カルメロルツ王都決戦④/動向
───アレクサンドリア・カルメロルツ領。
「よし、行け──走れ!」
先行してる村崎の号令であたし達は建物の影から疾走する。
王城を抜け、王都を抜け、貴族が治める領地を抜ける。
あらかじめ購入していたずた袋に、必需品や携帯食料などを入れて移動してたおかげで、逃亡中に何かが足りないという事態は免れている。
途中、携帯品が切れそうになったら色んな所にお邪魔して内緒で拝借したりしたけど今のところ順調。
追手も上手く撒けている。
「止まって」
静かに静止する浅利。
全員が大人しく従い、頭を低くして身を屈める。
「やっぱり国境ともなると、厳しい検問が敷かれてますよね……」
ぶるっ。身を震わせて言う綾香。
目の前……というにはだいぶ遠いが、視線の遥か先にはアレクサンドリアの兵士がカルディッシュの兵士と共に厳重な警備を敷いていた。
「どうする? 強引に突破するか? 情勢的に考えて有耶無耶に出来そうではあるけどよ」
「ここを越えれば……カルディッシュの国土。目と鼻の先にメシアがいる。時間掛けて遠回りするか、村崎の案を採用するか」
安全を確保するなら遠回りの方がいいに決まってる。でも──。
「時間をかけ過ぎたら、もしかしたら……」
「メシアと入れ違いになる可能性が高くなる」
「うん」
あたしの考えを汲んだ浅利は一つ頷き、全員に顔を向けた。
「ここからは派手にいこう」
「隠密行動はもうやめか?」
「アレクサンドリア内なら隠れる必要があったけど、これから入る場所はその権限が及ばない別国。幸い、俺達には力がある。力ずくで大抵のものは突破できる力が」
力──職業『勇者』の特権。
鍛えれば鍛えるだけ強くなる。
その値の上昇率は、この世界の人間と比べ物にすらならない。
あたし達には力がある。
「決まりだな! なら、正面突破で!」
村崎の発破に顔を険しくさせたあたし達は頷く。
▼
───カルディッシュ王国・最北の国境。
真っ直ぐに属国を狙うなんて可能性にすら入れていなかった。
リカンテア共和国軍。
その存在は凄まじく邪魔だが、振り向いてる余裕が無いのも事実。
考えるのをやめて、もういっその事リスバイルとアレクサンドリアに押し付けて目の前の戦線に集中するか?
「報告します! カルメロルツ軍が大量の魔導部隊を連れ、進軍! 司令塔はキリューゼルだと思われます!」
「──は?」
「報告! 敵軍魔導部隊の猛攻により、レアーレ殿のゾンビ隊を攻略されました!」
弱点が見つけられちゃったか。
まあ、冷静に対処すれば簡単に見極められる程度の弱点ではあるんだけど。
それはそれとして──。
「そうか、キリューゼル……。お前、そこにいたのか。すぐ、そこに」
「敵の大将も分かった事だし、行くのかマヒル?」
「ああ、わざわざ首を差し出してきたんだ。なら遠慮無くその素っ首──叩き斬ってやる」
通信の魔導具を起動。
各部隊のリーダーに繋げる。
「全軍、突撃しろ! カルメロルツ軍の首を王都に送り返せ!」
『『『承知しました!』』』
のろまなゾンビを攻略したから何だというのだ。
こっちの総力を持ってして攻めれば結局は格好の的。
雑な命令故に味方側の被害も甚大になりそうだが、どうせ替えはきく。
俺はただお前ら、そしてお前らが大切に思ってるものが壊せればそれでいいだけなんだ。
あとの事は──心底どうでもいい。
▼
───アレクサンドリア・カルメロルツ領。
その王城では現在、人々の間で混乱が渦巻いていた。
それは何故か?
