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負け犬のくせになまいきだ  作者: 石山 雄規
一章 ターン Where is my outlet ?
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4話「錦ってのは」

 その日の夜、俺は最終便の船に乗り島を出て、家を出ることにした。


 この島は海に囲まれた牢獄だ。檻の中で罪は犯せない。社会に揉まれなくては。


 彼岸に辿り着き、脱獄を成功させたところで、ちょっぴり重たい気分を抱えて歩き回る。


 どこか、こんなつもりじゃなかったんだと、俯く秤から重荷を取り上げるように。


 そういうわけで駅前だ。夜は暗く雲も分厚いが、うっすら月明かりが射し込んでいる。


 だが何か劇的な事件を起こせるほど、最寄り駅が栄えているわけでもない。金もない。人もいない。車もそれほど走ってねえ。ぐーるぐる。


「……これから……どうするか」


 向かうべき場所が分からず、去っていく終電を遠目に追う。じゃらんと音が聴こえた。


 アコースティックギターだった。音色の方に目をやると、一人の男が駅前の道端に座り込んで、弾き語りをしていた。


 なにもこんな人気のない駅で弾き語りなんてしなくても。どこか俺に似て中途半端に思えた。小さな島に留まるつもりはないが、かといって大きな街に出る気概はない。


 実際、彼の歌を聴いて立ち止まる人はいない。そもそも人がいないのだが、たまに通りかかる人も彼を一瞥すると、そそくさと素通りしていく。


 なぜか、まぁ誰にでも分かる。


 下手くそだからだ。才能がない。ぐーるぐる。


 彼は曲を弾き終え顔を上げる。周りに誰もいないことに気付き、煙草を取り出して火を点け白い煙を吐く。それからまた俯き、変わらず下手くそな演奏で別の曲を弾き始める。


 そんな姿に興味を惹かれ、俺はなんとなくベンチを立ち、近くで曲を聴くことにした。


 しかし本当に下手くそだ。俺は他人を罵倒することに慣れていないが、聴くだけで彼の才能を卑下し諦めることを促すための言葉がいくつも湧いてくる。それほどあまりにゴミだ。普通ならば言い過ぎだろうと躊躇する汚い言葉が、彼の歌声と比べると清らかに思えてくる。不味いな。豊潤な誹謗中傷が止まらない。だがダメだ、耳障りに延び切った弦を耳にすると吐き気がしてくる。人類史上こんなに天賦の才を与えられてないのはいねえ。この世にいちゃいけない奴だよこいつは。人類の文化レベルが疑われる前に消えてくれ。


 などと非常に失礼なことを考えなかったでもないが、気付けば演奏は終わっていた。


 顔を上げ目が合う。合ってしまった。


「どうだった?」


「あー……結構よかったです」


 嘘は得意です。多分才能があります。


「世辞はいいよ。自分でも分かってる、才能ないって」


 辺りはもう真っ暗で、ほっそりとした三日月が出ていた。金の入ってないギターケースのところにネームプレートで三浦比呂と書いてある。本名らしい。


「……こんな時間までよくやりますね」


「家出してるんだ。親父もお袋もうるさくて、ギターだけ持って飛び出してきた」


 君こそこんな時間まで何してると聞かれ、似たようなもんだと答える。


 三浦比呂はハハハと笑い、今日は付き合ってもらおうかなとギターに手をかける。


「解散ライブだ。今日限りで、未練の残った夢追い生活は終わり」


 彼は小さくストロークをしてポロロンとコードを鳴らす。寂しげな音が響く。


「辞めるんですか?」


 俺の言葉に、彼は癖なのか小さく微笑み、弾き語るように自身について話し始める。


「……卒業してすぐ上京してバンド組んでたんだ。五年間。自分の限界を知るには充分な時間だよな。鳴かず飛ばずで解散して地元にUターンさ」


 それはそれは、とても残念な弾き語りだった。才能のない人間の語り口。


「元々喧嘩ばかりだったし、だから上京したんだけどな。実家に帰るなり遊んでないで働けって言われてさ、別に遊んでたわけじゃないって、また家出だ。もう帰らない」


 酷い語りだ。耳障りで、つまらない。


「悪いね、もっと愉快な話をしようか。上京して得たものに、可愛い彼女がいる。たまたまライブに来てた彼女に一目惚れされて付き合った。それも、同郷って運命付き」


「自慢話は上手いですね」


「さっき喧嘩して別れた。上京の成果全部がこれだ。面白いだろ」


 確かに笑える話だ。他人の不幸話ほど笑えることもない。


 苦笑いする俺を見て、彼はまた笑いながらに呟く。


「もっと笑ってくれよ。今ここが、俺の人生の一番底なんだから」


 実際、まだ笑える。考えるに、まだここは最悪じゃないんだろうから。


 よく分からない悲劇に酔って、自業自得の不幸に浸って、その実楽しんでいる。


「なら、これから上がりっぱなしですね」


「もう笑い話にはならないよ」


 そんな自分が嫌なのに、皮肉ることでしか、後ろ向きにも進めない。


 これから先のことなんて分からないし、想像もつかないくせに。


「……これから、どうするんですか?」


 俺の問いかけに、彼は首を小さく振って答えず、代わりに緩やかに微笑む。


「俺の彼女が言ってたんだ。夢を追ってるときの横顔がカッコいいって。でも、俺はもう夢を諦めた。から、彼女の隣にはいられないだろ。でなきゃ」


「振られた言い訳すか」


「痛いとこつくなぁ」


「夢を諦めるには、ちょうどいいじゃないですか」


 俺が言うと、彼は首を微かにひねり「そうかな……そうかもな」と言葉を続ける。


「……知ってるか? 錦ってのは持ち帰るにはどうも、重いらしい」


 彼は最後に残った一本に火を点け紫煙を燻らせる。そして駅の時計をちらりと見る。


「もう夜更け過ぎ、撤収だ」


 俺は閉じようとするギターケースになけなしの小銭を投げ込んで、また笑う。


「アンコール。やらないの」


 三浦比呂は少し考え、もう一度ギターを取り出すと、ジャカジャン鳴らした。


「リクエストは?」


「失恋ソングなんてどう?」


「いいね。ちょうど今日出来た曲がある」


 そしてFコードを押さえ、高らかにラブソングを歌い出す。


 稚拙な歌詞にぐちゃぐちゃのコード進行。それでもその曲は、今日聴いたどの歌よりも下手くそで、俺の心にうるさく鳴り響いてくる。

 

 魂の籠もった、誰かに向けたラブソング。息が止まるくらいに誠実で、切実に歌われる悲痛な恋の歌は、とてもとても、惨めに痛みを伴った。


 俺は迷惑にもゲラゲラと笑いながら、最後の歌を聴き送る。



 ダメ人間が最後に歌うには相応しいだろう、最低最悪な曲だった。


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