決戦前②/汐倉真昼の『神の贈物』
いつの間にか目を開けていた。
目を開けられなくなるほどの強い光は無くなっていた。
目の前にはメニューが置かれたテーブルがあった。
俺は椅子に座っていて、周りを見渡すとどこかのファミレスのような内装。
シンと静かで、俺以外に客はいない様子。
というより、従業員もいない。
俺以外は誰もいない空っぽのファミレス。
振り向き、窓ガラスの外を見ても通行人はいない。
この世界には誰もいない。
俺以外は、誰も。
「死後の世界がファミレスって……訳分かんね」
俺の独り言はこの空間によく響いた。
音を出してるのが俺以外に誰も、何も無いからだろう。
ていうか、最後の晩餐が保存食とかシケてんな、俺。
死んだ後は元の世界のファミレスって事は、これは人生お疲れ様でした晩餐会か?
いや、何考えてんだ俺……頭疲れてんな。
「…………このメニュー、見覚えあるな」
ピロン! 不意にポケットから通知音が鳴った。
スマホに触るのも久しぶりだなーと呑気にポケットへ手を伸ばし、スマホを手に取る。
その時に着てる服が目に入った。
高校の制服だ。
まあ、だから何だと電源ボタンを押し、待ち受け画面を表示する。
どうやらチャットアプリの通知音だったようだ。
通知数は五〇〇件を超えている。
……スタ爆以外で見た事ねぇよこの通知数。
その下には『救世主』の『早く冒険しよう』っていう催促の通知。
動画投稿アプリで登録したチャンネルの更新通知。
ニュースアプリの更新通知。電話。メール。etc……。
「懐かしいー、親指で画面をスワイプするこの感覚……」
指紋認証でロック解除してアイコンをタップした。
オープニングが流れて、STARTボタンが現れる。
ピコン! STARTボタンをタップして『救世主』を始めた。
「あー、やっぱ連続ログインボーナス途切れてるわこれ。なんだぁこれテンション下がるなぁ…………いや待て、復帰ログインボーナス!? 今そんなんあんの!? アイテムヤバッ! ゴールドえぐっ! 挙句の果てには……星五キャラ抽選チケット!? ナニソレ知らない! はあ!? 明日はこちらを貰えます!? おいおい運営どうした、神か!? 運営最高ッ! 運営最高ッ! 運営最高ッ!」
テテテ、テテテ、テテテ、テテテン♪
「うおっ、ビクッたぁ……誰だよ電話掛けてきてんの──ん?」
待てよ? 誰もいないこの空間で電話?
というか誰もいない死後の空間で何でソシャゲできてんだよって疑問もあるが……誰が掛けてきた?
「まあ、ビックリして切っちゃったし……今は『救世主』だな」
俺はもう死んでる訳だし、難しい事は考えない。考えたくない。
今はただ、『救世主』をプレイできる事に感謝を……!
「──じゃないだろうがぁあああっ!!」
「ぶげっ!?」
ドガァアア! 俺は吹き飛んで隣の客席を巻き込んで倒れた。
横から頭に衝撃が与えられたみたいだ。
右側の頭が痛いから間違いない。
……いや、嘘ついた。
ステータスのおかげかホントはあんま痛くない。
「ほぉ〜う? なら、もう一撃食らわせても問題無さそうだ」
物騒な事を言う懐かしい声。
「なんせ先輩からの電話をブッチしたんだからな」
「先輩……って。まさか、赤坂先輩っ!?」
バッ! 叩き割れたテーブルを退かして起き上がった。
目の前には私服姿の赤坂先輩がいた。
「ようやっと俺を見たな──汐倉」
上から下まで全身赤、赤、赤でコーディネートした大変目に悪そうな服を着た赤坂先輩がいた。
「赤ッ!? ヤバッ!? 趣味悪ッ!?」
「悪い口叩くのはどの口だ? ん?」
「イダダダ!? すませんすみまつぇん! ちょーカッコイイです! 赤色決まってます先輩ィ……イダダダダ!?」
このやり取りも懐かしい。
あの頃はついうっかり口を滑らすと先輩によくお仕置きされてた。
「赤色じゃないワインレッドだ!」
「そこぉ!?」
ヤバい趣味悪いに反応した訳じゃないらしい。
やっぱり赤坂先輩の感性は分からない……というかマジで痛い。
ステータスなんて関係無いと言わんばかりのパワープレイに悶える。
▽
「それで、先輩なんでここいるんすか? 先輩も死んだんすか?」
「やめろ縁起でもない。というかお前も死んでないぞ」
「え?」
死んでない?
