を思い出して赤面する。必要以上に関わらないと決めていたのに、どういうわけか止められないのだ。一人でやっていく以上、お客さんと接することは避けられないが、自分だけで生活する分にはそれほど店を繁盛させる必要はない。好みのパンを作って、細々と売っていければいいと思っていた。


「美味しそうに食べてくれるんだよなあ……」


 幸せそうな笑みを思い出して、バナードは再び熱をもった顔を覆った。その周りを、小さな蝋燭の明かりのような光がふわふわと舞っていた。

 



お読みいただきありがとうございます。


題名がこのままでいいのか悩みます……。

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