隣国のカルディッシュがリカンテア共和国軍に攻め入られてる事? 否。
祖国とリスバイル以外の属国がカルメロルツに反旗を翻した事? 断じて否だ。
「あの四人の所在はッ!? 我々の勇者達はどこへ消えたのだッ!!!」
元国王の慟哭。
そう、召喚し、育ててきた四人の勇者の行方が分からないのだ。
異変。勇者達の不在に気付き、国内中を捜させても見つからない。影も形も。
勇者達に付けていた教育係は使用人の宿舎。
その入居者不在の部屋に縛られ、バスルームに投げ捨てられていた。
発見時は意識を失っていたと聞く。
「いいようにやられた教育係の首を斬れ! そして何としてでも勇者の小童共を見つけ出すんだ!」
奴らを召喚するのに、一体どれだけのコストを支払ったと思っている。
「『隷属の首輪』を用意せよ! コーリッシュの『隷属の首輪』を! 四人分用意するんだ!」
あんな小童共でもカルメロルツに対する切り札。
必ず見つけ出し、次は逃げられぬよう物理的に縛る。
国王の指示に焦った臣下達。
無理もない。
コーリッシュの作品はありふれた魔導具と違い、かなりのレアなのだ。
見つけるのすら困難な代物を持ってこいとは無茶を言っている。
隷属の首輪。
それは付ける者と付けられる者がいて初めて発動する魔導具の名称である。
効果はその名の通り、付けられた者は付けた者に隷属──つまりは絶対服従を強制する。
しかも悪辣なのは、付けられた者の魔力を動力にしている点である。
動力切れを期待しても無意味。
過去、自ら魔力欠乏を起こして命からがら逃げ延びた者がいたが、それ以降付ける者が対策したのでその手は使えなくなってしまった。
別名、『奴隷の首輪』である。
「ところで陛下、我が国はいかがなさいますか?」
「っ! うーむ……」
話の転換。
話を逸らされた国王は怒りをぶちまけようとしたが、思い留まった。
現実問題、属国とはいえ、アレクサンドリアは今、国としての岐路に立たされているのだ。
四面楚歌になってもカルメロルツが負けるとは思えない。
それは過去、カルメロルツが軍拡し、大陸中を敵に回しても勝利を収めてきたという事実から来る結論。
その時ですら海からの外敵を排除してきた。ならば──。
「まずはリスバイルと共にカルディッシュの援護をする!」
「国王陛下の御心のままに」
あとは戦況を読んで、勝てる方に付く。
反抗勢力が押されればそのまま本国の助太刀に。
カルメロルツが落ちれば万々歳だ。
それに我が国に反旗の意思があるのは透けている。
だからこそ、その隙に勇者達を必ず回収しなければならない。
▼
───イリオス王国・王城。
その玉座には、所々服から露出して見える鍛えられた筋肉、そしてちょび髭を生やした中年の男、イリオス王が鎮座していた。
玉座に座して臣下を侍らせていなければおよそ王には見えないこの男の前には二人の男が謁見に来ていた。
「王様ぁー、俺達けっこー頑張ったんですよ! レアーレを追い詰めるまでいったら競合に先越されちゃっただけで」
「ちなみに、ソルト兵士長が言った先越されちゃったってのは、先に殺されちゃったって意味ですからね? 取り逃しちゃった訳じゃないんでそこだけはご理解を」
というか、呼び出しを食らっていた。
一人はイリオス王国正規軍所属、第三陸軍兵士長ソルト・マズラクール。
一人はそのお目付け役、カシウス・タイラントだ。
二人のあっけからんとした態度に腹を立てたのは国王──ではなく、ソルトとは別の兵士長だった。
「長年追い続けてきた大犯罪者探索は本人死亡で失敗だと……? ふざけているのか貴様らァ!!」
「別にふざけちゃいないさ」
「貴様ァ、レアーレ発見時の記録と今ここで任務報告してる期間、ずいぶんと穴が空いてるようだが、一体何をしていた……!?」
怒りで顔を真っ赤にさせた兵士長は報告書を叩いてソルトに詰め寄る。
「何って──実地調査さ」
「実地調査……だとぉ!?」
「ああ、実に有意義な時間だったと自負しているよ」
ニコニコと笑顔を絶やさないソルト。
しかし、殊勝な言動とは裏腹に、脳裏に浮かべるのは先日まで目にして腹に納めた数々のご馳走。
そう、実はこの男、船でイリオスに渡る前に倒れるほど食事処巡りをしていたのだ。