なら、ここはどこだ? ここは何なんだ?
「ここはお前の心の中。いわば──精神世界だな」
「精神、世界……?」
このファミレスが俺の精神世界……?
それはまあ、いいだろう。(思考停止)
だが、納得できないのは俺の精神世界にいるのが赤坂先輩だって事だ。
なんで上原がいないんだよォ!!
「うぉんうぉんうぉおおお……」
「お前、そんな理由で号泣するとかどれだけ上原後輩が好きなんだ……」
「うわぁああああああん! 俺はねぇ、俺自身も殺ざれがげでぇ……知っでる人は誰もいないし、誰も信用できないしでぇ! あのクソみだいな世界をぶっ壊じてやりだいってぇ! 世の中を……変えでやりだいっでぇ、その一心でぇええ……一生懸命訴えでぇ、カルディッシュに縁もゆがりも無いぃ、国民の皆様に選出されでぇええ……やっと! 教祖に! なったんでずぅうう!」
「…………そ、そうか。号泣はマジっぽいが、モノマネは終わったか?」
珍しくドン引きしてる赤坂先輩。
初めて見る先輩の表情に楽しくなってつい調子に乗ってしまった。
「貴方にはぁ、分がらないでしょうけどねぇええ!」
「しつこい!」
「ぶびばべぇんァ!?」
ドガァアア! 錐揉み三回転で一つ奥のテーブルに叩き込まれた。
「落ち着いたか?」
「……あい」
▽
俺と赤坂先輩はカウンター席に移り座る。
「で、何で俺の精神世界に先輩が……?」
「お前のその切り替えの速さは……いや、今はいいか」
赤坂先輩は呆れたように溜め息を吐く。
「俺がお前の精神世界に現れた理由だが、それはお前の中に宿る神の贈物が原因だ」
「神の贈物が?」
いや、そもそも神の贈物はこの世界特有の特殊能力じゃないのか?
というより、なぜ赤坂先輩が神の贈物の存在を知っている?
「色々疑問に思ってるだろうが、理由は一つだ。それは俺が──神の贈物保有者だからだ」
「はっ!?」
「それも前文明が滅んで以来初の神の贈物発現者だ」
前文明……?
なるほど、早速脳が情報を拒否し出したぞ。
「俺に宿る種子は原種に等しくてな。強力過ぎて影響力があり過ぎたのだ。それで俺の近くにいたお前にも神の贈物の種が伝染ったらしい」
「え? えんがちょ」
「誰がバイ菌だ!」
「あがっ!?」
恐ろしく素早いアッパー。
いや、ステータス向上してる俺が何で避けれないんだ?
精神世界は何でもありという事か? 知らんけど。
「それで、だ。幸い、どうやら元の世界では発現しなかったようだが、この世界でついぞ発現してしまったようだな」
「あー、はい。殺意に塗れた決意を固めたらいつの間にか」
「神の贈物の種が芽吹く条件は所有者の強い意思に反応する事。強い願いと言い替えてもいい。能力の内容は願いに反映される」
『そんな現実、認められるか……っ!』
あの時、俺は世界を思い通りに。そう願った。
「お前の神の贈物は地球産。もっと言うなら赤坂産だ。元の世界から離れて発現した。また、異世界で別種の神の贈物の種を植え付けられたせいで不具合が発生してエラーが起きた。記憶の欠落はおそらくそのせいだな」
……さっきから疑問に思っていた。
この赤坂先輩はなぜ俺の考えてる事が分かる?
そして、なぜ記憶の欠落についても知っている?
さらに言うなら、目の前の男は本当に赤坂先輩か……?
「……お前がそう疑うのも無理は無い。だが敢えて言うなら、そうだな。俺は赤坂征司郎本人では無い」
目を開き、息を呑んだ。
そして胸の内に訪れたのは納得だった。
「そうだと思ったんだ……赤坂先輩がこんなバカみたいな私服を着るはずがないしな」
「誰がバカみたいな私服を好むワインレッドバカだ!」
「そんな事言ってないっだい!?」
このゲンコツは本人にしか出せない痛みだぞぅ!?
やっぱり本物じゃねこの先輩!?
