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第3話 カリッともっちりリス型のパン


 リリアは道の真ん中で一人、地図と自分の居場所とを見比べていた。


 今日は荷物が少なく、順調に配達を終えられたので気分がいい。一度家に帰ってお昼も済ませてきた。今回こそは、自力で辿り着いた上でちゃんとパンを購入しようと、リリアは気合を入れ直す。

 先日の教訓を踏まえて、初めに行ったときと同じ道から向かうことにした。さらに、地図に目印をメモしなから歩くようにすることで、きっとすぐに道を覚えられるはずだ。


「ここは赤い屋根の家、こっちは青、と」


 きょろきょろと辺りを見回し、地図に書き込み、独り言を言いながら歩くリリア。幸いなことに大通りから少し入った小道には誰も居らず、怪しまれることはなかった。


「えっと、今ここだから、あとはこの道をまっすぐのはず……」


 地図から目を離して前を向くと、道の端に誰かが蹲っているのを見つけた。


「大丈夫ですか!?」


 駆け寄って声をかける。覗き込んだ顔には、見覚えがあった。先日手紙を届けた時に話し込んでしまった、仕立て屋の奥さん。


「ミネタさん、何があったんですか?」

「あら、あなた……」

「この前お手紙を配達した、リリアです」

「ああ、そうそう、リリアちゃん。大丈夫よ。少し転んだだけなの。足を捻ったみたい」

「大丈夫ですか?診療所で診てもらった方が……」

「大丈夫よ。痛っ……」

「動かさないほうがいいですよ!」


 足の痛みに顔を歪めるミネタを見て、リリアは焦る。体格的に、診療所まで自分一人で連れて行くのは危ない気がする。


 頭に浮かんだのは、大きな体の、優しい人。ここからくまのパン屋までは遠くないはずだ。


「ミネタさん、人を呼んで来ます。すぐに戻りますからね」

「ごめんなさいね」

「困った時はお互い様ですから」


 すまなそうに言うミネタに笑いかけると、リリアは走り出した。少し下り坂になった道を全力で駆ける。看板が見えた。あと少し。


「うわっ」


 石畳に躓き、バランスを崩す。リリアが咄嗟に右足を前に出して踏みとどまろうとした、そのとき。


 ふわりと、何かがリリアを支えたのを感じた。柔らかいような、それでいてしっかりと押し返す力のあるもの。

 リリアは無事に右足で着地し、事なきを得た。


 今のは……?


「リリアさん!」


 聞き覚えのある声がした。はっとして見ると、バナードがこちらへ駆け寄ってくるところだった。


「どうしたの?」

「あ、えーっと……」


 混乱している場合ではない。リリアはグッと手を握った。


「仕立て屋の奥さんが足に怪我をしてしまって、診療所へ連れて行きたいんですけど、私一人では……」

「うん、わかった。一緒に行こう」


 迷わず言うと、バナードは店に鍵をかけた。二人は急いでミネタの元へ戻る。


「ミネタさん、お待たせしました!こちら、向こうのパン屋さんで、バナード・ミュラーさんです」

「あら……ごめんなさいね。足を怪我してしまって」

「いえ、困った時はお互い様ですから」


 バナードはそう言って、危なげなくミネタを抱き上げた。


「バナードさん、ミネタさんをお願いしていいですか?私はご主人に伝えて来ます」


 バナードはひとつ頷くと、大股で歩き出した。あまりの速さに驚いていたが、ハッとして、リリアは自分の頬をぱんと叩いた。


「まずは仕立て屋さん!」



 大通り沿いの仕立て屋で事情を説明したリリアは、血相を変えたミネタの夫、キーファーと共に診療所へ駆け込んだ。リリアは勢いのまま、先生にミネタの様子を尋ねる。ご主人はそのまま奥へ入って行ってしまった。

 白髪の先生は、眼鏡の奥の目をぱちぱちと瞬いた後、優しく言った。


「捻挫ですね。しばらくはあまり動かさないようにしてください。あと、診療所では走らないように」 


「すみません……」


 リリアは先生に謝ってから、そっと奥の部屋を覗いた。ミネタが椅子に座ってご主人に笑いかける様子を見て、リリアはホッと息をつく。力が抜けてそのまま座り込んでしまった。


「大丈夫?」


 中にいたバナードが、慌てた様子で顔を覗き込んでくる。


「ちょっと、安心したら力が抜けちゃいました」

「リリアちゃん?」

「はい!」

「ありがとうね」


 ミネタの優しい笑みに、リリアもふわりと微笑んだ。


 ミネタは、出来上がった服をお客さんに届ける途中で転んでしまったらしい。なんでも、親しい友人が娘さんの結婚式に着ていく服で、早く届けたかったのだとか。それならばと、リリアは代わりに届けることを約束した。地図にしっかりと印をつけたので、迷わずに行けるだろう。


 バナードと共に診療所を後にし、服を届けに向かう。


「ありがとうございました。バナードさんが来てくれたおかげです」

「いや、リリアさんが来てなかったら、俺は気がつかなかっただろうから」

「でも、バナードさんはお店もあるのにすぐに行くって言ってくれました」

「リリアさんだって、同じ状況ならきっと仕事を放り出して行くと思うよ」


 でも、だってと何度か同じようなやりとりをして、可笑しくなってリリアは笑う。


「二人ともよくがんばったということで」

「そうだね」


 バナードが深く頷いた。


 届け先はくまのパン屋の近くにあったので、ついでにとバナードも見届けてくれた。ミネタのことを伝えると御婦人は心配そうな顔になったが、怪我をしたものの元気であることを何度も強調しておいた。


「リリアさん、ちょっと寄って行かない?」


 リリアははっとした。騒動で忘れていたが、リリアは今日パンを買いにきたのだった。


「行きます!」


 カラン、とドアベルが鳴って、優しい香りに包まれる。今日1日の疲れや緊張が解れるようで、リリアはほうっと息をつく。

 ぬいぐるみのクマの頭をよしよしと撫でていると、先に入ったバナードが笑ったようだった。


「この間のリスのパンが出来たんだ」


 そう言って彼が出してきたのは、リリアが描いたリスの絵がそのまま現れ出たようなパン。まぶされているのは、何かの種のようだ。しっかりとした焼き色もリスのようで、可愛らしい。


「絵をそのままパンにしたみたい!すごいです!」

「見たものをパンにするのは得意なんだ」

 

 リリアはバナードの描いた絵を思い出して、くすりと笑った。あれをパンにしていたら大変だ。


「なんだか食べるのがもったいないくらい可愛いですね!」

「そう?じゃあ食べない?」


 面白がるようなバナードの言葉に、リリアはすぐに答えた。


「もちろんいただきます!」

「あはは、そうだよね。ぜひ食べてみて」

「え、ここでですか?」

「感想も聞きたいし、誰もいないから今のうちに」


 急かされて、リリアは慌ててパンを掴むと、少し迷ってしっぽの方に齧り付く。カリッといい音がして、次いで感じたのは塩気。しっぽの太い部分はもっちりとした食感だ。食べ出したら止まらない味に、続けてもう一口頬張る。


「カリッとして、もちもちしてて、おいしいです!」

「よかった」

「あ、今日はお支払いしますからね!」


 リリアが先回りして言うと、バナードは首を振る。


「いやいや、デザイン料にはまだ足りてないと思うんだ」

「デザインなんてものじゃないですってば」


 押し問答の末に敗北したリリアは、またしても代わりにお土産のパンを買って帰ることにしたのだった。



お読みいただきありがとうございます。

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