グルメを堪能した事実を知らない兵士長は唸るだけに留まった。
「き、貴様ァ……ッ!」
「おいおい、いい加減にしろよラル兵士長。基本的に笑顔がトレンドマークのウチの兵士長は堪忍袋の緒が切れやすいんだからよぉ。俺達まで巻き添え食らっちまったらどう責任とってくれやがるってんだコンチクショーがぁ」
「カシウス・タイラント……そもそもお目付け役の貴様が付いていながら……ッ」
「そろそろしつこいな」
「──っ!?」
ソルトが放つ覇気に気圧された兵士長。
彼は浅くなった息を整えようとするが、何か大きなものが体を押さえつけてるような感覚がそれを許さない。
大量に汗が吹き出て、ピクリとも体が動かない。
今、感じてる感覚を兵士長は知っていた。
「──やる?」
それは恐怖だ。
ニコニコと好青年のような笑みを浮かべていたソルト。
だが今、彼が晒してる表情は邪悪。
歯茎を剥き出しに口角を吊り上げ、獲物を狙ってる顔をしていた。
「──やめよ」
力強い声音。
玉座に座ってた王が二人の兵士長を諌めた。
ソルトは興が冷めたと肩を竦めた。
怯えていた兵士長はしばらくその身に受けた覇気が解け、息を荒くさせ腰を抜かした。
「ソルトがそう言うのならば、それは事実なのだろう」
「くっ……!」
ソルトの肩を持つ王に兵士長は顔を青くさせたままギリギリと歯噛みする。
「ありゃ? 一応、罵声を浴びせられる覚悟で来たんだけど、いつもの威勢はどうしたんですか、王様?」
「人がせっかく堪えてるというのに、お前という奴は……ッ!」
「それに、どこか深刻そうな顔だ。いつものキレが無いという事は、今回の招集の本題はレアーレ探索には無い……違いますか?」
「……その通りだ。見透かされてるようで、まったく腹立たしい。それも野生の勘か?」
肘掛けに置いた左腕から伸びた手で頬杖をついてる王。
歪められた眉の下にある細く鋭い目はソルトを真っ直ぐに見据えていた。
「いや、王様が分かりやすいだけですね」
「お前は……っ、いやいい……。そうだ、今回お前達を招集したのはレアーレ探索の件では無い。カルメロルツについてだ」
「カルメロルツ?」
ソルトは自他共に認める戦闘狂だ。
だから書類仕事やら何やらは基本カシウスの仕事だ。
つまり、ソルトは今、カルメロルツで何が起こっているのかを知らない。
「へー、そんな事がね。やっぱり俺の勘も鈍っちゃいなかったって事か」
国王から説明を受けたソルトは顎を撫で「なーるほど」と頻りに頷く。
「おい兵士長ぉ、変な事考えんじゃねぇぞ?」
「え?」
「おいやめろよ? こりゃあフリじゃねぇからなぁ!?」
不思議そうな顔をするソルトに焦るカシウス。
その焦るカシウスより焦っているのは王だった。
「ソルト、この話をしたのは戦争に加担する為ではない」
「ええ? 近年稀に見るお祭りですよ?」
「そんなだから伝えたくなかったのだ! 情報を隠したところでいつかは知る時が来る。そうなればお前は勝手に参戦しに行ってただろうが!」
「ふっ、俺の事をよく知ってますね──その通りです!」
「その通りです! じゃあない!!」
王の膨張した筋肉から血管が浮き出てきた。
だいぶキレてる証拠だ。
「おい兵士長ぉ、そこいらでやめときな」
「? 何を?」
「チッ、ああそうさ! 俺ぁ分かってたぜ? 兵士長がナチュラルに発言してるってことはよぉ!」
ピキピキッ。今度はカシウスの額に青筋が浮かび出た。
収拾が付けられなくなると感じた王は溜め息を吐いた。
「カルメロルツの件で呼び出したのは、通達だけではお前が止まらないと知ってるからだ。この国の王として言う。戦争が終わるまで、絶対に、カルメロルツに、足を踏み入れるなッ!」
「てぇ事は此度の戦争、イリオスとしては静観するってぇ事ですか?」
「そういう事だ!」
カシウスの質問に短くも荒々しく返答する王。
「えー? 昨今のカルメロルツじゃあ国同士の戦争なんて滅多に起こらないってのに本気ですか?」
「もし勝手に動けば──分かってるな?」
刺すような鋭い視線。
これは茶化せる雰囲気じゃなくなったと肩を竦めるソルト。
「はいはい。大人しくしてますよ──俺はね」
「不穏な言葉を残すなたわけがッ!!」