「俺は本物では無いが、言うならば分体、あるいは分身、あるいはコピー、あるいは残滓、あるいは影、あるいは代行」
「つまり、本物と変わりない影法師みたいな存在って事ですか?」
「まあ、そうだな。ちなみに俺は二〇一六年三月時点の赤坂征司郎。最後にお前と会った時が最終同期したタイミングだから、本体とのリンクはその時期で途切れている。そして外出用の服は全てワインレッドだ」
「それが一番信じられないんすよ……」
信じられないっていうか……信じたくないっていうか……。ね?
「部屋着は甚平、寝巻きはジャージだ」
「それは何となく想像つきます」
「話が脱線したが、まあ何だ……つまりだな」
──そのまま突き進め。
「俺がこうして現れたのは、それを伝えたかったからだ」
「そのまま……? いや、多分先輩も知ってると思いますけど……」
「人殺しを咎められるとでも思ったか?」
「──っ、そう……っす」
改めて人から言われると胸に来るな。
「でも、後悔や呵責は無いのだろう?」
「さ、最初はあったんすよ? そういう気持ちも……だけど、この世界の人間のほとんどが気持ち悪くて、気色悪くて、それで段々と…………あい」
「別に責めている訳では無い。色々と仕方ないだろう。前に少し見てみたが、最後は丸く収まるようになっているしな」
「見て、みた……?」
赤坂先輩の神の贈物能力か?
言い方から察するに、未来を見る能力。
「あの時も言ったが、覚えてるか?」
『お前にはこれから幾多の困難が待ち受けている。その眼だけでは敵わない事態にも遭遇するかもしれない。だがこの言葉だけは覚えておけ──諦めるな』
「それは、あの日の……! まさか!?」
「見えていた。お前が……いや、お前達が地球上から姿を消す未来は」
先輩は知ってて……見捨てたのかッ?
「俺達を! そうなんすか!? 先輩ッ!!?」
「結果的にはそうなった、が……」
「は? 結果的には!? 分かりにくい事言って放置した癖に!!」
「──聞け」
「くっ……!」
静かに発した言葉のはずなのに、思わず従わざるを得ない気持ちにさせられる。
「俺が対処に動いた先も見た。だが、そうするといずれも誰かが死ぬ」
「……死ぬ?」
「ああ、必ずな。皆を助ける為には、お前が必要だった」
俺が?
訳が分からない。
能力値は低く、魔術適性も皆無。
誰かを助ける力なんて……俺には。
「そもそもあの召喚はお前に懐いてるちっこい新一年女子を起点に発動していた」
「筒井後輩に……?」
「奴らの求める勇者の適性が抜群に高かったからだろう。だから複数の魔法陣が現れた」
「あれって……」
赤、青、黄で一つじゃなかったのか。
つまり、あの場では三箇所から引き寄せられてた。
「未来を変えれば、上原後輩が召喚される可能性もあった」
「上原が!?」
「その場合は、大まかに二通りの未来に行き着く。聞きたいか?」
「言わないで下さいお願いします」
やめろやめろやめろやめろ。
二通りって絶対あれだろ。
死ぬor何とか安全を確保して家族作って大往生だろ。
アッー! 考えたくない!!
やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
「大体は想像通りだ」
「あぁあああああぁぁぁぁ聞きたくないぃいいいいいっ!?」
やめろやめろやめろ!
手の届かない所に拉致られて寝盗られるとか脳が壊れるぅううう!!(寝てから言え)
「とにかく、俺が動けばそうなる可能性もあったという話だ」
「アババババ………………よ、よよ、よーく分かりました。それで、皆を助ける為に俺が必要ってのは?」
「お前だけが元の世界に帰る為の鍵になるからだ」
「俺が? いや、確かに賢者捕まえて勇者召喚の魔法陣を解析させて元の世界に戻る手段を探らせようとしてますけど……俺だけって、どういう意味っすか?」
「死ななければ、いずれ分かる」
今、変なニュアンスだったような気が……。
「いや待って下さいよ! 先が見えてるならこれからどうすればいいか教えて下さいよ!」
「未来は根元から無数に枝分かれしている。俺が変に知恵を入れた未来は大体がはーどもーどだったし、死ぬ確率も爆発的に跳ね上がるが……それでも聞きたいか?」
「ぐ、ぐぐぐ……やめときます……」
「まだまだ話し足りないが、時間だな」
「え?」
時間……タイムリミット?
「お前の意識が目覚めようとしている。俺はもう現れる事はできないが、次は元の世界でだな」
先輩は席から立ち上がり、出入口に向かう。
「いや、先輩……っ」
「神の贈物を成長させて第二段階にシフトさせろ。さすれば切望した願いは実現する」
「待って!?」
「ちなみにこのファミレスは俺のバイト先だ。また会ったら奢ってやる。だから──帰ってこいよ」
退店の機械音が鳴り、扉が閉まった。
閉まった扉を眺め、俺は思い返す。
死ななければ、諦めなければ大丈夫だと先輩は言っていた。
『一寸先は闇で、目の前が何も見えなくとも諦めなければいずれ活路は斬り拓ける。厄介な困難は斬れ。俺達は──剣道家だ』
それに、最後は全部丸く収まるようになってるらしいし、難しい事は何も言われていない。言うは易しだけど……。
とにかく、俺がやりたい事を貫き通せばいずれ帰れるって事だろう。
段々とファミレスの内装がぼやけていく。
違う。視界がぼやけていく。
世界がぼやけていく。
俺はこれから、あの教会で目覚めるのだろう。
▼
『そんな、まさか……貴方に、マヒル・シオクラに発現した神の贈物は……』
狼狽える神の前。
先程まで意識を飛ばしていた真昼は頭を押えさて起き上がっていた。
「……そうだ。クソギミックボスが現れたんだったな」
それも、時間はさほど経ってないらしい。
俺の頭に乗せられた手はいつの間にか離れている。
光が弱くなってる。目を開ける。
こいつ、俺が倒れてる隙に手を出さなかった。
それどころか──狼狽えてる?
『似ているようで、違う……。これは私の賜った複製では無い……。貴方のそれは限りなく原種に近い……創造主が持つ……っ!?』
「よく分からないがお前、俺に手を出せないみたいだな」
『っ。貴方に手を出せない訳ではありません。貴方に手を出せば、貴方を見ている何者かに私の存在を消されるから……っ』
「は?」
存在を消される?
待て待て待て、こいつ赤坂先輩の事を言ってんだよな?
先輩の神の贈物って未来を見る能力じゃないのか?
超常の存在を遥か遠くから恐れさせるとか、神の贈物の件といいマジであの先輩何者なんだよ……。
色々と突っ込みたいところは多いが、今は横に置いておこう。
とりあえず今は先輩の威を借る俺って感じで神を自称する目の前の女は俺に手を出せないらしい。
それだけ分かれば十分だ。
「お前のせいで俺の神の贈物は欠点を抱えた欠陥品に成り果てたらしいな」
『貴方がすでにシードユーザーであったとは私としても想定外でした』
シードユーザー?
直訳で種の利用者か……。
けど、あいつの言い方的には神の贈物の種持ってる人って意味か?
細かい事考えると、それならシードホルダーの方が意味的には正しい気がするんだが……まあいいか。(適当)
「全知全能じゃないとは、神が聞いて呆れるな」
『……それは一部のカルヴァーナ教徒が勝手に言い出した神の虚像。神とは元来、その属性に纏わる権能を有する存在を指します。信仰では無く、大自然が生み出した現象が形作られたモノ。それが私達なのです』
「長文言い訳お疲れ様でぃす」
『……ッ。調子に乗れるのは今だけです。今回の情報はすでに上に同期されています。貴方の行動は全て筒抜けだという事を理解して下さい。そして、私達を創造された主は貴方の命を簡単に奪えるという事実を胸に刻んで下さい』
「はいはい。『私虐められたのパパママ助けて〜』って事ね。把握把握」
『…………っ』
さっきから顔色は変わってないけど内心かなり苛立ってるな。
さて、良いようにされた鬱憤も少しばかり晴れた事だし、そろそろ終わりにしよう。
「俺はお前に手を出せない。お前も俺に手を出せない。だったら、もう帰れよお前。まだ何かあんの? ていうかそもそもの話、何の用事でここ来たんだ?」
『創造主は貴方に大変興味をお持ちです。それでは、また会う日まで』
光が段々と強くなり、そして一瞬で消えた。
神を自称した超常の存在と共に。
出入口の扉から風が吹き抜ける。
少しだけ教会内の空気が軽くなった。
「で、あいつ何しに来たん?」
夜も良い時間なのに不法侵入かましやがって。
自称神の相手してたら余計に疲れが溜まった。
寝よう。そうしよう。
アリスを抱き枕にして。
しっかし、厄介な存在に目を付けられたな。
減らせども減らせどもタスクが増えていく。
あーあ、最悪だ。




